<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『蜜月のソナタ』


●風のララバイ
「〜♪」
 夢現のひと時、レドリック・イーグレットはシルフの歌声を耳にする。
 徐々に覚醒していく意識の中で、視界に入るのはレベッカ・エクストワの後ろ姿であった。
「おはよう、寝ぼすけさん。朝食の用意は出来てるよ。顔を洗ってきて!」
 冒険中ならともかく、さすがに愛する女性と二人で住んでいる時までは、レッドも意識を張り巡らせたまま寝たりはしない。
 この『明日に吹く風』の部屋に居る朝こそが、彼が最もリラックスしていられる時である。
 裏の水場で顔を洗い、部屋に戻ってくる途中、グリム・クローネの部屋の前を通りかかる。中は何やら、朝から騒がしかった。
 グリムとカイ・ザーシェンの結婚式まで1週間を切り、準備に余念がないようだ。昔の仲間達にも最大限声をかけているらしい。もっとも、所在が掴めなくなった者も多いようだが。
「さ、早く食べて買い物に行こうよ」
 皿の並べられたテーブルの前で、レベッカが微笑む。
 ベーコン、ソーセージ、焼いたトマト、目玉焼き、キノコの炒め物、ハッシュドポテト、フライドオニオン、それにトーストとフレッシュジュース。
 二人で暮らし始めた頃のレベッカはそれほど料理が得意でもなかったが、今はそれなりに上達している。
 その気になればいくらでも贅沢な暮らしも出来るのだが、質素な生活が身についてしまっている二人である。それに彼の為に料理をするのは楽しいとも、レベッカは言ってくれていた。
「結婚祝い、何にしようか?」
 食後に紅みのあるお茶を淹れ、今日の予定を相談する。
「そうだな……セレヴィア辺りまで足を延ばしてみるか。ここじゃまだ、流通にも限界があるしな」 
 少し離れた場所にある交易都市の名を挙げるレッド。二人の足でも4〜5日はかかる距離だが、グライダーならひとっ飛びといったところだ。
「それじゃ僕、グライダー取って来るね」
「あ、おい……」
 止める間こそあれど、レベッカは部屋を飛び出していった。
 もう少し二人でお茶を楽しみたかったのだが。残ったお茶を啜りながら、レッドは苦笑を隠せなかった。
 いつだって、彼女は風のようにすり抜けていくのだと。


●セレヴィアの夜
 レベッカが借りてきた二人乗りのグライダーで半日。辿り着いたのは運河が発達した海沿いの交易都市、セレヴィアであった。
 事前に買う物はマタニティ関係と決めてあったのだが、こういうところまで足を運ぶ事も滅多に無いので、街をぶらつきながらウィンドウショッピングを楽しむ。
 果実のフレーバーが練りこまれたジェラート片手に、レッドを引っ張りまわすレベッカ。いつの世も、買い物とは女性が中心なものである。
 結局、無難なところで赤ちゃん用の肌着やタオルを見繕う事にした。レッドにはよく解らなかったが、特殊な生地で出来ているらしく、結構な値がついていた。
 せっかくなので、宿も最高級のところにしてみた。レクサリアや旅の途中ではなかなか贅沢も出来ないので、こういう時くらいしか機会は無い。
 セレヴィアは夜景の美しい街として知られている。また、ガラス工芸が盛んという事もあって、シャンデリアなども眩いばかりだ。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いや……」
 君のこんな姿が見られるならいくらでも。そんな浮いた言葉を口に出来るようなレッドではない。だが、ドレスアップしたレベッカの美しさは、普段とは全く別物であった。
 フルコースを堪能しながら、ワインを楽しむ。
 レッドとて騎士として宮廷作法くらいは心得ている。近年、そんなものを披露する機会がとんとないので忘れかけてはいたが。
 だが、こうしてフォーマルな席にあるレベッカの作法は、やはり王族としての気品を感じさせるものがあった。もちろん、彼女とてその手の作法を披露する機会に恵まれないのは同じなわけだが。
 堅苦しい王宮の生活なんかより、自由気ままな冒険者生活の方が性に合っているとも言っていた。その言葉に嘘は無いのだろう。しかし、こういった場所での堂々とした振る舞いは、一際目を引くものがあった。
 もう少し胸のボリュームがあればいいのに、とは常々レベッカが口にするところである。二人で暮らすようになって、若干の改善は見られたものの、その口癖は今も変わらない。
 それでも、女性として日々美しく成長していく彼女を見続けていられる事が、レッドにはかけがえの無い幸せであった。 
 部屋に戻り、バルコニーから夜景を眺める。
「平和だねー」
「そうだな。こんなにのんびりとしたのも久しぶりか」
 カイの仕事量が減っている分、ここしばらくは二人も何かと忙しく動き回っていた。能天気に振舞っているように見えて、あれで腕利きの男である。代役を引き受けるようになって、改めてその一面が窺えた。
 ここまで来たついでに、結婚式用の礼服も一緒にあつらえた。時間が無いので簡易的なものではあるが。あとは当日にお祝いの花を用意すればいいだけになっていた。
「ちょっと飲みすぎちゃったかな……」 
 酒に強くないのは今も変わらず。だが、ほんのり赤く染まった頬を扇ぐレベッカの姿は、充分に魅力的だった。
 そっと肩を抱き寄せると、その首が彼の肩に乗る形になった。
 いつも思うのは、こんな華奢な体でよく剣を振るえるものだという事だ。無論、しっかりと筋肉はついているのだが、鍛え上げたレッドのそれとは比べるべくも無い。
「僕も子供が欲しいなー……。レッドは男の子と女の子、どっちがいい?」
 気持ちに偽りは無いのだろうが、それが今はまだ無理な事は良く解っている。だから、レッドは努めて明るく答えた。
「どっちでもいいさ。双子でもいいくらいだ」
 ふと、バジュナ攻略の時に垣間見た、マキシミリアンの子供達を思い出した。あの子達はどうしているだろうか?
「ずっと……そばに居てね……?」 
「ああ……もちろんだ」
 バルコニーから伸びた二つの影は、ゆっくりと一つになろうとしていた。


