<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【炎舞ノ抄 -抄ノ肆-】秋白

 何か話し掛けられたような気がしないでも無かったが、その相手が俺だとは思わなかった。

 と言うか、肝心の話の内容の方が――その意味がよくわからなかった。正直、自分の中できちんと噛み砕いて受け取れた気がしない。そんな気がする以上は、多分俺が話し掛けられた訳じゃないだろうと素で思う。…いや、意味がよくわからなかったからって改めて訊き返して確かめるのが――そして話し掛けられた内容の意味を理解しようと改めて試みるのが果てしなく面倒臭かったので、何となくそのまま放置したと言うのが正しかったかもしれない。

 ――――――『ねぇ。あなたは生命と言うものの意味をどう思う?』

 多分、そんな事を話し掛けられていたような気がする。…意味が取れない以上は、この程度の科白であっても覚えておく事自体頭が疲れる要素になる気がする。いや、覚えておいて疲れるのは別にこの科白に限った事でも無いか。俺の場合、面倒臭そうな大抵の話は誰の口から出たものであっても聞くだけ聞いて右から左に聞き流しておくのがいつもの事。…もし万が一内容の中に聞き逃してはならない大切な事が含まれているようだったら、多分後になってもきちんと頭に残っている――自動的に残せている気がする。その場合、面倒臭くとも頑張って思い返そうとすれば何だかんだですぐ思い出せる。…俺の頭はそういう風に出来ている。多分。…その辺の判断は常日頃から勘の領域に任せている。そしてそれでこれまでの生活どうにかなっている。大した問題は起きていない…筈である。一応。
 どちらにしても、通りすがりの初対面を相手にするにしてはやけに唐突かつ電波な問い掛けでもある。そんな小難しい事など俺は考えた事も無い。生命の意味とか何とか言われても、精々が生きていた後に死ぬ事。…そのくらいしか思いつかない。そしてそんな答えを求められている問い掛けなのかどうかもいまいちわからない。どんな答えでもいいと続けられても、何かしらこう答えて欲しいと言う「答え」もあるのだろうとは漠然と思う――と言うかそもそも相手の思惑を慮る事自体が面倒臭いのだがなんで今わざわざそこまで考えてやってるのか俺。

 この意味深かつ謎な問い掛けを口に出した人物は、白い和装姿――狩衣とか言うんだったか、そんな直線的な布地で構成されたぼてっとした服装の異界人らしい子供。年の頃は俺基準――つまり人間だとして十代前半程度のひょろくて小さい感じに見える。髪や肌の色もどうやら真っ白。日除けのつもりか、頭にも着物を無造作に被っている――そちらの着物はただ白と言う訳でも無く淡い黄味の色で、竜と虎が相争う様が単色で豪快に描かれているのがこれまたやや唐突で目立つ。
 それと、その子供は何やら無表情に近い――但し無表情とも言い切れない微妙な表情の仮面――能面と言うものだったか――を着けてもいる。…だから顔立ちでは年の頃を見て取れない。そもそも顔が見えないので。年の頃を見出せる要素は精々がぱっと見の体型とか横笛らしきものを持っている細い手指くらい。…そしてわざわざ今以上の情報をこの相手から見出そうとする事自体が面倒臭い。己の心に照らせば心底どうでもいい。…むしろ今、よくこの相手をそこまで観察しているものだと自分で自分を褒めたくなる。
 ともかく、全般として何処か浮世離れした印象の子供。…何と言うか、異界の吟遊詩人…とでも言うような風体に見える。にしても、特にこんな場所――エルザードの外れにある人気の無い丘――に居るには、どうにも唐突な印象の子供では無かろうか。風体からしてもっと人出の多い、賑やかな場所に居る方が無難に見えそうな。
 いや、だからどうと言う事も無いのだが。わざわざ気に掛ける程の事でも無い――気に掛けたからどうなる訳でも無い。となれば、気に掛けるのも面倒臭いだけ。…わざわざそんな事をこんな場所で頭を使って考え込む必要も無い。
 当然ながら、そんな子供にいきなり問い掛けられるような心当たりも無い――が、今この場にはこの子供と俺しか姿が見えないとこれまた面倒臭いながらも一応周辺を確認した。そうである以上は、多分、話し掛けられたのは俺だろう。そうは思う。思うが――何故そういう事になるのやら全く理解の外である。…この子供は見掛けた人物誰彼構わず手当たり次第に同じ事を問うているのだろうか。それだったらそれこそ俺が幾ら考え込んでも意味が無いが。…なら別に考えなくていいな。面倒臭いし。うん。

