<東京怪談ノベル(シングル)>


石の鳥乙女
MTS作

1.昼間見る夢

それ程忙しくない、とある昼過ぎ。
エルファリアは自室に居た。
今夜は近所の貴族の誕生日を祝う食事会…のはずだったのだが、肝心の貴族が急病で中止になった為、予定がぽっかりと空いてしまったのだ。
…こんな日は、レピアを磨くに限りますね。
エルファリアは、あわてず騒がず、自室に飾ってあるレピアを布で磨いている。
昼間、石像として静かに眠っているレピアを磨くのはエルファリアにとっては、やすらぎの時間だった。
元々清潔な部屋だし、ほぼ毎日磨いているので汚れなど無いレピアの身体だが、それでもエルファリアは、暇があればレピアの身体を磨くのが好きだった。
…さて、充分磨きましたし、そろそろお昼寝にしましょうか。
小一時間、レピアを磨いたエルファリアは、疲れたので一眠りする事にした。
…一緒に寝ましょうね、レピア…
ベットに横たわると、少しづつ気が遠くなっていく。
こうして、レピアと一緒に寝ると、彼女の夢…過去の記憶がエルファリアにも流れ込んでくる。それも、エルファリアの楽しみだった。
…今日は、どんな夢が見れるのかしら?
エルファリアは静かに昼寝を始める…

2.拉致

夜の港町は、大きな港町でも安全とは言い難い。
気が荒い船乗りが多く歩いている港町は、どうしても揉め事が多くなる。
だが、そうした夜の街こそ、踊り子にとっては仕事の場所だ。
明け方、踊り疲れたレピアは住処へと帰る途中だった。
少し、空が明るくなっているようにも思える。
…そろそろ夜が明けそう。早く帰らないと石になってしまいますね。
早く帰らないと道端で石像になってしまうのではないかと、エルファリアは心配しながらレピアを見守っている。
レピアも気にしているのか、少し急ぎ足になっていた。
人気が無い、明け方の港町を歩くレピア。だが、その足が止まった。
レピアの目が、細い路地の方を見ている。
人が三人、ようやく並んで通れるような細い路地。そこに、3人の人影があった。
若い男女が一人づつと、もっと若い女…少女が一人。
仲良く歩いているわけではなさそうだ。
2人連れの男女が、嫌がる少女の手を掴んでいるのが遠目にもわかった。
「ねぇ、踊りだったら、あたしと踊らない?
 そんな小娘より、楽しませてあげるわよ」
レピアは迷わずに声をかけた。
…明け方も近いのに大丈夫かしら?
何よりも明け方が近い事が、エルファリアは心配だった。
レピアは相手の返事を待たずに、歩みを進める。
元より相手の返事は、あまり期待していない。気を引く為に話かけたのだ。
男女は何も言わずにエルファリアの方を睨み返す。
…何も言わないという事は、悪い人なんですね。
何か事情があるなら、弁解しようとするはずだとエルファリアは思った。
平然と近寄るレピアに男女は気を取られ、何か武器でも取りだすのか懐に手を入れるが、その隙に少女が駆けだした。
男女が少女を追うが、レピアが庇う様にして蹴りを入れつつ、少女と一緒に路地の入口へと走った。
レピアは男女を相手にせず姿をくらますつもりなのだろうとエルファリアは思ったが、路地を出た所にはさらに2名の男が居た。多分は近くで見張っていた仲間が帰って来たのだろう。
路地を出て、そのまま逃げるつもりだったレピアはアテが外れてしまう。
…ああ、これはピンチなのです
路地の入り口に居た男達が掴みかかってくるのをレピアは、いなし、少女を走らせるが、路地の中から男女も出て来たので囲まれ気味になってしまう。
少しの間、乱闘になり、夜が明けてしまった。
そうなると、驚いたのは少女を追っていた一団である。
割って入って来た踊り子の娘が、突然石像と化してしまったのだ。
…気味が悪いし、そのまま帰っても良いのですよ
エルファリアは、少女を追っていた一団が、そのまま帰る事を期待するが…
「な、なんだ、こいつ…
 いきなり石になったぞ」
「この際、若い女なら何でも良いんじゃないか?
 とりあえず持って帰ろう」
などと、一団は話し合い、石像と化したレピアを抱えて、港に泊めてあった小舟に乗ってしまった。

