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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


東京駅の男
●オープニング【0】
「おかしいでしょ、この写真」
 月刊アトラス編集長・碇麗香は写真の束を手にして言った。
 先程麗香から写真の束を受け取り目を通してみた。最初は何の変哲もない写真だと思っていた。しかし、数回見てゆくうちに妙なことに気付いた。どの写真にも、同じ男が写っている。少しくたびれた茶系統のスーツを着て、同じく茶系統に丸いつばのついた帽子を被った男の姿が。帽子には黒く太いラインが1本入っていた。
 被写体がこの男であればおかしくはない話だが、そうではない。
「先週1週間、別件で東京駅調べてたら……こんな写真が出来上がっちゃって」
 被写体はあくまでも東京駅であり、この男ではない。しかも1週間毎日、違う場所で撮影しているにも関わらず、どの写真にも男が写っている。どう考えても変だ。
「悪いけど、この男の正体調べてきてくれないかしら。そうね、11日の朝10時なんてどう?」
 微笑む麗香。日時を指定した所からすると、締切も近いことだし記事のネタにするつもりなのだろう。
 まあ、調べるのは別に構わない。だがふと思い出した。東京駅は迷路のようになっていなかったかと。ひょっとして、上手く動かないと捕まえられないのでは――?

●東京駅の中で【1A】
 毎日多数の乗客が行き交う東京駅。ただでさえ広いこの駅だが、一般乗客では入れない部分が当然ある。すぐに思い浮かぶのは駅員室だろう。
 その、一般乗客では入れない駅員室。初老の駅員がスチールの机に片肘を突き、監視カメラのモニターを見つめていた。
「おう、こっちにも珈琲頼まぁ」
 初老の駅員が手を挙げて、珈琲を入れて回っていた若い駅員に声をかけた。
「はいっ、今すぐっ!」
 若い駅員は素直に返事して、カップに珈琲を注ぎ持ってゆく。
「どうぞっ!」
 若いだけあって返事も元気である。まだまだやる気一杯なのがよく分かる。
「すまねぇな」
 カップを受け取り口をつける初老の駅員。しかし若い駅員はじっと初老の駅員の顔を見ていた。
「何か顔に付いてるか?」
「あ、いや、初めて顔を合わせたような気がして」
「たく、当たり前だろ? 普段はこのシフトじゃねえからよ。たまたま一緒になってなかっただけじゃねぇのか、ん?」
「そっ、そうですよねっ。すみませんでしたっ」
 若い駅員が深々と頭を下げ、初老の駅員から離れていった。
(若者は素直でいいねぇ)
 初老の駅員――渡橋十三は若い駅員の後姿をニヤニヤと眺めていた。能力と裏で手に入れた駅員の制服を使って入り込んだ十三の目的は、監視カメラのモニターでチェックを行うことだった。ターゲットは麗香が見せた写真に写っていた男だ。
(双子だか、5つ子だかの考えってもんはねぇのかね、あの女王は)
 女王とはもちろん麗香のことだ。十三の考えとしては、何も同一人物とは限らないだろうというものだったが、気紛れもあってこの調査に付き合うことにしたのだ。
(けどよ、何の変哲もねぇスーツってのは参るよなぁ)
 旧帝国軍の制服か旧国鉄の制服かとも思い、そういうことに詳しい弟に写真を見せてみた。けれども返ってきた答えは『普通のスーツじゃないか』という物だった。
(まっ、実際に走り回るのはあいつだから構わねぇけどよ)
 十三はちらりと壁の時計に目をやった。朝10時を過ぎた所だった。

●モニターに映るのは【3A】
「……んだ、こりゃあ?」
 思わずつぶやく十三。モニターを見続けて30分以上が経過していた。
「はい?」
 若い駅員がそれを聞きつけ、十三の方を振り返った。
「何でもねぇよ、見間違いだ。それより珈琲お代わりだ」
「あっ、はい!」
 若い駅員がすぐさま珈琲を空になったカップに注ぎに来た。なみなみと珈琲の入ったカップを手に取り、十三は口をつけた。
(さっきから、面白いもん映ってやがる)
 30分以上見続けていたモニターに、先程から見知った顔が頻繁に映っていたのだ。
(と、またシュラインの姉ちゃんが映ってやがる。さっきは何だ、瀧川って奴も映ってたよな。こいつらこの祝日に何やってやがんだ?)
 見ていると2人共に何やらばたばたと走り回っている様子だった。何のために走り回っているのか、十三にはまるで分からなかった。
(ん?)
 ふと別のモニターに、何やら小さい物が舞っているのが見えた。十三はモニターに顔を近付け、じっと目を凝らしてみた。
「蝶……か?」
 映っていたのは紛れもなく蝶だった。しかし今の季節は真冬だ。何故この季節に蝶が舞っているのだろうか?
(見てて退屈はしねぇが、妙な感じだぜ、全く)
 十三はぼりぼりと頭を掻いた。

