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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


白猫亭事件
●オープニング【0】
「知り合いがやってる喫茶店があるのよ」
 月刊アトラス編集長・碇麗香がそう切り出した。
「『白猫亭』ってお店で、珈琲が美味しいからたまに行くんだけど、マスターから相談持ちかけられちゃって。その相談がどうも幽霊絡みかもしれないのよね」
 相談の内容はこうだった。3ヶ月前、立地条件がよく値段も手頃だった掘り出し物の店舗に『白猫亭』は引っ越しをした。しかし引っ越しをしてから、どうもおかしい。気のせいかもしれないが、夜中のうちに食器等が微妙にずれているというのだ。
「何故かカウンターに、猫の足跡があったこともあるそうよ。『白猫亭』だけど、猫なんて飼っていないのに。そして近所の人が真夜中に店の前を通ったら、青白い光がぼうっと……」
 話だけを聞いていると、何かあるようにも思えないこともない。
「それでね、定休日の前日の夜、店に泊まり込んで調べてくれないかって。何もなくとも、気休めにはなるからって言ってて……調べてきてくれるわよね?」
 言葉こそ『お願い』であるが、語気としては『命令』であった。
「そうそう。後片づけさえしてくれるなら、冷蔵庫の中の物とか多少食べたり飲んだりしていいって言ってたわよ」

●夫婦漫才?【1D】
「たく、本当にうちの女王様は神出鬼没だな」
 呆れ気味に小説家の瀧川七星がつぶやいた。
「だって、『白猫亭』はあたしの店だもーん☆」
「違うっ」
 明るく答える白雪珠緒に、七星は素早く突っ込みを入れた。2人は今『白猫亭』へ向かう途中だった。喫茶店『白猫亭』は住宅街の外れにぽつんと1軒だけある、平家建ての店舗である。外観としては西部劇に出てくるような木造のバー、そんな感じだ。
「しかしいつの間にあそこに潜り込んでたんだ」
「んー、つい最近」
 さらりと答える珠緒。先日、久々に七星が編集部に顔を出すと、珠緒がちゃっかり編集バイトとして働いていたのだ。七星が呆れるのも無理はなかった。
「ともかく、俺はこれから実際に店に行ってくるから。珠緒はどうするんだ?」
「あたしは聞き込みに行ってくるつもり。何だっけほら、『猫の道は猫』って言うでしょ?」
「それも違うっ」
 再び七星が突っ込みを入れた。珠緒は笑って誤魔化した。

●矛盾【2B】
「にゃー」
 珠緒は公園に集まっていた猫たちのそばへ行くと、すぐさましゃがみ込み一声鳴いた。
「にゃー」
「うにゃー」
 猫たちから返事が返ってくる。打てば響くとはこのことだ。さっそく珠緒は質問を開始した。
「にゃにゃん?」
「にゃにゃっ! にゃにゃにゃー、ふみゃー」
「みゅー、うみゅー」
 次々に交わされてゆく、珠緒と猫たちの会話。内容を日本語に変換すると次の通りだ。
 『白猫亭』に夜中出入りしている者が居ないかと珠緒が尋ねた所、猫たちが何故か一斉に驚いた。詳しく聞いてみると、『白猫亭』には何故か近寄れないのだという話だった。(猫が近寄れないのに、猫の足跡があった……おかしいにゃ)
 猫たちの言うことが事実なら、矛盾が生じてしまう。猫の足跡は誰の物なのか?
 珠緒は猫たちに礼を言うと、ポケットから煮干しを取り出し、ぱぁっとばら蒔いた。

●結界【3】
 真夜中。猫の姿に化けた珠緒は、七星に抱きかかえられたまま『白猫亭』に向かった。そして店が目前となった瞬間、妙な感覚が珠緒を襲った。
(うにゃっ!?)
 身体全体を圧迫するような感覚。店に近付くにつれ、その感覚は大きくなっていった。
(……負けないにゃっ!)
 普通の猫なら無理な所を、化け猫ゆえに何とか耐え切った珠緒。店内に足を踏み入れると、その感覚は多少ましになったが、それでも珠緒には疲労感が蓄積されていた。

