<東京怪談ノベル(シングル)>


解呪の代償
「それは本当?」
 レピアは少しだけ声を荒げた。
「ああ、この辺では有名な話さ。咎人の呪いを解く聖女サマの噂はな。でも、あんたなんでそんな咎人の呪いについてなんて調べてるんだい?」
「ちょっと訳ありでね。で、その聖女はどこにいるの?」
「地図を持ってるかい?」
「ええ」
地図を広げると、情報屋は街から3日ほど行ったところにある森野を指でさした。
「この森の中に洋館があるらしい。そこにいるって噂さ」
「ありがとう」
 金貨を何枚か握らせ、去っていくレピアを情報屋は見送りながら呟いた。
「いい女だったが、あそこに行ったらもう戻ってこれないだろうな」

 エルファリアには何も言わずに出てきてしまったけれど彼女ばかりに調べさせるわけにも行かない。自分のことだもの。自分で呪いを解くのよ。
 そう思い、街で聖女の噂を聞いたレピアは昼間は岩陰や草場の陰に石化する体を隠し、夜になると移動するという危険を冒しながら森の前にたどり着いた。
「行くしかないわね」
 真偽はともかくとして今はこの情報しかない。藁をもすがる思いだった。いつまでも石でいるわけにはいかないのだ。自分のためにも、エルファリアのためにも。
  洋館までたどり着き、ノックをしようとすると、背後から唸り声が聞こえ、振り返った時には押し倒されていた。よく見ると姿こそ女性だが、目は理性を失っていてまるで野良犬そのものだった。
「やめなさい」
 凛とした声が聞こえたかと思うと、その女性はくーんと犬のように鳴くとレピアから離れ森の中に消えていった。
 「ごめんなさいね。大丈夫だったかしら」
 声の方に顔を上げると美しい女性が立っていた。
「貴方が聖女なの?」
 ある程度の確証を持ってそう尋ねた。この森の洋館に住んでいると聞いていたから。
「そうよ。貴方は?」
「あたしはレピア。お願いしたいことがあってきたの」
「そう、レピア。話は中で聞くわ。どうぞ」
 そう言って聖女は洋館の中にレピアを招き入れこう言った。
「貴方も咎人なのね」
「ええ。でもどうしてそれを?」
「ここに来るのは咎人の女性ばかりだもの。外で貴方が襲われたのも咎人なの。」
 聖女が言うには咎人の呪いは言霊の一種で、名前や魂に楔を打ち込むイメージだ。なので咎人の精神を野生化させられれば、咎人を人で無くし、呪いの発動そのものを抑えることが出来ると。そのため、聖女の力によって咎人の呪いを抑えられている女性たちは、森で野生生物と一緒に、野良犬のような生活を送っているのだと。
「貴方も咎人の呪いから解放されたいのでしょう?」
聖女が言う。
「私も彼女たちのようにして」
レピアはそう頷きながら言った。

その頃、
「遠出をする時はいつも道中で手紙をよこすはずのレピアが今回は音信不通だなんて」
 エルファリアはひどく心配した。彼女は咎人だ。昼間は石になってしまうし、暗示や催眠術にもとても弱い。過去にそれでいろいろあったのも事実だ。今回も何かあったんじゃないかと気が気ではなかった。
 エルファリアはメイドに頼んでレピアの足取りを追ってもらうことにした。
「レピア、無事でいてください…」

 半年以上経っただろうか。
 森でレピアは完全に野良犬と化していた。目は理性を失い、服はほとんどが破れ、あの美しく、花のような香りのした体は、薄汚れ悪臭にまみれていた。そこに足取りを掴んだエルファリアがやってきた。
「レ…ピア?」
今は昼。なのにレピアはひどい姿であるとは言え、石化せずに動いている。エルファリアは驚いた。その刹那、レピアがいきなりエルファリアにのしかかってきたのだ。
「レピア!?」
 抵抗しようにも相手がレピアであるがために出来ないエルファリア。抵抗できないことを知ってか知らずかレピアは容赦なく襲ってくる。エルファリアの綺麗な肌に赤い傷がついていく。
「私です。エルファリアです。レピア!」
 必死に訴えるが理性のないレピアには聞こえない。しかし、理性の奥、本能の部分でエルファリアのことを覚えていたのか、何度か鼻を鳴らすと攻撃は止み、今度は飼い犬のようにペロペロと体を舐め始めた。
「わかってくれたのですね」
 エルファリアは自分に擦り寄ってくるレピアを別荘まで連れ帰り、浸かると状態異常を治す効能がある露天風呂に入れると丁寧にその体を清めた。何度も何度も垢を流し、髪をすき、新しい服を用意させた。
少しずつレピアの瞳に理性が戻ってくる。理性が完全に戻ると、レピアは頭を下げた。
「あっ、あたし…ごめんね。勝手なことして、怪我までさせちゃって」
 そう言って包帯の巻かれたエルファリアの腕に触れる。
「そんなことはいいんです。でも、いくら呪いを解くためとは言え無茶しないでくださいね。」
「うん。わかった。本当にごめん」
 朝日が二人を照らしレピアは石になっていった。しかしその表情は安堵に満ちていた。
「レピアがそばにいてくれないと困るのです」
 完全に石になったレピアの頬に触れながらエルファリアはそう呟き、今日も図書館へと向かうのだった。



Fin