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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:4番目の影

●他人事では片付けられないコト(オープニング)
「花火、綺麗だよね。そう言えばシーの方でもやってるんだよね。なんて言うんだっけ、『こんばんは』とかいう意味のイタリア語のさ」
 またしても、突然やってきた仲介依頼人、京師・紫(けいし・ゆかり)は、定位置と決めているらしいソファでお茶を啜りながら、手すきの所員を捕まえていた。
 なお、現在、この興信所の主の姿はない。どうやらこの青年、草間がいないのを狙ってやってきているようだ。
「と言うわけで依頼なんだ」
 何が『と言うわけ』なのだろう? 所員が疑問符を挟む間もなく、紫は湯呑をテーブルに置き、いつもの唐突さで喋り始めた。
「場所はJR舞浜駅近辺の住宅街。休日の夜8時半から数分の間に、路上で意識を失う人が出ててね」
 まぁ、これだけだったら流行りの病とでも片付けられたかもしれない。しかし、続いた紫の言葉に、皆、我が耳を疑った。
「彼らに共通して言えるのは‥‥その事件の後、『影』を失っているんだ」
「影って、あの?」
「そ、足元に出来るアレ。取り敢えず今の所は実害らしい実害は出てないみたいなんだけど‥‥」
 やっぱり気味が悪いでしょ?
 紫の言葉に一同、肯く。
「それとね、直接関係あるかは分からないけど。事件の起きはじめるちょっと前から、この近辺の子供達の間に『4番目の影踏み』って遊びが流行り出してるんだって」
 普通の影踏みの応用版。反射や他の光源の関係で、4番目に出来た影を踏まれた者が鬼になる遊びらしい。
「どう、調べてくれるかな? っと、言い忘れる所だった。今回は現金の報酬もあるよ、影をなくした人達からの依頼だからね」
 ただし、自分の影を取られても何の保障もないけど。
 サラリととんでもない事を告げ、紫はニッコリ微笑んだ。

●『寒河江深雪』
 寒河江深雪、22歳、女。
 今年、大学を卒業したばかりの、都内某所に居を構える全国ネットTV局新人アナウンサー。
 現在は、大学在学中に取得した気象予報士の資格を活かし、お天気レポートを担当している。
 履歴書でこれだけの情報を見れば、彼女の人生は順風満帆と言えるだろう。実際、彼女の現状を羨む大学時代の友人は数知れない。
 しかし、彼女――寒河江深雪の人生設計は、都内TV局に就職が決まった段階で、かなりの軌道修正を必要とする事になった。
 実は彼女、地元秋田のロ―カルTV局志望であった。
 傍から聞けば、贅沢極まりないことであるのだが、彼女には、どうしてもそうしたい理由があったのだ。
『‥‥じゃぁ、むーちゃんの命に別段異状はないのね?』
 四角い箱の向こう、1本の線で繋がった無限大の世界での会話が続く。
『良かったァ』
 主人の精神状態を反映するように、キーボードの上を踊る手の動きも軽やかだ。
『ううン、打ち明けてくれただけで嬉しかったし。でも、何かあったら必ず教えて?』
 インターネットの世界の夜が明ける時間、現実世界において、健全な人間が眠りに落ちる頃。彼女は後ろ髪を引かれる思いで、パソコンの向こうの友人との会話を、幕引きに向かわせた。
 お天気お姉さんの朝は早いのだ。
 寝不足のみっともない顔で、カメラの前に立つ事は許されない。
『それじゃ、おやすみなさい。くれぐれも無理はしないでね』
 相手を気遣う言葉で会話を打ち切り、ネット回線を切断する。1度だけ、今日のむーちゃんこと室田充との会話の内容をログで確認して、パソコンの電源を落とす。
 ヴンッという無機質な音を立ててパソコンのディスプレイから明かりが消えるのと、ギシリとスプリングを軋ませ、深雪が椅子の背凭れに沈み込むのがほぼ同時。
 ほんの少しの癖もない美しい黒髪が、サラリと音を立てて流れる。
「ほんと、無事で良かった‥‥」
 カラーコンタクトで隠されていない瞳が、紅く揺れる。ホっとついた安堵の溜め息が、冷たく蒼い冷気に染まる。
 そう、彼女は『人』ではないのだ。否、正確には『完全な人間』ではないのだ。
 祖先の誰かが結んだ妖との婚姻。彼女は紛れもなくその血族であり、特殊な能力を――雪女としての能力を保持していた。
 この秘密を知るのは、家族とほんの一握りの友人達だけ。
 その数少ない心を完全に許せる友人の一人、室田充に怪異が振りかかったのを知ったのは、彼の運営するHPの日記から。
 偶然、似たような経験をして『影』を失った先輩がいたことから、気になって話を聞けば案の定。
 いったい『影』が失われるとは、何なのだ?
 己が存在自体、現実で語りきれない深雪でも、その非現実さに胸が騒ぐのを止められなかった。
「でも‥‥今度の土曜、倒れた先輩の代わりにシーのレポ―ト仕事が入ってる‥‥なんて言ったら、むーちゃん心配するよね‥‥」
 会話中、告げようか告げまいか迷った言葉。
 深雪は今度の土曜、この『4番目の影』事件の真実を突き止めようと、心に決めていた。

