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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:4番目の影

●我が身に降りかかる災厄(オープニング)
「花火、綺麗だよね。そう言えばシーの方でもやってるんだよね。なんて言うんだっけ、『こんばんは』とかいう意味のイタリア語のさ」
 またしても、突然やってきた仲介依頼人、京師・紫(けいし・ゆかり)は、定位置と決めているらしいソファでお茶を啜りながら、手すきの所員を捕まえていた。
 なお、現在、この興信所の主の姿はない。どうやらこの青年、草間がいないのを狙ってやってきているようだ。
「と言うわけで依頼なんだ」
 何が『と言うわけ』なのだろう? 所員が疑問符を挟む間もなく、紫は湯呑をテーブルに置き、いつもの唐突さで喋り始めた。
「場所はJR舞浜駅近辺の住宅街。休日の夜8時半から数分の間に、路上で意識を失う人が出ててね」
 まぁ、これだけだったら流行りの病とでも片付けられたかもしれない。しかし、続いた紫の言葉に、皆、我が耳を疑った。
「彼らに共通して言えるのは‥‥その事件の後、『影』を失っているんだ」
「影って、あの?」
「そ、足元に出来るアレ。取り敢えず今の所は実害らしい実害は出てないみたいなんだけど‥‥」
 やっぱり気味が悪いでしょ?
 紫の言葉に一同、肯く。
「それとね、直接関係あるかは分からないけど。事件の起きはじめるちょっと前から、この近辺の子供達の間に『4番目の影踏み』って遊びが流行り出してるんだって」
 普通の影踏みの応用版。反射や他の光源の関係で、4番目に出来た影を踏まれた者が鬼になる遊びらしい。
「どう、調べてくれるかな? っと、言い忘れる所だった。今回は現金の報酬もあるよ、影をなくした人達からの依頼だからね」
 ただし、自分の影を取られても何の保障もないけど。
 サラリととんでもない事を告げ、紫はニッコリ微笑んだ。

●奪われた影
「ただいま」
 暗かった部屋に人工の明かりが灯る。
 帰宅の挨拶に、応えてくれる声はない。当然だろう、ここは室田充ただ一人の城なのだから。
 普段と変わらない日常。熱を傾けられない営業の仕事も、土曜出勤と言う事で更に「どうでも良い」という考えが先行した。
 しかし、如何ともし難い非現実が彼の足元にあった――否、『無』かった。
「意外に誰も気付かないものだね」
 白色灯に照らし出される室内、見慣れた光景にたった一つの違和。靴を脱ぎ、コートとスーツの上着をハンガーに掛けた彼には、影がない。
 冷蔵庫の中からミネラルウォーターの500mlペットボトルを手に取り、パソコンデスクに向かう。
 充の指が起動ボタンを軽く押すと、ヴンッと無機質な音を立てて、箱の中の世界が――充にとっての真実の世界が覚醒の時を迎えた。
 パソコンの起動後、彼はいつも通りの手順を辿る。
「……ふーん」
 インターネット。充がアンジェラとして自由を、生きがいを謳歌できる仮想の世界。『彼女』が管理するサイトで、『舞浜に遊びに行って倒れた。ハシャギ過ぎたかしらん?(苦笑)』と、今回の事件の情報を求めるべく、発言したのは数日前――余談だが、このサイトにはR指定が引かれている。
 その後、『彼女』の体調を心配するカキコが続いたが、現在は元の通りのアンジェラに癒しの手を求める話題に戻っていた。
「ま、ネットなんて不特定多数が見るもんだしね」
 深刻に悩む、しかも他人の目が気になるような事ならば、掲示板などでの安易な発言は、情報の核心に近ければ近いほど、アンジェラは期待していなかった。
 心に秘密を持つ人間は、酷く注意深くなるものだ。
『新しいメールが6通あります』
 水を飲む喉がゴクリと鳴る。
 ネット接続と同時に立ち上げたメーラーが、新規メールの着信を告げる。そう、彼女の真の狙いはコチラであった。
 サイトで発言してから数日、いつも通りのメールに混じって届くようになったメール。それは「自分も倒れちゃったんですよ」という内容のものだった。
 今日の着信の中にも、1通。

『 アンジェラ様

 初めまして。サイト、いつも楽しく見せてもらってます。
 アンジェラさんの話聞いてると(見てると?)、なんだか心が落ち着くんですよね。
 ところで、いきなりですが。
 アンジェラさんも倒れたんですね、舞浜で。
 偶然ですね〜、俺もこないだなんだか急な貧血とかで倒れちゃったんですよ。
 ちょうど友人の家からの帰りで、「お、花火あがってんじゃん」って見上げた途端にグラっと。
 取り敢えず、今は元気なんですけど。
 アンジェラさんもお体にはお気をつけて!』

