<東京怪談ノベル(シングル)>


『【エルザード祭】髪長お姉さんと一緒』

 聖都エルザード国立の魔法学校は、その日何故か臨時休校だった。
 生徒達には、体調に問題の無い者は天使の広場に行くようにとだけ告げられていた。

「……そういうことだったのですね」
 魔法学校の生徒であるリディアは、よくわからないまま朝から広場の飾り付けを手伝っていた。
 飾り付けを終えて帰ろうとした時に、広場に偉そうな人がぞろぞろ現れて、エルザード祭の開会を宣言したのだった。
「えらそうなおじさんの隣にいるのは、髪長お姉さん……?」
 えらそうなおじさん――聖獣王の側で微笑んでいるのは『髪長お姉さん』。リディアを魔法学校に行かせてくれたお姉さんだった。
「おー、髪長お姉さんはえらいお姉さんだったのか……ま、いっか。おまつりっ!」
 花火が鳴る中、リディアは広場の中央に駆けて行く。
「こらっ……あ、この子は」
 髪長お姉さん――王女エルファリアの護衛をしていた騎士が、リディアに気付いて止めようとした。しかし、すぐにエルファリアが保護している子だと気付き、道をあけた。
「お姉さん、おまつり一緒に楽しむですっ」
 リディアはエルファリアに飛びついて、腕にぎゅっと抱き着いた。
「リディアさん。……そうですね、一緒に回りましょうか」
 エルファリアは少し驚いた後、リディアの頭を撫でてくれた。
「まずは、商店街の方々に御挨拶を……」
「あ! あそこで輪投げやってるです! お姉さんいくですよっ」
「え? ちょっとリディアさん!」
 輪投げの出店を見つけたリディアは、エルファリアが向かおうとしていた方向とは逆の方向に走り出した。
 放ってはおけず、エルファリアはリディアの後を追う。

「いらっしゃい、待ってたよリディアちゃーん」
 にこにこリディアを歓迎してくれたのは、ロリコンさんという種族の男の人だった。
「うわあっ、お菓子がいっぱいあります。可愛いぬいぐるみもあるです♪」
 リディアは数々の景品に目を輝かせる。
 お菓子やお人形、ぬいぐるみに、可愛い玩具。
 幼い女の子やリディアが好みそうな品々が沢山並べられていた。
「銅貨1枚で3回できるよ。お金がないなら、今着ている服でも……あ、いえ、なんでもないです……」
 リディアを追ってきたエルファリアの姿を見て、ロリコンさんはさも残念そうに口をつぐんだ。
「銅貨1枚ですね。ではこちらでお願いします」
 エルファリアは銅貨を取り出してロリコンさんに手渡し、ロリコンさんからリングを3つ受け取った。
「お姉さん、頑張ってくださいね……」
 リディアはいいなーと思いながら、物欲しそうな目でエルファリアを見詰める。
「ふふ、はいどうぞ」
 エルファリアはリングを3つともリディアに差し出した。
「やってもいいんですか! ありがとうです」
 ぱあっと顔を輝かせて、リディアはリングを受け取る。
「ええっと、あれを狙うですよ!」
 リディアは大きなクマのぬいぐるみを指差した。……どう考えても、リングが入らなそうな大きさだ。
「あれは、景品じゃなく飾……」
「えいっ!」
 ロリコンさんが話している最中に、リディアは真剣な顔でリングを投げた。
「んー、あああっ」
 1つ目のリングは、全然違う方向に飛んでいってしまった。
「リディアちゃん、リングはこんな風に投げると真っ直ぐ飛ぶよー。むふふ、手取り足取り教えてあげ……いえ、なんでもないです……」
 リディアの手をとって、投げ方のレクチャーをしようとしたロリコンさんだけれど、エルファリアの視線に気づいてまた悔しそうに口をつぐんだ。
「教えてくれてありがとです。次は入れるですよ!」
 リディアは教わった通りの姿勢で、2つ目のリングを投げた。
「いけーっ、あああああ……」
 2つ目はクマのぬいぐるみにぶつかって、地面に落ちた。
「入らないです……」
「もともと入る大きさじゃないしねー。よし、リングが耳に入ったらリディアちゃんにあのぬいぐるみあげるよ」
「ホントですか! 耳に入れればいいんですね。リディア頑張りますっ」
 リディアは深呼吸をして、狙いを定めて最後のリングを投げた――。
「……惜しい」
「あーん」
 最後の1つは、ぬいぐるみの耳に当たって、地面に落ち……ずに、近くのお菓子の上に落ちた。
「ぬいぐるみは取れなかったけど、お菓子が取れたよ!」
 ロリコンさんはリングが入ったお菓子をとって、リディアに差し出した。
 それは缶入りのクマのドロップだった。
「ありがとです。ぬいぐるみは取れなかったですけど……こっちの方が良かったです! みんなでちょっとずつうれしいですから。髪長お姉さんどうぞです」
 リディアはにっこり笑って、ドロップをまずはエルファリアの手の上に1個出した。
「ロリコンさんもどうぞです」
「リディアちゃん、おじさんにもくれるの? ありがとうーっ。おじさんはリディアちゃんの舐めかけものでも……いえ、なんでもないです」
 リディアの手を包み込みながら喜びを表したロリコンさんだけれど、エルファリアの存在を思い出し、残念そうに口をつぐむのだった。

「それではリディアさん、あちらの家具屋さんからご挨拶を……」
「ああっ! お姉さん凄いです! わたあめが雲のようにもくもくですーっ!」
 巨大わたあめを作っている出店を見つけ、リディアは駆け出し、人々にぶつかりそうになりながら、出店へと向かっていく。
「リディアさん、危ないですよ。周りをよく見て……もう」
 くすっとエルファリアは笑みをこぼす。
「うわー、凄いですっ」
 わたあめが出来ていく様子をとても楽しそうに見つめて、出来たわたあめを凄く嬉しそうに貰って。
 口の周りにつけながら美味しそうに食べて、キラキラ目を輝かせ、楽しそうにはしゃぐリディア。
 エルファリアはそんなリディアをずっと微笑ましげに見守っていた。

 屋台で買ってもらったお菓子や玩具を持って、リディアはパレードにも参加した。
「あーっ、あんなところに、ヨーヨーつりのお店があるです! あっちでは、金魚……ううん、亀さんすくいをやってるですよ!!」
 パレードで街を回りながらも、色々な物を発見しては走っていき、エルファリアを振り回していくのだった。

 そして――。
「おねー……さん、あっちの……おはなが……おいしそう。むにゃむにゃ」
「ふふっ。お花の形のクッキーの夢でも見ているのでしょうか」
 お昼を過ぎた頃には、リディアはエルファリアの背の上にいた。
 騎士やむしろ沢山のロリコンさんが、リディアを背負うと熱烈に申し出たが、エルファリアは申し出を断って、自ら彼女をおぶったのだった。
「リディアさんのお昼寝の時間に、ご挨拶は済ませてしまいましょう」
 エルファリアはリディアの背をぽんぽんと優しく叩いた。
「ん〜……おねーさん……おいしいです……むにゃ」
「目を覚ました後、またあなたは、聖都を駆け抜ける風のように、街を舞っていくのでしょうから」
 安らかな寝息を立てるリディアを、優しく大切に背負いながらエルファリアは賑やかな街を歩いて行く。
「もう少し、あなたが大人になるまで、私たちが護りますからね」
 エルファリアが背に顔を向けて、優しく語りかけた。

 ――陰で、ロリコンさんたちがうんうんと頷いている。