<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『Battle Vampire』


 …チャン……、ピチャン……ッ。

 闇に響く音。
 石畳を重ねて作った道の外れ。建物の隙間に出来た闇を更に濃くする空間に、2つの影があった。
「……」
 無言のままに垂れる華奢な指。
 その先から滴るのは、紅蓮の輝きを放つ雫だ。
「……まあまあ、ですね……」
 ドサリと重い音が響き、抱えられていた影が落ちる。そうして立つ影が動くと、乾いた靴音が響いた。
「今宵はまだ1人……もう1人、この手に……」
 1歩、また1歩と歩く中、徐々に影が薄まって行く。
 どうやら濃い闇が残るその場所から、僅かに灯りのある場所へと歩を進めているようだ。
「まったく、小賢しい真似をしますね。篝火など、何の意味もない」
 揺らめく光の中、赤に染まった唇が弓を引いた。
 滴る雫は真新しく、其処から鋭い牙が覗く。
 そう、この街はヴァンパイアの根城にされていた。故に、街中を歩く人の数は少なく、代わりにヴァンパイアの賞金を目当てに集まった冒険者たちが屯う。
「――ほう、アレは活きが良さそうですね」
 ニイッと笑んだ唇。直後、路地裏に潜むヴァンパイアの影が飛んだ。
「お嬢さん……物騒な物は捨て、私に従いなさい」
「!」
 声に振り返った時には遅かった。
 赤の鎧を身に纏う女性は冒険者だろうか。見るからに使い込んだ剣は、彼女が歴戦の戦士だと物語る。
 だが、ヴァンパイアには得れる事実は如何でも良い。彼が得るべきモノは人の生血。それも、若く美しい乙女の血だ。
「ふふふ。怖がらず、そう……そのまま身を委ねなさい」
 女性には、何が起きたのかわからなかった。
 ただ耳を、心を魅了する声が脳に直接響いて動きを奪う。そしてその声は彼女に恍惚の時を与えてくれる。
 首筋に触れる牙も、今正に自分に訪れようとする死の瞬間も関係ない。ただ、全てを魅了する声に身を任せるだけ――だった。
「おいコラ、そこのてめェ! てめェだ、てめェ!!」
 闇を裂く不快な音に、ヴァンパイアの目が上がった。
 吸血の瞬間は赤に染まる瞳を金色に変え、ヴァンパイアは双眼を眇める。
 その視線の先に居たのは小麦色の肌に鍛え抜かれた体を持つ虎王丸だ。
 彼は帯刀する日本刀に手を添えると、すぐさま距離を縮めに掛かった。これにヴァンパイアの手が動く。
「食事を邪魔するなど、無粋だ」
 まるで頬を撫でるように動いた手。それが女性の肩を押すと、物凄い勢いで人の体が飛んで来た。
「ぅお!?」
 当然虎王丸はそれをキャッチ。出来る限り衝撃を与えないように、腕全体で抱き止める。
「結構、ナイスバディ……じゃねえ! てめェ、美女乙女淑女を犠牲にするたぁ許せねぇ!」
 女性無事は息遣いでわかる。
 虎王丸は彼女の体を壁に凭れ掛けさせると、改めてヴァンパイアを見た。
 その頃には、物音に駆け付けた他の冒険者たちも合流してくる。彼等は虎王丸とヴァンパイアの姿を見るや否や、すぐに戦闘に加わって来た。
 その目的は勿論――
「賞金ゲットおぉぉおお!!!」
「品の無い……」
 無粋な上に即物的だ。
 ヴァンパイアはそう口中で零すと、我が身を覆うマントを広げ、次の瞬間それを羽ばたかせた。
 その瞬間に溢れ出した黒の鳥――否、これは蝙蝠だ。
 蝙蝠がヴァンパイアのマントから溢れ出し、冒険者たちを襲い始めたのだ。
 その数はかなりな物。
「くっ……これじゃあ、近付けな――ぅぁぁぁぁぁああ!!!」
「ど、どうし……ぎゃあああああ!!」
 其処彼処で響く悲鳴に、虎王丸は白銀の刃を返して振り返る。
「チッ……新手か!」
 路地裏から溢れ出す腐臭を放つ生き物。それらは動きこそ鈍いが、一度に加える力は強いらしく、次々と冒険者たちを伏してゆく。
 しかも数が多いとくればこちらとしては不利だ。
「こんな事なら、先走って来るんじゃなかったか? けど……」
 虎王丸の目が、未だ気を失ったままの女性に向かう。そしてそれを目に留めた彼は満足げに笑むと、武器に付着した陰の気を祓い、目の前の敵に刃を向けた。
「美女乙女淑女を護れりゃ問題ねぇ! それに、こっちにゃ奥の手があるんだよ!」
「……何?」
 接近した冒険者の首を圧し折ったヴァンパイアの目が虎王丸を捉えた。
 次々と虎王丸を目指す蝙蝠。そしてアンデッドを前に彼は不敵な笑みをそのままに腕を動かす。
「喰らえ、これが虎の霊獣人の技だ!」
 刃を振るうのと同時に巻き上がった炎。それらが彼に纏わり付く蝙蝠を一気に浄化してゆく。
「へへん、どんなもんだい!」
 得意気に上げた声。
 確かに彼の技――白焔の威力は凄まじい。特に、こうしたアンデッドや悪魔を前に強い力を発揮する技で、彼がこれを奥の手と云ったのも納得がいく。
 しかし、油断は禁物だ。
「まだ、私の兵は潜んでいますよ」
「……しまッ!?」
 敵の声に咄嗟に身構える。
