<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の朔望―彼女の結論―』

 エルザード城の中の、研究室の中で。
 ファムル・ディートと、妹のリミナに見守られながら、ルニナはベッドの中で目を閉じていた。
 顔色は悪くはないし、安静にしていれば、苦しそうでもない。
 たけれど、時々見せる笑みは、何か足りなくて。
 明るく笑っていても、何かが足りない。

 千獣は、彼女のベッドの傍で、じっと考え込んでいた。
 だけれど、やっぱり答えは出せなかった。
 理解が出来なくて。
(わからないよ)
 口の中で、ごにょりとつぶやいた後。
 自分の方に目を向けたリミナに。
「……少し、考えて……くる」
 そう言い残して、その部屋を後にした。
「千……」
 立ち上がろうとしたリミナの腕を、ルニナが掴んで止めた。
「……帰ってきてくれなかったら、どうしよう」
 振り向いたリミナは、とても不安そうだった。
「気持ち、伝えたから」
 不安で涙を浮かべていくリミナに、ルニナは淡い笑みを向ける。
「互いがどんな気持ちを抱いているのかは、もうわかってる。ただ、私達は違う『人間』だから。違う思いを抱く、思考のできる人間だから。そして、友達だから。互いの言葉に従うだけの生き方は出来ない」
「……」
 ルニナはリミナの手を離して、天井を見ながら大きくため息をついた。
「時間が必要、だと思う。大丈夫、私の時間、延ばしてもらったんだから。千獣が答えを出すまで待てるから」
 そしてまた、目を閉じてルニナは眠りに落ちていく。
 リミナはルニナの手に手を伸ばして、そっと重ねて見守る。
 ファムルはいつの間にか、部屋から姿を消していた。