●発見【4A】
「お?」
 十三が蝶を見てから、さらに10分が経過していた。モニターの1つ、その中央部分に男が1人立ち止まっていた。カメラの場所を確認する十三。地下総武線ホームへ降りるエスカレーターに程近い場所だ。
 茶系統のスーツを着て、頭には茶系統に丸いつばのついた帽子を被っている。黒っぽい太いラインも確認できた。容姿だけなら、写真の男に近い物があった。
(こいつか……?)
 十三は注意深く男の行動を見守った。男はカメラの中央部分に立ち止まったまま動かない。
 40秒程経った時、不意に男がカメラの方を向いた。男の顔が十三にも確認できた。写真の男に似ていた。
(こいつだ!)
 疑問が確信に変わった。後はこの情報を伝えるだけだ。だが男は意外な行動を取った。カメラを見つめたまま、ニヤッと笑いかけたのだ。まるで『見てるんだろ?』とでも言いたげに。
(こいつっ……気付いてやがるのかっ!?)
 驚きの表情を十三は浮かべた。男はそんな十三の様子を知ってか知らずか、そのままエスカレーターの方へ向かっていった。
(ちっ!)
 十三は舌打ちして立ち上がった。そして構内放送の機具の方へ歩いてゆき、マイクに話しかけた。
「業務放送。0番ホームに回送列車到着。地下総武線ホーム、377終了」
 十三は予め決めておいた暗号を使い、斎悠也に男の居場所を伝えた。

●東京駅の男【5】
「で、俺に何が聞きたいんだ?」
 缶ジュース片手に男が言った。目の前には悠也と、連絡を受けて普段着に着替えてやってきた十三が居た。ここは地下総武線ホーム、地下5階である。
「とりあえず、これ見てもらえませんか」
 悠也が麗香から預かってきた写真の束を男に見せた。男は写真を受け取ると、1枚1枚に目を通し出した。
「ああ、俺が写ってるな。よくもまあ、こんなに写ってるもんだ。我ながら呆れるぜ」
 苦笑いを浮かべる男。写真を見終えると、悠也にそのまま返した。
「あんた何者だ?」
 十三が睨みながら男に尋ねた。
「また単刀直入な質問だな、おっさん。いいよ、答えてやるよ。俺は『東京駅の男』だ」
 さらりと男が答えた。
「意味が分からねえぞ」
「文字通りって奴だよ。この駅が出来て、どれだけの年月が経ったかはおおよそ分かるよな。なら、のべどれだけの乗客が利用したかも想像つくだろ。希望を抱いて上京してくる乗客、夢破れて故郷へ帰る乗客、仕事のために利用する乗客、旅行に来る乗客……様々な乗客が居たよ。俺はそいつらの『想い』から生まれたんだ」
 男はニヤッと十三に笑いかけた。
「ま、信じるかどうかはあんたら次第だけどな」
「けっ! 俄に信じられっか、そんなもん!」
 十三が苦々し気に言い放った。男がカメラに向かってニヤッと笑ったのを、十三はまだ根に持っていた。
「証明してやろうか? そこに列車が止まってるよな。乗ってみてくれよ」
 ホームには千葉方面へ向かう列車が、発射の時刻を待っている所だった。男に言われるままに乗り込む2人。何の障害もなく普通に乗り込めた。
「あなたは乗らないんですか?」
 悠也が男に尋ねた。しかし男は力なく頭を振った。
「乗らないんじゃない。……乗れないんだよ、俺は」
「え?」
 男が足を上げて、列車へ踏み出そうとした。だが見えない壁でもあるかのように、男の足は乗車口の手前でぴたりと止まった。
「な。乗れないだろ」
 淡々と男が言った。2人は列車から降り、男と共に列車から離れた。
「……東京駅に縛られているという訳ですか?」
 悠也が男の顔を見て言った。
「言っただろ、『想い』から生まれたって。ここから出ることもできない。だから『東京駅の男』なんだよ、俺は」
 男は自嘲気味にそう言って笑った。悠也は何か慰めの言葉をかけようかとも思ったが、その前に男が言った。
「……ま、相棒が居るから寂しくはないけどよ」
「あんたみたいなのが他にも居るってのか?」
 怪訝そうに十三が尋ねた。
「ああ。相棒はいい女だぜ。一緒に居たら紹介してやってもよかったんだがな、あいつ今日は何だか追いかけっこしてるみたいだからな」
 天井を見上げる男。十三がニヤリと笑った。
「いい女か。会ってみてぇな」
「会ってみたいですね」
 悠也が深く頷いた。
「機会があったら会わせてやるよ。ま、東京駅で何か困ったことがあったら、俺を呼んでみな。なるだけ、力になってやるからよ。報酬は酒1本でいいぜ」
 男が指を1本立てて2人に言った。

【東京駅の男 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 0164 / 斎・悠也(いつき・ゆうや) / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。また、今回の依頼は『東京駅の女』と連動していますので、そちらの方にも目を通されると面白いかもしれません。見えない部分で微妙に影響を受けていますので。
・男の正体はこの通りでした。見ての通り悪い奴ではありませんし、今後もし高原担当依頼で東京駅が絡んだ場合に、上手く使えばプラスに働くかもしれませんよ。
・一見普通の方に見えても、調べてみるとそうでなかったりします。ひょっとすると皆さんの近くにも、そんな方が居られるかも……?
・渡橋十三さん、6度目のご参加ありがとうございます。プレイング楽しく読ませていただきました。監視カメラを利用したのはよかったと思います。何だか意外な人たちも目撃したようですし。ちなみにあの若い駅員は、今でも十三さんを本物の駅員だと思っていることでしょう。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。