●ウェディング・ラプソディ
「ええっと……まだかな……まだかな?」
 結婚式当日。控え室でドレスに着替えたグリムは、百面相を続けていた。
 彼女のたっての希望により、結婚指輪はカイが贈ってくれた銀細工の指輪と御揃いのものをあつらえる事になっていた。また、こっそり彼の分には加護の魔法をかける事にしており、それが完成に時間がかかっていたのだ。
「ふぅ。お待たせしました。さぁどうぞ、花嫁さん」
 珍しく息を切らせて呉文明が控え室に飛び込んできた。かなり無茶を言ったのだろう。彼が直接持って来た事からもそれが窺える。
「ありがとうございます!」
「それじゃ、私も式場の方でお待ちしてます」
 にこやかな笑顔を浮かべ、文明は部屋を出て行った。それと入れ違いになるように、控え室の扉がノックされる。
「おい、グリム。そろそろ時間だが、大丈夫か? 入るぞ?」
「あ、ちょっと。花婿は式場で待ってないと……!」
 若干、押し問答になったものの、結局はカイを部屋に招き入れる。
「お、さすが俺の見立てたドレス。よく似合ってるぜ、花嫁さん」
「ありがと♪ でも、やっぱり式場で初めて見て、『見違えたぜ』とか言って欲しかったな」
「いいんだよ。可愛いのはとっくに分かりきってることなんだから」
 こぼれんばかりの笑みを浮かべながら、グリムは後ろ手に持っていた指輪をそっと前に差し出した。
「はい」
「ん? これは……わざわざ同じものを作ったのか」
 二つの指輪が納められた箱を手に取り、カイが苦笑する。彼にしてみれば、ここまでグリムが大事に思ってくれるのなら、もっと立派なものをあげておけば良かったという気持ちもあるのだ。
 もちろん、大事に思ってくれていることは嬉しく思っているのだが。
「とうとうこの日が来たんだね……。あたし、カイのお嫁さんになるんだね」 
 ずっと一緒にいたけれど、改めて花嫁花婿として向き合うと照れてしまう。
 僅かに感じる気恥ずかしさと、それを遥かに上回る幸せな気持ち。グリムは今、花嫁衣裳と幸福感に包まれていた。
「そういえば……プロポーズの言葉ってまだだよ?」
「結婚式当日にそれを言うのか?」
 さすがに苦笑するカイ。彼にしても照れくさいのか、それらしい言葉を伝えた事は無かった。
 口から先に生まれたと言われる、この男にしては珍しい事である。
「あー……えーと」
「……」
 言葉に詰まるカイの姿なんて初めて見た気がする。グリムはそっと目を伏せて、彼の言葉を待った。
「お前と、子供達の笑顔を守れるよう頑張るから。だから……俺の傍で笑っていてくれ。お前じゃないと……グリムじゃないと駄目なんだ」
「うん!」
 ドレスの裾を翻し、長身のカイに抱きつく。
 花嫁衣裳を崩さぬように、そっと彼は受け止め、抱き締めてくれた。 
「……さて、お二人さん。来賓の方々もお待ちなんだが、そろそろよろしいかな?」
 しばらく後、花嫁のエスコート役を務めるジェイク・バルザックが控えめに声をかけるまで、二人が離れる事は無かった。


