<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


召霊鍵の記憶 40P





【コトネアスターの日々】



 隣の国の宰相コールに向けて、留学という名目で居座っているバカ王子の近況報告を書いた手紙に封をし、キング=オセロットは執務室を後にした。
 あちらは、こちらと違って、特に決められた休日というのはない。そりゃ確かに国政を預かっていれば、親書だの会議だの云々で、日々が過ぎていくことだろう。
 要するに、この報告は、休日前の最後の仕事だった。





 休日のオセロットの朝は遅い。
 本当は眼が覚めているのだが、余り早く起き出していくと、今日は休みなんだからとゆっくりすればいいと行く先々で言われてしまう。
 そういう日が何度も続いたため、オセロットは体内時計に刻まれた何時もの時間に眼を覚まし、そのままベッドで読書を楽しんでから起きるようにしていた。
 とりあえず、学術都市との国交が始まってから、アフェランドラにも図書館の制度が出来た。
 国中の誰もが自由に無料で本を読むことが出来る施設。ただし、本を無料で読めるのは、この国の国民であると認められたものだけだったけれど。
 とりあえず、今回は普段は絶対に借りない恋愛小説というものを借りてきた。
 表紙はただのハードカバーで、イラストなど何も無いのが嬉しい。
 オセロットはじっと本を見つめていると、ふと彼の顔が脳裏を駆け抜け、本当にどうしようかとふっと息を吐いた。
 とりあえず、関係ないと思っていた感情とは何たるかを本から取り入れ、対応策を考えようと思った。
 …――こういう時、対応策と考えてしまう自分の脳に気付き、またため息が零れるわけだけれど。





 そうして、休日の日課である本を1冊読み終えたオセロットは始めて自室から出る。
 勿論恰好は何時もの騎士としてのものではなく、ラフな恰好だ。しかし、パンツ姿ではあるが。
 オセロットは綺麗なのだから、スカートとかドレスを着ればいいのに。と、彼女に言われたこともあったが、あんなふわふわでフリフリの恰好、動きにくいじゃないかという感想が先に出て、今だ実行に移したことはない。
 足が長いのだから、パンツルックの方が映えるとも言われたし、まぁいいのだろう。
 近所の人が用意してくれた、簡単な朝食に舌鼓を打ち、食後の紅茶を飲んだところで、見計らったかのように近所の子供が集まってくる。
 剣に見立てた棒を手に、オセロットの周りに集まる子供たちは、将来騎士になりたいと言った子供たち。こういった子供がいるだけで、街はずっと護られて行くのだなと思いながら、オセロットは子供たちに剣術を教える。
 そろそろこれも毎週の日課になってきた。
 余り人数が増えると、オセロットの休みにならないと一度言われたためか、毎回子供は同じではなく、隔週とか入れ替わり制らしい。
 そうして、一通り終えると、借りていた本をまとめ、図書館へ返却に行き、次の1か月分の本を借りてくる。
 まだまだアフェランドラには出版という技術が足りていない。
 こういった本を自国の店が作り、全世界へ流通させることができたらいいのに、と、本を物色しながら思う。
 いかん、今日は休日だった。
 時々自分に突っ込みを入れて、オセロットはまず適当にとりあえず読んでみたいなと思った本から、本当に借りる本を選別した。何故だか1冊は恋愛小説を入れて。
 分からんでもない。いや、分かるんだが、何だか自分が理論固めをしているのではないかという気にもなってくる。
 しかし、知識を取り入れる事はいいことだ。
 …――そういうことに、しておこう。