 そもそも俺は今、以前この近くで見付けた池へと魚を釣りに出向く途中になる。最近の状況として金は無いし依頼も無いしでただひたすらに暇を持て余しているので、上手くすれば何かの足しになるかもしれない――同時にあまり動かなくて良さそうな、楽そうな事をしよう、と思い立っただけの事。ただぼーっと釣り糸を垂らしているだけでも、それで魚が釣れれば今日の食い扶持になる。素晴らしい。
 …勿論、釣りと一言で言っても何だかんだと拘って趣味として楽しむ輩も居るのだろうが、俺はそんな面倒な事は考えていない。…俺は別に釣りが得意だったり好きな訳でも無い。そしてそんな程度の軽い気持ちで釣りをしていても、それなりに魚が釣れる事はある。…自然は豊かだ。…そもそも食える魚が居そうな豊かそうな池を見付けたからこそ、魚釣りでも、とふと思い立ってみた訳でもある。

 狩衣姿の白い子供は、何故かそんな俺の後を付いてくる。…ちなみに俺は――この子供の姿を認めてからもこの子供に話し掛けられたような気がした後からも、全く足を止めていない。完全スルーで元から足の向いている方――進もうと思っている方向、目的地の池を目指してただ普通にのんびりと歩みを進めている。そしてそんな俺にわざわざ付いてくる時点で――うろちょろと俺の足元に纏わり付いて色々話し掛けて来る時点で、やはり先程のあれも俺が話し掛けられていたのだろうなと改めて自覚もする。…だからどうだと言う事でも無いが。
 …取り敢えず、足元をうろちょろしている姿が現在進行形で連れの緑猫と何だか似ている気がしないでも無い。
「ねぇねぇ、お兄さん、聞こえてない…って事は無いよね?」
 生命がどーたら言う話なら聞こえた事は聞こえた。
「じゃあなんで無視するの」
 反応するのが面倒臭い。
「あ、ひどい」
 …て言うか、意味がよくわからない。
「ふーん。そうなんだ。…お兄さんて、そういう事は結構はっきり答え出してそうなひとって気がしたんだけど」
 出してない。考えた事も無い。
「そうなの?」
 そう。
 無言のままでそこまで「答え」てみる。この白い子供は、打てば響くみたいに勝手にこちらの意思を読み取ってくれた。…口に出さずに相手に意思を伝えられるのは元々自分の特技でもあるが、やり易い奴とやり難い奴が居る事も確かである。…そしてこの白い子供はどうやらやり易い方。その伝達の感度と言うか何と言うか――何処かの付き合いが長い魔女とか、こないだ遇った僧形の…蓮聖とか言う奴並にはやり易い気がする。
 となると、この子供との意思の疎通は楽である――幾分面倒臭さは減る。…足元に纏わり付かれて色々話し掛けられている事自体は若干鬱陶しくはあるが。別に自分は子供が好きな訳でも無い。
 同時に、嫌いな訳でも無いが。
「…何か思念?の方で即答?されちゃったけど…本当に何にも無いの?」
 無い。生命の意味?なんて言われても…精々で生きていた後に死ぬ事…くらい?
 と、取り敢えず、さっきちらっと返答…に近い形で思い付いた事をこの子供向けに伝えるつもりで頭に浮かべてみる。それも疑問形で。…実際、何の答えにもなってない気しかしないので。
 白い子供はまた、ふーん、と軽く唸っている。
「て事は、お兄さんの場合って、生きる事自体に意味がある…って感じなのかな?」
 さあ?
「…訊き返しちゃうんだ」
 考えるのが面倒臭い。
「うわあ…そこまで面倒臭い事訊いてるかな、ボク」
 うん。
「…また即答?されちゃったし」
 だって、その通りだから。
「あ、ひょっとして、何か急ぎの用事でもあるの?」
 無い。
「だったら話し掛けちゃって何か悪かったけど…ってこっちが言い終わる前に「無い」ってまた即答?されてるし。でもお兄さん、どっか行くって風ではあるよね。…あ、釣りでもするの?」
 その通り。
 肯定。俺の姿をそれとなく確かめてからの白い子供の問いは、端的に言葉通りにその通り。否定する要素が無い。…適当に木の枝と糸を見繕って適当に自作した釣り竿と、その辺にあったバケツを担いで歩いてるのを見れば、まぁ普通に思い付く可能性ではあるだろう。俺の方でも今現在の行き先や目的を特に隠してはいないし隠す必要も感じない。…必要が無ければわざわざ隠すなんて面倒臭い事はしない。
 白い子供は、へー、釣りかあ、と何やらしみじみしつつも、やっぱりとてとて俺に付いてくる。まるで、元々俺の連れででもあるかのように、コンパスの長い俺に歩調を合わせて小走りまでなって。やっぱり連れの緑猫と何だか似ている気がする。何処で釣りするの、どんな魚が居る? とか何だかんだとまた話し掛けて来る。
 …それはこの白い子供にとって必要な話なのだろうか。
 俺としては面倒なので何を話し掛けられてもあまり律儀に「答え」て行く気にはなれないのだが。…いや、この子供に釣りに付いて来られる事自体は全然構わないのだが。と言うか、居ようが居まいが心底どうでもいいので。