3.改造

次の晩。
レピアは石のベッドの上で目を覚ます。
大胆に手足を広げて仰向けにベッドに横たわるレピアだが、それは彼女の意志ではなかった。
手足を縛られたレピアは、石の台座の上に寝かされていた。
「生きた石像とは珍しい。
 何かの呪いか…だが、生きている方が都合が良い」
傍らにいた老人が呟きながら、レピアの身体を眺めている。
「あたしを、あの少女の代わりにしようって言うの?」
レピアは気丈に言うが、その身体を動かす事は出来なかった。
「その生きた身体と心こそ、守護神に相応しい」
長老は言いながら、レピアの生きた人間の感触を確かめるように撫でまわした。
レピアは逃れようとするが、彼女を縛り付ける拘束具はそれを許さなかった。
「やめて! 私は今だって普通の人間じゃないのよ!」
「結構。お前は、さらに守護神として生まれ変わるのだ」
レピアは叫ぶが、長老は淡々と言った。
「鳥と化す乙女が、この島の守護神となるのが定めなのだ。
 お前は鳥に…守護神になるのだ」
長老は淡々と言葉を続ける。
台座に縛り付けられたレピアは叫ぶが、その身体の動きが徐々に鈍くなっていく。
寒い…体が凍えるようだ…
レピアは異常な寒気を感じた。
普通の寒気では無い。恐らく冷凍の魔法か何かだ。
「やめて!」
叫ぶレピアの体が、やがて冷たく凍っていった。


4.造りものの守護神

…うわ、本当に鳥乙女になってしまいましたね。
エルファリアが次に見たのは、鳥の翼を生やしたレピアの姿だった。
白く美しい羽根を生やしたレピアの姿は、むしろ天使の様だともエルファリアは感じた。
先ほどの台座の前に、鳥乙女となったレピアと島の長老が佇んでいた。
「力尽きるまで女神と戦い続けるのが守護神の定め。
 よろしく頼むぞ」
「はい、それが私の使命。
 今までも。そして、これからも…」
長老の言葉に、レピアは素直に頷いている。
自分が女神とやらと戦う守護神であると、信じきっている様子だ。
…レピアさん、昔から暗示に弱いんですよね。
エルファリアは、守護神と化したレピアの様子をため息をつきながら見守る。
レピアの瞳は、最早、エルファリアが知っているレピアの物ではなかった。
何か新しい心を入れられ、別人と化したレピアの姿をエルファリアは夢の中で見守るしかなかった。
そこで、レピアの夢は終わった。

5.夢の終わり

その夜。エルファリアの自室。
「…という夢を見せてもらいました」
エルファリアはレピアに言った。
「もう…あんまり人の過去を覗き見するのは、よくないわね」
それ程には嫌がっていない様子で、レピアは苦笑する。
「まあ、昔の話。
 見ての通り、あたしは色々あるのよ」
ふふっと、少し懐かしむようにレピアは笑った。
「早く続きを見せて欲しいです…」
「長いわよ。
 半世紀位は鳥乙女やってたんだから、あの時は…」
レピアは、当時の事を思い出して微笑む。
レピアとエルファリアの夜は、まだ始まったばかりだった。


(追記)
遅くなって申し訳ありません、MTSです。
全裸描写が18禁の表現に当たるとの事で原稿が差し戻しになってしまいまして、調整しておりました。
最近、エロゲのシナリオばかり書いていたので、18禁の感覚が少々ずれてしまったようです。申し訳ありません…