「ま、こんなものよね……」
 舞浜絡みのメールは今日までに4通。それは皆、今回の物と同じ様にまとめられていた。
 パソコンデスクの上で、爪の先が音を立てる。
「いきなり『影がないんです〜』なんていう人、いないか」
 自分が警戒したのと同様に。
 しかし、きっとこの中にも≪影≫を失くした人がいる筈だと、アンジェラは確信していた。
 その自信をくれたのは、メル友の寒河江深雪だった。彼女の先輩が、やはり同じ怪異に見まわれたらしいのだ。
「共通点は、『花火』か……」
 話で聞いた『4番目の影踏み』という遊び。それと花火が何か関係あるのだろうか?
 インターネットとの接続を切断し、アンジェラの顔が充に戻る。
 その瞬間、まるで頃合を計ったように充の携帯が鳴った。
 着メロは僅かの時間だけ流れ、そしてパタリと止まる――メールだ。
 差し出し人は、深雪。タイトルは『連絡です』。

『むーちゃんへ。今、舞浜です。≪影≫事件のこと、ちょっと調べてみます。じゃ、また後で連絡します』

●現実色の非現実
「ってちょっと! 深雪ちゃんったら!」
 充は慌てて椅子から立ち上がり、ハンガーにかけてあった上着とコートを手に取る。そしてコートに袖を通す段になって、動きを止めた。
「……今から行っても間に合わないか」
 時計は既に、20時15分を過ぎている。超能力や魔法でも使えない限り、花火の時間に舞浜に彼が辿り付くことは不可能だ。
「もう、本当に危ないんだから」
 再びコートと上着を脱ぎ捨て、乱暴にソファーの上に投げる。イライラと落ち付かない指で深雪の携帯のメモリー登録を呼び出す。
 現在、日常生活に支障はないものの、これからもそうとは限らないのだ。そんな危険に彼女が1人で自ら飛び込んでどうなると言うのだ。
 人に明かせない秘密を、これ以上増やしてどうするというのだ。
 祈る思いで電話をかける。しかし、彼の耳に入った音は酷く無情な物だった。
『現在、この電話は電源が入っていないか、電波の入らない……』
「なんでこんなタイミングでっ!」
 携帯をソファの上に投げ付ける。焦りだけが大きくなる――と、ふと充の頭の隅をよぎる何かがあった。
「そうか! あのガラス玉!」
 先日出くわした幽霊騒ぎで、紫と名乗る青年からもらった、ナゾのガラス玉。彼の言う事があまりに非現実的だったのですっかり忘れていたが。
 どうしてだか捨てられず、机のひきだしに仕舞い込んでいたそれを充は引っ張り出した。
 淡い緑色のそれは、もらった時と同じに朝日に耀く様に不思議な光を放っていた。
「ったく……これで犯人が見えるとでも言うんじゃないだろうな……」
 握り締めてなお、半信半疑。
 しかし、何もしないより良い。
 充は手にしたガラス玉を真っ直ぐに見据えた。
「この事件の犯人に会わせてくれ!」
 その瞬間、充の自宅に来客を告げるチャイムが鳴った。

●来訪者
「こんばんは〜。あ、やっぱり貴方だったんですね」
 緊迫感を絶ち切る突然の来訪者を、充は一瞬真剣に無視しようと思ったのだが、気がついたらドアを開けていた。
 右手にはガラス玉を握り締めたまま。
 そして、そこに立つ人物の姿に充は我が目を疑った。
「……どうして、君が…?」
「あれ、前言いませんでしたっけ? 僕、依頼人と探偵社の中継ぎをする『仲介依頼人』なんですよ。で、今は舞浜で起こっている『影が失くなる事件』を追ってましてね」
 まぁ、立ち話もなんですから上げて下さいよ。
 あまりのタイミングで現れた、ガラス玉の送り主に、充は二の句が告げないまま、求められる通り、彼をリビングに通す。
「あ〜ダメじゃないですか。スーツとかこんなとこにほったらかしちゃ」
 ソファの上に無残に投げ出されていた衣類を紫が救出し、ハンガーにかける。そのあまりの自然な動作に、充はようやく我を取り戻した。
「あ、っと…」
「あ、良いです。言いたいコトは分かってますから。でも、これで秘密保持が絶対の仕事なんで詳しくは明かせないんですよ。そんなこんなで情報ソースは秘密として、この事件を追っていたら貴方の名前が出てきたんで」
 被害者には必ず会うようにしてるんですよ。その中の1人が貴方だと知ってビックリしましたけどね。
 聞きたかった事を、先手を打たれた形で告げられ、充は再び継ぐ言葉を失う。
「ふーん、やっぱり他の人と同じように影が失くなっちゃったんですね……」
 そう言うと、紫は充の右手を取り、室内灯に掲げるように持ち上げた。
 そのまま、ありとあらゆる角度で影が出来ないことを確認するように、充の腕を己が腕のように振り回すこと暫し。
「……見ます?」
 不意に、紫のなすがままにされていた充の耳元に、聞こえるか聞こえないかの声が囁いた。
「今なら、見えますよ。貴方が今1番見たいもの。貯めた『想い』が少ないから不明瞭なものだとは思うけれど」
 充の腕を盾にするように掲げるため、紫の表情は見えない。
 けれど、その瞬間。充は自分が何をするつもりだったのか、何をしなくてはならないのか、紫の登場ですっかり忘れかけていたことを思い出した。
 腕を捕らえられたままの不自然な姿勢で、首だけ捻って時間を確認する。
 8時半を少し回った所。
 迷っている時間はなかった。
「見せてくれ。この事件の犯人を!」
「……見逃さないで下さいね、一瞬だから」
 ガラス玉を握ったままだった右手が開放される。充は呼吸すら忘れて、それを引き寄せ凝視した。
 微光を放つ淡い緑のガラスの向こう、踊るような小さな影が一つ。
 七色に瞬く光に零れる影を、踏んでは拾い集めて。集めては、また踏み。
 しかし、誰かがその影を踏んだ時、集められていた影が散り散りになって七色の光の中に戻っていく。
「お友達に伝えてください、今ならメールが通じるから」
 言われるまでもなく、充は深雪宛のメールを打っていた。