●揺るがぬ想い
 舞浜は強い風が吹いていた。
 深雪は、今にも飛ばされそうになる帽子をしっかりと被り直し、ずれかけたサングラスの位置を元に戻す。
 幾重にも巻かれたマフラーは、息苦しささえ感じさせる程。
 新人アナウンサーとはいえ、お天気お姉さんとして全国区で顔を売っている深雪である。いつどこで何に出くわすか分からない。そしてその時に、何があるか分からない。
 その『何か』を未然に防ぐ為の変装が、帽子・サングラス・マフラーというわけだ。
 常人より、2℃は低い平均体温の肌が、厚手の衣服の下で冷気を求めている。
 それでも、この計画を実行しない訳には行かなかった。だから、我慢する。
 むーちゃんの為。過労と称して、同じく影を失くして入院している先輩の為にも。
「‥‥子供のイタズラ‥‥それで影がなくなるワケないか‥‥。なら、影妖怪の仕業?」
 旧家である実家に残る伝承の中に、そう言う類のモノがいなかったか記憶の糸を手繰るが、パッとしたものは浮かばない。
 とにかく、調べるしかないようだ。
 確認した時計は、8時をちょっと回った所。
「取り敢えず‥‥むーちゃんにメールしておこうかな」
 心配させるのは分かっているけれど。事後報告になるより、無理矢理の事前承認の方が良いだろう。
 バッグの中から携帯を取りだし、なれた手付きでメールを打つ。

『むーちゃんへ。今、舞浜です。≪影≫事件のこと、ちょっと調べてみます。じゃ、また後で連絡します』

 送信ボタンを押して、暫くの通信の後、無事にメールの送信を終了した画面が表示された。
「あれ‥‥圏外になっちゃった」
 ふと、深雪の目に飛び込んできた『圏外』表示。
「‥‥ま、いっか」
 キュっとマフラーを巻きなおし、テーマパークに背を向けて歩き出す。
 凛と胸を張ったその歩きに、彼女の固い決意が表れていた。

●影踏み
「むーちゃん、心配してるよね」
 何故か先ほどから『圏外』表示になっている携帯のディスプレイを見ながら、深雪は深々と溜息をついた。
 液晶の画面で輝く時間は、8時半をほんの少し過ぎている。
「何も、起こらないわね」
 先ほどから上がり出した、花火を見上げてそう呟く。
 むーちゃんも、先輩も。この花火を見ながら意識を失った筈なのに。
 無駄足だったのか、そう思うとなんだか悔しくて、せめて花火が終わるまではここに留まろうと、アスファルトの大地を強く踏みしめる。
 顔を見られないように、とグルグル巻きにしたマフラーから一瞬だけ顔を覗かせて、夜の冷たい空気を惜しみなく肺一杯に吸い込む。
 その瞬間だった、此方へ駆けて来る足音が花火の音に混ざったのは。
『影、みぃーつけたっ』
 存在を感じさせず、耳に忍び込んだ子供の声。
「そこの君! 危ない!!」
 続く、青年の怒号のような声。
 突然襲われた緊張に、深雪が体を固めた瞬間、フワリと彼女の体が宙に踊った。
 違う、自分の能力ではない。
 眩暈のような軽いパニックを引き起こしながら、それでも深雪は何が起こったのか付近に目を配る。
 すると、すぐ近くに浴衣姿の子供の姿があった。
 そしてそれを追うように駆けて来る、男女2人連れの姿が50mほど向こう。
『影、影、影。影みぃーつけた』
 地面から足が離れてしまった分、遠くなった深雪の影を、浴衣姿の子供が嬉しそうに踏もうと、数歩先まで足を一気に伸ばす。
「ダメ!」
 何かは分からなかった。
 けれど、直感で踏まれてはいけないと、分かった。それは彼女の中に流れる血が教えてくれた事なのかもしれない。
 幸運にも、駆けて来る人影まではまだ距離がある。
 深雪は一気にマフラーを振り捨て、宙に浮いた不自然な姿勢のまま、今にも自分の影を踏もうとしている子供に向かって極寒の息を吹き付けた。
 青い冷気に染まった死を呼ぶ吐息が、子供の足元にまとわりつき、行動を妨げる。
 その時、深雪の携帯がメールの着信を告げるメロディを奏で出した。
 メールなんて確認している場合ではないっ!
 そう焦りながらも、どうしてだか確認しなくてはいけない衝動にかられて、握り締めたままだった携帯を操作する。

