<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Tale 03 singing エル・クローク

 店の外に出る事は、あまり無いのだけれど。
 仕入れの時くらいはさすがに、そうも行かない。

 そんな理由で本日、僕は聖都エルザードの目抜き通りにまで訪れている。目的地は香原料を取り扱っている行き付けの店。場所は、そこの道を曲がってすぐのところで――と。

 思ったところで、当の道から駆け出して来た活発そうな女性と出合い頭にぶつかりそうになる。淡くくすんだ赤色の、軽快そうに毛先が跳ねている髪。わっととと、と妙な声を上げつつ、突進の勢いを殺そうとしてか、抱き付くみたいにして僕の肩に手を突いて来る。僕も僕で軽く驚いて、ぶつかって来た彼女を反射的に受け止めつつその顔を見る――目が合った。
 途端。
 彼女の目の色が変わった。

「っちょうど良かった! ここで会ったのも何かの縁! これ宜しくっ!」

 …いきなり手の中に何か押し付けられた。
 突然の事で面食らい、僕の方でも手の中に押し付けられて握らされるまま、その「何か」を反射的に受け取ってしまう。当の「何か」は――手の中に収まる大きさの、多分木製の小箱。
 と、行動として反射的に受け取ってしまいはしたが、意味がわからないので当然、本当に受け取る気は全く無い。

「は? や、ちょっと…?」
「後で絶っっっ対取りに来るから、それまで頼まれて! お願いっ!!」

 彼女は、ぱんっ、と顔の前で両手を合わせたかと思うと、僕に向かっていきなり拝んで来た。…いやちょっと何が何だかわからないのだが。ただ何にしろ、あまり歓迎すべき事態である気がしない――思っている間にも何やら不穏当な声が、女性が飛び出して来た道の方から聞こえて来る――待ちやがれ。逃がすな。怒号と言うか何と言うか、状況からしてこの彼女が「あまり柄の宜しくない連中」に追われていると思うのが自然なような、そんな声。
 聞いた時点で、彼女は、ヤバ、と口の中で呟いてから、じゃあ頼んだからね! と駄目押しに言い残して、そのまますたこらさと走り去ってしまう。残されたのは手の中に残る小箱だけ。そして彼女を追って来る声もまた近付いて来ていて――僕は。

 仕方無いので、受け取った小箱を懐に隠すだけ隠して「ただ道をそのまま歩いて行く」事をした。…目的の店への道には――さっきの彼女が飛び出して来た道には敢えて入らず、他に目的地があるかのようにそのまま進んで行く。これでこのまま見過ごされれば御の字とでも言うつもりで――とは言えまぁ、この程度の距離とタイミングだとそれで済む気はあまりしないのだが。…そう、このタイミングになってしまうと、どう取り繕おうと――少なくとも先程の彼女の行き先を見なかったか訊かれるくらいはするだろう。…でもまぁ、それだけなら大した面倒も無くあしらえる、と判断。…ここで無闇に駆けて逃げてしまうと、却って怪しまれそうな気がするし。
 怒号が近付いてくる――僕の後方、多分、さっきの道から僕の歩いているこの道に出たのだろう反響。――どっち行きやがった。探せ。割れた声で乱暴に喚いている――少し間を置いて、おい! と乱暴に呼び止められつつ――喚く声の持ち主の一人だろう足音が近付くのを感じつつ――後ろから乱暴に肩を掴まれた。

 …肩を掴んだその手を僕の方でもすぐ掴み返し、関節を極める形ですぐに外した。

 がっちり肩を掴んだ筈だった手が予期せずあっさり外されていたからか、ぎょっとしたような気配ががくんとバランスを崩す。それで、てめぇっ、と怒鳴る声。…それで僕に怒鳴るのか。逆恨みも甚だしい。
 そんな心得違いの相手に、僕の方でも少し顔を顰めて見せる。…実際、愉快では無いし。

