<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


召霊鍵の記憶 黒の頁




 アクラはあおぞら荘のホールで、豪華な辞典並に分厚い装丁が施された本をゆっくりと閉じた。
 様々な物語が記されたコールの本。
 この本に記載された物語は、霧散したコールの心と夢を繋ぎ合わせる力になる。
「色々な感情を吸収して、キミはキミを取り戻すんだ」
 一度閉じた本をアクラはまたゆっくりと開く。
 そこは、真っ黒に塗りつぶされ、何が書かれているのかさっぱり分からない。けれど、その黒は闇のような深いものではなく、様々な色が重なり合い黒へと変化したもの。
 そう、この黒は思いの集合だ。
 アクラはゆっくりと黒に手を伸ばすと、徐々に本の中へと入り込んでいった。

(そう危険はないと思うんだけど)
 トンっと上下のない空間に靴音を響かせ降り立つ。その音に気が着いたのか、銀髪の少年が振り返った。
「きみはだあれ?」
「翠なの…?」
「ぼくをみどりとよぶきみはだあれ?」
 アクラは大事そうに鞄を抱えた12歳ほどの少年に近づき、膝を折る。
「ボクはアクラ。お兄さんのお友達」
 アクラが自分の名前を告げ、少年に微笑みかければ、少年は嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせ、何かを期待するような瞳でアクラを見つめる。
「おともだち、あそんでよ」
 少年は抱えていた鞄を開く。
「…っ!?」
 アクラの身に圧し掛かった脱力感。これは、翠の力じゃない!
 少年はそんなアクラを見やり、詰らなさそうに眉根を寄せて踵を返し、たったと走り去っていく。
「待っ!!」
 立ち上がろうにも足に力が入らず、アクラはその場に転がる。
「騙された……っ!」
 小さくなっていく背を見つめ、悔しそうに口元を釣り上げ舌打ちする。
 翠の姿をしているが、あれは幼い頃の――コールだ。






 気が着けば千獣(せんじゅ)は知りもしない場所で立っていた。けれど、それは驚くようなことではない。なぜならば、こういった経験は何度もあったからだ。ただ1つ違うとするならば、ここは物語の中ではないということだろう。
 千獣のまま、千獣として、ここに立っている。
 辺りを見回し、上下も左右もないこの場所を歩き始める。
 暫く歩いた所で、視界が開け、その先に一人の少年が寂しそうにポツンと座り込んでいる姿を見つけ、歩み寄った。
「どう……した、の……?」
 暗いとは言っても、不愉快な暗さではない。いや、暗いというのは少々表現がおかしい。黒い――と言ったほうが正しいような気がする。
「??」
 振り返った少年の額には、よく知った人と同じように宝石が輝いている。けれど、その色は始めてみる色味だ。
「あのね、ぼく、つまらないんだ。あそんでよ!」
「遊ぶ……?」
 こんな黒い場所でどうやって遊ぶというのだろう。けれど、幼い少年が遊んで欲しいというのなら、遊んであげればいいか。もしかしたら、それがこの空間から抜け出す鍵になるかもしれないし。
 千獣は瞳を泳がせ「んー……」とひとしきり考えてから、少年に視線を戻す。
「じゃあ……そう、だね……今、人間の、間、では、お、正月……っていう、行事……やってる、ん、だけど……人間の、子供の、玩具……凧、揚げ……して、みる……?」
「にんげんのあいだ?」
 遊ぶ内容よりも、千獣の言葉の中に含まれた、どこか他人事めいた部分に少年は首を傾げる。
 千獣はどう答えるべきかしばし考え、ただふわっと微笑み少年の頭を撫でた。
「あなた……凧、揚げ……知って、る……?」
 少年は首を振る。
「ううん。たこってどういうもの?」
 小首を傾げて問いかけてくる少年に、千獣はどう説明するべきか考える。手を自分の顔よりも少し大きいくらいに広げる。
「この、くらの……大きさ、で……やり方、は、簡単……風に、乗せて、揚げる、だけ……」
 風に乗せたら、乗せたままにできるように糸で調節するだけ。
「どうぐがひつようなんだね。おねえちゃん。このなかからさがして」
 少年は自分が肩からかけていた鞄を外し、千獣に手渡す。
「入って、る、かな……?」
「うーん。わかんない」
 何が入っているか分からないと続けられた言葉に、千獣は少しだけ入って無かったらどうしようかなと考えつつ鞄を探る。
 だが、直ぐにコツンと指先に当たる何かを見つけ引っ張ってみれば、それは千獣が思い描いていた凧だった。
「凧……これ、だよ……」
「それがたこっていうんだね!」
 持っているだけで、何か分からなかったということだろうか。
 千獣は完成された凧についている凧糸や、竹組みが折れたりしていないか確認し、少年に手渡す。
「どうすればいいの?」
「私、が、合図、した、ら……反対、に、走って……」
 問いかける少年に、凧糸の端を握らせ、千獣は凧を持ってどんどん後へと下がる。
「どこかに、引っか、かっても、私、取りに、行ける、から……大丈夫……」
 と、説明しつつ、凧糸がある程度たゆみが無くなったところで、千獣は走るように合図する。
 少年が反対側へ走り、凧糸がピンと張ったところで、千獣は凧から手を離すと、徐々に凧が空間の上へと飛び上がっていく。
「一度、風に、乗せ、たら、バランス、取るだけ、で、いいから……」
 それでも、少年はどんどん走っていく。
「どこ、行くの……?」
 飛んでることに気が着いていないのか、何だか一生懸命に走って折角飛んでいる凧には見向きもしていない。
 認識できるほどの風は吹いていないのだが、それでも飛ぶようにふわふわと浮いている凧を見て、千獣は少年に止まるよう声をかける。
 そして、あいてしまった距離を詰めるように背中から翼を広げて、少年を追いかける。
「とまるの?」
 その声に足を止めて振り返った少年は、羽を広げた千獣を見て、凧のことなど忘れてしまったかのように、ぱぁあっと顔を輝かせる。
「おねえちゃん、はねがあるんだね! フロックスみたい!」
「……え?」
 少年の口から出た聞き覚えの有る名前に、千獣の動きが止まる。しかし、当の少年はそんなことはお構い無しに、放っておいたことで落ちてしまった凧にたったと駆け寄っていく。
 千獣はゆっくりと追いかけるように視線を向ける。そして、無邪気に凧を拾い上げた背中に問いかけた。
「なぜ……あなた、が、フロックスの、こと……知ってる、の……?」
「なぜって……ぼく、そういうおはなしよんだんだ」
 コールが、主役にした人以外に作った物語を聞かせたという話は聞いたことがない。
「どこ、で……読んだ、か……教えて、くれ、る……?」
 少年は、いいよ! と、花が咲くような笑顔で答え、肩から提げていた鞄から一冊の本を取り出す。
「……これ、は……」
 よく見知った、コールがいつも手に持っていた本。
「コール……」
 自然と眉根が寄せられる。気持ちは少し泣き出しそうになっているのに、涙は不思議と出てこない。
 その瞬間、少年の姿が消えうせ、空間だけではなく、視界さえも自分自身が認識できないほど黒で塗りつぶされた。







