＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
召霊鍵の記憶 25P
【ガーベラの遺言】
アレスディア・ヴォルフリートは風が吹き抜ける高台にある、一つの墓標を見下ろしていた。
墓標の名はガーベラ。力ある家系に生まれ、幼い頃より剣技を習っていたアレスディアと違い、何の力も無い街娘。
「……っ」
アレスディアの奥歯が、きつくかみ締められる。
もし、手甲を装備していなかったら、握り締めた爪で掌を傷つけていたかもしれない。
俯いたアレスディアは、歪むほどに眉根を寄せ、その瞳を震わせていた。
泣けない。
泣くわけには行かなかった。
「すまない…っ」
墓標と、その前に蹲る青年に向けて、搾り出すように謝罪の言葉を告げる。
「私は、護れなかった……！」
他人から見れば、遺体のある墓標を立てる事が出来たことだけでも、本当はとても羨ましいこと。人々の多くは、中身のない棺を埋めるというのに。
「一人にしてくれないか…」
青年は、搾り出すように言葉を紡ぐ。
「今は、お前の姿を見たくないんだ……」
アレスディアはぐっと言葉を詰まらせ、腰に提げていた剣を握る手に力を込める。
そして、そのまま行方をくらました。
捨て置かれた寂れた町。
青年は１つの扉の前に立ち、ぐっと奥歯に力を込めた。
「やっと、見つけた」
開け放たれた扉の先に立つ青年の姿に、アレスディアの瞳が驚きと、そして同時に、微かな恐怖が生まれる。
「……コール…」
震える唇が乗せてしまった青年の名前。
アレスディアははっとして逃げるように椅子から立ち上がった。
けれど、逃れる事が許されることは無く―――
「どうして姿を消した！？」
ぐっとアレスディアの腕を掴み、コールは叫ぶ。
アレスディアはコールから視線を外して俯く。床を見つめる瞳が動揺に激しく揺れた。
「何故だ！！」
びくっと肩が震える。それほどに強い口調だった。
（私が、変えてしまったのか――…）
穏やかな青年だった。コールとガーベラの兄妹は、掛け替えの無い友人だった。
「私、は……」
自分でも驚くほど掠れるような声だった。
アレスディアはぐっと唇をかみ締め、掴まれた腕を力任せに振りほどく。
元々、傭兵だった自分と、ただの街人の青年。持てる力の差は、性別を考えても違いすぎる。
腕を弾き、傷ついた瞳をしたのはアレスディア。
「どうして居なくなった！ どうしてだ！」
ガーベラの死から逃げるつもりだったのか？ と、激昂に瞳を大きくし叫んだコールに、アレスディアは身を縮ませる。
「すまない…本当に、すまない！ 私が…私が、護れなかったばっかりに、ガーベラを、あなたの妹を……」
「そうじゃない！」
傭兵だったころの力強さはどこにも無く、ただ深く沈みこみ告げるアレスディアの肩を、コールは掴む。
「お前は見捨てたのか？ 盾にしたのか？ 違うだろう！ 俺はその場に居たんだぞ！！」
「だが、私は護ると…そう、誓ったのだ……それなのにっ」
コールの手が肩から離れた。そっとアレスディアは伺うように視線だけを向ける。コールの表情は怒りではなく、切なさを帯びていた。
「護るというお前の誓いは何だ？ 誰かを護りたいという気持ちは、お前だか持つ感情か？」
その言葉に、アレスディアは固まる。そして、ゆっくりと首を振った。
誰かを護りたい。大切にしたいと思う感情は、誰にだってある。それは充分に分かっている。そう、果たせなかった自らの誓いに、他の誰でもない、自分が許せないだけ。
静かに立ち尽くすアレスディアの様子に、コールは言葉を続ける。
「違うだろう？ お前の、護りたいという気持ちで、妹の護りたいと言う気持ちを否定するのか？ ガーベラの死を否定するのか？」
「そんなつもりは……！」
アレスディアははっとして顔を上げる。
「そう言っている」
真正面から直視してしまったコールは、肩を落とし、とても悲しそうに見えた。
ぐっと言葉を呑む。
「お前の行動が、そう、言っているんだよ……」
コールは瞳を伏せ、小さく首を振る。
「あいつは、自分を責め続ける日々を送らせるために、お前を庇ったわけじゃない。お前にただ生きて欲しかったからだ」
「私とて、生きていて欲しかった。護りたかった…」
アレスディアの膝から力が抜ける。そのまま床に吸い付けられるようにすとんと腰を落とし、拳で床を叩いた。
「なぜ私を庇ったのだ！ 私などを庇わなければ、今頃ガーベラは生きて…っ！」