●真夜中の『白猫亭』【4】
「その猫が足跡の主って訳じゃねぇだろうな?」
 渡橋十三が瀧川七星の抱えている白猫をじろじろと眺めた。
「『白猫亭』だから、俺の家からちょっと連れてきてみたんだよ。な、タマ?」
「……なーお」
 白猫のタマはぐったりとした様子で小さく鳴いた。
 ここは真夜中の『白猫亭』店内。7人の男女が店内に集っていた。木を張った床は、誰かが歩くと少し軋む音を立てていた。これを雑音と感じるか、風情と感じるかは人各々だろう。
「『白猫亭』に白猫って出来過ぎちゃうか?」
 くすくす笑いながら、獅王一葉が店内をうろうろと歩いていた。そしてあちこちに手を触れる。
(別におかしなとこはあらへんなあ)
 振り返る一葉。すると同じように店内をうろうろと歩いていた九尾桐伯と目が合った。
「見た所、体毛とかはありませんね」
 どうやらこちらも一葉と似たような状況らしい。
「可愛い猫ちゃんですね〜」
 四宮杞槙が七星の胸の中に居るタマの頭をそっと撫でた。その後ろには杞槙の専属ボディーガードである佳凛の姿もある。
「なー☆」
 杞槙に撫でられ少し元気を取り戻したのか、タマが先程より大きく鳴いた。

●小宴会【5】
「ああ、俺もそれは聞いたよ」
 七星はそう言って大きく頷いた。
「綾野寺って華族の話だろう?」
「そうです、佳凛が調べてくれたんです」
 にっこり微笑む杞槙。それは人懐っこさのある笑顔だった。
「何でも明治末期、父親が溺愛していたそこのお嬢さまが、行方不明になったって話だね」
 今度は杞槙が七星の言葉に頷く番だった。
「行方不明かい。けどよ当時の話だ、平民の使用人と駆落ちしたってのが真相じゃねえか?」
 何やら調理をしながら十三が口を挟んだ。辺りに香ばしい匂いが漂ってきていた。
「なあ、何作ってるん?」
 カウンター席から身を乗り出して一葉が尋ねた。
「へっ、そいつぁお楽しみだ」
 忙しく手を動かす十三。何やら油の跳ねる音も聞こえる。
「こっちはこっちで何してるん?」
 カウンターの中には桐伯も居た。グラスを数個取り出し、先程から何やらカチャカチャとやっていた。
「ええ、少しカクテルでも作ろうかと思いまして」
 そう言って手早くグラスに珈琲やアイリッシュウィスキーを注ぎ入れる桐伯。『ビルド』というカクテルの技法だ。仕上げに生クリームを浮かべ、皆に差し出した。
「どうぞ、アイリッシュコーヒーです」
「へえ、こんなカクテルあるんや? 珈琲って普通に飲むもんやとばかり思ってたけどな」
 感心したように言う一葉。
「意外に思われるかもしれませんが、珈琲もカクテルの材料になるんですよ。それから、そちらのお2人にはこれを」
 桐伯は杞槙と佳凛の前にウィンナーコーヒーを差し出した。
「未成年にお酒をお出しする訳にはいきませんし、そちらの方はお仕事があるでしょうからね」
「気を遣っていただき、申し訳ありません」
 ぺこりと佳凛が頭を下げた。
「よかったらお時間のある時にも店の方へお立ち寄りを。『ケイオス・シーカー』というバーを営んでいますので」
「何だ、あんた本職かい。よし、今度三下って奴と行ってやらあ」
 そう言った十三は皿に料理を盛り付けている所だった。
「さっきの話の続きだけどさ」
 七星が杞槙との会話を続けた。
「調べてみると、ここって妙な話が多いんだよ。関東大震災でも建物がびくともせず残っていたとか、東京大空襲でも周囲が焼け野原なのにここだけ無傷だったとか……運がいいを通り越して、そら恐ろしくなるよ」
「なあ、最初に出てきた綾野寺って華族はどうなったん?」
 一葉が口を挟んだ。
「大正に入ってすぐ、没落して屋敷手放してるよ。ついてないね」
 さらっと答える七星。確かにその後の話からするとついていないように思える。
「よーし、出来たぜっ!」
 十三がカウンターにドンッと大皿を2枚置いた。一方にはカレイの唐揚げが、もう一方にはマグロの赤身が載っていた。カレイは香ばしく揚がっており、マグロは焼いたのか表面の色が変わっていた。
「カレイはよ、塩なりポン酢なり好みでやってくれ。マグロはちとタレに漬け込んでから、表面をさっと炙ってみた。普通に刺身で食うよか旨いと思うぜ」
 ニヤリと笑みを浮かべる十三。皆が箸と小皿を手に、カレイやマグロを口にした。タマには七星が紙ナプキンにマグロを載せ、床に置いてやった。
「うわっ、これむっちゃ美味しいやんっ!」
「ふむ、なかなかですね。これには日本酒が合うんじゃないですか」
「まあ、不思議なお味……」
「なるほど、これはたいした物です」
「にゃー☆」
 口々に感嘆する一同。七星が十三に尋ねた。
「どこかで修行でも?」
「なーに、オリャあ調理師免許持ってんだ。しかしよぉ、ここのマスターたいした目してやがるぜ。いい食材、ごろごろしてやがらぁ!」
 十三が冷蔵庫を指差した。一葉がちらっと壁の時計に目をやった。間もなく深夜2時を迎えようとしていた――。