 だが一瞬死角に入った蝙蝠は、彼の元に辿り着く事は無かった。
「あれほど先に行くなと言ったはず……言わんこと無い」
「凪!」
 呆れ気味に響く声に、虎王丸の表情が明るくなった。
 視線を向けた先に居たのは虎王丸が信頼を寄せる友――蒼柳・凪だ。
 彼は携える二丁の銃を使い、虎王丸に迫る蝙蝠を撃ち落してゆく。そうして彼の傍に辿り着くと、2人は改めてヴァンパイアを見据えた。
 黒のマントに黒の儀礼服。物語に出てきそうな出で立ちで、見目も麗しく女性はその容姿に惹かれて付いて行った者が殆どだろう。
 それを思うと自業自得とも言える。だが、命を奪ったのは目の前の存在に違いない。
「虎王丸、出来るか?」
――何を?
 そう問わなくても分かっている。
 虎王丸は大きく頷きを返し、そして凪の前に立った。
「おや、いったい何を見せてくれるのでしょう?」
 クツリと喉が鳴り、次の瞬間、敵の手から新たな蝙蝠が放たれた。
 だがそれらを目にした瞬間、虎王丸の刃が唸る。
「しゃらくせぇ!!!」
 次々と撃ち放たれる白焔。
 これに生まれたばかりの蝙蝠が消えて行く。そして溢れくるアンデッドもまた、彼等に近付く前に消されるのだが、これも長く続けば負担でしかない。
「さあ、何時まで続きますか……」
 ヴァンパイアの声には余裕がある。
 それでも金色の瞳は在るモノをじっと見据え、注意深く伺っていた。
 それは――
「……集え、陽の気……集え、我が身に流れる、神々の血……」
 雄大に、そして優美に動く手。
 指の1つにも神力を纏わせ舞う凪は、神々しくも気高い雰囲気に包まれてゆく。
「舞術師……些か、危険ですね」
 ヴァンパイアは凪の力を察知した。
 故に突如として動き出す。
 手にした冒険者の亡骸を地面に捨て、風のように空へ舞いあがった。そして真っ直ぐに凪を目指す。
「舞発動の前に、常世に行って頂きましょう」
「させるかよぉ!」
 ブンッと虎王丸の刃が一閃を敷く。これにヴァンパイアの整った顔が裂かれた。
 この場に居た者は皆、そう思っただろう。
 しかし、敵の動きは想像以上に素早かった。
「遅いですよ」
 耳に嫌な笑いが纏わり付き、虎王丸の頬を冷たい感触が過る。だが、虎王丸もまた、素早い動きでそれを回避した。
「!」
「俺の能力を舐めんなよ」
 ヴァンパイアの背に突き付けた刃。
 何時の間に敵の背後に渡ったのだろう。虎王丸は息を切らせた様子もなく、ヴァンパイアの背後を取っていた。
「足を強化し、高速移動を可能にしましたか……成程」
「何がオカシイ」
 クツクツ響く笑い声は耳に煩い。
 虎王丸は握り締める柄に力を篭めると、グッと敵の背後に刃を突き付けた。
 これに更なる笑い声が響く。
「前が、ガラ空きです。これならば、貴方が私を貫くのと同時に、尊き舞い手が死にますよ」
 試してみましょう。
 ヴァンパイアはそう囁くと、ニイッと口角を上げ、牙を剥いた。
 そして凪に喰らい付こうと動く。
 しかし――
「残念、だったな……これで、舞は完成だ」
 凪の足が軽やかに地面に着く。
 これが全ての合図だった。
「――天恩霊陣!」
 まるで朝日を降臨させたかのような眩い光が辺りを包み込む。
 本来であれば精気で空間を満たし、持続的な治癒空間を作るのが天恩霊陣の力。
 だが今ここでこの舞を披露したのには、治癒以外の訳があった。
「――、グぁ……ァ……目ガ、体ガァ……」
 光を浴びたヴァンパイアは顔面を覆って悶えている。しかもその身体は徐々に溶け、確実にダメージを受けている様だった。
 それと同様に、彼が召喚した蝙蝠やアンデッドも、光を浴び次々とその身を昇華して行っている。
「これで形勢逆転、だな」
 凪の静かな声が響き、次いで声にならないヴァンパイアの雄叫びが上がる。
 その声は苦しみにもがき、命乞いをしているようにも聞こえた。だが、手加減をする謂れは無い。
「……あの世で、俺の女に詫びてこい!」
 虎王丸はそう告げると、敵の首を刎ね上げた。

 * * *

 本物の朝日が昇り始める頃。虎王丸と凪はヴァンパイアに脅かされていた町を後にしていた。
 向かうのは勿論、聖都だ。
「あーあ……化け物倒しても死者は蘇んねえ。世知辛いよなぁ」
 虎王丸はそうボヤキ、やりきれない表情で鼻を掻く。その仕草に凪の首が傾げられた。
「先の言葉……仲の良い女性が、被害者だったのか?」
 ヴァンパイアに止めを刺した際の言葉。それを思い出したのだろう。
 気遣う様子を見せる凪に、虎王丸の視線が泳ぐ。
「いや、俺の女っつーか……女候補っつうか……な?」
 言って恥ずかしそうに鼻を鳴らした彼に、凪は「成程」と頷く。
「いつも通り、か」
「なっ……いつも通りって、どう云う事だ!? お、おい、凪!!!」
 スタスタとそれ以上の言葉を断って歩いてゆく凪。そんな彼を、大声を上げて追いかけてゆく虎王丸。
 そんな2人の頭上には、凪の舞った天恩霊陣の如く神々しい光が昇り始めていた。


…..END.