 …にしてもこの子供にとって、それ程に魚釣りは興味深いものなのか?



 そんな漠然としたどうでもいい疑問を抱きつつ、当の丘を越えて何だかんだで目的地の池に着く。

 ここに目を付けたのは、以前にここを通りがかった時。当然、その時も何か用があって通りがかったのだろうが――何の用だったのかは既に忘れた。ともあれその時にここの水面から魚が元気に跳ねていたのを偶然見て、おお、と思ったのがまずここに目を付けた切っ掛けだった気がする。
 当時実際に池の中を覗いてみたら、美味そうな――特に魔物的な属性でも無さそうなまともな――魚が何尾か元気に泳いでいるのまですぐに確認出来た。確認している間に、連れの緑猫があっさり一尾獲る事までした。つまりそれくらい、魚の姿はたくさん見えた訳で。
 だからこそ、いつか機会があってその気になったら釣りに来ようと考えるだけは考えて、頭の隅にこの池の情報を置いてはいた。…金の無い時に食費を浮かせる為、と言う実際的で重要かつ切実な保険の一つと言う意味も込みで。
 そんな訳なので、釣り目的でこの池に来るのは実は初めてでも無い。意外と穴場で人が来ないと言うのも面倒が無くてまたいい(…まぁ、今日は連れの緑猫のみならず同行者の子供が居はするが)。池が干上がりそうな危うい気配も無く、普通に水を湛えている――勿論、目的通りに魚も居る。

 池の畔。俺は適当なところに陣取り、担いで来た釣り竿とバケツ、常から装備している片手剣を下ろして釣りの用意――ひとまずは釣り竿を構え、池の中に糸を垂らすだけ垂らして、待つ。…面倒臭いのでそれ以上の事は特に何もしない。他方、連れの緑猫は何やら自力で魚を獲ろうと池の畔で虎視眈々と狙っているのが視界の隅に入って来る。…俺とは違って元気である。
「ねえねえ」
 何。
「…今、垂らした糸の先――釣り針に餌も疑似餌も付いてなかったよね?」
 付けてないけど。面倒臭いから。
「…それで釣れるの?」
 釣れる事もある。
「…」
 暫くこれで様子見て、どうしても駄目そうだったらその辺で蚯蚓か何かワームっぽいの捕まえて餌にする。
「なんか凄く投げやりな気がするんだけど」
 …。
 別に普通。
「ふーん」
 白い子供は俺が垂らした糸の先を、俺の隣に座り込んでじーっと見ている。俺も同じく糸の先を見ている。水面下の魚の動きも何となく見てはいる。掛かる掛からないか。まぁ、のんびり待ってみる。…その間にもう連れの緑猫は一尾魚を獲っていた。獲った魚を口に銜えて、池から離れて草むらにへ走って行く。あいつの方はもう自分の食い扶持が確保出来たらしい。…ちょっと悔しい。



