<東京怪談ノベル(シングル)>


呪いの盲点

1.咎人の旅

強い呪いを受けた者…咎人にとっては、単なる遠出ですら冒険になってしまう事もある。
レピアのように、昼間は石化してしまうような呪縛は、正にそれに値する。
それでも、レピアは遠出をしていた。
きっと、それだけの理由があるのだろう。
夜…
街道を離れた、人気が無い道をレピアは進んでいる。
夜はレピアにとって怖い事は無い。
強制的に石と化してしまう昼間の方が問題なのだ。
明け方が近づき、レピアは寝床を探してゆっくり歩く。
石に興味を示さない野生動物は、それ程怖くない。人気が無ければ無い程、安心だ。なるべく人が居ない、荒野が良い。
大き目な岩を見つけたレピアは、そこで昼間を過ごす事にして足を止めた。
良さそうな場所があったら、そこで足を止める。無理をしない、ゆっくりとした旅だ。
夜ばかりを歩くレピアの旅は、時間がかかってしまう。
…まだ、もう少しかかりそうね。
今日は、ここまで。夜明けを待ちながらレピアは岩陰で休んだ。
最初の予想よりも、旅が遅れている。
それ位、レピアにかけられた呪いは重い。

2.森の獣人

咎人の呪いを解く方法を知っている聖女が居るという噂をレピアは夜の酒場で仕入れた。
詳細は分からないが、確かに咎人の強い呪いが解かれたと、咎人の家族が言っていた。
…なんで家族なのかしら?
何とも不審な話だとレピアは思った。
さらにおかしい事に、呪いが解かれたという咎人本人の姿は、誰も見ていないのだ。
咎人の家族が、咎人の呪いが解かれたと言ったが詳細はわからない。
さらに、呪いが解かれたという咎人本人の姿は誰も見ていない。
…きっと何かの罠よね。
どう考えても怪しい話で、あからさまに怪しいので、それが逆に何かの罠かと深読みしたくなるような話だとレピアは思う。
だが…
それでも、聖女が咎人の呪いを解くという話はレピアにとっては無視出来ない話だった。
迷わず、レピアは旅立った。
レピアの夜を選ぶ旅は、ゆっくり進む。
夜は寝床を探しながら歩き、良い所が見つかれば、昼間はそのまま石として過ごす旅だ。
だが、それでも、ある夜、レピアは目的の聖女の館の近くへと辿りついた。
深い森…かろうじて、人間が通る道は確保されているが、遠くを見る事は出来ない。随分と深い森だ。
…少し疲れたわね。
長旅の疲れがレピアを蝕んでいた。
早めに休みたい所だが、この深い森は何が居るかわからない、嫌な感じがする。
疲れは焦りへと繋がり、判断力を低下させる。
暗い夜の森を急ぐレピアは、周囲の気配に気づくのが遅れてしまった。
草を蹴る音をレピアが聞いて振り返った時には、地面を走る獣が目の前まで来ていた。
大型ではないが、小型でもない。人間と同じ位の大きさだろうか。
ただ、妙に体毛が薄く、後ろ足が長い姿をしている獣だった。
地面を蹴って飛びかかってくる所を、レピアはかろうじて避けた。
獣は地面に降りたつと、すぐにレピアの方へ向き直る。
その姿を見て、レピアは一瞬、動きを止めてしまった。
獣…ではなかった。
柔らかい体のラインと、獣にしては薄い体毛。
よく見れば、それは泥で汚れているが、若い人間の女性のように見えた。
だが、その表情が無い目は獣の目立った。
人の姿をした獣…いや、獣の姿をした人だろうか。
笑う事の無い獣の目をレピアを見てしまった。
草を蹴る音が、もう一つした。
獣人の女は一人では無かった。
驚いて一瞬動きを止めたレピアは、新しい獣人を避けきれず、腕に絡みつかれてしまう。
草を蹴る音が、また二つした。
レピアの後方から、獣人の女が二人飛びかかり、レピアをうつ伏せに押し倒してしまう。
それから、地面を蹴る音が続々と増えていった。
獣人の女達は、まるで集団で狩りをする狼のように次々と倒れたレピアに群がり、すぐにレピアは身動きが取れなくなった。

