<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Tale 05 singing ブラッキィ

 てのひらサイズの小さな梟が、闇夜の空に翼を広げる。

 …と言っても、飛翔するその『梟』は真実『梟』では無い。大きさの違いもさりながら、本物の『梟』以上に、音を立てない。否、ただ音を立てないだけじゃない――気配すら、欠片も無いと言えるだろう。そもそも、この『梟』は命を持ってはいない。聖獣オウルに守護されるこの身で召喚が可能な、黒く艶めく彫像型の聖獣装具、闇偵梟――スコープバード。

 ――――――それが、闇の中での俺の『目』、となる。

 黒曜石の中から『その姿』が彫り出されたと思しき、それ。物心付いた時から持っていて、俺を守護する聖獣オウルの加護の証だと誰に教えられずとも知っていた。オウル――梟と言えば夜目の利く鳥類。対して俺は背に鳥の翼を持つ人型の種族であるウインダー。鳥目とでも言う事なのか、夜目が利き難いのが体質的な特徴の一つとしてある。

 が、俺は。

 暗い場所に居るのが、好きだ。
 …いや、好きと言うだけじゃない。闇夜の方が都合がいい事も、賞金稼ぎと言う生業上、よくある。
 必然的に、このスコープバードには頼り切り…とも言えるかもしれない。
 逆を言うなら、聖獣装具の扱いには長けている。

 ――――――俺の名前は、ブラッキィ。

 翼が黒いから『ブラッキィ』なんだと言われた事もあり、その通りだと普通に思ったら――茶化してるんだよとか言われて、内心首を傾げた事もある。
 そんな事もあって、暗い――『黒い』場所を好むのも、ひょっとすると名前のせいなのかもしれないな、とふと考えた事もある。だからどうだと言う事では無くて、事実からの単純な連想として。…埒も無い。

 俺の名前は、ブラッキィ。
 四人兄弟の次男で、翼が黒いのは俺だけになる。

 ――――――闇に紛れるには、都合がいい。



 今、俺は賞金首を追っているところ。正確にはスコープバードと同調しての視覚で、賞金首がアジトにしていると思しき場所を間接的に見張っているところ、になる。ウインダーは翼がある分、必然的に隠密行動をするには目立ち過ぎるきらいもあるが――俺の場合は夜の闇の中ではそうでもない。…逆に、黒い分昼間だと目立つ気もするが、それはさておき。
 スコープバードの鳥瞰の視点で見る限り、まだ賞金首に動きは無い。今回狙っている賞金首は、生死不問の二人組――対して、俺は単独行動。念の為、二人が別行動を取った時――即ち、一人になった時を狙って確保するなり仕留めるなりしようと考えてはいる。

 今回、この賞金首を見付けたのは偶然。黒山羊亭で掲示してあった賞金首の情報と――夜の散歩の最中、気まぐれに飛ばしていたスコープバードの視覚でたまたま見付けた人物の顔がぴたりと重なっただけの事。…そこが重なった時点で、当たり前のようにスコープバードに密かに賞金首の行く先を追わせる事をした。
 そしてその賞金首が辿り着いたのが、今俺がスコープバードの視覚で見張っているこのアジトらしい場所。

 俺は夜間活動をする事が多い分、もしもの時の為に常から武装もきちんと整えている。…と言っても、初めから荒事前提で家を出るような時でもなければ、武装はローブ内――これも色は黒――のそこかしこに仕込んだ暗器だけになりもするのだが。まぁ何にしろ、少なくとも丸腰で居るような事はまず無い。
 だから、今のように柔軟に『仕事』に取り掛かる事も出来る。
 …行き当たりばったり、と言われれば、その通りとしか答えようが無いのも確かだが。

 人気を避けての『夜の散歩』の最中に賞金首を偶然見付けてしまう事は、実のところ結構多い。…まぁ、捕まりたくない賞金首が人目を避けて活動するのも道理なのだろうが。ともかく、そんな訳なので『こう』なる事も元々頭に入れてあり、今のようにこうやって――突発的に『夜の散歩』から『賞金稼ぎの仕事』に行動方針を切り替えるのは、単にいつも通りの毎日を過ごしているだけの事とも言える。

