<東京怪談ノベル(シングル)>


昼下がりの姉妹達
 少女の手により、ほつれていたはずの洋服はたちまちに修繕されていく。糸と針を手際よく操りながら、宿の一室でレギーナは仕立て屋としての仕事をこなしていた。
 普段は冒険者として、荒事に調査に正義の味方から汚れ仕事まで請け負う彼女だが、毎日のように冒険が待っているわけでもない。こうして、宿で普通の仕事をしている日も結構あるのである。
 綺麗に仕立て直された衣服を見て、彼女はその出来に僅かに目を細めた。少女の青色の瞳に、満足気な歓喜の色が宿る。
 見違えるように綺麗になった洋服を丁寧に畳み、レギーナは優しく脇へと置いた。壁にかけられた時計が、三本の針で今が昼過ぎであるという事を彼女に伝える。
 作業は一段落ついたし、そろそろ休憩をとろうか、どうしようか。
 少し悩んでいたレギーナの耳に、こんこん、と小気味のいい音が届いたのはそんな時だ。部屋をノックしてきた人物に彼女は心当たりがあったのか、すぐにその形の良い唇で返事を奏でる。
「どうぞ」
 レギーナの声に誘われるように扉を開けたのは、案の定彼女の予想通りの人物だった。十代後半くらいの少女。この宿屋の主人の娘だ。
 この宿にはもう随分と長くいるので、レギーナも彼女とはすっかり顔なじみである。
「宿の仕事が一息ついたから、休憩がてらお話でもしようと思って……。今、大丈夫?」
「ええ。私も、ちょうど一休みしようと思っていたところなんです」
「よかった」
 レギーナは快く娘を部屋へと迎え入れ、自分の向かいにある椅子に座るように促した。
「本当は、私がもてなす側のはずなのに……なんだかいつもと立場が逆で、おかしいわ」
 宿屋の娘が客に丁重にもてなされるという現状が新鮮だったのか、少女はくすぐったそうに微笑む。
「そういえば、さっき宿にきたお客さんから聞いたんだけれど、街に今行商人さんがきてるんだって。珍しいもの、いっぱい売ってるらしいの。よかったら、後で一緒に行こう、レギーナ」
「はい、是非」
 少女の誘いを断る理由など、レギーナにはなかった。感情を表に出す事をレギーナは苦手としていたが、その分しっかりと頷いてみせる。可愛い小物を見れるかもしれない、と思うと、心が踊るのを彼女は感じた。
「あ、そうでした」
 不意に、思い出したかのようにレギーナは口内で呟く。そして、宿の娘に向き直ると、自身の右腕をさすりながら一つの頼み事を口からこぼすのだ。
「腕の関節の動きが、少し渋いんです。手入れの手伝いをお願い出来ませんか?」
 金色の髪の毛に、青い瞳に、白い肌。美しい少女が浮かべているのは、まるでお人形のような愛くるしい笑み。
 否、『ような』ではない。彼女、レギーナはお人形なのだ。
 動器精霊。魂の宿ったビスクドール。化粧や衣類で誤魔化してはいるものの、その下には磁器の肌と球体の関節が隠されている。故に、彼女は時々こういった手入れを必要としていた。
「もちろん大丈夫よ。片腕では、作業しにくいものね」
 宿屋の娘もその事は既に知っていたのか、驚く様子もなく彼女の手伝いを引き受ける。レギーナは服を脱ぎ下着姿になれば、白く細い右腕を肩の部分から取り外した。
 少女に手伝ってもらいながら、慣れた手つきでレギーナは清掃作業を進めて行く。作業をしている間も、彼女達は色々な話に花を咲かせる。
 この前見かけた可愛らしい服の話や、最近のお気に入りの場所の話。宿で起こったちょっとした事、レギーナの冒険談。話題は、尽きる事を知らない。
 それでも、二人でやったおかげか、いつもよりもスムーズに清掃を終える事が出来た。再び右腕を取り付け、レギーナは何度か動かして調子を確かめる。
「……どう?」
 心配そうに様子を伺う娘に、レギーナはゆっくりと頷いてみせた。
「いい感じです。こんなに調子がいいのは、久しぶりかもしれません。……今度、首や腰の分解清掃もお願いしたいくらいです」
 先程右腕を外した時のように首を外すレギーナの絵面を想像してしまったのか、少しだけ娘は躊躇したものの、すぐに笑顔になり「私でよければ、お安いご用だよ」と快諾する。
 そして、先程作業をしている時に少しだけ乱れてしまったレギーナの髪を、少女は優しく撫でた。一度自分の部屋に戻り櫛を持ってきた彼女は、レギーナの後ろへと立ち彼女の髪を梳き始める。
 自身の髪を撫でる優しい手の感触に、レギーナは心地よさげに瞼を閉じた。穏やかで平和な時間が流れる中、再び彼女達は談笑をし始める。
 窓から差し込む陽の光が照らす二人の姿は、まるで仲の良い姉妹のようであった。