 …気が付いたら狩衣姿の白い子供の姿はいつの間にか消えていた。

 待っているのに飽きたんだろうか、と何となく思う。思うが、だからどうと言う事も無く、俺はひたすら魚が掛かるのを待ち続ける。今重要なのはこちら。待つ事は苦にならない。動かないでただぼーっとしていられるのはとても楽である。何ならいつまでもこうしていたい。…気が付けば連れの緑猫は草むらから俺の側にまで戻って来ており、丸くなって寝こけている。
 どのくらい時間が経ったのか、空を見上げて、周辺の影の角度を見て――陽の位置で何となく確認する。意外と時間が経つのは早いらしい。もう結構時間は経っている――そして現時点での釣果は小物が一尾だけ。…この調子では到底腹の足しになりそうにない。
 さすがにそろそろ餌を付けてみる事にした。一度池から竿を上げて立ち上がると、面倒臭いながらも何かワーム的な小虫が居そうな石と石の隙間やら腐りかけた倒木やら草むらやら土やらをほじくって探してみる。…頑張って探すまでもなく結構すぐ居た…あまり面倒が無くて助かった。やはりここの自然は豊からしい。適当に見繕って採取し、餌確保。そして改めて針に餌を付けた釣り糸で、釣り再開。
 再び、待ちに徹する。…餌を付けたら二尾目以降も結構普通に釣れた。初めからこうした方が良かったか、とも頭を過ぎったが、まぁ、今となってはどちらでも良いだろう。今順調に釣れているならそれでもういい話。

 と。

 そんな俺の視界の隅に、再び狩衣姿の白い子供が入って来た。…それも今度は歩いて近寄って来たとかではなく、やけに唐突に――誰も居なかった筈の場所へと瞬間移動でもして現れ出たようにいきなり姿を見せている。ついでにその白い子供に手を引かれるようにして、今度は青い大人の姿までそこに居た。
 白い子供との対比もあるのかどうなのか、その大人の背はやけに高く見える。…着ている服の形自体は白い子供と似た感じで、色は青基調。肩口辺りから緩く編まれた三つ編みの髪も同系色で、こちらも青――俺の髪よりやや薄くて澄んだ色。年の頃は…俺基準で見ると三十に手が届かない程度の女、ってところだろうか。…いや、むしろ女と言うより母…かもしれない雰囲気を醸している気がする。気はするが…本当のところはそれも何か違うような気もする。何か、根本的なところを見誤っているような。
 とにかくそいつは白い子供と共に唐突にそこに現れ出たかと思うと、わわ、と少しびっくりした様子で目を丸くしている。何やら軽くよろけたようでもあったが、すぐに立ち直ってもいた。様子からしてこの青い姉さんは――白い子供に予期せずいきなりこの場に連れて来られて今に至っている感じ。
 はて何事か、とは思いはするが、俺の感想としては取り敢えずそれだけ。二人がいきなり現れても特に危険な感じはしなかったので、どうでもいい。…ただ、一旦居なくなっていた白い子供が何かの魔法的手段を使って戻って来たのかと思うだけ。…いや、戻って来ただけでも無くて、なんか一人増えてもいるのだが。
 まぁ、改まって気にするのも面倒だったので、彼らに特に反応する事も無く、のんびり釣りを継続。
「と、秋白様!?」
「ほら、あのひとだよ」
 いきなり現れ出た白い子供は、何やら俺の事をすぐ示して来る。どうやら青い姉さんに俺の事を知らせたかったらしい――と言うか。この青い姉さん、女じゃなくて男だったらしい。…白い子供に「秋白様」と呼び掛ける声を聞いて初めて気が付いた。どう聞いても男の声である。青い姉さんでは無く青い兄さん。…先程、根本的なところを見誤っていた気がしたのはそこだったらしい。まぁ、だからどうと言う事でも無いんだが。
 思っている間にも、すぐ側にまで来た白い子供――秋白と言うのだろうか――は、じーっとバケツの中の俺の釣果を覗き込んでいる。その顔に今は能面は無い。…が、先程までここに居た「能面を着けていた白い子供」と同一人物だろう事は何となくわかっている。隠されていた顔以外の人物的な要素は全て重なるので。
「あ、釣れたんだ」
 釣れた。
「で、餌もやっと付けたんだ」
 付けたら普通に釣れるようになった。
「…。…付けてから普通に釣れるようになったんだ。って事は別にボクたち改めて来なくても良かったかも。にしても、ボクたちいきなりこの場に出て来たんだけど、その割にお兄さん全然驚いてないね?」
 誰がいきなり現れようが、面倒臭い事にならなければどうでもいい。
 それより、さっきそっちの青い兄さんが白い子供の事を『秋白』って呼んでたようだったけど、それはその子供の名前と言う事なのか。
「あの、今…問わず語りでわたくしに秋白様のお名前を確かめましたか? そう受け取ってしまって構わないのでしょうか…ああ、わたくしは松浪静四郎と申します。貴方様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 …。