     *     *     *     *

 ゆるやかに、ルニナの体調が回復していく。
 数週間後には、一通りのことを自分で行うことが出来るようになっていた。
 普通の生活ができるようになるには、まだまだ時間がかかるということだったが。
 リミナの献身的な看病の甲斐もあり、1人での短時間の歩行くらいであれば、もう問題なく行える。
「村も心配だし、一緒に島に行った人達にも挨拶をしたいし、白山羊亭や黒山羊亭の依頼も気になるんだよなー」
「はいはい。でも、体が完全な状態になるまでは、絶対無理したらだめよ?」
「わかってるって」
 リミナにそう答えて、ルニナは水の入ったコップに手を伸ばした。
 薬の時間だ。体が完全な状態になるまで、欠かすことなく飲み続けなければならない薬。
「……千獣が傍にいてくれないんなら、薬飲まないー。とか言えば、引き止められたかな?」
「馬鹿なこと、言わないで」
 ルニナに、淡くてさびしげな笑顔でリミナはそう言った。
 千獣はまだ戻ってはこない。
 リミナは街に出るたびに、千獣を探しているけれど……あれ以来、見かけたことは一度もなかった。
「私達からじゃ……会うこと、出来ないのよね。来てくれないと、会えない……」
 悲しげなリミナの言葉に、ルニナは軽く苦笑しながら頷いた。
 もっと、上手い言葉で千獣を引き止めることは出来なかったかと、ルニナは少しだけ後悔していた。
 とはいえ、今でも千獣に、どう感謝を表し、どんな言葉を伝えればよかったのか、わかりはしないのだけれど。
 そんな、時。 こん、こん
 と、ドアを叩く控えめな音が響いた。
 城の中に、こんな風にドアをノックする人物はいない。
 だから、リミナもルニナも、ドアの向こうの人物が誰であるのかすぐに分かった。
 起き上がったルニナを手で制して、リミナが駆け寄り、ドアを開いた。
「……待ってたよ、千獣」
 ドアの向こうにいた人物に、先に声をかけたのはベッドの上で座るルニナだった。
 リミナは言葉を出すより早く、手を差し出して、千獣の腕を引っ張り、彼女を部屋の中にいれた。
 そして、ルニナの傍に、一緒に歩く。
「ただ、一緒にいられればそれでもいい。でも、何か言いたいことがあるのなら、聞かせて」
 ルニナのその言葉に、千獣は少しだけ躊躇して。
 俯いて、目を瞬かせて、まだ考え込みながら。
 ゆっくり、語りだす。
「……考えて、みた……人の、心……でも……やっぱり、わからない」
 千獣が目を伏せる。
「……」
 リミナの表情も沈んだ。
 ルニナは静かに、千獣を見つめている。
「私は……ルニナ、治ったら……リミナも、大丈夫……村も、大丈夫……それで終わり……そう、思ってた」
 それで、自分の役目は終わりだと。
 千獣はそう思っていた。
「でも、わかりたかった。傷つくこと、傷つけること、どうしたら、いいか。だから、聞いた」
 体が傷つくこと。
 心を傷つけること。
 体の傷と、心の傷は違う。
 体の傷はいずれ直るけれど――まして、千獣自身の怪我ならば、人間より早く治る。
 だけれど、心の傷は違う。体の傷のようには、治らない。
 その、心を傷つけていると思ったから。傷つけたくないのに、傷つけていたから。
 だから、千獣はどうしたらいいのかわからなくて。わかりたくて、リミナに。ルニナに。……尋ねた。
「そしたら……」
 俯いて、千獣は深くため息をついた。
「もっと、わからなく、なった」
 リミナは悲しみの籠った目で、千獣を見つめる。
 ルニナは黙って、じっと千獣を見続けている。
「……でも……わからない……から……わかりたい……」
 次の瞬間、千獣は顔を上げた。
 そして、リミナとルニナをしっかりと見つめる。
 まっすぐに、2人を見る。
「だから……一緒に、いる」
 千獣の口から飛び出したその言葉に、リミナの瞳が揺れた。
「一人じゃ、わからない、から……二人と、いて、二人の、心、もっと、知って、考えて……わかるように、なりたい」
「私も……もっと、千獣のこと知りたい。知りたい……」
 リミナが声を上げた。
 ルニナはまだ何も言わずに、千獣を見ている。
 千獣も目をそらさずに、言葉を続ける。
「ダメって、言っても、ダメ……もう、決めた。私は、二人と、一緒に、いる」
 空ろな雰囲気はなく。
 しっかりとした目で。
 決意が込められた瞳で、千獣は言い切り、見つめ続ける。
「来て……」
 ルニナが手を伸ばす。
「千獣……」
 リミナが、千獣の手をとった。
 リミナに引っ張られるより早く、千獣は自分の足で。人間の足で、ルニナに近づいた。
 ルニナは近づいた千獣を手をつかむと、ぐっと引き寄せた。
「お帰り、千獣……ううん、ただいま、かな」
 くすりと、ルニナは笑った。
 でもその笑いには、少し苦しみも感じられた。
 ルニナの心が、僅かに千獣に流れ込んでくる。
 彼女の感じていた、不安にも似た感情。辛い気持ちが。
「あなたは、私が生きている理由の一つ。生きてもいい理由の一つ。助けてくれて、ありがとう」
 ルニナの手が、千獣の髪を撫でた。
 リミナもそっと、千獣に後ろから抱きつく。
「千獣の『わからないこと』は私にも答えが出せないけれど、ルニナの時間をあなたがくれたから。3人で一緒に、答えを探していくことだって、できるはず」
 だから……。
 リミナが言葉を続けていく。
 一緒に、生きていこう――と。

 リミナの心臓の音が千獣の体に響いた。
「千獣、大好きだよ」
 ルニナの声が千獣の耳に流れ込む。
「生きてる……だから、いっしょに、考えて……わかろうとできる」
 千獣は自分に回されたリミナとルニナの手をぎゅっと掴んだ。

 ――私は、決めた。……2人と、一緒に、いる――

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ
ルニナ
ファムル・ディート

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
後日談のご発注ありがとうございました。沢山お時間いただき、申し訳ありません。

3人にとって、幸せな未来が訪れることを願っております。
沢山笑いあい、一緒に生きていくことが出来ますように。