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人喰い部屋
●始まり
そこは結構有名な割烹旅館。
部屋数は20。うち5部屋は少人数用1〜4名様利用の作りで、部屋の広さは食事スペースが6畳。寝床のスペースが8畳、と言ったものだった。
その部屋の中に一つに、それはあった。
『人喰い部屋』と呼ばれるそこは、入り口には『桔梗の間』と書かれていたが、現在の利用客はいない。
部屋の中はこざっぱりとしていて、日本庭園が見渡せるガラス戸は襖が閉められていた。そして寝床となる8畳間には女性が描かれた見事な掛け軸があり、その下には生け花が飾られていたのだろう、花瓶が所在なく置かれている。
【この部屋に泊まった者は、かならず行方不明になる】
その噂通り、この部屋では5人の男女が姿を行方不明になっていた。最初は女性2人。その後男性2人・1人の泊まり客。
夕餉、就寝の時には姿があったのが、朝寝床をあげに仲居が顔を出した時には、荷物もそのままに姿が見えなくなっていた。
当初は散歩にでも出かけたのだろう、という話だったのだが、チェックアウトになっても帰って来ず、周辺を捜してみたが見つからず、お金がなくて逃げたのか、ととも思われていた。
が、その後相次いで行方不明になる者が出た為、神隠しにあったのでは、と噂が立った。
そして今ではこの部屋が宿泊客を食べてしまったのではないか、と憶測が飛び交うようになっていた。
「なかなか面白そうな話じゃない。誰か取材行ってきて頂戴」
こんな旅館があります、という投稿を受け取った碇麗香は、艶然と微笑んで編集部内を見渡した。
言うのは簡単。行くのは命がけ。
それでも麗香は笑う。
「食べられないように、気を付けてね」
食べられたら記事に出来ないから、と。
●湖影龍之介
(人を食べる部屋ねぇ……)
麗香の話を聞きながら、いつの間にか月刊アトラスでアルバイトをするようになっていた龍之介はぼんやりと考えていた。
常識で考えれば一介の男子高校生が、必ず行方不明になる、という場所へ泊まりに行くのは甚だ危険だ。しかし多少よこしまな思考が横切った龍之介は元気良く手を挙げた。
(上手くいけば愛しの三下さんとお泊まりが……)
まっとうな青少年の育成を願うなら、ちょっと待てその思考、というところだが、本人が至って気にしていないので口を挟んでも仕方ない。
「はいは〜い! 美人な碇編集長様〜、俺、行きた〜い☆ ……宿泊費は経費で良いんスよね?」
旅行で持っていくバナナはおやつに入りますか質問がごとく、龍之介の明るく脳天気な声に、麗香は苦い顔になる。
「大丈夫かしらね……」
「大丈夫っスよ! この前だった立派に仕事果たしたでしょう?」
「それとこれとは違うけど……まぁいいわ。もし食べられても御霊前で拝んで上げるくらいしか出来ないわよ?」
「任せて下さいっス! ……ところで」
「ところで?」
ドン、と胸を叩いた龍之介は、含みのある笑みを作る。その笑みに麗香は思わず問い返した。
「もちろん、男女が一緒に部屋に泊まるわけには行かないし〜でも一人は寂しいし〜……って事で三下さんと一緒でもいいっスか?」
「三下くん……って、今いないわよ?」
「え、ええ〜〜〜〜〜!?」
先程まで話していたデスクを見ると、誰も座っていない。白板の仕事内容を見ると『午後3時から北海道出張』と書かれている。そしてその隣の時計を見ると、もうすぐ3時をさそうとしていた。
龍之介がいらぬ妄想をたてているうちに、出発されてしまったらしい。
「あうう……そりゃないっスよ三下さぁん……」
「……で、どうするの少年。やるの? やらないの?」
「あううう……男に二言はないっス」
地べたに座り込んでのの字を書き始めた龍之介を、麗香は見下ろして苦笑する。
「仕事終わったらまた食べにでも誘えば? その頃帰ってくるから」
「仕事が終わったら……!! それじゃ、超特急で行ってくるっス! ……ぐえっ」
バビューン! と飛び出して行きそうな龍之介の後ろ首を麗香が掴む。
「あなたが早く仕事終わっても帰ってこないわよ、そんなに早く。それより予約の電話はこっちで入れて置くから。週末にでもいってらっしゃい」
「……はぁい……」
喉を圧迫され、激しくせき込みつつ、龍之介は良い子の返事を返した。
●割烹旅館
「ようこそいらっしゃいました」
事前連絡のせいか、玄関に辿り着くと女将、仲居一同勢揃いでお出迎え。龍之介は少々困ったような照れた顔になって後ろ頭をぼりぼりとかいた。
「いや、ども。お世話になるっス……」
いくら恋愛の趣向が違うとはいえ、大勢の女性に出迎えられるとさすがに気恥ずかしいものがある。
龍之介はそそくさとバッシュを脱ぐと、用意してくれたスリッパに履き替えた。