『影踏みの、花火で出来た≪影≫を踏め』

 短い、室田充からのメッセージ。
 眼下には、身動きの取れなくなり恨みがましい目で此方を見上げる子供の姿。そしてすぐそこまで追い付いて来た二人連れ。
 そのうちの1人が、自分の影を消すべくライトを照射しようとしているのが見えた。
 いけない、それでは花火で出来るこの子の影まで消してしまう。
「ダメです! この子の影を踏んでください! 花火の光で出来る影を!!」
 宙に浮いたまま、叫ぶ。
 追い付いた人影が深雪の言葉に素早く反応する。
 ライトを掲げていた青年が、足を止めそれを仕舞い、女性の方が走る速度はそのままに、浴衣姿の子供の影を――上がる花火で出来た影を迷いなく踏み付けた。
『あーーあ、踏まれちゃった。踏まれちゃったから、バイバイ』
 子供の姿が、靄が晴れるように揺らぎ、凍らされた足元から消えて行く。
 その日、最後の花火が、良く晴れた空を彩った瞬間、子供の姿は完全に3人の目の前から消失していた。

●冬空色の鈴
 深雪は、マフラーに深々と顔を埋めて歩いていた。
 見慣れた位置にある街灯の燈、目にする夜闇に覆われた世界も、肌に馴染んだものだ。
 帰って来たのだ――舞浜から。そう思うだけで気が緩む。どうせなら、マフラーも外してしまいたかったが、この寒空、そうして歩いていたら、それはそれで他人の目にとまってしまう事だろう。
 こんなに心地好い気温なのに。人間とはなんと不便なものなのだろうか。
 吐き出した溜め息が、結晶化する事なく大気に溶けて行く。
 能力を使用した後、白く変わっていた髪も、電車に乗る頃には、元の美しい黒髪に戻っていた。
「本当、夜の事件で良かったァ‥‥」
 誰に聞かせるではなしに、1人ごちる。
 ≪影踏み≫が消失した直後、草間興信所の調査員とか言う2人連れに囲まれて、事細かに事情を聞かれそうになったのを無理矢理に振り切り、逃げるようにして深雪は帰路についた。
 深雪としても彼らに聞いてみたい事がなかったわけではないのだが、それよりも人前で能力を使ってしまい、それに気付かれる事を危惧したのだった。
 自分以外の能力の干渉で、宙に浮かんだ体。それはおそらく駆けつけて来た2人連れの何れかの能力なのだろう。自分にだってこんな能力があるのだから、それくらい出来る『人間』がいても不思議はない――取り敢えず、そう思うことにする。
 天に輝く細い月が、至高の笑みを惜しみなく振りまく。
 明日はきっと晴れるだろう。
「『おはようございます』」
 今日一日の出来事を振り返っていた深雪に、突然声が投げかけられたのはその時だった。
「‥‥どなたですか?」
 夜中に『おはようございます』とは、明らかにその手の業界人を素人が意識した挨拶くさい。ならば、この相手――気付けば目の前に立っていた、黒いコートの男――は、深雪を深雪と分かって声をかけたのに相違なかった。
 警戒に満ちた深雪の声に、男がニコリと笑う。
「大丈夫です、怪しい者じゃないですよ。室田さんのお友達で、京師紫って言います」
 何やら大きめのスチロール箱を持っていた男、京師紫は、手を煩わせる大荷物を地面の上に置き、不信さなど一遍たりと感じさせない優雅な仕草で、深雪に手を差し伸べた。
「あ、そうなんですか?」
 先程まで、無事と怪異の解決を確認するメールのやり取りを行っていた相手の名前を出され、思わず条件反射で深雪は紫の手を握りかえした。
 指先に馴染む体温に、微妙な違和を覚えながらも、なぜだか安堵する。
「えぇ、そうなんです。ついでに僕、今回の事件を草間興信所に調査依頼出してましてね」
 多分、途中で会ったと思うんですけど。
 満面の笑みのまま告げられて、警戒心を抱かされぬまま深雪は納得していた。紫も紫なりに充を心配して、調査依頼を出したのだろうと。そして、先程自分が遭遇した2人連れは、その為の調査員であったと言う事を。
