<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


真実の欠片








 そのままあおぞら荘に泊まることなく、家へと帰ったものの、彼らのことが気になって千獣はなかなか寝付けないでいた。
 覚醒とまどろみの間で意識をいったりきたりさせて、気が付けば紺の空を染めるオレンジが射していることに気づく。
 早朝はまだきっと起きてはいない。悶々と考えたまま朝食を胃に流し込み、太陽の光がそれなりに高くなった頃を見計らって千獣はあおぞら荘の扉を開いた。
「……こんにち、は…」
 カランと高らかに響くドアベルの音が、ホール一杯に広がっていく。
 中は不自然なまでに沈黙が支配していた。
 誰も居ないならば入り口に鍵をかけないというのは無用心だが、それは下宿という場所柄だからだろうか。
 開けた扉に顔だけを入れて伺っていたが、どうにも不自然な雰囲気に、千獣はその身を建物内へと入れる。
 すると、暗かったはずのホールに自然と明かりが灯り、建物は千獣の訪れを歓迎してくれているようだった。
「こん、にちは……」
 ドアベルの音も、自分の声も聞こえなかったのかもしれないと思い、千獣は心持音量を上げて呼びかける。
 けれど、何の反応もない。
 あおぞら荘には数えるほどしか来たことはないと思うが、こんな感じだっただろうか。
 千獣は辺りを見回すようにゆっくりとホールの中央へと向かう。
 お昼より少し前くらいを見計らって来たせいか、他の下宿の人の姿は見当たらない。
 誰もいないのならば、やはりこのまま帰ってもう一度出なおそうかとも考えたが、微かに感じる人の気配に、千獣は導かれるようにして、あおぞら荘の奥へと踏み入った。
 廊下をどれだけ先へ進もうとも、眼に見えている扉が近づく素振りはない。千獣は一度足を止めて首をかしげ、後ろを振り返る。だいぶ奥に進んだと思っていたのに、直ぐ後にホールがあり、またも千獣は首をかしげることとなった。
 人の気配はするのに全く近づけない。
 千獣は次の人の気配を追いかけるようにして階段を昇る。
「このまま進むと迷子になるよ?」
 1階から2階へと上がり、どちらへ進むべきかと考えた千獣に声がかかる。
「あなた…は……」
 真っ黒の瞳に真っ黒の髪。そして同じ真っ黒の衣装に身を包んだ少年――アクラ。彼とは直接話した記憶は余りないが、黒山羊亭で本を広げていた姿は覚えている。
「……あなた、も、コール、の、友達?」
「まぁね」
 あおぞら荘に暮らし、彼もまたコールが元いた世界からの来訪者。
「ねぇ……コール、無事……?」
「無事といえば、無事だよ。ただ、深ぁい夢の中だけど」
 アクラが告げた無事という言葉に、千獣はひとまずほっと一息つく。
「……誰か、話し……できる、かな……? いくつか……聞きたい、こと……あるん、だけど……」
「誰かって言うと、たぶんボクしか話せないかもね?」
 どこか飄々とした声音で告げるアクラのテンションは、コールやルミナスに起こったことが彼にとってどうでもいいように聞こえて、千獣は微かに眉根を寄せて言葉を続けた。
「それでも、いい……話し、辛い、こと……聞く、かも……知れない……無理な、ことは、いいから……話せる、ところ、だけ、話して……?」
「いいよ。じゃ、戻ろっか」
 こんな廊下で話すようなことではない。
 千獣は頷きアクラの後についてホールへと戻った。
 誰もいないため、お菓子もお茶も出てこない。誰もいない証明だけが明るいホール。
 椅子を勧められて向かい合うようにすわり、どうぞを促されて千獣は尋ねた。
「サック、アッシュ……コール、ルミナス……兄弟……?」
 コールとルミナスが実の兄弟で、双子がコールを兄と呼ぶならば、ルミナスの弟でもあるという単純な図式。
「そうだよ。彼らは兄弟が多いんだ」
「でも……サック、達……何か、怒って、いた……あれは、どうして……?」
 遠目から見ても、双子があからさまなほどルミナスに対して敵意を向けていることは感じられた。
 あのコールの弟であるルミナスと、そのまた弟である双子の仲が悪いなんて何だか考えられなくて、どうしても不思議でしょうがなかった。
「君は、コールとは親しいけど、ルミナスとはそうでもないよね?」
 確かに、千獣はルミナスがコールの弟であり、このあおぞら荘の大家の一人であるという認識はあっても、どういう人物かを知るほど親しくもない。
「盛大な兄弟喧嘩ってとこかな」
 そうはいいつつも、お互いが怒っているのではなく、ルミナスはそれをただ甘受しているように見えた。何かすれ違いを感じるけれど、薄く微笑むアクラの口が開くことはない。