「夏美(なつみ)ちゃん、お部屋にご案内して差し上げて下さい」
「はい」
元気良く返事をして立ち上がったのは、少々きつめの顔をしたショートカットの女性だった。
一見龍之介と変わらない年代に見える彼女は、しかし手慣れた手つきで龍之介の荷物を持って先導する。
「あ、これ重たいっスから……」
女性に荷物を持たせるのに気が引けた龍之介は、思わず荷物に手を伸ばした。
「気にしないでいいのよ。お仕事だから。それにそんなに重くないから。お気遣いありがとう」
言って夏美は笑う。恋愛対象としてほど遠いが、好感の持てる女性であった。
「でもキミって高校生でしょ? なんかすごい術とか使えるの?」
夏美の瞳が好奇心に輝く。
「へ? 俺は別に何も出来ないっスけど」
「えー! それで大丈夫なの? みんな行方不明になっちゃってるんだよ?」
「んー、多分なんとかなるっス」
「多分なんとか……って。心配だなぁ」
年下に接しているせいか、夏美の口調は段々さばけたものになってくる。龍之介の雰囲気も一因だろう。人を緊張させない雰囲気を持っている。
「ここよ」
言って夏美は襖をあけた。
「いい部屋っスね」
「まぁね。でも掃除の時くらいしか開けないから、ちょっとかび臭いかもしれないけど、我慢してね」
客に我慢してくれ、というのはおかしな話だが、龍之介は頓着なく頷いた。
「別に気にしないっス」
龍之介の答えに夏美は笑う。
「本当に気にしてなさそうね。その年頃の男の子ってそうなのかな。今お茶入れるね」
すっかり弟扱いのようになっている。が。気にしない。
変に気を使われる方が嫌だった。
「あれが掛け軸かぁ……綺麗な女の人っスね」
部屋の中をぐるりと探索して来た龍之介が言うと、夏美は頷いた。
「女将さんがモデルなのよ、あれ」
「あ、そうなんスか。通りで綺麗だと思った」
「本人のいない所で言っても何も出ないよ?」
「正直な感想っス」
「面白い子。……一応女将から話はするように言われてるけど、聞きたいことある?」
お茶を入れて貰って一息ついてから、夏美にそう切り出され、龍之介は考えるようにうつむいた。
「嫌に協力的スね」
「だってこんな事件早く解決して欲しいもの。藁にもすがる気持ちよ」
「……そうっスね。じゃ、事件の話して貰えます? 一応原稿書かなきゃならないんで」
「それじゃ、えーっと……」
夏美から聞き出せた話は、最初女性の二人連れが来て、翌朝荷物も着替えもそのままにいなくなってしまった、という事。その後地元の警察や自治体が捜したが見つからず、連絡先に問い合わせても戻っていない、という事だった。
料金は二人の親が支払ってくれたため、無賃宿泊、という訳ではないようだった。実際、鞄の中から『旅行費』と書かれた封筒が見つかっている。
その後が出張で来ていた男性二人。前回の女性同様消えてしまった。
そして最後は一人で来た男性客。その人も同様だった。
何か事件に巻き込まれたのか、と一時期大がかりな山狩りなどが行われたが、玄関に置きっぱなしになっていた靴、使われた形跡のないスリッパや下駄から、外に出たのではない、と捜査され、旅館内をくまなく捜したが見つからなかった。
死体もなく、ただ忽然と人が消えてしまった状況に為す術はなく、捜査は難航しこの部屋をしめた事で被害が途絶えたのと、この部屋のみで起こっていた事だったので、部屋が食べてしまったのではないか、と噂が立ったという。
メモを取りながら龍之介は難しい顔になる。どうやってまとめようか、それが思案の原因。
思えば国語はあまり得意な方ではない。
「大丈夫? 手伝ってあげようか?」
「え!」
お願いします、と言いかけた口が止まる。自分の手で仕事を仕上げないと、三下さんと食事に行けないかも知れない。
目の前の問題より、龍之介のとってはそっちの方が大問題だった。
「嬉しいんスけど、やっぱ自分でやります。お金も貰ってるし」
「そっか、結構真面目だね。見直した」
一体なにを基準で見直されたのか疑問だが、夏美の言葉に笑みが浮かぶ。
「これから少し忙しくなるから、夕食まで顔出せないけど、何かあったらその辺の仲居つかまえて呼んでね」
「はい」
夏美は裾を軽く直すと部屋を出ていった。
「俺的にはやっぱ掛け軸が気になるなぁ……。桔梗さん(仮名)、どうしたいんスかね。俺には除霊とか出来ないから……出てくるようなら、話でも聞いてあげるっス」
掛け軸の前に立って呟く。
しかし事件の内容からすると、事が起きるのは夕食後から朝食までの間。
龍之介は浴衣とタオルを取り出すと、鼻歌混じりに温泉へと向かった。
夕食後。
軽く夏美と話をしたが、コレと言った情報は得られなかった。
龍之介は布団に潜り込んで出てくるのを待つことにした。