「…いきなり何だい。何か用があるのならもう少し礼儀正しく訊いて貰えると有難いのだがね?」
「ンだとこの野郎!? お高く留まりやがってッ」

 質問の前にまた殴り掛かって来た。僕に向かって振るわれたのはフック気味に大振りの拳――その動きに至る前の体軸の動きと力の籠め方から予測し、必要最小限度の動きで躱す…勿論、黙って殴られたくは無いので。だからと言って下手に反撃して後々恨まれでもしたら面倒臭いから、今のところ躱すだけで止めてはおく。…そしてそれで通せる程度の彼我の技量の差だと、対峙してすぐにわかった。
 心ならずもその時点でほっとする。「本職」相手ではさすがに僕程度の技量では子供騙しになってしまうだろうが――この程度の奴らが相手ならまぁ、それなりに荒事になっても大した問題は無い。
 拳をあっさり躱されて、また相手がふざけんなと喚く。…いやそれはどちらかと言えばこちらの科白なのだが…そんなところに拘っても不毛なので特に言い返しはしない。それより、いちいち突っ掛かって来ないで用件をとっとと済ませて欲しいと思う方が先。

「だから。何の用なのかを訊いている。いきなり人の肩を掴み掛かって呼び止めるような急用なのだろう? こう見えて僕も忙しい身なんだ。用件は早く済ませてくれないか?」
「ッ…クソっ! さっきそこの道から赤毛の女が来たろ? どっち行ったッ!?」
「…赤毛の女?」
「そうだッ」
「あなたたちみたいに騒がしくこの道に飛び出して来た女性なら、あっちに行ったと思うけど」

 そう言って、実際に彼女が向かった方向を正直に指差す。…彼女の方から何やら「頼む」と言われはしたが、それはあくまでこの小箱の事であって、別に彼女当人の方を庇えとは言われていない――そんな義理も無い。いや、小箱を頼まれる筋合いも別に無いのだが――まさかこの不愉快な連中に対して、わざわざ小箱の事を親切に知らせてやるような義理も無い。
 あまり柄の宜しくなさそうなその連中は、本当だろうなとドスを効かせた声で凄んで僕に念押し――僕が肩から手を外して拳を避けたのがそんなに気に食わなかった訳か。嘘だったら承知しねぇからなと僕を睨んで吐き捨てつつも、そいつらは僕が指した方へと意外にも素直に駆けて行く。

 さて、これで一応の話は済んだか。
 となると、後は。



 気になるのは、今現在僕の懐にあるあの女性から託された小箱の事。後で絶対取りに行くからと言う事は――「後で取りに来る当てがある」と言う事にも繋がる。なら、きっとあの女性は僕の事を知っている――何処かで僕と面識があったのか、はたまた向こうが一方的に知っているだけか。…僕の方で記憶に無い以上、後者の可能性が高いだろうとは思う。…香物取扱、エル・クロークの店。もしくは、どんな願いでも満たす事が出来る店――として知られている場合もあるか。これは後者だとしたら少々厄介な事になる可能性もあるが、果たしてどう転がるか。

 まぁ、それより今は――今現在の自分の状況で出来る事、した方がいい事を考える方が先かとは思う。僕はひとまず、先程の連中から尾けられる可能性を考えた。今簡単にあしらわれた逆恨みの報復やら、他の誰かから僕と赤毛の彼女がぶつかっていたと目撃証言を得られたりしたなら、新たに目を付けられてしまう事は有り得る。
 なので僕は真っ直ぐ自分の店に帰る事をせず(店まで知られてしまったなら更に厄介だし)、少し時間を潰してから元々の目的であった香原料の店(本来は薬の原料の店なのだが、香と薬は共通の原料を用いる場合も少なくない)へとまずは向かってみる。
 と、当の店にはエルザードの騎士団らしい者が数人出張っていて、何やら周辺には人だかりも出来ていて――やけに物々しい様子。それとなく様子を窺うと、どうやら僕が巻き込まれかけた先程の騒ぎの元は当のこの店だったらしいと見て取れた。

