<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


+ ケイの成長日記−ケリーさんと一緒− +



「うんうん、こう言う事があったのよね!」


 少女・ケイは自分の日記帳を眺めながらくすくす笑う。
 ベッドに寝転がりながら日々起こった出来事を書きとめてあるそれを何度も見遣る。


 毎日毎日いろんなことがある。
 キョウの手伝いをしながらも沢山の人と関わってきた彼女。もちろん平凡な時だってあるけれど、それ以上にはちゃめちゃな出来事の方の方が多い。だから日記はいつだって活気に溢れている。


 ぺらり。
 彼女はページを捲る。
 くすくすくす。
 ベッドに転がって足をバタつかせれば、その場所には軽く埃が舞った。


「あ、懐かしい! そうよ。こう言う事もあったのよね」


 肘を付きながら日記を読む。
 そうして今現在の彼女が読み返すのは……『ケリー』と起こった出来事。



■■■■■



 エルザード城下、アルマ通り。
 その一角でその少年はハリセン片手に他の店に負けぬ勢いで声を張り飛ばす。


「さあ、いらっしゃい! こちらは既に滅びたあの伝説の国にて使われていたという魔法石! 他にも盛り出し物が俺の店にはあるぜー! ぜってー損はさせねーから皆見ていってくれっ!!」


 外見年齢十五歳、しかし実年齢十九歳のウインダー(有翼人)族の少年――ケリーは大声で客を呼び込む。その声に惹かれて足を止めるものも居るが、逆にその熱血な声に引いてしまい彼の店の前を早足で逃げるように去ってしまう者もしばしば。
 彼の職業は冒険商人。
 遠い国々を旅して周り、各国で手に入れた商品を遠くの地で高く売り捌く事を生業としている。その品揃えには自信があり、彼自身が先ほどから口にしているように既に「幻」と評されている伝説級の品物も彼の露店には並べられている。しかし見る者が居なければ意味が無い。
 結果的に売り上げは芳しくなく、鳴かず飛ばず。
 彼は自分の店を省み、何が悪いのか腕を組みながら考え始めた。


 商品の価格は適正か?
 需要に見合っているか?
 それとも他に何か足りないものがあるのか……。ちらっと他の露店を見やれば客と接している一人の若き女性の姿が目に入った。彼女は柔和な微笑を客に向け、とにかく笑顔を絶やさず、そして物腰柔らかに接している。やがて彼はピンッ! と閃いた。


「そうか、俺の店には女っ気が足りねぇ!」
「あのー、これ欲しいです」
「俺は男だ、つまり女にはなれねぇっ! じゃあどうするべきか!」
「お兄さん、聞いてるですかぁー? ケイは今この魔法石が欲しいって――きゃっ!」
「やる事は決まった! おい、お前っ! 俺の店の売り子兼アドバイザーとして働かないか!?」
「――はい?」


 ケリーががしっと掴んだ客の肩。
 其処にいたのは十歳ほどの幼い容姿の長い黒髪を持った少女、ただ一人だった。



■■■■■



 こうしてケイを半ば無理やり誘い込んだケリーは「己の露店をどうにか盛り上げよう計画」をスタートさせた。
 この世界では「子供」という外見は通用しない。もちろん、人間であればその外見年齢はイコールで実際の年齢に結び付けられるだろう。しかしケリーは一目でケイが人間ではない事を見抜いた。しかしそれは野生の勘的なものであって根拠は無い。
 だが、それはまさに『当たって』いて、ケイは外見年齢こそ十歳ほどの幼い少女の姿を形どっているが、その年齢は――不詳である。


「話は分かったですよ。じゃあ、これからどうやってお兄さんのお店を盛り上げるかですね」
「おうよ、本当に頼むよ! 上手くいったらお前が欲しがっていた魔法石を半額にしてやっから!」
「そ、それはちょっと心惹かれるお話なのですっ」


 ケイが欲しがった魔法石。
 それはもはや賢者レベルでしか本来の性質を見抜くことが出来ないほど古い物。しかしそこに秘められし古の力は未だ衰えを見せていない。ただ気配を潜めているため一見しては分からないだけだ。
 ケリーが以前偶然発掘したものだが、彼自身もこれは価値があると見定めそれなりの値段に設定してあるものだ。つまり、それなりに値段が高い。それを半額にしてくれるという言葉には本質を見抜く目を持ったケイが食いつかないわけがない。ケイも真面目に考え、そして露店を見やるとまず品物へと指をさした。


