<東京怪談ノベル(シングル)>


蒼刃に想い、傍らの好敵手へと謳う





 ――――――ジュドー・リュヴァイン。





 滅びの戦の中より、闘気の暴走によってここソーンへと飛ばされて来た東方の騎士――“武士”。“もののふ”と呼ばれるその生き様は、心・技・体を兼ね備え、高潔かつ強靭な精神力を持つ、とされる。独特な形状――浅く湾曲した細身の剣である“刀”を腰に佩き、そこに自らの魂を重ねて振るう。
 ジュドーの――彼女の場合は、ここソーンに来た時点では過去の記憶を失っていた。そこに在ったのはただ武士としての魂のみ。それでも今在るこの世界で紆余曲折を経る事で、現在は一部ながらその記憶を取り戻してもいる。いるが――だからどう、と言う事も無く。

 彼女はただ、それまで通りの“彼女”のままでここに居る。

 記憶を取り戻そうと取り戻せまいと、そこはそれ。勿論、その記憶の中では絶望的な戦の中に在る無視出来ぬ程の実感と、それなりの感情を伴う事もある――けれどそれでも、特に拘る事は、何も無い。
 …否。
 彼女が“拘る”ならば、結局のところ一つだけ。

 刀を愛し、刀に愛される。故に、他の何者も愛さず、愛されない。刀を握れば天下無双。如何なる状況であろうとも斬り裂き、切り拓く。…ここソーンでもジュドーは愛刀『蒼破』と共にそうやって生きて来た。抜き身を晒せば澄んだ湖水のような蒼刃を見せる、使い慣れた――最早身体の一部と言っていい業物。…それだけあれば、事足りる。過去の記憶が無かろうと、何も困りはしなかった。彼女にとっては、刀と、それを振るえる己が身さえあるなら全て事も無し。
 反面。…刀が無ければ、ぼんくら以下。闘う事だけに興味があり、他は二の次。…それは究極的には自分の生命すらも同様で。闘いを通し高みを目指す――“強く”なる事、強くなり更なる闘いを求める事以上は――彼女には拘りと言える程の拘りは、無い。

 だから、単純思考の赴くまま、助けを求められれば簡単に応じる。弱い者に縋られれば放り出す事は有り得ない。報酬に見合わない困難にもあっさりと立ち向かう。お人好し…とも実はまた違うのかもしれない。そもそも価値を置く基準が全くズレている訳だから。「大した価値を置いていない部分」に拘る事をしないのは、お人好し以前に誰にとってもただの当たり前でしかない。

 …とは言っても、それは結局屁理屈で。
 何処かの誰かから見れば、“ただのお人好し”以外の何者でも無いのだろうとの自覚はある。あるが――それで己を変えるつもりは全く無く。己の良識と信念に照らしてやるべき事だと思えばやり、そうでないと思えばやらない。竹を割ったようにはっきりと。当たり前のようにきっぱり決めて動じない。どう転がろうが惑わない。何処かの誰か――相方と恃む彼女を巻き込む事も厭わない。…いや、巻き込むとかそこまで考えていないと言った方が正しいかもしれない。ただ、自分の心の赴くまま、“そうすべき”だと思う事をしているだけだから。
 それで、当の相方にその度どやされる。睨まれ怒られいびられる事は日常茶飯事。それでも懲りる事は無い。後悔してもほんの一時。…一晩眠って明くる日には、すっぱり忘れていつも通りの元通り。

 その事自体がまた、当の相方にとっては頭痛の種。
 …人懐っこく、疑うと言う事を知らず、何でも真に受けて厄介事に巻き込まれる。相方もまたそこに殆ど必然的に巻き込まれるのは同様で、渋い顔やら呆れ顔がジュドーに向けられるのもまたいつもの事。それでも結果往来と。何でも呆気羅漢と済ませるのがジュドー。相方から返るのは、当然の如く溜息となる。それもまたいつもの事。…その時毎に、別にいいじゃないか、と思ったり、そこまで露骨に嫌がる事も無かろう、と少々非難がましく思ったりもする。
 何故相方の彼女がそこまで迷惑がるのか、逆に疑問に思う事すらある。…困っている者が居るなら、助けようと思うのは当然では無いのか。何が悪いのか。
 その時の相方の気持ちを慮ろうと試みても、結局のところはよく解らないまま終わる。

 …けれど、それは然程気にすべき事では無い、とも同時に思う。
 より重要なところで、この相方とは繋がってはいる――解り合えていると確信があるから。だから、余計に細かいところに拘る必要を感じない、のだろう。…溜息を吐きつつも、いざ戦闘となれば言葉の一つも無いままこちらの意図を汲み取り、立ち回る。目配せすら不要。ごく自然に背中を預け合う形に、いつもなる。…当たり前のようにそうしてくれる相方を、ジュドーは心底から信じ認めている。言葉や表面の態度より何より、肝心な時に――戦いに臨んで否応無く出る「当たり前」の行動がそれなのだから、疑う余地は微塵も無い。どんな悪態を吐いて来ようが、一番重要な本質はそこ。
 同時に、腕の方もまた申し分の無い実力者。但しジュドーとは違い、絡め手を旨とする技の持ち主。真っ向から向かうのでは無く、相手の力を受け流し、一瞬の隙を衝く形。それもまた、己のやり方とは違うが高みを目指す“力”の形、とジュドーは認める――当然、手合わせを求めた事もある。…その価値がある、かけがえのない“強い”相方――すぐ傍らに居る好敵手、でもある。

 ジュドーにとって、刀以外の一切は鬼門。他の何をやらせても不器用で、する事なす事危なっかしい。口も立たず芸事も全滅、そちらから攻められれば簡単にやり込められてしまう事もしばしば。巻き込まれの腹いせか、相方からはそれらをネタにいじられる事も少なくない。上手く言い返すだけの口も回らず、それでも頑張って何かを言えば言う程――却ってやり込められる材料が増えるだけ。
 そうならないよう、改善の努力はずっとしている――つもりなのだが、結局身になった事は無い。…そもそも、努力の方向性が違ってしまっているのかもしれないが。ジュドーはそういった機微にも疎い。





 …真剣勝負は、2勝0敗。

 が、その他の勝負は、全戦全敗。何をどうしても、今のところ勝ったためしが無い。やり込められる度にどうしたものかと考える――考えはするけれど、己の頭ではこれはと言う対策が浮かばない。
 そしてまた気が付けば、繰り返し。その度に悔しく思うのもいつもの事。

 負けっぱなしで、いられるか。





 いつか勝つ。と意気込むも、さて。