 見張る先の状況。なかなか、動きが無い。…そろそろ賞金首の二人もアジトで就寝、と言う線もあるか。それもそれでやりようはあるだろうが。寝入ったところで捕縛出来ればそれは楽だ。但し同時に、何かの拍子に一対二の戦闘状態に陥ってしまう可能性もまたある。そうなった場合でも大量の暗器を派手に駆使すればある程度は凌げるだろうが――その場合、色々と無理矢理の状況になってしまう、としか思えない。
 そうなれば当然、俺の方に損害が出る可能性も大きくなる。口に出してわざわざ言う気は欠片も無いが――大切な兄弟に心配をかけては元も子も無い。と、言うか、それで賞金首を片付けて実際賞金を得たとしても、どうも俺の中では差し引きでプラスになる気がしない。
 多分、俺はそこまで賞金稼ぎの仕事に命を懸けてはいないのだろう。…勿論、ある程度の危険は承知の上でこの稼業に身を置いている訳だが。だからこそ常から物騒とも言える暗器で武装している訳だし。

 色々考え込んでいても、スコープバードの視覚の先では相変わらず動きが無い。ここは先程思った通り、就寝中で間違いないのかもしれない。…となると、好機か。思いつつ、俺は自分の身の方の移動を開始する。スコープバードで見張る先にある建物に向かう。
 まずはスコープバードの視覚の方にも意識を残しつつ――己の聴覚の方に、より多く意識を傾ける。そして次に足を運ぶ先、手の届くすぐ周辺の状況を『音』で確かめつつ、スコープバードの視覚も補助的に用いて俺自身の位置も確かめる。それらの情報を三次元的に合わせて、闇の中を目的の場所まで進む。直接己の目で見る事が出来なくとも特に不自由さは感じない。…物心付いた時から慣れ親しんだやり方。むしろ、暗い中に居る方が落ち着く――とさえ言えるのは俺の性か。

 俺のものでは無い、誰かが地を踏む音がした。…とは言え、人間レベルの聴覚なら聴き逃がして当たり前な大きさの音。聴覚が鋭いウインダーだからこそ聴き取れた、そのくらいの小さな小さな音とも言えない程度の音だった。
 そして、そういった――ほぼ無音に等しい僅かな音を出す者が居るとすれば、それは獣の類か――もしくは職業的に隠密を行う訓練をした者。即ち、普通に音を立てるような輩より、危険な相手が近くに居ると言う事にもなる。…更に言うなら『誰か』とまず思った通り、『音を立てた』者の歩みの――踏み込みの重さや歩みの間隔、それらのバランスからして、獣の線は考え難い足音でもあった。
 俺は全く動くのを止め、一切の音と気配を断つ。動かなければまず音はしない。気配の遮断については…まぁ、その道のプロフェッショナル相手では駄目元でもあるが、しないよりした方がいいだろう。…効果がある可能性が完全に無い訳じゃない。
 とにかくそうした上で、相手を確かめようと試みる。スコープバードを移動させる。もっと俺の近く、すぐ周囲を『視』る。どんな奴が居る――思った通りに、人型があった。女。丸みを帯びた、起伏に富む体型ですぐにわかる――位置は俺の居る場所から程近い樹の陰。スコープバードの視覚であるから見通せるが、実際は完全に夜の闇に同化し、姿を潜めているのだと思われる。…着物を着崩したような、けれどその形で整えてあるのだろう独特の装束。

 そこまで確認したと思ったら、その姿はいきなり消失した。何!? と驚く。これまで生きて来てスコープバードの視覚に間違いが起きた事は無い。即ち、視覚の問題では無い――そう認識するのと、下方からいきなり斬り上げられるのが同時だった。そこに居た。…スコープバードで確認したさっきの女。すぐに気付く――気付くのと反応したのが殆ど同時だった。俺の方でもローブの中から一気に鎖を引き出して、躊躇いなく斬り上げられる――斬り上げられようとしたその細長い刃を咄嗟に防いでいる。ナイフの類を出すより、こちらの方が咄嗟に防ぎ易いと思ったまで。
 鎖なら、やりようによっては相手の刃を絡め取る事も可能――思考するのと実行するのがこれも殆ど同時。が、鎖で絡め取ろうとしたその刃は、当たり前のようにするりと抜き取られた。そしてそのまま、その刃を振るった当の気配ごと飛び退る――そう見た時点で、俺は再び暗視の利くスコープバードの視覚に意識を多く戻す。…独特な――銃のような形の剣が、女の左右の手に一振りずつ握られている。簪で纏められているような黒髪。着物を着崩したような紫系の装束は、身軽な戦士と言った体。着崩されている分、素肌の露出もあり――その露出部分に派手な傷や縫合痕が目立っている。…女だてらに歴戦と言ったところか。

