<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】楮・天雅








 砕けて地面に散らばった欠片を、千獣は一つずつ掌に集め、見通しの良い丘の上、けれど一人ではない場所へ、そっと埋めてやる。
 根元に新たな同居人を受け入れた大樹は、千獣の思いに応えたのか、ただ風が吹いただけなのかは分からないが、サワサワと葉の音を微かに響かせる。
 そっと膝を突き、瞳を閉じて手を組み合わせる。
 ――どうか、安らかに。
 壊そうと思えば簡単に壊れてしまう核。無機物のそれは、本当にただの道具だ。これを見ていると、感情はどこから来るのだろうと不思議に思えてくる。
 そんな千獣の様子をきょとんとした眼差しで見ていた蓮も、行動を真似るように隣に腰掛け、手を組んだ。
 宝貝人間。彼らにとって死というものはない。あるのは、壊れたか、そうでないか。
 邪仙が今の千獣の行動を見ていたら、きっと鼻で笑うだろう。
 何が悪い。
 居なくなってしまった事を悼んで、何が悪い。
 千獣はそっと瞳を開き、立ち上がる。
「……行こう、蓮」
 広げた手に蓮はしがみ付く。千獣は翼を広げ、飛び上がった。








 気が着けば、瞬・嵩晃は自分の庵の寝台に横たわっていた。
 彼がここへ訪れ、好きにしていいと告げたところまでは記憶がある。
 そして、彼が何をしたのかという事も、理解している。
 それによって懐かしい顔を見てしまったこともまた、事実だ。
 両手を天井に向けてゆっくりと伸ばす。
 白い、不健康な腕だ。
 瞬はふっと自嘲気味に微笑んだ。