その先は、嗚咽に消えて紡ぐ事が出来なかった。
「あいつは、お前を庇ったことに後悔なんてしていない」
上からかかる声が余りにも優しくて、アレスディアは軽く唇をかみ締め、大声で泣き出してしまいそうな気持ちを抑える。
「あいつは自分で飛び出した。あいつだって、お前を護りたいと思ったからだ。お前が護りたいと思うように、あいつだって……俺だって、護りたいと思うんだ――…」
コールは床に膝を着き、俯いたアレスディアの肩をぽんと叩く。
「あいつのために、顔を上げてくれないか？」
「コール……」
少しだけ浮上した口調に、コールはほっと胸を撫で下ろす。だが、アレスディアはすぐさま首を振った。
「ダメだ。彼女は私が殺したようなもの……その私が、どうして安穏とした日々を送れようか！」
ぐっと苦渋に眉根を寄せ、俯き拳を力任せに握り締める。
「悔やむななんて言わない」
忘れられてしまったら、それこそ、これ以上の怒りが生まれる。けれど、それに囚われたままが良いわけではない。
「あいつを護れたなったことを悔やんで、力にして、他の誰かを護ってやって欲しいんだ」
怒るわけでも、責めるわけでもないコールの言葉。
「本当は、俺が何を言ったところで、どうにもならないことくらい分かっている」
お前は頑固だからな。と、ふっ笑って緊張を解くようにコールは告げる。
「お前を許すことができるのは、お前自身だけだ。けどな、アレスディア」
今まで名前を呼ばなかったのに、突然ここにきて呼ばれたことに、アレスディアの心が跳ねる。
「俺も分別がつく性格というわけでもない。お前のこと恨んでないといったら、それも嘘かもしれない」
コールは立ち上がり、入ってきた扉に向けて踵を返す。
（やはり恨んで……）
どれだけすいませんと、ごめんなさいと言ったところで、散った命が戻ってくるわけではない。
アレスディアはコールを見上げる事が出来ず、ただ奥歯をかみ締める。
「だからこそ、自分を責めるばかりで、立ち上がらないお前が許せない」
そして、静かに最後の言葉を告げた。
「俺に、妹の死は意味のあるものだったと証明してくれ」
パタリと閉められた扉の音がやけに大きく耳に響いた。
はっとアレスディアは瞳を見開く。
確認するように辺りを見回してみれば、何のことは無い、何時ものあおぞら荘の自室。
机の上には、傷薬や、携帯食料品などがジャンル毎にまとめられている。
「そうか、私は――…」
冒険や依頼で持っていく持ち物の整理をしていたところだった。
だが、コールが告げたあの言葉は、確かに記憶に残っている。
白昼夢のように見てしまった光景。あれは、アクラの手によって生身のまま物語に入ったときと良く似ている。
そして、今自分が遭遇している状況に、良く似た出来事が起きていた、物語。
「物語の中でも、私は、護れないのか……」
守護対象は、物語の登場人物だったけれど、まさかその１人としてコールが出てくるなんて。
アレスディアは眼を伏せ、薄っすらと口元に笑みを浮かべる。
「物語とはいえ、あのような事を言われるとは」
物語の登場人物であり、本物ではないし、話も似ているだけで違う話。なのに、コールの顔で、コールの声で、告げられた言葉。
「私を許せるのは、私だけ…か――」
けれど、どうしても自分で自分を許せない。だからといって、誰かに許しを請うようなことでもない。
結果的に、それでは、前に進む事が出来ないと、言われた気がした。
☆―――登場人物（この物語に登場した人物の一覧）―――☆
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート（18歳・女性）
ルーンアームナイト
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
召霊鍵の記憶にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
現状よりちょっと酷い状況の物語ではありますが、何とか諭すような物語をご用意してみました。結果的に諭すような話をしても、誰かに言われて自分を許すような方ではないと思っていますので、自分で何らかの答えを出せるような形に落ち着けました。
それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……
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