 予想外に、やけに御丁寧に確かめられてしまった。…えぇとそれはつまり。やや面倒臭いながらも改めて頭を使って考える。つまりこの青い兄さん――松浪静四郎と言うらしいこいつは、俺が周囲の人間に「問わず語り」でも自分の考えを伝えられる特技についてわざわざ口頭で確認して来た訳で――この反応が来ると言う事は、一度は口頭なり態度なりではっきり俺から確認が取れないと、多分、今後俺との「会話」は成立しない。…俺の言いたい事が言外に伝わっても、はっきり確認が取れない以上はそれを俺の言い分と受け取っては拙い、と判断しそうな律儀過ぎる感触がある。
 となると、今後を考えた場合に一番面倒が無く済む方法は――深く考えるまでも無く軽く頷くだけで肯定の意味は示せるか、と思う。それから――名乗られて名前を訊かれた以上は、こちらも名前を名乗らないと、か。面倒臭いが、まぁそのくらいはいいか。
 俺の名前は。
「………………ケヴィン・フォレスト」
「あ、それボクも初めて聞いた」
 伝えてないから当然。
 そして面倒臭いのでこれ以降、可能な限り喋る事無く「会話」を続けたい、とも静四郎に対して切に伝えてみる。途端、静四郎は物凄く何か言いたげな顔をして俺を見た。が、暫しそうしていたかと思うと、諦めたように、はぁ、と軽く息を吐いている。
「…で、秋白様のお名前でしたか…確かに秋白様と仰いますが…ああ、わたくしの口からお伝えしてしまってよろしかったのでしょうか。当の秋白様がここにいらっしゃるのですから、秋白様ご自身に確かめられた方がよろしかったのでは…?」
「いや、別に静四郎さんの方に確かめてもらってもボクは全然構わないけど。単にさっきも何となく自己紹介しそびれてただけだから」
 いや、俺もわざわざ通りすがりに自己紹介とか面倒臭くて考えても無かったし。名前確かめるのもあんたたちのどっちからでもいい。わかるならそれでどうでも。…いや、名前が秋白かどうかって訊いただけでごちゃごちゃするんだったら、わからなくてももうどうでもいい。…拘るのが面倒臭い。
「…で、ボクが『秋白』だと何かあるの?」
 何かって言うか、前に白山羊亭の依頼であった、エルザードとその近隣で起きてる局地破壊の件調べた時に、容疑者として秋白って名前が挙がってた事を思い出しただけ。
「…。…なんですか、それ」
「へぇ、お兄さんてそこまで辿り着いてるひとだったんだ?」
 ?
 辿り着いてると言うか、関係者っぽい奴らからそんな話を聞いただけだけど。
「…。…心当たりがおありなのですか? 秋白様?」
「静四郎さんにはあまり言いたくない話だよ。…申し訳無くて、言えない話。それから、多分辿り着いてる人ってまだ少ないと思う話。…気付いてそうな人も、表向きには隠してるんじゃないかなって気がしてたんだけど」
「秋白様…」
 いや、何か深刻そうな顔して目の前で話されてても、だからなんだって訳じゃないんだが。単に前に聞いた事ある名前が今出て来たなと思っただけで。それ以上でも以下でも無い。
「…そうなの? それだけ? ……………お兄さん、ほんっとにボクの事気にしないね。そんな物騒な事の関係者っぽいって知ってたら普通もっとこう、何か思うところがありそうな気がするけど」
 …面倒臭いからどうでもいい。少なくとも今は危険な感じ全然しないし――と、釣り糸の方に引きが来た。面倒臭い「会話」より、そちらの方が余程重要。池の中の様子を窺いつつ、餌だけを取られないように気を付けて釣り竿を思い切り引き上げる。…よし。
 釣れた。針から魚を外すと、バケツに入れる。現在のバケツの中身。その釣果。…そろそろこんなものでいいか、と思う。後は、焼いて食おう。
 思い、釣り竿を傍らに置いて面倒ながらも立ち上がる。周囲を見渡す。緑猫も俺の動きに気付いたようで目を覚まし頭を上げる。…でもそれ以上は動かない。ケヴィン様? どしたの? と静四郎と秋白から声が掛けられる。…何をしているのかと問われれば焚き火用の手頃な枝探しをしているとしか答えられない。火を熾すのに良さそうな枯れ枝とか、魚の串に良さそうな小枝は無いか。思いながらうろうろとしていると、静四郎と秋白もいつの間にか小枝探しを手伝ってくれていた。…あくまで自分が探しているだけであって、別に二人に頼む意図は無かったのだが――手伝ってくれるなら素直に有難い事でもある。
 …そう、魚を焼くのに必要だとは言え、枝の類は集める事自体が面倒臭いんで。



