<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


Mission4:翔る風を捕まえろ!








 緑の制服に身を包んだ、年齢も性別もバラバラの郵便局員がルディアに詰め寄る。
「……す、すいません! 知りません!!」
 あまりの剣幕にルディアは精一杯叫ぶ。
 すると、
「お手数をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
 一言、びしっと同じ角度で腰を折って、白山羊亭から出て行く。
 暫く呆然と見つめていが、ルディアはおそるおそる白山羊亭の入り口から顔を出して外を窺う。
「追いかけようと思うな! 出てくる場所を予想して張り込め!!」
 全特急配達員たちの中でトップクラスの速さを誇る局長――紫苑を追いかけて捕まえようなど並の特急配達員たちでは到底無理。
「この書類に今日中に判を貰わねばっ!」
 紫苑ほどではないが、それぞれに高速度の移動方法を持った特急配達員たちが散り散りに去っていく姿はある意味壮観。
 ルディアは半分呆けたまま、その様に手を振って見送った。








 今日の依頼は何があるか確かめるため白山羊亭の前まで来た千獣は、いきなり内側から開け放たれた扉に眼をぱちくりさせて蹈鞴を踏む。
「あ、申し訳ありません。大丈夫でしたか?」
 よろけた千獣の手をがしっと掴んで支えたのは、緑の服装に身を包んだ青年。
 この服装には見覚えがある。確か、総合郵便局の郵便屋――特急配達員の制服だ。
 タタタっと、人数のわりに小さな足音を響かせて、白山羊亭から駆けていく職員たち。
 千獣は一体何事があったのかと、彼らの動きを眼を瞬かせながら見つめる。
 その中でも一際年齢が言っている、態度も少々偉そうな男性が、職員たちに何事か指示を出し、その指示に従って郵便屋たちは頷くと散り散りに飛んでいった。
「何をしている遅れるな!」
「はい!」
 千獣を支えてくれた職員も、男性に叱咤され、びくっと背筋を伸ばすと、一度振り返り謝罪の礼として腰を折ると、足首に力を込めるように体勢を低くする。
「……待って」
「え?」
 服をがしっと掴まれ、青年職員の飛び上がりかけた足が地面に戻る。
「どうか、したの?」
 郵便屋の様子は尋常ではない。
 そもそもここまで特急配達員が一同に介すこと自体が異例ではないのか。
「あ、いや、僕も良くは知らないんだけどね」
 ただ、副局長が局長を探せと言っているから、捜索に参加しているだけで。と、彼は付け加え、
「まぁ、たまに副局長も極端なトコあるけど、上司の命令だしね」
 そのまま苦笑いで頭をかく。
 千獣はしばし考え、
「その、人の、匂いの、する、もの……貸して……?」
 これまで何度か困っている郵便屋に手を貸したことがある。今回も局長という人を探せばいいのなら、自分も手を貸してあげらえると、千獣は青年職員に局長の持ち物か何かが借りられないか問いかける。
「え? いや…、そう言われてもなぁ」
 郵便屋は局長と言えど基本的に私物は余り置いておかないし、そもそも長居することもそんなに無い。特に局長はデスクワークの副局長と違い特急配達員だ。実のところ青年配達員も顔を余り覚えていないのが実情。
 青年職員は疑問の声を発しはしなかったものの、言われている意味が理解できないのか、目をぱちくりさせている。
「その人、も、空、飛ぶん、だよね……?」
「あ…は、はい」
 青年職員は突然協力を申し出た千獣の事態についていけず、生返事を返す。
「匂い、途切れると、思う、けど……でも、空、飛ぶと、目立つ……ずっと、飛んでは、いないと、思う……だから、空、翔る、姿、見た人、探す……」