「…何だ貴様は」

 こちらの誰何に、返って来る言葉は、無い。次に来たのは、また、刃。…状況からして何となく、今俺が見張っている対象の賞金首と間違えられているだけの気がしないでもないが…この闇夜の中ではまぁ仕方無いかとは思う。俺のスコープバードのような手段でも無ければ、判別は付くまい。ついでに言うならそもそもこの手の輩には説明するより叩きのめしてやった方が早い。…と言うか、間断無く鋭い攻撃を続けられては、悠長に説明している余裕が無いと言った方が正しいかもしれない。

 …よって仕方無く、俺も刃で応じる。
 先程の鎖をローブの中から一気に引き出したそのまま、今度は女を狙って鞭のように撓らせ打ち掛かる。同時に、暗器として多数備えている短剣の三本を指の間に挟む形で構え、投擲した。続けて同様に、一回、二回、三回、と駄目押しの如く投擲――己の聴覚とスコープバードの視覚を合わせれば、俺にとってはこの闇夜も真昼と大差無く、相手を真っ当に狙う事が出来る。対して、女の方は身一つでの研ぎ澄ました感覚を頼りにこの闇夜に居るのだろうと見て取れた。…見た目のみならず、実際に種族は『人間』なのだろう。その動きには持ち得た種族的な性質に由来する生まれつきの能力と言うより、ただ純粋な練度の高さをこそ感じる。
 感嘆すべき身のこなしで俺の攻撃を避けるどころか――隙あらば、と確り俺の命を獲りにまで来ている。正直、スコープバードが無ければ俺の方が絶対的に不利になっていただろう相手の力量。が、さすがに生身の人間の身で、この闇夜を完全に見通すのは――どれ程練り上げようと、無理だ。
 勿論、俺同様に音を頼りにしている可能性も高かろうし、恐らくは気配を感じる術にも長けているだろう。が、『人間』である以上それにも限界はある――事が紙一重で変わってしまう領域に掛かると、視覚情報が無い方が圧倒的に不利になる。…いざと言う時、細かい調整が利かない。
 例えば、今もそう。
 女が再び打ち掛かって来る。が、俺はそれを避けられた。敢えて大きく躱す事はせず、僅かな動きだけをする事で、狙うべき位置を惑わせる。相手にしてみれば俺の動きの詳細は把握出来ない――そう思った通りに、もし『見えて』いるのなら有り得ない位置に攻撃が来た。『見えて』いたのなら、あとほんの少し深く突き込みさえすれば俺の身に確実に届く位置。が、そうしない――籠められた力が一番乗る位置が、不自然に手前過ぎる。
 これを待っていた。剣を振るう為に伸び切ったその時を狙い、その腕を横から衝いて体を崩す。衝いたそのまま腕を極めて、物騒な女の身を何とか取り押さえて組み敷いた。
 それでも女は声を出さない。僅かな呻きすら聞こえない。

「…俺を賞金首だと思ったか」
「…」
「…黒山羊亭で貼り出されていた賞金首の二人なら、先程アジトらしいあそこの建物に入ったっきり出て来て無いぞ」
 俺はずっと見張っていたから知っている。
「…」
「…おい。何か言ったらどうなんだ」

 これでは如何ともし難い。どうしたものか――思ったところで、ふっ、と手応えがいきなり消えた。スコープバードの視覚で見れば、この手で確実に取り押さえていた筈の女の姿が掻き消えている。…また、消えた。舌打ちしたい思いになる――次は何処から来る――と。
 程無く、少し離れた位置で態勢を低くして留まっている女の姿を見付けた。こちらを向いて剣を構えたままではいるが、今度は問答無用で仕掛けて来る気配は無い。むしろ、己の身を俺に晒す事を覚悟した上で、俺の様子を窺っているようで――これは漸く対話の姿勢に入ってくれた、と言う事だろうか。

「…賞金稼ぎか」

 今度こそ、女の声がした。…聞こえる声と共に、当の物騒な女の口が動いているのも見えた。

「ああ。そうだ」

 隠す理由も無い――と言うより、今の場合はむしろ早いところそう理解して貰った方がいい状況の気がするので、即答する。
 と、案の定、女の構えが少し緩んだ。その事に軽く安堵する――安堵したその気配にも気付かれたか、女は剣を二振りとも鞘へと戻していた。
 やはり俺の事を賞金首と間違えた、とでも言ったところだったらしい。…何にしろ、漸くまともな対話が出来そうではある。

 が。

「首尾は」
「…。…いきなりそう訊くのか」

 初めて顔を合わせた身で――それも、いきなり斬り掛かって来ておきながら。
 どんな面の皮だ。
 思うが、女の様子は特に変わらない――女の側にすれば、それで当たり前の反応らしい。