 式場には、懐かしい顔が勢ぞろいしていた。『天空の門』事件を潜り抜けた仲間達、『フリーウインド』の仲間達、そして……。
(皆!?)
 彼女を拾ってくれた旅芸人の一座の姿もそこにはあった。
 グリムが招待したわけではないので、カイのサプライズだったのだろう。もちろん全員が揃っているわけではない。それでも、過ぎた時間を感じさせつつも懐かしい顔がそこにはあった。
 ジェイクの腕から、カイの腕へと移り。誓いの席に立つグリムの脳裏を、さまざまな思い出が去来していった。
 不思議な事に、そこに辛い記憶は無かった。思い出の中に浮かぶ顔は、皆一様に微笑んでいた。
 彼女の細い薬指に、すっと銀の指輪がはめられた。
 ヴェールが静かに掲げられ、カイの瞳の中に自分が映る。その顔は、これ以上ないくらい幸せそうな微笑みを浮かべていた。


 フラワーシャワーが降り注ぐ中、二人はゆっくりと階段を降りていった。
「グリ泣かすんじゃねぇぞ、この色男!」
 姉弟子が笑っていた。 
「お幸せにね!」
 その周りにはフリーウインド領から駆けつけたディアや当時の仲間達の姿。一部の男達が米をカイに投げつけていたのだが、ご愛嬌というものか。
 その一角に、ドレスアップしたレベッカの姿を見つけ、グリムは手にしていたブーケを彼女に向かって投げ渡した。
(分かってるよね?)
 その傍らに立つレッドに、悪戯っぽい笑みを投げかけ、花嫁は幸せそうに式場を後にしたのであった。 

  
 結婚式には『ニジカイ』とかいうものが付き物らしい。そう言い出したのはカイであった。
 無茶を言って『明日に吹く風』を貸切にして、遠方から来た来賓たちを泊めるのと同時に、パーティを開く事にしたのだ。もちろん、宿でいつも顔馴染みの連中もそこには顔を出し、二人の結婚を祝ってくれていた。
「へへっ、皆に料理を振舞うのはディアの結婚式以来だな」
 昔の仲間が腕を振るった料理が並び。
「……!」
 負けじとこの街で知り合った料理人も手の込んだ料理を作っていく。
「今夜は潰れるまで飲むぞ! ワシの作った黒ビール、樽ごと飲むがいいわ!」
 もちろん酒も無尽蔵だ。
 これだけの人数が集められた事も二人の人徳だが、集まった人間が一様に笑みを浮かべている事もまた、二人の人徳と言えるだろう。
「みんなー、ケーキカットだよーっ!」
 喧騒に負けじと、レベッカが声を張り上げる。
 中央のテーブルに、かなり大きめのケーキが用意された。
「へへっ、これ作るのおいらも手伝ったんだぜ」
 パン屋の息子であるライスが嬉しそうに笑った。
「よっしゃ、とっとと切れ! そして食わせろ!」
「太行……お前はギルドマスターの風格というものをだな……」
 ケーキカットでまた祝福を受け、二人は来賓全員に渡るようにケーキを配り始めた。
「あの小さかったお前がこんなに立派になるなんてねぇ……長生きはするもんだ」
 旅芸人の一座で厨房を担当していたゼン婆が、感慨深げに頷いていた。
 会場は既に酒と料理と熱気の坩堝と化していた。
 グリムの周りには女性陣が集まり、もっぱら今日のドレスと指輪についての話に花が咲いている。
 カイはもう全身ずぶ濡れになるくらい酒をかけられていた。ギルドの関係者も多数来ていたのだが(レグ・ニィもだ)、結構グリムのファンという男連中が多く、やっかみのシャンパンファイトを受けていた。
「やれやれ、どうにか間に合ったようですね」
 竪琴を携えた青年が、遅れて酒場へと足を踏み入れた。
 遅れてやって来て素面とは何事だと、周囲から酒を勧められる。それらをさらっと飲み干し、彼は高らかに竪琴を奏でた。
「楽しくいきましょう」
 陽気な音楽が会場全体に響き渡った。
 軽装に着替えたグリムと、ずぶ濡れの式服を脱ぎ捨てたカイが、その音楽に合わせて踊りだす。
 一緒に踊るもの、口笛や手拍子で囃し立てるもの、我関せずと杯を傾け続けるもの。
 歓声の中でグリムはふと、先生の姿が見えないことに気がついた。式場では姿を見かけたのだが。
(『時間凍結』の魔法はどうなったんだろう?)
 だが、それも束の間。
 彼女の意識は仲間達との楽しいひと時へと引き戻された。
 その宴は結局、夜が明けるまで続いたという。