●任せるにゃ【6B】
 床でマグロを食べていた珠緒の耳がピクンと動いた。そして皆に警告する珠緒。
「来るよっ」
 一同の言葉が止まり、店内の空気が風もないのにゆらりと揺らいだ。
「あっ!」
 一葉が短く叫んだ。店の中央、その空中に青白い光がぼう……っと出現したのだ。
「慌てんな! 大方『鬼火』だろ、ちょうど魚を調理したとこだしよ」
 十三がそう言い放った。青白い光は空中から次第に床に降りてゆき――床に白い猫が姿を現した。
「猫ちゃんが2匹……?」
 杞槙は席を立つと、白猫へ近寄っていった。佳凛もすぐさま席を立ち、杞槙のそばを離れない。
「どうして真夜中に、お店に出て来るの? 何かやりたいことがあるのかな?」
 白猫のそばにしゃがみ込み、両手を差し出す杞槙。笑顔で優しく白猫に話しかけた。
 すると白猫は嬉しそうな表情を浮かべ、杞槙の差し出した手に擦り寄ろうとした。だが、白猫の身体はすぅっと杞槙の手を通り抜けた。
「お嬢さま……」
 哀し気な表情になり、杞槙を見上げる白猫。その時、白猫をじっと見ていた珠緒が、白猫に尋ねた。
「夜中に他人様の家に勝手に入っちゃ駄目でしょ! 人は可愛くおねだりすれば、ちゃんとご飯くれるんだから!」
 見当違いなことを言う珠緒。
「ごめんなさい……。でもここは……僕たちが居る場所だから」
「それどういうことにゃ?」
「お嬢さまと僕……この下に居るんだ。ねえお願いだよ、お嬢さまを冷たい場所から出してあげて!」
「分かったにゃ。この珠緒さまたちに任せるにゃ」
「……うん分かった。じゃあ僕行かなくちゃ」
 白猫は珠緒との会話を終えると、皆の顔を見回すように頭を動かした。最後に杞槙に顔を見せると、一際大きく鳴いた。
「ありがとう、さようなら☆」
 そして白猫は薄れてゆき、一同の前からすぅっと姿を消した。満足げな表情を浮かべたまま。