「じゃあ、まずは品物の位置替えをすると良いと思うですよ」
「位置替え? そりゃまたどうしてだ」
「光を当てちゃ駄目なものは確かに前に出してはいけないですけど、客の目を引く色鮮やかな品物は常に前。あと手頃な値段、もしくは安価な物も前ですねぇ。それだけで大分客層が変わりますよ。子供にだって手を出しやすい値段ならそれだけでも買いやすいでしょう?」
「なるほどな! 他には?」
「本当に貴重な物は簡単に盗まれない位置に置いておくこと。価値ある品物ならば奥にあっても必要な人は必ず目に付けるはずですから問題ないですよ」
「ふむふむ。それで後は女という華だよな!」


 ケリーはずずいっと自分の意見を述べる。
 そのはっきりとした物言いにケイは一瞬不意を付かれ、目を点にさせた。しかし次の瞬間には快活な声で笑い出す。なぜ笑い出したのか分からないケリーは首を傾げ、大きな疑問符を浮かべる。彼にしてみれば真剣に考えた結果出した答えなのだから笑われる理由が理解出来ないのだ。
 品物の位置を変えつつ、ケリーは次は何をすればいいのか考え込み、作業が終わるとケイへと向き直る。それを見た彼女は自分の胸元へとそっと手を当てた。


「じゃあ、女という華はケイが務めてあげますよ。今はこんな小さな身体ですけど」


 ぽんっ! と軽やかな音を鳴らしながら彼女は一瞬にして十八歳程度の女性へと『成長』する。
 これにはケリーは目を大きく見張り、言葉を失った。
 今までの微々たる胸の膨らみは今はふくよかで、腰はきゅっとくびれ、そしてその下へのラインは女性らしいふっくらとしたものを描いている。当然十歳児の服装にそのような身体は入らない。服装も当然彼女の能力によって清楚な白ワンピースへと変わっていた。それに彼女がまたぽんっと手から取り出したのは紺地のエプロン。それを身に纏えば腰の細さが寄り際だつ。ワンピースから伸びる手足は適度に細く、愛らしかった顔付きは成長した事により若干男の目を惹き付ける魅力を携え、微笑む唇も魅惑的だ。
 ケリーは己の手を拳にし、思わず口にする。


「よっしゃ!! これなら勝てる!!」
「後はお兄さんが的確な説明とお客さんをびっくりさせすぎないようにする事ですね」
「え、俺そんなにびっくりさせてるか?」
「少なくとも子供は近寄ってこない雰囲気だったですからねぇ。だから少しだけ柔らかい口調で、でもこのお店にはどんなものがあるのか簡単に説明しつつ呼び込みをしてみると良いと思いますよ」
「そ、そうか。もう少しだけ柔らかめにだな。そして説明も分かりやすくっと」
「お兄さんに足りないのは女っ気じゃないですよ。もっと自信を持って、ね?」
「おうよ!!」
「まずはケイがやってみるですから、ちょっと見て下さい」


 少女から女性に変わったケイに励まされ、ケリーはハリセンを改めて握り締める。
 そしてケイが行った呼び込みを研究のためしっかりとその目に焼き付けようと己の頬を一度だけ叩いた。


「どうぞ、いらっしゃい。当店では冒険商人が集めた世界各地の珍しい品物が多く取り揃えられております。ただ珍しいだけではありません。冒険商人が集めたといえば、当然掘り出し物もこの中には多数存在しております。小さなものから貴方にとって多大な価値あるものまで。ただの飾り物からマジックアイテムまで各種取り揃えておりますよ!! ――さあ、見ていって下さい! この露店は子供からお年寄りまで、種族もなにも関係なくお客様をお待ちしております!!」


 そのケイの声に惹かれ、一人の冒険者風の女性が声を掛けて来る。
 そんな相手に笑顔で対応した後、彼女が品物を見やすいようにケイは身体の位置を変えまた呼び込みを開始した。一人が集まれば二人、二人集まれば、パーティ単位で興味を持った人が寄ってくる。
 破格価格や的確な値段の物を前に、本当に貴重なものを奥へと置いた効果があったのか。子供も集まり始めた。そしてある一人の冒険者の男に貴重な物の説明を求められればケイは的確に答えを返し、そして分からないというように首を傾げ、そしてケリーへと振り返った。