 庵の外、千獣はゆっくりと降り立つ。
 カーン。カーン。と、小気味いい手斧の音。
 切り株に腰掛け手斧を振り下ろす桃は、等間隔に切りそろえられた木を、薪にするために細かくしていた。
「……桃…」
 やはり、余り好かれていないと自覚していると、名を呼ぶ声も自然と弱々しくなってしまう。
 地面にとんっと降りた蓮は、千獣の後から桃を見つめ、ぎゅっとしがみ付いている。
 桃はやっとゆっくりと顔を上げると、その視界に千獣を入れ、ふっと息を吐いた。
「おまえか。小娘」
 前のように、何しに来た? と、問うような鋭さは無い。
「…私、千獣……この子、蓮……」
 いつまで経っても小娘と呼ぶ桃に、千獣は自分を指差して名乗り、しがみ付く蓮の背中を軽くポンっと叩いて紹介する。
「…………」
 桃はすっと眼を細め、蓮を見遣る。だが、直ぐに視線を外すと、薪にまた手を伸ばし、手斧で細かくし始めた。
「…ねぇ……瞬、大丈、夫……?」
 閉められているけれど、鎖されてはいない庵の戸に一度視線を向け、また桃に戻す。
「私、も、手伝う……」
 千獣は桃の傍らに腰掛け、細かくなっていない木を薪にするために割っていく。
「死ぬわけではない」
「……え?」
 出来上がった薪を積み上げていた千獣にかかる桃の声。
「知りたかったのだろう?」
 振り返った千獣に、桃は無表情のまま告げる。
「……元気、なる?」
 瞬が居なくならないことが嬉しくて、桃が応えてくれたことがまた、嬉しくて。千獣は少しだけほっとしたようは表情で、問いかける。
「それは―――……っ!?」
 ガタっと、いつもならば音も鳴らすことなく開くはずの戸が、一際大きな音を立てた。千獣と桃は、何事かと戸へ視線を向ける。
「師父!」
「……瞬!」
 桃は驚愕に瞳を大きくして、切り株から立ち上がると、開けた戸にもたれ掛かっている瞬に駆け寄った。
「…やあ、よく来たね」
 桃に支えられ、中へと戻るよう促す動きを制し、千獣に向けて顔を上げる。
「……無理、しない、で……」
 いつもの弱気な笑顔だけれど、今日の笑顔はそれ以上に生気を無くしており、動けてはいるものの体力は殆ど回復していないことを物語っていた。
「師父、中へお戻りを」
 桃は多少語気を強くして再度促す。
「……分かったよ。やれやれ、君も心配性だね。君もおいで、千獣。それから蓮」
 そんな風に軽口を叩いているものの、瞬の足元は完全にふらついている。
 庵の中に戻っていく瞬と桃の後を着いて、千獣も蓮の手を引いて中へと入った。
 そのまま寝台へと逆戻りした瞬は、桃がてきぱきと用意した薬湯を口に運び、長いため息をつく。
 ゆっくりと瞬きをした視線は、蓮に向けられた。
「おいで」
 手招きをした瞬を見、確認するように千獣を見上げる蓮。
 千獣は優しく微笑むと蓮の背中を軽くぽんっと押した。
 瞬は、躊躇うように寝台に近づいた蓮に、眼を細めて優しく微笑む。
「流石に、桃ほどの成長は望めていないようだね」
 形骸も核も同じものから出来ている桃と、歪んでいる蓮を比べるのは酷と言うものだが。
「けれど順調に大きくはなっているようだ」
 頑張っているね。と、千獣に向けて瞬は笑う。
 瞬はゆっくりと蓮に向けて手を伸ばす。だが、その手は一瞬の躊躇いの後にそのまま戻された。
「……瞬…」
「なんだい?」
 向けられた視線の焦点が合っていない事に、千獣はぐっと眉根を寄せる。多少元気になったように見せているだけなのだということが分かり、千獣は沢山の言葉を飲み込む。
 聞きたい事は山ほどある。けれど、無理をして欲しくもない。
 一番聞きたい事は何かを考える。いつでも、いや、今じゃなくてもいいことは、後にしよう。
 急を有し、対処をした方がいいようなことは何だろう。
「あの、邪仙……瞬、で、何を、したの……?」
「彼が、憎いかい?」
 空から伸びた糸に絡め取られ、あれだけの血を流すほどの傷を負わされながら、瞬の言葉からは憎悪が感じられない。
 千獣は俯き考える。今、自分の中にあるこの気持ちが何なのか、理解するために。
「彼はね、まだ見ぬ父に会おうとした。それだけなのさ」
「……え?」
 言葉の意味は理解できるが、それと邪仙の行動がかみ合わず、千獣は首をかしげる。そんな千獣に瞬はふっと笑い、桃を手招きする。
「御意のままに」
 桃は瞬に向けて最敬礼の形を取ると、千獣に向き直った。
「この国は、天地冥で成り立っている。遥か昔、天は地を統べ、冥は地を支えた。だが、ある刻を境に天は地への干渉を断ち切り、虚ろなる存在へと変わる。天人は天へと帰り、半天人は、天か地かを選択をした」
 そこですっと息継ぎをするかのように止まった桃の言葉を引き継いで、瞬が後を続ける。
「私はね、地を選んだんだ」
 だが、あの邪仙には、初めから選択は無かった。半天人であることさえも告げられず、捨てられるようにして地に置いていかれた。
「……師父。言葉を挟まれては、代弁の意味がありませぬ」
「ああ、ごめんよ」
 続けて。と、視線で桃を促し、桃は現状を確かめるように千獣を見遣る。
「奴は、師父の天人としての号を使い、不干渉となっていた天を地に繋ぎとめた。そうすることで、地から天へと昇る術を手に入れ、そして天へと昇った」
 本来ならば、地を選んだ半天人に天号はない。
「師父が今こうして臥せっているのも、半分は奴のせいだが、もう半分は―――」
「桃、ありがとう」
 今度は意図的に瞬が口を挟む。桃はぐっと言葉を飲み込んだ。瞬はそんな桃に微笑みかけ、千獣に視線を向ける。
「君は、彼を追いかけるかい?」
 彼は彼の目的を果たし、天上への扉は開け放たれている状態。今ならば千獣でもくぐる事ができる。
 けれど、邪仙を追いかければ、必ずその余波は蓮にも降りかかるだろう。
「それ、は、これから、考える……でも、して、良かったって、言える、こと、したい……」
 千獣にとっての最良が蓮にとっての最良とは限らない。結果を保障するものは何一つないのだ。それでも、後悔だけはしないよう、して良かったと言えるように行動していきたい。
 蓮のために、ううん“ために”なんて押し付けの言葉は言わない。
「蓮、と、相談……する」
 どうするべきかは、蓮が決めることだ。今は答えが出せなくても、それを考えられるだけの心が育ったとき、蓮が導き出した答えをサポートしていく心構えはある。
「そうだね。そうすると、いい……」
 すぅっと瞬の瞳が閉じていく。パタンっと寝台の上に落ちる腕。
「…瞬!?」
 駆け寄ろうとした千獣の前に割り込む桃。
「大事無い。眠りに着いただけだ」
 静かな瞳で千獣を見下ろし、そのまま千獣と蓮を庵の外へと連れ出す。
 桃によって鎖された戸は、とても厚く固く見えた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 楮・天雅にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 現在の瞬の状態が多い…ですかね。またも考えさせるような事が多くて申し訳ないです。二人が幸せになれる道を探してみてください。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……