<東京怪談ノベル(シングル)>


―こんな日常も時には―

「ひと仕事終えた後の、この解放感は堪らないね」
 鼻歌を歌いながら、アレクサンダー・カワードは帰途に就いていた。アルマ通りに位置する『白山羊亭』というカフェバーで依頼人に任務完遂の報告をした彼は、店を後にしてから繁華街を抜け、人家の少ない一本道に出たところで、すすり泣くような声を耳にした。
「子供の声……? こんな寂しい道には不似合いだけど?」
 耳を澄まし、その声を手繰り寄せるようにして歩み寄る。すると、身なりの良い少年が棒切れを片手に草叢をかき分けながら何かを探していた。
「何かを失くしたのかい?」
「!! だ、誰?」
 声を掛けてきた青年……アレクサンダーを見て、少年は無意識に身構えてしまう。だが、彼はこの手の反応にも慣れていた。両手を広げ、無害である事を示しながら堂々と名乗りを上げる。
「怪しい者じゃないよ、通りすがりの冒険家さ。ついでに言うと、正義の味方……かな?」
「友達を……探してるの」
「友達?」
 草叢をかき分けて探しているのが『友達』……と云う事は対象は人形か、小さな動物の類であろうと目星を付け、アレクサンダーはその『友達』の特徴を詳しく聞き出す為に、少年の目線の高さまで腰を落として笑顔を向けた。
「喋れない子なのかい?」
「ううん、声は出せるよ。でも人間じゃないから……」
 成る程、やはりこの少年は逃げ出したペットを探しているんだな? と自説に確信を持ったアレクサンダー。それならば仕事上がりの余力でも何とかなるなと思い、少年の手伝いを買って出る事にした。のだが……
「ドラゴンの子!?」
「うん、迷子になっていた上に怪我をしていたから、僕が手当てをしたんだ。すぐにお母さんを探してあげるつもりだったけど、別れるのが辛くなっちゃって」
 ああ、良くある事情だなとは思ったが、何しろ対象はドラゴン。子供とは言え、軽々しく近寄れば軽い怪我だけでは済まないだろう。しかし、此処まで来ては後には引けない。
「よし、引き受けた。但し、此処から先は僕に任せて。辺りはもう暗い、野犬や人さらいがウロウロしているかも知れないから」
 そう言うと、アレクサンダーは少年を白山羊亭まで案内し、少年に『此処で待っているんだよ』と念を押してから、再び散策に出た。彼が目星を付けたのは、野生のドラゴンが群生しているという噂のある原生林。そこへランプと剣を携え、乗り込んで行った。