 千獣はじっと彼を見つめるが、きょとんとしていた青年職員は苦笑いを千獣に返す。
「う…うーん。ごめんね。申し出はありがたいんだけど、やっぱり無理そうだ」
「どう、して?」
 何故彼に無理と言われたのか分からず、千獣は首を傾げる。
「君にいろいろと説明する手間を考えると、自分で動く方が良さそうだ」
 青年職員は千獣にありがとうと微笑みかけ、くいっと足首に力を込めた。
「あ……」
 追いかけた視線の先、彼の姿はもう無い。
 高速で飛んで行ったのではない。文字通り姿が消えたのだ。
「……飛ぶ…」
 中には確かに空を翔けている者もいるようだが、彼らの動きはもう、千獣が考える、翼を持って空を翔るとは全然違ってしまっている。
 勝手に探したところで、見つけたことを伝える手段も無いし、闇雲に動くわけにもいかないし、白山羊亭には手伝いを頼むために来たわけではないのだろうか。
 このまま他っておくか、どうするか、千獣は入り口の前で小首をかしげて考える。
 その様を、郵便屋たちに指示を出していた男性が気付き、千獣に歩み寄ってくる。
「お嬢さん、うちの職員と話し込んでいたようだが、どうかされたのかな?」
 男性は千獣があの青年職員と知り合いで、足を止めさせたと思ったらしい。
「郵便、屋さん、今、大変?」
「大変と言えば、大変ですね」
「助け……必要?」
 小首をかしげて問う千獣に、男性の眼が怪しく細められる。
「手伝っていただけるのかな?」
 男性の問いに、千獣はコクンと頷く。
 局長という人を探しているのだということは、先ほど聞いた。
 だから、千獣は手っ取り早く自分がどういった方法で、局長を探すのかを男性に説明する。
「匂い…ですか」
 あの青年職員と同じような反応を返す男性。
「消えた、場所、から……また、匂い、辿れる」
 だから目撃情報さえ集めてくれれば、それを元に後を追うことができる。そう思った。
 しかし、男性の顔つきは余り芳しいものではない。なぜならば、目撃情報が元から入っていれば、こんなに広範囲の捜索は必要ないし、出現予測ポイントに職員を配置できるからだ。けれど、男性は、それを口にはせず、ただ千獣を見下ろし、考えるように口元に当てた掌の下で、にっと嗤った。
 職員でなければ、油断をして姿を現すのではないか。そう考えて。
 口元から手を離した男性は、にっこりと微笑み、千獣に軽く頭を下げる。
「ありがとう。ただ君のために人員を手配することはできませんが、職員に少々長めに着地時間を取るよう連絡しておきましょう」
 そうすれば、その場所は逆に行く必要は無いという印にもなる。
「…分かった」
 千獣は男性に背を向けて、自身の翼を広げる。
 が、ふと疑問が浮かび、そのまま振り返った。
「ねえ……その、人……どうして、どこかへ、行ったん、だろう……? 普段から、そういう、こと、する、人、なの……?」
「まさか! まかりなりにも局長ですからね」
「今回が、初めて……?」
「はは。恥ずかしながら、この時期は毎回ですかね」
 最初は局長を尊重するようなことを言っておきながら、この言葉は何かしらの疑惑を浮かばせるには充分で。
「?? 何か、心、当たり、ある……?」
 千獣は一瞬顔をしかめたが、彼は局長が居なくなっている理由を知っている気がして訊ねる。
 男性の眼が暗く輝いた。
「上層部に通されては、都合が悪い事だってありますからね」
 男性は千獣の背中を押して、飛ぶよう促す。
「さ、お願いしますよ」
「………」
 腑に落ちないことは多々あったが、狸の皮を被ったかのように笑う男性を見て、これ以上何かしらの情報は得られないと思った。