「事件、解決したみたいで。彼らにはちゃんとお礼をする予定があるんですけど、深雪さんは一緒にってわけにもいかなさそうなんで、お待ちしてたんです」
 ほら、深雪さん、忙しい人だから。
 急に『お礼』と言われて、自分も友達や先輩の為にやっただけだから、とその申し出を深雪が断ろうとした瞬間、猫の鳴き声がそれを遮った。
「おいで、慶」
 鳴き声の主、近くの塀の上にいた黒猫に向かって紫が手を差し出す。すると、その猫は、さもそこが自分の定位置であるかのように、すんなりと紫の腕の中におさまった。
「はい、これ上げます」
 ヌっと差し出された紫の手の上にのっていたのは、猫の首輪に付いていたガラスの小さな鈴。勢いで受け取ってしまった深雪の手の中で、キラキラと蒼い光を放っている。
「それね、秘密アイテムなんですよ。深雪さんが望めば、深雪さんの伝えたい音を誰かに伝えてくれる」
 ただし、僕が近くにいる時だけだけど。
 そう付け加え、綺麗な鈴に見とれる深雪の姿を満足そうに眺めた後、紫は猫を下ろし、地面に置いていたスチロール箱を抱えあげた。
「それじゃ、それ大切にして下さいね」
「え? ちょっと!」
 さよならのニュアンスを含んだ言葉に、慌てて深雪が顔を上げる。
 不意に一陣の風が吹いた。深雪にとって酷く心地好い、冷気に満ちた風が。そのあまりの心地好さに、うっとりと目蓋を降ろす。
 風が止み、目を開き周囲を見回した時には、紫の気配は何処にもなかった。
「‥‥まぁ、良いかな」
 充の友達だと言っていたし。返そうと思えば、返す機会もあることだろう。ふと腕時計を見遣れば、既に深雪が普段就寝する時間を越えた時刻を指していた。
「いけない! 明日も朝早いのに」
 残り少ない我が家への道を、深雪は駆けはじめた。
 静謐さを湛えた夜の気配に、軽やかな足音だけが響く。
 こうして深雪の、慌ただしい、不可思議な1日は幕を降ろしたのである。


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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
室田・充(むろた・みつる) / 29 / 男 / サラリーマン
寒河江・深雪(さがえ・みゆき)/ 22 / 女 / アナウンサー(お天気レポート担当)
クリストファー・グリフィス / 19 / 男 / 大学生
シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家その他

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■ ライター通信 ■
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初めまして、観空ハツキです。この度は京師紫からの依頼を受けて頂き、ありがとうございました。
さて、作中に出て参りました、秘密アイテム『ガラスの鈴』ですが、紫も申していましたとおり、紫の登場する依頼でのみ有効なアイテムとなっております。どんな『音』を『誰』に伝えたいかは寒河江さん次第です。今回の依頼をお気に召して頂けましたら、何かの折にでもご利用下さい。

寒河江さん、半妖雪女でアナウンサーとは‥‥面白い設定ですね。夏場に彼女のような友人がいてくれたら、ちょっと便利だろうなぁ、なんて思いながら書かせて頂きました(逆に冬場は困りそうですが・苦笑)。
なお、事件の経緯・詳細が気になられる場合は、『草間興信所の依頼』として参加されている方の結果をご覧頂けると幸いです。
‥‥旦那さん、早く見つかると良いですね。

それでは、今回はこの辺にて。
機会がありましたら、また別の依頼でご一緒出来ることを祈っております。