 …。

 出直そう。
 ごくごく自然な思考の流れとして、そう思う。



 尾行無しと確認出来てから、僕は自分の店へと漸く帰る。店内自分の定位置に――カウンターの内側に落ち着き、ふぅと小さな溜息一つ。…ただ香原料の仕入れに出ただけな筈だったのに、何だか妙な事に巻き込まれてしまった。
 次の問題は、「頼まれて」しまったこの小箱。…放っておくにも放っておき難い。これが真実『何』であるのか確かめるべきか否か――「確かめるべきだ」とも「確かめないべきだ」とも思う。中身を知ってしまったらその時点で厄介な事になる場合もあるし、中身がわからない事には如何ともし難いのも確か。
 さて、どうすべきか。
 つらつらと考え込みつつ矯めつ眇めつ見る限り、ひとまず、危険は無さそうだと思う。
 少し迷ったが、結局、開いてみる事にした。

 と。

 中身のものを確かめるより先に、開封した時点で、ふわっ、と不思議な香りが仄かに広がった。…何処かで記憶にある匂い。小箱に入っていたのは薄い紙に包まれた、黒っぽい塊が幾つか。
 手製の練香だとすぐに判別が付く。…それも、この香りの調合は。

 反魂香として、一部で知られている香り、になる。…とは言え魔法的効果があって文字通り「人の魂を喚び返せる」効果が本当に期待出来る反魂香、と言う訳では無く、もっと一般的な意味での――「人の魂が戻って来てもおかしくないような、そんな幻が見られるような心持ちになれる不思議な香り」、と言った程度の、モノとしては普通の代物だ。原料も――幾分希少な香原料も含まれるが、その希少さも「少々値が張る」と言う程度の希少さで、まぁそれなりに普通に手に入るモノ。用途を言うなら――弔いや死者の為の儀式時に使う事が多かったかと思う。個々人の趣味で使う場合も無いとは言わない。
 ただ、少なくとも。

「…騒動の元になるような物じゃあないと思うんだけどな」

 思わず口に出てしまう。が、状況からして先程の騒ぎの原因はまずこれだと思われる。…なら、他に何かあるのだろうか。思い、中身の練香を包んでいた薄い紙の方と、小箱の方を改めて確かめる。
 が、そちらにも特に変わった事は無い。
 …先程の騒ぎが起きたと思しき場所は香原料の――薬原料の店。となると、店での取扱商品の一つと思うのがまず順当だろう。が、状況から考えて、あの赤毛の女性が所有権を持つ品でも無いような気がする。だからと言って彼女を追っていた連中が所有権を持っている品とも思い難い。後に残されていた被害者然とした店の状況から考えると、少なくともあの時点でこの品を管理していたのは店側だったのでは…と言う気がする。
 なら、店に返すのが筋か。
 とは言え、のこのこと店に返しに行って、変な疑いを掛けられたら堪ったものではない。あれだけの騒ぎになっていた以上は…本気で関わりたくない。ただ届けに行く事すら気が引ける。
 そうなると。赤毛の彼女が「取りに来る」と言うのを黙って待つのが得策か、とは頭に浮かぶ。消極的な話だが、別にこんな厄介そうな事で積極的になる必要も無いだろう。

 と。

 唐突に何やら異音が響いた。店のドアを乱暴に開けた音だと遅れて気が付く――この店にこんな音を立てるような無粋な客が来る事はまず無い。いやそもそも、まだ店自体開けていない。それでこんな風に入って来るような輩が来ようとは――帰って来た時点でせめて鍵を締めておけば良かったと反射的に後悔する。
 さっきの野郎の店ってなここか!? あぁ!? 等々の威嚇的に凄む声が続く。先程僕が道端であしらった相手も居る――尾行されてはいないと思ったのだが、見過ごしたか。
 …否、それにしては僕が帰って来てから連中がこの店に来るまでに間を置き過ぎている気もする。となると、僕の事に新たに目を付けて誰かに聞いて来たか――思う間にも、居やがったなっ、と僕を見て大声を出している奴が居る。…先程軽くあしらった当の相手。
 そして間の悪い事に、先程の小箱は、開封された上でカウンターテーブルの上に置いてある――その時点で誤魔化しようもない。当然のように、乱入して来た連中の目にも留まる。