「今この場で一番重要な事を訊いただけ。私は斑咲。一応こう見えてもエルザード騎士団所属。ここまで賞金首を追って来たの」
 潜伏場所を確かめる為にね。
「…騎士団が賞金首をか? …。…いや、そういえば賞金を懸けたのが騎士団だったか」
 この賞金首二人の。
「ええ。その通り。で、今はそこに貴方が出て来たからてっきり…ね」

 賞金首連中の、新たな協力者か何かの可能性の方を、重視した。自分の存在に気付かれたから、片付けようと思った。…そういう事だろう。まぁ、わからなくもない。…とは言え、それで不快さが完全に消える訳でも無いが…だがそれより、今は優先すべき事がある。

「上辺の謝罪は求めん。代わりに手を借せ」

 俺の名は、ブラッキィ。
 呼ぶ時は好きに呼べ。



 元々、直接乗り込むにしても一対二になりかねない事が少々気になっていたところ。もう一人分手が増えればそれはちょうどいい。…勿論、この女が――斑咲が騎士団所属と名乗ったからと言って、その言い分を完全に信じた訳では無い。何か別の思惑がある可能性もあるだろう。が――少なくとも、俺を獲るのが目的であるなら、今、俺を攻撃する手を止めて俺と話をする必要は全く無い。…それだけは言える。一時的に取り押さえられてもあっさり抜け出せるだけの技量を持っているならば、話し掛ける事でわざわざ俺の油断を誘う必要さえあるまい。
 それに、端的に切り込んで来る話し振りからしても、その手の迂遠な遣り取りを好む相手では無いと見た。

「…首尾についてはさっき言った通りだ。賞金首の二人共に出て来る気配は無い。他の輩が合流もしていない」
「…やっぱり、『視』えてるのね」

 ウインダーなのにこの闇の中、どうして。言外にそう含んでの、斑咲の確認。
 言われて思わず、口元に笑みが浮かぶ――人の悪い笑みになっているなと自覚はある。今さっきの俺が視覚情報を用いて動いていた事は斑咲にもわかったのだろう。が、俺が何を以って視覚情報を得ていたのかまではどうやら気付いていない。…この手練で、見通せていない。
 そして幾ら協力態勢を敷きたいと求めたとは言え、俺は俺の『目』について今ここで晒すつもりもない――聖獣装具の力である事を教えるつもりはない。さすがに今得ているだけの情報でそこまでこの斑咲を信用は出来ない。晒した事で、足元を掬われる結果になっても困る。
 だから、何がどの程度『視』えるのかだけを伝えておく。…これから取る連携の為に、必要な程度の。

「…俺の『目』は少々特別製でな。何処にでも自在に飛ばして偵察に使える。今、貴様がどんな姿をし、どんな得物を使っていたかも筒抜けだ。はっきり見える」

 つまりだ。
 俺が『目』になる。予め俺の『目』と『耳』で偵察をして、奴らの状況を把握したら突入。斑咲はその場で狙い易い方を好きに狙え。俺はもう一人の方を片付ける。…『視』える『目』がある方が、状況次第でより臨機応変に動けるだろうからな。

 肝心の賞金については折半として。
 …じゃあ、先に行くぞ。



 その後。
 斑咲の手を借りた事で賞金首の捕縛はあっさりと済み、本日の一仕事を終えてから。

 俺は再び夜の散歩へと戻っている。…ちなみに騎士団に賞金首を引き渡す段で斑咲の身元もはっきり確定した為、彼女の言に嘘は無かったと漸く信じる事が出来た。次に会った時――次に仕事が重なるような時でも、必要な時でもあれば今度こそスコープバードを夜の『目』としている件を明かしてもいいだろう、と思う。

 空に瞬く星すら碌に見えない暗い中。少し歩いて、心地良い夜風に吹かれる。それだけでも心が落ち着く。ほっと息を吐く。…漸く、独りになれたと実感する。人気が殆ど無い暗い場所に戻れただけで、自分の居場所に戻って来たような心持ちになる。…俺はウインダーとしては多分、変なのだろうなと自覚はあるが、だからと言ってそれで特に何を変える必要も感じない。
 結局、俺は、こうやっているのが好きなのだから。わざわざそんな己を変えようなどとは思わない。

 …ああ、いい夜だ。

【了】

××××××××
 登場人物紹介
××××××××

■PC
 ■3129/ブラッキィ
 男/18歳(実年齢25歳)/賞金稼ぎ

■NPC
 □斑咲