●過去からの来訪者
「それじゃ行ってくるね!」
 そう言い残し、二人が新婚旅行へと出かけたのが一週間前。既に『明日に吹く風』もいつもの光景を取り戻していた。
 カイが抜けた分のシフトは、レグを始めとする面々でフォローする事になっており、レッドとレベッカもそれを手伝っていた。
 他の連中と比べれば、飛びぬけた戦力である彼らは単独行に近い形をとる事が多くなり、『混沌の迷宮』に潜る機会も増えていた。
「よっと……こんなところか」 
「大体、片付いた感じだね」
 もちろん、それほどの深さに潜るわけでもなく、調査や救出に奔走するする日々だった。
 その日も襲ってきた魔物のみを撃退し、そろそろ戻ろうかという時であった。
「あれ?」
 目の前の光景が不意に歪み始めた。
 ここではよくある現象で、時間軸のずれた別の迷宮が映し出されたりすることがある。
 とはいえ、二人は一歩下がろうと動く。
 次の瞬間。
「!」
「!」
 二人が喉の奥から漏らしたのは、同じ感嘆であった。もっとも、意味合いは全く異なったのだが。
 レッドが感じたのは強力な殺気。彼をして、その場から大きく下がらせるほどのもの。
 そして。
 レベッカが見たものは。
「アージ叔母様!?」
 それはどこかの回廊。アミュートを纏った戦士に腕を引かれて走る一人の女性の姿であった。
『アージさん、走るんや。このままじゃ囲まれる!』
『……』
 レベッカの声に気がつき、レッドが視線を向けたその先に、歪んだ回廊の向こうに一人の姿が映し出された。
『アトル! アージさん! こっちだ! 早く!!』
 手を差し伸べる、まだ少年の面影を残した男の姿。
 それを見た瞬間、弾かれたようにレベッカが駆け寄った。
「お兄ちゃんっ!?」 
 歪んだ光景に近づく、その危険性に気がついたレッドが駆け出す。
「レベッカーーーーッ!!」
 伸ばした手を風の様にすり抜け、その姿が歪みの向こうへと消えていくのを、スローモーションでも見るかのように感じる。
 奇妙な幻視感が消えた時、石造りの迷宮に佇んでいたのは、レッドただ一人であった。




                            ……to be continued




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3098/レドリック・イーグレット/男/29歳/精霊騎士
3127/グリム・クローネ/女/17歳/旅芸人(踊り子)

【NPC】
 
カイ・ザーシェン/男/27歳/義賊
レベッカ・エクストワ/女/23歳/冒険者

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 無事、結婚式を書き上げる事が出来てほっと一息です。そして何とか次回への引きを付ける事も出来たわけですがw
 本当は結婚式のシーンでは、全員の名前を書いてあげたかったんだけどね。
 次回は少し間が空くと思いますが、よろしければまたご参加ください。
 それでは、また。

>レッドさん
 まぁ、二人の関係はこんな感じでしょうか。元々、レベッカは生まれの関係からか甘えベタなところがありますし、どっちかといえば淡白な方でもあります。
 懐かしい人間も出てきたところで、さて次回以降どうしましょうかねぇw 

>グリムさん
 最近はとあるアニメのOPテーマを聞くたびにグリムを思い出しますw
 お腹の子はまだ『時間凍結』されたままです。本文にあるように、先生は式場には姿を見せましたが、その後は現れませんでした。
 もしかしたら、裏で暗躍する魔物と戦ってるのかもしれませんw