<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


■旅籠屋―幻―へようこそ〜リルド・ラーケンのある日〜■

 夜――。
 その日、リルド・ラーケンは、ある世界での冒険に一区切りつけていた。
 疲れの残る身体のまま、眠りについた彼は、寝ながらにして世界を移動してしまう。
 ふと気付くと、静かな路地に立っていた。
 夜に寝ていたはずなのに、陽が差し、昼間であることを知る。
「ここは……」
 辺りを見回してみて、聖都エルザードへと来たのだと分かった。
 久しぶりの世界移動に戸惑っていると、彼の立つ路地の先――大通りから喧騒が聞こえてきて、それを煩わしく感じてしまった。
 それと同時に、ふと空腹を覚える。
「そういや、昨日はそのまま寝ちまったんだったか」
 ぼやきつつ、視線を上げると、出入り口に暖簾のかかった建物を見つけた。
『旅籠屋―幻―』。
 暖簾に書かれた文字は異国の言葉か読み取れないけれど、出入り口の扉の隙間から漏れてくる食べ物の匂いに、空腹を覚えた身体が待ちきれず、暖簾を潜った。

「……いらっしゃい」
 扉を開けて入ると、奥のカウンターに女性が1人。
 昼時を少し過ぎている所為か、客の入りはまばらだ。
「……食事なら、お好きな席に」
 告げる女性――闇月夜の言葉に、リルドはカウンターの1席へと腰掛けた。
「おすすめいくつかと、それに合うお酒でも」
 お冷を出した夜へと、リルドはそう告げてから、改めて自身へと視線を落とす。
 一振りの剣に、短刀が3つ。装備面に関しては異界移動の際に失くしてしまったものはないようだ。
 手足や首、肩なども動かしてみたりして反応を窺ってみたところ、身体の各所にも異常は見られない。
(大丈夫そうか……力は?)
 リルドは氷を含む水や風、そして雷を操る術を使うことが出来る。
 目の前にはグラスに注がれた水――それを見て、グラスを手に取ると、水を操るよう試みた。
 ふるりと水面が揺れたかと思うと、ボールのような塊になってグラスの上に浮いた。水の玉は暫く浮いていた後、ぽちゃんとグラスに残っていた水へと落ちる、その弾みでグラスが砕け散ってしまった。グラスの中身である水がカウンターに広がっていく。
「……! ……大丈夫!? ケガはない!?」
 それとは裏腹に、料理の準備をしていた夜が驚き、慌てて、タオルと台拭きとを差し出してくる。
 割れたグラスで手のひらに幾つか切り傷が出来てしまっているようだ。充てられたタオルにじわりと鮮血が滲んでいく。
(ん。ちゃんと使えるな)
 けれども当の本人は、切り傷になど構うことなく、力を行使できたことに安心していた。
「……料理、待っててね。先にここ、片付けちゃうから……、……本当に大丈夫?」
 グラスの破片と、濡れたカウンターを片付ける夜は、ケガした割に反応のないリルドへと声を掛けた。
「え? あ、あぁ、悪ぃ。グラス割っちまって……」
 安心し終えて、ふと我に返ったリルドは、割れた破片の残骸やまだ濡れているカウンターを見て、慌てて、夜へと謝った。
「……うちは大丈夫。……酔っ払いがケンカしたりして、グラスやお皿割ったりなんか、しょっちゅうあることだから」
 ふるふると横に首を振りながら、夜が応える。
「……ただ。あまり、店内で力を使わない方がいいわ。……うちの用心棒が、気が気でないみたいだから」
 笑みを零しながら夜が視線を流した先――店内の壁際の席に、彼女は居た。
 少年とも見間違う姿に、棒状の得物を持った彼女――如月誠は、リルドへと警戒の視線を向けているようであった。
「あぁ。これ以上は使わねぇよ」
(能力の方も問題ねぇこと、分かったしな)
 リルドは応えながら、割ってしまったグラスの破片の片付けを引き受ける。
 片付け終えたところで、改めて、夜が作った料理をリルドの前へと並べていく。
「へぇ〜」
 出された料理は、白ご飯に焼き魚、和え物、根菜類の煮物と、エキゾチックな旅籠屋にぴったりで、思わず感嘆の声を漏らした。
 お酒は、ワインのように冷やして飲むのではなく、常温で飲むのだという清酒が出される。
「……温めて飲む、熱燗、とかもあるけれど」
「それもおいしそうだな。あとで貰えるか?」
 夜の言葉に、リルドは応える。もちろん、と夜は頷いた。
「……そういえば、お客さんは、旅の方か何か? 見ない顔だけれど……」
 次の料理とお酒を用意しながら、ふと夜が訊ねる。
「ああ。冒険を求めて旅してるんで、冒険者ってところだな。この街に来るのも久しいんで、ここの店が出来たのがつい最近だっていうなら、馴染みなくても仕方ねぇかと」
 こくりと頷き、リルドが告げる。
「……最近っていうほどでもないけれど。……ここ、大通りから外れた通りにあるでしょ。余程、街中うろうろする人でないと、見つけれないみたいで」
 見つけた貴方は運がいいのよ、と夜はくすくすと笑いながら、小鉢を出した。お酒のつまみになるような、野菜の焼きびたしが盛り付けられている。
「確かにな。俺も、移動したとき、この通りに降り立ってなかったら見つけられなかったかもしれねぇ」
 リルドも笑いつつ、出されたつまみを口へと運ぶ。
「良い味付けだ。酒が進むな」
 うんうんと頷いて、お酒も次々と飲んでいく。
 そうして、ある日の昼下がりのときが過ぎていくのであった――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】

NPC
【闇月 夜 / 女性 / 23歳 / 女将】
【如月 誠 / 女性 / 18歳 / 用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 リルド・ラーケンさん、初めまして!
 この度は、『旅籠屋―幻―』で過ごしてくださり、ありがとうございました。
 納期に遅れてしまいまして……申し訳ございません。

 また機会がありましたら、『旅籠屋―幻―』へお寄りくださいね。