 お食事の為の魚釣りだったのですね。と静四郎から声を掛けられた。…まぁ、その通りと言えばその通り。魚を炙りつつ、お金も依頼も無いから魚を釣りに来た、とだけすぐに返す――と、何やらお金も依頼も無いような状況に静四郎の方でも心当たりがあったのか、深々と同意して来たかと思うと妙に切々と語られた。…まぁ、確かに誰でも食い扶持を繋ぐのは大変である。静四郎にも何かしらの実感があるのだろう。きっと。
 取り敢えず、焚き火の準備を手伝ってもくれた事だし、礼も兼ねて焼き上がった魚を静四郎と秋白にも勧める事にする。…まぁ、この二人を前にして一人で魚焼いて食ってるのもどうか、と思ったのもあるが。勿論、意外とたくさん釣れたから――自分の食い扶持として幾分余裕があったから、もある。…ちなみに連れの緑猫にも焼いた魚を一尾やる事にした。食事中、何だかんだと纏わりつかれて鬱陶しかったので。…火を熾した時は遠巻きに逃げ腰で、焼いた魚の匂いがしたら欲しいとばかりに寄って来て。自分で魚を獲れもする癖に、更に俺の釣果からも取って行く。…どうにも釈然としない。
 焦げと魚の味がするとかぼやく秋白の声。それはそうだろう。魚焼いてる時点で皮はこんがり焦げるし。まぁ、塩味の一つもあった方がもっと美味くなるだろうが、面倒臭いのでその程度の味付けもしていない。それでも食えない味では無い。それなりに美味くはある。…腹が減っていれば何でも美味いとも言うが。

 焚き火を囲んで魚を食い終わった後は、何故か静四郎が率先して火の始末等の後片付けを手伝ってくれていた。…何と言うかこの男、世話焼きな上にその手の雑事に手慣れているらしい。何だかんだで俺が面倒に思える事を色々手伝ってくれるので、これまた素直に有難かった。会った当初の、「会話」をするのに確認が必要だった時は少々面倒な相手かと思ったが――それを乗り越えたらむしろ色々こちらで面倒だと思う事を解消してくれる相手になっている。…人と言うのは第一印象ではわからない。

 後片付けも終えて、釣り竿とバケツに片手剣を担ぎ、持つ。腹もそれなりに満たせたし、そろそろ帰ろうか、と思い始める頃合い。
 その段で、取り敢えず俺は秋白に頼み事をしてみた。…あの魔法的手段っぽい瞬間移動で帰りは送ってくれないか、と駄目元で。…そう、秋白と静四郎の二人がこの場に唐突に現れ出たあの方法。もし俺もあれと同じ方法で送ってもらえたなら、帰る道程が来た道と比べて大幅に短縮出来る事になる。歩くと言う面倒臭い行為が大幅に減らせる――そう期待しての頼みに、別にいいよと秋白はあっさり聞き入れてくれた。…どうやら秋白にしてみれば瞬間移動は大した事では無いらしい。
 色好い返事に、俺は思わず、よし、と内心でガッツポーズ。…勿論面倒臭いので実際にはそんな行動は取らない。あくまでそんな心持ちと言うだけの話。
 連れの緑猫が要領良く俺の肩にまでするすると上って来た。俺たちが帰ろうとしているのに目敏く気付いたらしい。秋白は俺と静四郎の手を引く――手を引き、何処かに連れて行こうとする。そして連れて行かれるままにただ一歩踏み込んだだけで、俺も静四郎も秋白も、次の瞬間には秋白と初めて顔を合わせたあの丘に居た。
 …間違いなく、エルザードの外れにあるあの丘だった。この時点で瞬間移動は完了したらしい。秋白が手を離す。連れの緑猫が地面へと飛び下りる。ここからなら、帰途に就くまでに歩かなければならない距離がかなり短縮された事になる――面倒臭い事が明らかに減り、ちょっと嬉しくなる。…でも喜ぶのも面倒臭い。
 何ならエルザードの街中――いやむしろ俺が現在寝起きしている場所にまで送ってもらえればなお良かったが、そこまで望むのはさすがに図々しいかと俺でも一応自覚はある。…実際今、この丘にまで来ただけでも充分に有難い事は有難い。