●土の中より【7】
 白猫が姿を消した後、タマが白猫の消えた辺りへとことこと歩いてゆき、前足で床をカリカリと掻き出した。慌てて注意する七星。
「こらタマっ! 爪立てちゃ駄目だろっ!」
「待ちぃな。ひょっとしたら、この下に何かあるんちゃう?」
 そう言ったのは一葉だった。タマはなおも床を掻いている。
「ならよぉ……掘ってみるか? すっきりすんだろ」
 十三のその提案に異議を唱える者は居なかった。さっそく道具を調達に行き、1時間半後には床を開けて掘れる状態になっていた。
 床の下から剥き出しになった土にシャベルを突き立て、桐伯がぽつりとつぶやいた。
「この音……中に何かありますよ」
「掘るしかねぇか、やっぱ」
 溜息混じりに十三が言った。男性陣が交代で掘り出した。穴が徐々に大きくなってゆく。
 そして間もなく4時になろうかという頃、桐伯が突き立てたシャベルの先に、何かがぶつかるような音が聞こえた。
 シャベルを置き、丁寧に音のした辺りの土を払ってゆく桐伯。やがて、ぴたっとその動きが止まった。
「これはっ……」
 桐伯のつぶやきに、皆が一斉に覗き込んだ。
「……骨やんか。何でこないなとこに……」
 一葉の、そして皆の視線の先に、白い人骨があった。佳凛が即座に杞槙の両目を手で覆った。

●恐らくは真相【8】
 あの日から10日程経った『白猫亭』に、麗香を含めた一同が集まっていた。当然ながら、今日は昼間である。開けた床も元通りに戻っていた。
「あの骨ね、明治末期の物ですって」
 麗香が珈琲カップを置いて言った。
「明治末期ですか。確か華族のご令嬢が行方不明になったのもその頃では」
 桐伯の疑問に対し、麗香が答えた。
「どうやら女性の骨だそうよ」
「うち、ちょっとやな想像してもうたんやけど……その骨の正体って、ひょっとして……そうなんやろか?」
 一葉はそう言い、ブラックの珈琲を口に含んだ。
「その想像で間違ってないと思うよ。あれからもう少し調べてみたんだけど、当時お嬢さんには縁談があったらしいね。で、父親は溺愛していた。ここから導かれる推論は明白だよね」
 七星が淡々と述べた。傍らには白雪珠緒の姿もあった。
「その親父が娘殺して、手元に置いておこうとしたって訳かい。けっ、何て話だ!」
 吐き捨てるように十三が言った。しかしそれを確かめる術は恐らく存在しない。1世紀近くも前の事件なのだから。
「でも、どうしてあの猫ちゃん、私に擦り寄ってきたのかな……?」
 首を傾げる杞槙。隣には佳凛の姿ももちろんあった。
「きっと、そのお嬢さまと杞槙さんを重ね見たんでしょう」
「そやろな。実物見たことないから分からへんけど、きっとそのお嬢さまはあんたみたいな娘やったんちゃうかな」
 桐伯と一葉が口々に杞槙の疑問に答えた。
「……人骨のそばから、猫の骨も見つかったって」
 麗香がぼそっと付け加えた。
「猫ちゃん……ずっと寂しかったのかな。冷たい土の中に2人きりで」
 杞槙が顔を伏せ、ぽつりつぶやいた。
「きっとあの白猫はさ、お嬢さまを護ってたんだよ。震災も空襲も乗り越えて、いつの日か誰かがお嬢さまを見つけてくれる……そう信じ続けてね」
 七星の言葉に一同はしんみりとなった。そして、杞槙の若緑の瞳から涙がぽたりとこぼれ落ちた――。

【白猫亭事件 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0234 / 白雪・珠緒(しらゆき・たまお) / 女 / 20代前半? / フリーアルバイター。時々野良(化け)猫 】
【 0177 / 瀧川・七星(たきがわ・なせ) / 男 / 26 / 小説家 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう) / 男 / 59 / ホームレス(兼情報屋) 】
【 0115 / 獅王・一葉(しおう・かずは) / 女 / 20 / 大学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく) / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0294 / 四宮・杞槙(しぐう・こまき) / 女 / 15 / カゴの中のお嬢さま 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で、NPCを姓で表記するようにしていますが、一部例外もあります。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の依頼、高原は書いていて楽しかったです。喫茶店を舞台にするのは個人的に好きなんですよ。余談ですが、『白猫亭』はあの後より客足が伸びているようです。
・いくつか謎も残っているとは思いますが、それは皆さん各々で考えてみてください。恐らくその考えで合っていると思います。
・ちなみに今回のタイトルの元ネタはお分かりですよね?
・白雪珠緒さん、4度目のご参加ありがとうございます。今回一番美味しい役所だったかもしれません。あ、看板猫は無理でしたので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。