「! てめぇッ」
「ッ見ちまったなら仕方ねぇ、畳んじまえいっ」

 そんな号令と共に、カウンターテーブル越しに問答無用で掴み掛かって来る奴が一人――僕は咄嗟に、掴み掛かって来たその腕を逆に掴んだ。掴み掛かって来るその勢いを利用してそのまま腕を引き、バランスを崩させたところを衝いて――カウンターテーブルの横へと縦に回転させるようにして派手に投げ落とす。…結構イイ音がした。これは受け身は取れていない。
 瞬間、迷惑な乱入者たちは停止する。…と言うより反射的に怯む。
 その間を見計らって、僕はこれ見よがしに溜息を吐いて見せた。

「だから本当に何なんだあなたたちは。赤毛の女性だったか? 彼女が何をしたのかは知らないが、騒がしく彼女を追い掛けていたかと思ったら今度は僕か。それもわざわざ僕の店にまで押し掛けて来るなんて。この小箱が――練香が何なんだ? いいかげんにして欲しいな」
「…くっ…この箱の中身を知られる訳には行かねぇんだっ!」
「だから。ただの反魂香だろう」
「! …ただのって…てめ何言ってんのかわかってんのかッ!?」
「…」

 ………………まさかとは思うが。

「一つ訊ねていいかな」
「…ああン?」
「あなたたちは、この反魂香が――『本当に死者を蘇らせる事の出来る代物』だと思っていたりは…しないよね?」
「!?」
「な、何を言って…!」
「…」

 考えていた事柄が根底から覆ったようで動揺している――もしくは僕の質問に回答する事自体、何かの引っ掛けかとでも深読みして誤魔化そうとしている。…具体的な返事は返って来ない。が、その態度が完全に肯定している。…彼らはどうやら、「そのつもり」で居た。まぁ、そう信じていたのなら――そして何か切実な理由があるのなら、この練香一つを巡ってここまで大騒ぎする理由もわからなくはない。
 但し、それらすべてが「勘違い」で、と言う事にもなるのだが。
 また思わず、はあ、と溜息が出た。

「…これはあくまでただの御香だよ。死者を蘇らせるような魔法的効能も何も含まれちゃあいない」
 らしい効果を強いて言うなら幻覚作用が多少ある程度だ。あなたたちはこれまでの人生でこの香りに触れた事が一度も無いのかい? きっと何処かで――死者の為に営む何かしらの儀式の中ででも、この香りを知っていておかしくないと思うんだけどね?
「ッ…そんな」
「そんな訳があるかっ!」
「偶然ながら僕は調香師をしていてね。この手の物については専門家なんだ。…いや、偶然じゃなくあの彼女はそれを知っていて僕に押し付けたのかもしれないけれど」
「ッ、そ、そうだ! なら何であの女が、あのシェリル・ロックウッドが横から掠め取って逃げたんだッ!」
「お、おう、偽物ならそんな真似する理由がねえ!」
「…そもそも『偽物』と呼ぶべき品でもないと思うんだけどね。…何だか話が見えないな」
「っ…そいつァ文字通りの『反魂香』の筈なんだ、絶対にッ!!!」
「…」

 曰く。
 この反魂香は、臨森と言う名の『命の理を操る力』を持つ行者から、あの薬原料の店に注文されていたものなのだから、効果に間違いは無い筈だとの事。連中は偶然にもその事を知り――死者を蘇らせる秘薬があるのなら是が非でも手に入れねばならない理由もあって、何とかこっちに譲って貰う事は出来ないかと「丁重に」薬原料の店に掛け合っていたのだとか。が、その交渉の最中、あの彼女に――シェリルに当の反魂香を横から持ち去られ、取るものも取り敢えず慌てて追い掛けた、のだとか何とか。

「…あの女、とっ捕まえてみりゃあもう肝心のブツ持ってやがんねぇし」
「でだ。あの時、出合い頭にぶつかったてめぇに渡しちまったって白状しやがったんだ」
「ここの場所まで御丁寧に教えてくれたぜ」