 エルザードの街の上を郵便屋を探して飛ぶ。
 連絡はすぐさま行き渡ったのだろう、結局、局長の持ち物のようなものを借りることは出来なかったが、その代わり捜索済みの証とも取れる職員が千獣に向けて手を振っていた。
 要するに手を振り返さない職員は怪しいぞという戦法。
「………?」
 しかし、一回りしてみたけれど、職員の布陣に隙があるようには思えない。
 結局千獣は元の白山羊亭の入り口に戻ってきてしまった。
 その時には、あの男性の姿はもう無く、どうしようと千獣は小首をかしげる。
 完全にいいように使われてしまったのだが、そういった考えに及ぶほど千獣自身が擦れてはいなかった。
 千獣は暫くそこで考え、このままこうしていても仕方がないと白山羊亭の扉を開ける。
「あ…オセロット」
 カウンター席でお茶を飲んでいる顔馴染みを見つけ、千獣は「こんばんは」と軽く頭を下げる。
「やあ千獣」
 それに気が着いたキング=オセロットは、軽く片手を上げて微笑みで千獣を迎えた。
 しかし、オセロットにしては珍しく、カウンターの隣の席には連れと思われる少女が一人。
 カウンターに歩み寄ってきた千獣に、長く綺麗な金髪の少女はにこっと笑って軽く頭を下げるようにして挨拶する。近くで見るとかなりの美少女だ。
「今日は来るのが遅かったのね」
 トレイを手に、注文を取りに来たルディアは、何をしていたのかと、疑問に思い問いかける。
「局長探し、手伝って、た」
 手伝うとは言って動いたものの、その行動は殆ど自分勝手に適当に動いたようなもの。
「ほお、それで見つかったのかな?」
 千獣は首を振る。
 オセロットは、千獣に見えないよう伏せた目線で少女を見遣る。
「ところで、千獣、もっと肝心なことを聞くが、局長が誰か分かっているのかい?」
 そんな悪戯っぽい問いかけに、千獣はきょとんとして小首をかしげる。
「“局長”と、いう人、じゃ、ない、の……?」
 その発言にルディアは瞳を大きくし、オセロットは笑みを深くした。
「確かに間違ってはいないな」
「ちょ、ちょっとオセロットさん」
 そのまま答えをばらしてしまいそうなオセロットに、ルディアはおろおろと静止の声をかける。
「ルディア、今何時かな?」
 が、オセロットがふっと微笑み、意味深げに、しかも何気ないといった口調で尋ねる。
 ルディアははっとして時計を見遣り、そして微笑んだ。
「5時! 5時過ぎてます!」
 やった! と、ルディアは喜び、オセロットはその微笑のまま肩をすくめ、美少女はぐでーっと机につっぷした。
「……5時、が、どうか、した、の?」
 しかし、なぜ彼女らがそんな反応をしたのか分からない千獣は、その場で立ち尽くしたまま、目をぱちくりとさせる。
「ふふ、何、簡単な答え合わせと行こうか」
「いえ、もう大丈夫ならば、着替えが先です」
 少女はそう呟くと、自分の髪をむんずと掴み、引っ張る。どさっと金髪がカウンターに落ち、その下から、薄紫色の短い髪が出てきた。そして、少女はルディアから何かしらの石鹸を受け取ると、奥へと歩いていく。
 その背に面白そうに声をかけたのは、やはりオセロットだった。
「直ぐに落としてしまうなんて勿体無い」
「この格好がばれるわけにはいけませんから」
 と、短く返すと、その背はすぐさまホールからは見えなくなった。
 千獣はその方向を指差し、オセロットとルディアに向き直る。
「あの子……紫苑?」
「ああ」
「そうですよ」
 二人同時に返ってきた正解という答えに、千獣はまたも瞳をぱちくりとさせることになってしまった。
「……変装?」
「可愛かっただろう?」
 千獣はこくんと頷く。
 暫くして白山羊亭のホールに戻ってきた少女は、緑色の制服に身を包んだ、本物の紫苑だった。
「ありがとうございました」
 紫苑はオセロットとルディアに深々と腰を折る。
「いえいえ」
「気にすることは無いさ」
 ルディアは何のことは無いといった風に返し、少々楽しんでいた節があるオセロットは、今でもまだ表情は楽しそうだ。
「千獣さんも、ご迷惑をおかけしてすいませんでした」
 どうして謝られるのか分からない千獣は、首を振る。
 紫苑はそれに、にこっと微笑んで、
「郵便配達はぜひ、総合郵便局をお使いください」
 と、宣伝文句を残して白山羊亭を去っていった。
 あまりにも元に戻ってから去っていくまでが軽やか過ぎて、少々取り残された感がありつつも、千獣は返っていった紫苑の背を見送り、楽しそうなオセロットに問いかける。
「どう、して……変装?」
「なに、簡単なことさ。千獣や他の郵便屋が探していた局長。それが紫苑だった。それだけのことだよ」
「え……」
 まさかこんな近くに居るなんて。
 白山羊亭の外へと出てみれば、あんなに飛んでいた郵便屋が一人も居ない。
 ただただ千獣は首を傾げるしかなかったが、事は終わったのだなと理解し、カウンターへ戻ると、ルディアに食事を注文した。






























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 Mission4:翔る風を捕まえろ! にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 発注を頂いたのが同時期だったので、最後だけ時間あわせしてみました。
 適当な郵便屋に助力を頼む方向だったので、ご要望にはあまり添えられませんでした。理由はすいませんが作中にある通りです。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……