 …さて、面倒臭いが今度こそ自分の足で帰ろうか。思いながら、じゃ、とばかりに秋白と静四郎の二人へとごく短い別れの挨拶――と言うより、そのつもりであると言う意思を伝える事をした。一応、諸々世話になった経緯があるので謝意も籠めたつもりだが、少々おざなりだったかもしれない――態度にも声にも一切出していないので、二人の前からただ黙って立ち去る形になってしまった気も何となくする。
 まぁ、その事について今更どうこう言っても仕方無いのだが。もう実際、俺の居る場所は彼らから結構距離が離れてしまっているし。だからと言って今更、二人の元に戻ってきちんと謝意を伝え直すような面倒臭い事もしていられない。…そこまで戻るのがそもそも面倒臭い。この丘まで――ここまで来たならむしろ早く帰って休む方が先。その一心で、俺はのんびりスローペースで歩を進めている。連れの緑猫以外は誰も付いては来ない――行きの時は緑猫と同じような感じで秋白が付いて来ていたなぁ、と何となく思い返してみる。
 今日は釣りを絡めて色々あったが、あの秋白とも静四郎ともなかなか悪くない時間が過ごせた気がする。彼らのおかげもあって、トータルで考えれば「実行するのに面倒臭い事」もかなり減らせた気がするし。魚もそれなりに釣れたし。腹の足しにはなったし。帰り道がショートカット出来たし。

 今日はいい日だ。
 そう思う。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■視点PC
 ■3425/ケヴィン・フォレスト
 男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ

■同時描写PC
 ■2377/松浪・静四郎(まつなみ・せいしろう)
 男/28歳(実年齢39歳)/放浪の癒し手

■NPC
 ■秋白

 ■風間・蓮聖(名前のみ)

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          ライター通信
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 ケヴィン・フォレスト様にはいつもお世話になっております。
 今回は『炎舞ノ抄』四本目の発注、有難う御座いました。

 まずは大変御無沙汰しています。『炎舞ノ抄』シリーズで御座います。約五年と言う、これまで参加して下さっていた方も忘れてしまうだろう程に間を置いての非道な募集になってしまっています。そんな中でも気付いて頂き、再びの御参加を頂けまして有難う御座いました。大変お待たせ致しました。

 ノベル内容ですが…プレイング頂いた通り、最早ただひたすら釣りですね。細かい点については…頂いたプレイング以上はPCデータ等からしてPC様ならこうしそうか、こうなりそうか、と当方で考えた形で描写させて頂いております。いつもの事と言えばいつもの事ですが。御期待に沿えていればいいのですけれど。
 結果として、話し掛けて来た秋白に振り回されるどころか秋白を振り回しているような気配さえあります。
 秋白の名前だけは前回こと「【炎舞ノ抄 -抄ノ参-】白山羊亭」時に聞いている筈ですので、一応、思い出して確認して頂く事にもしました。

 そして途中からですが、今回も他PC様と同時描写になりました。…ケヴィン・フォレスト様が『炎舞ノ抄』に御参加下さった場合は、他PC様と同時描写になる事がどうも多い気がしています。
 と言う訳で、同時納品になるだろう松浪静四郎様版のノベルも合わせて見て頂けると、ケヴィン・フォレスト様が松浪静四郎様からどう見られていたかが描写されていたりもしますので、合わせてどうぞ。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