3.獣人レピア

レピアが姿を消してから半年ほど後。
彼女の足取りを追っていたエルファリアは、聖女の館へとやってきた。
…ここに居ると良いんですけど。
さすがに、今回はエルファリアも探し疲れた。
祈りながら館に近づくと、館の周囲に異様な人影が集まっている事に気づく。
…人間ですか?
エルファリアが気味悪さを感じたのは、半年ほど前にレピアが遭遇したのと同じ獣人の女達だった。
昼間の明るさの中で、獣のように四つん這いで歩く女達の姿はよく見えた。
その中に、エルファリアは見覚えある姿を見つけた。
「レピア!?」
獣人の女達の一人の姿には、確かに見覚えがあった。
彼女の声に応じるかのように、獣人レピアがエルファリアを振り返り、ゆっくりと四つん這いのまま近づいてきた。
その顔に笑顔は無い。笑顔を知らない獣の顔だ。
「何で昼間なのに石化してないのですか?」
エルファリアは、日の光の下で歩くレピアを初めて見た。
だが、レピアは答えずにエルファリアに飛びかかる。
「あいたた、噛んじゃだめなのです。痛いから!
腕に噛みついて来る獣人レピアに驚きながら、エルファリアは声を上げる。
一体何があったのだろうか、さっぱりエルファリアはわからない。
そこで、館のドアが開いた。
「こ、こら、皆さん、人を襲ってはいけません!」
あわてた声をあげたのは、館の持ち主の聖女だった。

4.聖女の真実

エルファリアから事情を聞いた聖女は、レピアを落ち着かせた後に話を始めた。
ようやく話が通じる相手が出て来たと、エルファリアは少し安心した。
「確かに、あの方は先日、館を訪れました。
 夜中にいらっしゃるものですから、周りの獣人の人に襲われてしまったようで…
 私が駆けつけるのが遅かったら、一大事になっていたかもしれません」
「獣人…ってなんですか?」
怪しい言葉を聞いて、エルファリアは眉をひそめる。
「人としての理性を失ってしまった方達です。
 そう望む人達を、私がそうして差し上げました…」
少し寂しそうに聖女は説明を始めた。
「咎人の呪いは強力なのですが、あくまでも『人』を『咎人』に変える呪いです。ですので、『人』でなくなれば、呪いを回避する事が出来るのですよ。
 私には…人から理性を奪い、野生化させる力があります。
 そうすると、結果として咎人の呪いからは逃れる事が出来るのですが…」
聖女は、そこでもう一度、悲しそうにため息をついて言葉を止めた。
「咎人じゃなくなる代わりに、今度は野生化して獣人になっちゃうわけですね…」
それは、確かに悲しいですね。と、エルファリアも、もう一度ため息をついた。
「それでも…それを望む咎人の方も多いのです。
 永遠の命という苦役から逃れる為に…」
「うーん…
 そういうものなのですね…」
エルファリアは咎人では無いので、獣と成り果てても苦役から逃れたいという気持ちは理解出来なかった。
…あれ、そういえば?
そこで、エルファリアは一つの疑問を感じた。
「獣人になったら、また元に戻ったりは出来ないのですか?
 咎人の呪いが解けた所で人に戻れば、すごく幸せな気がするのですけど」
「それは…私にもわかりません
「レピアさんも、同じ事を言っておられました。
 ですが、すっかり野生化してしまったようで…」
聖女は悲しげに首を振りながら、獣と化したレピアに目をやった。
「身寄りが無い方は、私がこうして、時々見てあげています。
 ですが、縁のある方が望むのであれば、もちろん、連れて行って頂いて構いません。
 少なくとも、一緒に年を取る事は出来ますので…」
悲しげな聖女の提案をエルファリアは断る理由が無かった。

5.呪いは解けたが…

…やれやれ、まあ見つかって良かったですね。
幸い、野生化したレピアも少しはエルファリアを覚えているのか、彼女の匂いを嗅ぐと、すっかり懐いてくれた。
…レピア、すっかり汚れちゃいましたし、露天風呂で落としましょうかね。
昼間、レピアと歩くのは、なかなか珍しい体験ではある。
エルファリアはレピアを連れて、別荘の露天風呂へと歩いた。
ある夜、二人は露天風呂に着く。
露天風呂に着いたエルファリアは、解呪の念をこめつつレピアの身体を洗い、汚れを落とす。
…おトイレの後も拭いたり出来ませんから、獣人は大変ですねー。
人としては汚れきったレピアの身体を洗うのも、エルファリアにとっては苦では無かった。
一通り念を込めつつ洗った所で、レピアは理性を取り戻したようだ。
だが、エルファリアは、淡々とレピアに詰め寄った。
「全く…そういう所に出かけるなら、一言、言って欲しかったです」
「そ、そうね…」
「せめて、野生化する前に、手紙の一本位送れたと思うのです」
「そ、それは、まあ…」
エルファリアの説教は、しばらく続いた。
結局、レピアに新たにかけられた野生化して獣人になる呪いの方は、大体解けたようで、上手く制御が出来そうだった。
…が、咎人の呪いも完全に無効化されたわけでなく、野生化していない状態だと、昼間は石化してしまうようだ。
レピアが、ますます面倒な体になってしまったと、2人は苦笑するしかなかった…