<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Mission0:報酬を使い切れ!







 まだ実際に顔を合わせたわけではないが、コールが目覚めたという話は聞いている。その事実にほっと胸をなでおろす間もなく、ルミナスが姿を消し、捕まったことを知らされた。
 あの時も、魔断を振り上げればもっと早く事を終えられたかもしれないのに、そうせずに済んだことにどこかで安堵している自分がいた事は否定できない。
 考えれば考えるほど絡まる思考に、知恵熱でも出してしまいそうだ。
(そうだ)
 最近、ソールはどうしているだろうか。
 息抜きに誘うのは失礼だろうかと考えるが、彼と共にいる時間が穏やかなものであることは事実で、今の気持ちからも解放されるかもしれないと、ふと思う。
 そういえば、と貰ってからそのまましまい込んでいた特別緊急切手を思い出す。確か、1つの店の会計ならば何をどんな種類のものでも買ってもいいと言っていたか。
 取り立てて自分はそれほど欲しいものはないし、精々思いつくのは日用品程度。かなり高額なものまで買えるらしいこの切手を、自分の懐で賄える範囲のものを買うには憚られ、今日の今日までずるずると大切に保管していた。
 正に宝の持ち腐れだ。
(我ながら所帯じみてるな……)
 切手を前に改めて欲しいものを思い浮かべてみても、特に思い当たらないサクリファイスは、くすっと小さく苦笑しながら懐に切手をしまいこむ。
 そして、ソールが済むあおぞら荘まで足を向けた。








 部屋の中のソールは、相変わらずぼんやりと感情の薄い顔で、サクリファイスを出迎える。
「どうかしたか?」
「いや、最近ソールはどうしているかと思って」
 そう問われたソールは何かを考える――と言うよりは、思い出すような素振りで視線を虚空に飛ばして、軽く小首を傾げる。そして、はたっと何かを思い出しサクリファイスに視線を戻した。
「最近、迷子犬の捜索を手伝ったりした。何故そんな事を聞く?」
「いろいろな事がありすぎて、あまりソールと会っていなかったから」
「気にしなくていい」
 このある意味物分りの良い青年が、内心何を考えているのかサクリフィスには当てられた試しがないのだが、全く表情の変化が無いことを見ると、本当に気にしていないのだろう。
「少し、買い物にでもいかないか?」
「行く」
 二言返事で発せられた答えに、サクリファイスはほっと笑顔を浮かべ、ソールを日の高い街中へと連れ出した。
 この時期は丁度野菜や果物などの収穫時期で、店や屋台には沢山の生鮮食料品が並んでいる。
「最近は、種類も多くなってきたし、果物のように甘くなったと思わないか?」
 サクリファイスはまるで絵画のように綺麗に並べられたトマトを手にとって、ソールに向けて微笑む。
「……それは、嫌いだ」
 むすっと眉根を寄せて口を尖らせたソールに、サクリファイスはくすっと笑って肩をすくめる。
「ソールが、トマト嫌いだというのは、本当に意外だったよ」
 無関心感満載で、何事にも動じない雰囲気を纏っているのに、そんな小さな子供のような弱みを見せ付けられて、微笑ましい気分にならない方がおかしい。
「好きになってもらえるような、料理を考えるとするか」
「遠慮する」
 間髪いれずに断りの言葉が帰ってきて、ついついサクリファイスは小さく噴出してしまった。
 そんな感じで、街中をぶらつきつつ、太陽が傾いた頃。サクリファイスは一息ついたカフェでソーンに問いかけた。
「なあソール。何か必要なものはないか?」
「必要なもの?」
「何でもいい。例えば、そうだな……あの子が乗っている自転車だとか」
 ちょうどカフェの前を通り過ぎた自転車の子供を指差して、ソールの反応を見る。
「特に、必要だとは感じない」
 出されたカフェラテに口をつけながら、ソールは自転車を視線で追いかけ、ゆっくりとサクリファイスに向き直った。
「何故そんな事を聞く?」
 本日二度目の質問。
「今日は、どこかおかしい」
 ぎくっとした。時々どこか勘が良いソールに、むむっと頭を抱える。
「……降参だ。最近、いろいろあってね。息抜きというか、気分転換がしたかったんだ」
「だったら、俺の買い物ではなく、サクリファイスの買い物をすればいい」
 先ほどから、サクリファイスはソールに対して、あれはどうだこれはどうだと言うばかりで、自分のことは二の次だ。
「あ…いや、私も特に欲しいものは無いんだ」
 ならば何故? とでも問うかのようなソールの視線に、特別緊急切手を見せる。
「これは?」
「以前、白山羊亭の依頼をこなした時に、報酬として貰ったんだ」
 ほら、同じあおぞら荘に住んでいる蘇芳だと言えば、ソールも直ぐに誰か思い至ったのか、納得して頷く。
「あいつは、中々……煩い」
「は?」
 知り合いだったのか以前に、同じところに住んでいると今自分で言ったばかりだったことを思い出す。
「とりあえず、ソールに何か必要なものがあればこれを使おうと思っていたんだ」
「だが、これは」
「いいんだ。息抜きに付き合ってくれただろう?」
 どこかに煮え切らない表情のソールに、畳み掛けるようにして、サクリファイスは続ける。
「本当に、心が軽くなった気がした。そのお礼」
「……分かった」
 すっとソールは立ち上がり、行きたいところがある。と、歩き出す。突然の行動に、サクリファイスも急いで追いかけるが、ソールが何処へ向かおうとしているのか分からない。
 迷う事無く入った店は魔法道具の店で、入り口近くで待ってるよう言われると、ソールは店員に何か要望を伝えて出してもらった品物を手にし、やっとサクリファイスを呼んだ。
 何が欲しいかとか何を買ったかくらい教えてくれてもいいのに、支払いだけを任されて、サクリファイスは困惑するも、切手を使ってソールが隠し持っている“何か”を購入する。
「秘密にするなんて、流石に酷いじゃないか」
 ソールは“何か”に向かってボソボソと呟き、何か様子がおかしい。
「ソール!?」
 少しだけ怒気を込めて名を呼ぶも、ソールの表情に悪びれた様子は無い。
「手を」
「ん?」
 反射的に手を差し出せば、ソールは手にしていたそれをサクリファイスの腕につけた。
「え? これは?」
「さっき買ってもらった」
「は?」
 まさか先ほど支払いだけを任せられた“何か”か!
「『転送』の言葉を込めておいた」
 ソールが言う言葉とは、彼らの魔法のことだ。
「こういう感じで使う」

 ――この手にトマトを『転送』する

 すっと、ソールの手の平の上に真っ赤なトマトが現れる。
 普段のソールであれば、『転送』の言葉を唱えるだけで、実行させられるのだが、本来の使い手ではないサクリファイスが使う場合は、何処に何を『転送』して欲しいのかまで言う必要があった。
「こ、これじゃ、ソールにと思っていたのに、結局私の買い物じゃないか!」
「何故? 俺が買ってもらったものを、贈っただけだ」
 贈ったという言葉に、サクリファイスはぐっと言葉を詰まらせる。
 何かを言い返したいが、上手くかわされてしまうだろう事が見て取れて、観念したとばかりにやれやれと笑って告げる。
「ありがとう」
 すると、ソールは悪戯が成功した子供のように微笑んだ。




















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆

 Mission0にご参加ありがとうございます。
 今回、特別緊急切手で購入させていただいたのは腕輪になります。あまり華美なものはソールも好きじゃないので、シンプルなものだと思います。是非ご自由に使ってやってください!指輪にしようかと思ったんですが、それはまだ少し早いなと思いました。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……