「マスター。どうかお客様にこの品物の本当の価値を教えて差し上げてくださいませ」
「マスター!?」
「マスターですよ。ほら、早く! ケイよりも適切な説明を出来るのは貴方だけなんですからね!」


 これはもちろんケリーを立てるための作戦である。
 ケリーがこほんっと一度咳払いをしつつも品物の説明を始めると、それを聞いていた他の客の視線が彼へと集まり始めた。品物の価値を知っているかどうか――それは店を持つ者に求められる最低限の能力だ。
 そして客である男がそれを理解し、値段と見合っていると判断し買い上げたのをきっかけに客からは店への信用の視線が送られる。
 ケリーはそれに自信をつけ、己の愛用しているハリセンを握り込み、そして己の手の平の上で叩き鳴らした。


「さあさあ、寄ってらっしゃい! 見ていって下さいな! 俺の店は冒険商人が集めた希少品が多いぜ! 絶対損はさせないっていう自信がある! 大陸のあちこちから集めた小さな飾り物から普段皆の目にはお目にかかれないマジックアイテムまでこの店では扱ってる! さあさあ、見ていくだけでも価値があるこの店に寄っていきな!」


 最初は丁寧に努めようとしていた口調だが、最後の方では素の言葉が飛び出てきてしまう。だがケイはそれが彼らしいと思った。口調こそ彼本来のものだが、ケリーがケイのアドバイスを聞いて店の概要や商品説明をしている……その姿がアドバイザーとして嬉しくて。


「お兄さーん! この指輪頂くわ」
「おうよ、毎度あり!」
「すみませんー、奥の棚見せてもらって良いですか?」
「あ、そちらはケイが案内するですよー」


 やがて盛り上がり始める店先。
 二人で切り盛りする露店は寂しかった時間が嘘のように人が集う。――そして日が落ち、周囲の露店も店仕舞いを始めた頃までそれは続いた。
 当然ケリーの店も時間が来れば片付けに入る。
 ケイはその手伝いをしつつ、機嫌良く歌を歌う。それはどこか懐かしいメロディーで、心が落ち着く。そして全てしまい終えた後、ケリーはケイへと己の頬を引っかきながら感謝の言葉を告げた。


「ありがとな。お前のおかげだ」
「そんな事ないですよー。お兄さんが自信を持って、的確に説明すれば明日もこれからも同じように人が集まってきますよ。だってこれだけ立派な品物が集まってるお店ですからね」
「そりゃあもう、品物に関しては手抜きなんてぜってーしないからな! ……っとそうじゃなかった。ほら、これ約束通りの報酬」
「魔法石! 待ってくださいです、半額だったですよねっ」
「――金はいらねぇ」
「え」
「大切な事を思い出した気がした。そうだよな。ただ押し付けるように叫んで呼び込んでも誰も寄ってはくれねーよな」


 財布を取り出そうとしたケイに魔法石を握らせた後、ケリーは星が出始めた空を見上げる。思い出すのは露店を始めた頃の気持ち。
 威勢だけで呼び込むのは脅迫に近い圧迫。呼び込みに存在させるべきものはお客から見て品物をどう『魅せる』か、だ。『見せる』ではなく品物の魅力を引き出す言葉をケリーは今日一日で身に染み込ませ、これからも活用しようと心に決める。
 そんなケリーにケイは貰ったばかりの魔法石を手に微笑みかけた。


「また、お兄さんの露店に来ますね」


 店に必要なこの信頼感。
 「また」と言ってくれる客がいるという幸せ。
 その幸福を噛み締めながらケリーは「おうよ!」と照れくさそうにしつつも自分も満面の笑みを浮かべた。







□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【3130 / ケリー / 男性 / 15歳(実年齢19歳) / 冒険商人 / ウインダー(有翼人)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、発注有難うございました!
 今回はうちのNPCとにお店の売り子兼アドバイザーという事で、こっそり年齢操作でお手伝いさせて頂きました!
 また機会がございましたら宜しくお願いいたします^^
 ではでは!