 視界を取り戻し、辺りを見回してみれば、見知った人たちが同じようにその場に立っていた。
「やっぱり…君たちだった」
 少しだけ辛そうな様子で上腿を上げた少年に、キング=オセロットがその名を叫ぶ。
「アクラ!?」
 やぁっと手を上げたアクラの顔色は、何時にも増して青白い。
「今までの物語とは違うよう感じたのだが、アクラ殿は理由を知っておられるのだろうか?」
「うん」
 アレスディア・ヴォルフリートの問いかけに、アクラは力なく頷く。
「ボクが、ここを用意したんだ」
 本当は、集まった感情を基に、コールを呼び戻す鍵にするつもりだった。実際それは上手く作用し、鍵穴とも呼べるコールの心に強く残った少年を呼び出すことが出来た。けれど、その少年は予想に反し、コール本人で――。
「でも……コール、居ない……」
 千獣はきょろきょろと辺りを見回す。自分たちを除けば、ここにあるのは黒い空間と、調子が悪そうなアクラだけ。
「それにしても、遊ぶという行為に何の意味があったというのだろう」
 考えるように口元に手を当てたサクリファイスは、無邪気に笑って遊びを求めた少年の姿に、どこか引っかかりを感じてそのまま考え込む。
「あの子は、彼が殺してしまったと思っていた末の弟。分かるでしょう?」
 コールの一番深い部分にトラウマとして深く突き刺さっていた、あの記憶を。
「……ルミナスが封印した、弟か」
 小さく零したサクリファイスの言葉を、オセロットの耳が拾い上げる。
「どうかしたか?」
 その視線を感じたサクリファイスは、努めて笑顔で誤魔化すように首を傾げる。サクリファイスには、このことを話していいものかどうか、分からないから。
「彼、堅物だから、遊んであげるとか全然してあげたことなかったんだ。だから、自分がしたくてできなかったことを投影したんだと思う。きっと」
 それはコールが無意識に求めていた、安らかな時間というやつなのだろう。壊れて、喰われて、それでも尚残った懺悔に近い願い。
「本当は、ボク一人で大丈夫だと思ったんだけど、彼、無意識に力の使い方思い出してるみたいでさ。このザマだよ」
 ははっと照れ隠しのように笑ったアクラに、アレスディアはふっと息を吐く。
「アクラ殿も、もう少し他人を頼られたほうがいいのではないか? 普段からは想像もできぬが、とても重いものが肩に乗っているように思えてならぬのだ」
 コールを助けるための方法も、アクラが一人で導き出し、何の承諾も理由も話されること無く、協力することになった。
「ねえ……信じ、て……?」
 最初から説明を聞いていたとしても、きっと、それを断ることなんてしなかったと思う。
「誰か、を……助ける、手助け、を……断る、人、なんて……いない、と、思う、の……」
 千獣はこくんと小首を傾げ、アクラを見つめる。
「分かってるよ。分かってる。だから、ボクは信じてた。ただ、話さなかっただけ。話さなくても“分かってくれる”って思ってた」
 そのくらいには、信頼してると、アクラは千獣に微笑みかける。
「しかし、遊びが終わり、ここに集まっただけでは解決ではないのだろう?」
「流石オセロットちゃん。察しがいいね」
「私たちにやれることはあるか?」
 その問いかけに、アクラは首を振る。
「ありがとう、でも、大丈夫。君たちと遊んで、鍵穴は満足した。だから、ボクは鍵を開けに行く」
 ふらりと立ち上がったアクラの手に、コールがいつも持っている本についていた鍵と同じデザインの、大きな鍵が現れる。
「元の世界で、待ってて」
 アクラがそう微笑んだ瞬間、視界は閃光を伴い、意識がその場から飛んでいった。





 目覚めたのは、見慣れたエルザードの町であり、自室。
 きっと、今頃コールは眼を覚ましている頃だろう。
 行こうか、おはようを告げに。






























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士



☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 召霊鍵の記憶 黒の頁にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 最後と言っても、余り深い話にはなりませんでした。

 凧がどこかに引っかかるというような場所ではなかったので、距離をつめるという形に変更させていただきました。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……