 アフタヌーンティは、特製のスコーンに甘さを抑えたレモン風味のクリームで。
 最近出来たカフェは、国が豊かになっていく中で輸入されるようになった諸外国の紅茶が揃っている。
 カフェの店主が、最近仕入れた紅茶を薦めてくるので、とりあえずそれを味見がてら頼む。口に合えば今度は彼女にも勧めておこう。
 ガラスのポットから綺麗な山吹色の紅茶が、キラキラと日の光りを反射させながらカップに注がれる。
 確かに珍しい色味だと思いながら、カップを持ち上げれば、仄かに立ち上るバニラの香り。
 なるほど確かにバニラの香りがする紅茶など今まで飲んだことがないように思う。微かにバニラの味もするのだろうかと思いながら、紅茶を口に含むが、味は普通の紅茶そのもので、どうやら匂いだけらしい。
 店主に聞いてみれば、この紅茶はフレーバーティと言うらしく、最近楽しまれ始めた紅茶なのだそうだ。
 匂いがついたというだけで、紅茶そのものも元々悪いものではない。
 紅茶の匂いも嫌いと言うわけではないが、こうした全く別の匂いも一緒に楽しめるというのもまたいいものだなと思う。
 バニラと言っても、甘ったるい匂いではないため、付け合せのスコーンもよくあっていて、午後の一息としてはいい時間を過ごすことができた。
「居た居た。オセロット!」
「どうした?」
 手を振ってカフェに駆けてきた彼女は、オセロットに駆け寄る。
「どうしたって訳じゃないのだけれど、この辺に居るって聞いたから」
 彼女はオセロットの向かいの席に座り、手に持っていたバスケットをドンっとテーブルに置く。
「丁度良かった。いい紅茶を頂いてね、紹介しようと思っていたんだ」
 オセロットは自分が飲んでいた紅茶を、彼女の分もう1セット頼む。
「ねえオセロット。私、最近プティングの練習してるじゃない?」
 自分のカップを持ち上げていたオセロットの手が止まる。
「…ああ」
「今度は上手く出来たと思うのよ!」
 ばっと蓋を開けたバスケットには、見た目はちょっといびつなプティングが何個も入っている。
「…彼には?」
「ダメダメ。全然役に立たない」
 確かに、彼女のベタ惚れ状態の彼は、何を食べても美味しいと言いそうである。
 最初の頃と比べたら、確かの上手にはなったことだし、ちょっと味気がないだけだろう。
「1つ頂くとしよう」
 彼女は紅茶を運んできた店主にも、自作のプティングをお裾分け。そして、自分のカップに紅茶を注ぐ。
「うわ、バニラの香り!」
 彼女はいたくこのバニラの香りが気に入ったらしく、笑顔がとても幸せそうだ。
 オセロットはその顔をみつつ、プティングを頬張る。
「どう?」
「味が、ないな。それに、少しパサパサしている」
「分量間違えてないと思うんだけど…」
 混ぜ方や焼き方が少々雑…というやつなのだろう。例えば小麦粉をふるわずに直接混ぜてしまうとか。
「ありがとうオセロット。もっと頑張らなくちゃね」
 彼女は机に自分の分の代金を置き、バスケットのふたを閉じると、軽く手を上げてたったと去っていった。多分、次のプティングの試作をするために。
 …――料理には、向き不向きが必ずあると思う。





 夜。
 寝る前の数時間、今日借りて直してきた本を1冊手に取る。
 淡いランプに照らされた本は、作られてから何年も経ったかのようなアンティークの装いを見せる。
 ただ、オレンジ色の光りが、クリーム色の紙に淡い光りを反射させているだけだと分かっているが不思議な物である。
 ゆっくりとページをめくり、文章を脳にしみこませる様に読む。
 内容や先に気をとられすぎて、いつも気が着けば時計の針は両方とも真上を越えていることなんてザラで、オセロットは急いでベッドに入るのだ。
 …――明日もまた、平和な日々でありますように。































 オセロットは、今自分が座っているテーブルの上に視線を移す。そこにあるのは、飲みかけのコーヒー。
「日常、か」
 何時になったらコールは目覚めるのだろう。こうして待つことしかできない身は歯がゆくもあるが、いつかはこの物語のように紅茶を一緒に楽しむことが出来たらいいと思いながら、残ったコーヒーを飲み干した。























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 召霊鍵の記憶にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 日常をとのことでしたので、ある日の休日を追ってみました。時間軸的にはそのまま続きになっています。
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……