『影踏みの、花火で出来た≪影≫を踏め』

●奪われた依頼料
「良かったですね、影が戻ってきて」
 何故、自分はこの人物と向かい合って――しかもサシで――茶など啜っているのだろう? その疑問を胸に抱いたまま充は眼前に置かれた羊羹を一切れ、楊枝でつついた。
「あ、美味しいでしょう? その羊羹。やぱり羊羹はここですよねー」
 なんでも『見舞い』ということで、紫が持参した某有名店のそれは、確かに美味だったが、自宅にいるというのにも関わらず、ぬぐいきれない居心地の悪さと戦う充に満喫出来るものではなかった。
 聞きたいことは山のようなのが、全ての問は『企業秘密です♪』という笑顔付きの言葉に、先ほど一蹴された後だ。
 ティーパックで淹れた緑茶を一気にあおって、口の奥にわだかまる甘さを洗い流し、湯呑をテーブルの上に置く。
 その充の手元には、室内の光に作り出された影が在った。
 充が深雪にメールを送った直後、それは忽然と帰ってきていた。いつ戻って来たのかなんて分からない。気がついたら、あった、のだ。
 深雪からも、何やら事件が解決したとの旨のメールが入った。『むーちゃんのメールのおかげで助かったよ』と謝辞の言葉と共に。
 手持ち無沙汰にもう一つ、羊羹に楊枝を立てる。
 立てて、何やらキョロキョロと室内を見まわす紫の視線に気づく。
「何か?」
「ん、そろそろお暇しようかと思うんですけどね」
 紫の視線が何かに止まり、顔がパッと笑顔に綻んだ。
「むーちゃん、アレ貰って行って良いかな?」
 ……既に『むーちゃん』ですかね? 呆れながら、紫の視線の先を充は追う。とにもかくにも、彼がいては落ち着くことも出来ないのだ。早く帰ってもらわねば。
「……蟹?」
 キッチンの片隅。今朝方、出際にアンジェラの友人から送られて来たものだ。
「そう、一応むーちゃんもこの事件の被害者でしょ? で、僕はこの事件の解決を草間興信所に依頼して、依頼料&仲介料を貰ってる訳でさ」
 事件も無事に解決したし。むーちゃんも僕を頼ったでしょ?
 にこにこにこ。
 笑いながら紫が席を立って台所に向かう。
「え! ちょっと」
 いったいいつ僕が君を頼ったんだ? 言いかけて、充は喉の奥に音を押し戻した。
 ガラス玉の中に見た、不可思議な光景が脳裏に蘇って、紫の顔と重なる。
「それじゃ、今回はご依頼、ありがとうございました。また何か困ったことがあったら僕を呼んで下さいね」
 蟹入りのスチロール箱を手にした紫の姿が、バイバイと手を振ってドアの向こうに消える。
 来た時と同じ突然さと、慌しさと、不可思議さと共に。割れてしまったガラス玉と、1枚の名刺を残して。

『怪奇事件調査仲介依頼人
      京師 紫【Yukari・Keishi】
      ※ご用の向きは炙り出しのメールアドレスまで』


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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
室田・充(むろた・みつる) / 29 / 男 / サラリーマン
寒河江・深雪(さがえ・みゆき)/ 22 / 女 / アナウンサー(お天気レポート担当)
クリストファー・グリフィス / 19 / 男 / 大学生
シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家その他

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■ ライター通信 ■
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こんにちは。2度目まして、な観空ハツキです。またの紫からの依頼を受けて頂き、まことにありがとうございました(感謝感激雨霰です)。

室田さん‥‥今回もステキな方向からの依頼への参加、ありがとうございました。前回に引き続き‥‥いえ、それ以上に「こう来ましたかぁっ!」と、正直びっくりしていました。その『びっくり』の結果が、今回の結果になったわけですが‥‥如何だったでしょうか? 事件の経緯・詳細が気になられる場合は、他の参加者の方の結果をご覧頂けると幸いです(特に『草間興信所の依頼』として参加されている方の結果が、多少分かり易いかと)。
それと、紫が室田さんの部屋から強奪した蟹ですが、草間興信所の皆さんのお腹の中に美味しくおさまっております。一応、ご報告までに。

それでは、今回はこの辺にて。
今回の依頼、お気に召して頂けましたら、また別の依頼でご一緒出来ることを祈っております。