***

(成体のドラゴンは、人語をも操る高等種族。しかし力の弱い子供を他の種族から守るため、日中は身を隠しているという……)
 ソーンに迷い込んでから得た知識をフル動員して、ドラゴンの生態を暗唱しつつ歩を進める。大型のドラゴンは高山地帯や峡谷に多く生息しているが、小型のドラゴンはこのような原生林や湿地帯にて多く目撃されている。少年から得られた情報では、ターゲットはドラゴンの中でも小型のもので、成体であっても人間とさほど変わらない大きさにしかならない種類のものだ。
「おい、あんた!」
「!! ……その物騒なものを下ろして貰えないか? 怪しい者じゃない」
「狩りの邪魔だ、その灯りを消して貰おうか」
 狩り……? こいつハンターか? と直感したアレクサンダーは、まず自分に向けられた銃口を外して貰う為に、要求の通り灯りを消した。そして『狙いは何だ?』と尋ねると、男は『この森で野兎を狙うバカは居ない、ドラゴンに決まってる』と吐き捨てるように言い放った。
(気に入らない類の男だが、ターゲットを探すのに役立つかも……)
 そう、少なくともドラゴン探しについては素人の自分が闇雲に歩き回るより、手慣れたハンターに付いて行けばターゲットを早く見付けられるかも知れない。そう考えたアレクサンダーは、自分を『慣れぬ森に迷い込んだ者』と偽って、狩りの後で森の外まで案内してくれるようにと頼み込んで、ハンターの後を追尾する事にしたのだ。
 流石は手練のハンター、気配を殺して獲物の匂いを追って行く事には慣れているようだ。身を低くし、草叢と一体化するようにして、流れるように森の奥深くまで入り込んでいく。灯りも無い、こんな闇の中を良くもまぁ……と、アレクサンダーはある意味で感心していた。
「!! ……獲物が?」
「……子供だ、親が近くに潜んでいるかも知れねぇ……物音を立てるんじゃねぇぞ」
 ハンターの視線を追って目を凝らすと、確かにそこには小竜の姿があった。しかも首には小さな鈴が付いている。少年の探していた小竜の特徴と一致していた。
(ターゲットは見付けた……あとはどうやって捕獲するか、だが……)
 アレクサンダーが思考を巡らせていると、唐突にハンターが発砲した! まさかあの小竜を? と思い確認すると、小竜はその場で身を竦ませて佇んだままだ。するとハンターは何を狙って……? と、銃口の先へと目を配る。そこには傷付いた小竜と、それを庇おうとする親の姿があった。ハンターは並んで歩いていた親子の親を狙ったが、弾丸は小竜の方に命中してしまったらしい。
「チッ……まぁいい、あれなら両方とも捕獲できる。親はこのまま追い詰めて、子供は何処かに売り捌くとするか」
 再び、ハンターの銃口がドラゴンの親子を狙う。が、そこに別の成体が舞い降りて来て、傷付いた親子の援護を開始した。
「ヒュウ! こいつはツいてるぜ、大物が2頭だ!!」
「そいつは良かったね……でも、それをやられちゃあ僕の依頼が達成できないんでね、悪いけど寝返らせて貰うよ」
 背後から剣の柄で、ハンターの後頭部を打撃するアレクサンダー。銃弾の装填された猟銃は充分な脅威となったが、長銃身のライフルは接近戦に弱い。充分に間合いを詰めれば恐ろしい相手ではない。打突と当身だけでハンターを攻撃し、猟銃を取り落したところで抜刀し、光り輝く刀身を喉元に当てる。
「チェックメイトだよ……これ以上抵抗するのは、利口じゃないと思うけど?」
「野郎、嵌めやがったな!? 最初から獲物を独り占めにするつもりで……」
「見くびらないで欲しいな、僕は利益の為に狩りをするアンタらとは違うよ。悪いけど銃は返せないからね、真っ直ぐに森から抜け出て貰うよ」
 グイと剣を突きつけ、更に威嚇を加える。武装解除させられ、喉元に刃を突きつけられたハンターは言うなりに行動するしかない。舌打ちをしながら逃げ去って行くその姿を見て、アレクサンダーは漸く剣を収めた。

***

「弾丸は貫通してる、見た目ほど酷い傷では無いよ」
『人間、なぜ我々を庇う?』
「全ての人間が敵では無いんですよ。中にはまぁ、ああいう奴も居ますけどね」
 スカーフで止血をすると、アレクサンダーはニッコリと微笑んだ。そして『ターゲット』である小竜をチラリと一瞥して……
(少年には申し訳ないが、折角再会できた親子を引き裂くような事は、僕には……)
 暫し葛藤が続いた。が、小竜も親の顔をチラチラと伺っているようだ。既に依頼人の少年に対して情が移っている様子である。
『人間、この子を……あの少年の所まで案内してやってくれ』
「あ、貴方は……人間が憎くは無いのですか!?」
 驚いた表情のアレクサンダーに対し、親竜は寂しそうな笑みを見せながら、呟いた。
『善の心を見抜けぬ程、この目は曇って居らぬよ』
 その一言が全てだった。アレクサンダーは『任せてよ!』と胸を叩き、小竜を抱えて街へと戻って行くのだった。

<了>