 …。

 要するに、今回僕が巻き込まれた事に関しては、完全にその女性が――シェリルとやらが元凶のような。…何だかまた溜息が出た。
 が、そういう事ならもう、こうするのが一番手っ取り早い。と思える方法が一つ思い付く。僕は今カウンターテーブルのすぐ側に居る訳で、手近な棚を開け、香炉を一つ取り出す。それだけでも乱入者たちは、おい、とか何とかいちいち反応する。咎めているようでもあり、怯んでいるようでもあり。…そろそろ腕っ節では僕の方が上らしいとわかって来たらしく、今度は賢明にも僕に手を出して来ようとはしない。
 僕はいつも通りの慣れた手順で、小箱の中の練香を、出した香炉の中に置く。…それを見て、今度は本気で焦ったような咎める声がした――が、聞く義理は無い。淡々と火を点けて、すぐに香炉の上に手を翳し、香りを広げる。

 …要するに、大きな勘違いをしているこの連中には、現物の香を実際に聞いて貰った方が早い、と言う訳だ。



 後日。

 この練香を唐突に託して来たあの時の言葉通りに、あの赤毛の女性――シェリル・ロックウッドは、いけしゃあしゃあと僕の店に来た。こんにちわー、と声を掛けつつ、扉からひょっこり顔を覗かせる。
 僕の方はと言えば――ここであっさり「いらっしゃいませ」で出迎える気にはなれない。
「…おや、僕を厄介事に巻き込んでくれたお嬢さんのお出ましかい」
「ってお嬢さん扱いされちゃうなんて照れるなー♪ ま、それはさておき。預けたモノは返して貰わないとならないからね。って訳で、あの小箱は?」
「僕に言う事はそれだけかな」
「…むう」
「謝罪のひとつくらいあって然るべきだと思うのだけれど」
「…や、えっと、あれはさあ、あの薬問屋にちょっとしたモノの仕入れに行ったらね、もう売買契約成立してるっぽいこの反魂香に目ェ付けてお店の人に絡んでた柄の悪そうな連中が居たからさ、ちょおっとこのシェリル様が一肌脱いであげた、ってだけの話なんだよ。あたしの方に目ぇ向けさせたら手っ取り早いかなーって」
 お店の人、凄ーく困ってるみたいだったから。言いつつ、シェリルは得意げに掲げた自分の腕をぺしりと叩く。
 が、それが何だ。
「…それで僕にあの小箱押し付けた上に、追い掛けていたあの連中にこの店を教えた訳は?」
「それは――確かキミって御香の類取り扱ってるお店の…それもちょっとした胡散臭い裏稼業もしてるらしい、エル・クロークってひとだったなーってあの時すぐに気付いて…だったらこの件もあいつらに上手い事『説明』してくれるかもーって咄嗟に思ったんだよね。そうでなくてもあの時は、わかりやすく逃げてるあたしが持ってるより他の誰かが持ってる方がいいと思ったから――…」
「手っ取り早く僕に押し付けたと」
「そう、そういうワケ!」
「…その『説明』の為に少し使わせて貰ったよ」
「あ、じゃあ店に返せないか。そうなると、この御香買い取って貰わないと!」
「だったら『説明』する時に店で壊れたものの弁償はあなたがしてくれると受け取るよ、シェリル嬢」
 僕はすかさずそう返しておく。…まぁ、『説明』――実際に香炉で当の練香を聞いて貰い、別に「らしい効果」の何事も起きない事を納得して貰った時に、迷惑料をぼったくってもあるのだが。…だからと言ってそれで彼女を無罪放免にする気にもなれない。
 見た目に記憶は無かったが、シェリル・ロックウッドと言う名には僕も聞き覚えがあった。…アルマ通りに店を構えていると言う、押し売りの達人。それが彼女なのだろう。
 …関わり合いを持つ際には、注意すべき相手だと頭の隅にある。
 だからこその、鉄壁の笑顔を添えてのこの切り返しだったのだが…一応効果はあったかな? とは思う。

 何にしても、こういう事はこれっきりにして欲しいね。まったく。

【了】

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 登場人物紹介
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■PC
 ■3570/エル・クローク
 無性/18歳(実年齢183歳)/調香師

■NPC
 □シェリル・ロックウッド
 ■シェリルを追い掛けていた柄の宜しくない方々

(名前のみ)
 ■臨森(=佐々木・龍樹)