 千獣は「分かった」と頷き、次の質問に移ることにした。
「コール……夢、馬、取り、込んだ……夢馬、封印、して……切り、離せた、みたい、だけど……影響……残る……?」
 それが一番知りたいこと。夢馬に喰われた人々のように廃人になってしまうだろうか。それとも、夢馬のように無作為に誰かの夢や記憶を喰らうようになってしまったらどうしよう。
「それは、ボクにも分からない」
 分からないという言葉に、予想以上に落胆してしまった自分に、千獣は内心驚く。
 コールの現状を把握しているような言動のアクラに、少しだけ期待していたのかもしれない。
「君たちが知るコールとして眼を覚ますかもしれないし、この世界へ着たばっかの時までリセットされてしまうかもしれない。もしかしたら、もっと酷い状態になっている可能性も、やっぱり否定できない」
 さらりと続けられた言葉に、千獣の気持ちはまた少し沈んでいく。
「……でも……それも、これも、コールは、コール……私が、望む、コールじゃ、ないかも、しれないからって……目、覚まさ、なくて、いい、なんて……思わない……」
 そのまま眠ったままじゃ、何の解決にもならない。もし助けが必要ならば、手を貸してあげたいし、また物語を紡いで欲しい。
「現実の方が、辛くても?」
 あの飄々と掴みどころがない口調だったアクラの声音が、突然真剣なものへと変わり、その変化に千獣は思わず眼を点にする。
「……え?」
「んー。正しくはない。かなぁ」
 が、そんな真剣さも殆ど保てず、気が着けばまたアクラは飄々とした口調に戻っており、千獣は眼を瞬かせるが、アクラは悪戯っぽく微笑んで千獣を見返すのみ。
「ボクとしてはね、どっちでもいいんだ」
 テーブルの上に頬杖をつくアクラは、まるで世間話でもするかのように話す。
「君は、どうしてコールを目覚めさせたいと思う?」
「……コール、目、覚まさない、の、コール、が、望んだ、ことじゃ、ない」
 夢馬を取り込んでいなければ、コールは今もほんわかとした笑顔できっと自分を迎えてくれた。
「そうだね」
 アクラは何時も浮かべているどこか悪戯っぽい微笑みに、優しさを加えて千獣を見つめる。
「うん。そうだね」
 そして、そっと視線を外すと、納得したように一人頷いた。
 どこか悟っているかのような表情を浮かべるだけで、言葉にしないアクラに、千獣はただ首をかしげる。
 そんな千獣の視線に気が着いたアクラは、薄く浮かべていた微笑を深くして、にっこりと笑いかける。
「他に、ある?」
 実際のところ、今までの会話でアクラから仕入れることが出来た情報は、ルミナスは兄弟喧嘩中で、コールは目覚めはするだろうけれど、それがいつになるか分からないということ。
 千獣はしばし考え、
「……ん、最後…」
 と、思い出しながらゆっくりと口を開く。
「……サック、アッシュ……元の、世界に、戻った、みたい、だけど……」
 目の前で一瞬にして消えた。
 あんな技術があるのなら、世界観を行き来することなんて彼らにとって見ればとても身近で普通の事の様に思えてくる。
 なのに、コールを初めとした、あおぞら荘の面々はここソーンに――エルザードに留まったままだ。
 帰る方法がないのか、帰る気がないのか……。
 千獣はじっとアクラを見つめる。
「みんなは、戻り、たい……?」
 彼らの世界のことは良く分からないけれど、千獣が知っている彼らと親しい人たちの様子を思い出すと、あまり良い世界ではないような気がしている。
「んー…そうだねぇ。ボクは、戻るつもりはないよ。基本的に旅人だから。でも、他のメンバーはね、帰れないんじゃない、帰らないんだ」
 言ってる意味分かる? と、アクラは小首をかしげ、千獣はしばし考えるように俯き、そして頷く。
「帰ってほしい?」
 それを見て、アクラが悪戯っ子の笑顔で問う。
 千獣はその問いにはっとするように首を振った。
「……でも、コール、が、帰るって、言う、なら……」
 止めない。そんな権利は自分にはない。けれど、この世界に今までのように居てくれるなら、自分も今までのように接しよう。もし何かあったら、次はもっと頑張ろう。
「まぁそれでいいんじゃないかな」
 満足したように満面の笑顔を浮かべたアクラに、千獣はやっとうっすらと笑顔を返した。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 よくよく思えば、千獣様はコール以外と余り面識って無かったんですね。何だかナチュラル過ぎて仲良しになってるとばかり思い込んでました。しかし、それじゃ矛盾が起きすぎてしまいますので、コールに比重を置いた内容とさせていただきました。
 それではまた、千獣様に出会えることを願って……