が、しかし。
お腹もいっぱい、温泉入って体がポカポカ。布団は適度に柔らかくて気持ちいい。健康な男子高校生は睡魔の魅力に勝てなかった。
「ん……トイレ……」
深夜2時を回る頃、龍之介は尿意を催して目が覚めた。
そしてトイレに行って帰ってきて、再び眠ろうとした瞬間、寒気がした。
「トイレ行ってきたせいかな……?」
暖房は暑くない程度に効いている。
思わず浴衣の前を重ね直した龍之介の視界に、妙な霧がうつった。
それは掛け軸の中から出てきているようで、靄のようにも見えた。
「あ、そういや俺、取材に来てたんだっけ……?」
霧が目の前に出ているのに、パニックになる事もなく龍之介は不味いなぁ、と呟いて頭をかいた。
そして霧はみるみるうちに女性の形をとりはじめた。
「やっぱ桔梗さん(仮名)かな……」
まだはっきりしない思考の中で、ぼんやりと考える。
「さぁ坊や、食事の時間よ。たくさん食べて大きくなってね……」
「……!?」
女性の言葉に、龍之介の頭がすっきり晴れた。
「俺、喰われるんスか!?」
思わず叫ぶ。
それの声に女性は虚ろな瞳で龍之介を見た。
「とても活きがいいご飯ね。坊やもこれなら大きくなれるわね」
言って微かに笑った女性は、胸に抱いていた赤子を畳におろした。
男である龍之介には赤子の大きさで月例を計ることは出来なかったが、まだハイハイ出来る大きさでないことは、テレビのCMなどの知識からわかった。
しかし赤子はゆっくりと首をもたげると、ずりずりと龍之介に近付いた来た。
「ちょ、ちょっと待つっス! 話合いましょう。ちゃんと。話せばわかるっス。俺、筋肉質で美味しくないっスよ!!」
支離滅裂。途中で自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。
「大丈夫よ、痛くないから……」
「そういう問題じゃないっスゥゥゥゥゥ!!」
さかさかさか、と後ろ手に手をついて後ずさる。
「とりあえず話をしましょう。それからでも遅くないはずっス!」
龍之介の言葉に、赤子の進行がとまった。
女性も龍之介を静かに見つめ、その場に座り込んだ。
「うちの坊やも、あなたみたいに元気に育ってくれればいいのに……」
「えーっと桔梗さん、あのですね……」
「桔梗?」
「あ、すまないっス。ここのが『桔梗の間』っていうから勝手につけたんスけど、嫌ですか? 俺、女将さんの名前知らないし」
まじめな顔で言うと、女性は小さく首をふり「それでもいいわ」と呟いた。
「それじゃ桔梗さん、失礼ですけど、桔梗さんのお子さんって亡くなってますよね?」
単刀直入な物言い。
「……坊やは死んでなんかいないわ。ちゃんと食事をして、少しずつ大きくなるの」
「でも赤ちゃん母親に抱かれているのに、ちっとも嬉しそうじゃないっスよ」
抱かれ直した赤子は、すっぽりと女性の腕に中におさまっているが、身動き一つせず、目を開けることもない。
よくみると苦しそうにも見えた。
「ダメじゃないスか。母親が子供を哀しませちゃ。その子はちっともそんな事望んでないっスよ」
「この子が、望んでいない……?」
「当たり前じゃないっスか。母親が自分の存在に囚われていつまでもこんな事してたら、俺だって哀しいっスよ」
はっきりとした原因はなんの能力もない龍之介にわからなかった。が、赤子が亡くなっている、しかしそれでも母親は霊をとらえて大きくしようとしている、という図式はわかった。
「俺、除霊とか出来ないっスから、楽にして上げることは出来ないスけど、桔梗さんがその子を離してあげれば、赤ちゃん楽になるんじゃないスかね」
「坊やが幸せじゃない……私のせい……」
女性は我が子を愛おしそうに見つめる。
赤子の口元に手をあてても、それを求めて吸い付くこともない。ただ意思もなく抱かれている存在。
「本当にその子の幸せを望むなら、上に上げて上げるのが一番じゃないか、って思うっス」
「それなら、この子が幸せになれる?」
すがるような瞳で龍之介を見た。
「俺はそう思うっス。だって母親にここまで愛されたんだから、きっと次でも幸せになれるっス。子供は幸せになる権利がある、ってどっかで聞いたこともあるし」
「……ごめんね坊や……。全部お母さんのせいだったのね……。元気がないのも、大きくなれないのも……。ごめんなさいね……愛している、愛おしい坊や。だから、幸せになってね……」
女性のこぼした涙の一滴が赤子の頬にかかった。
瞬間。赤子は目を開いて笑った。そして光に包まれ、天井に吸い込まれるように消えてしまった。
「笑って、くれた……。ありがとう……」
大粒の涙をいくつもこぼしながら、女性は闇の中に消えていった。
「母の愛情か……」
呟きつつ、緊張の糸が切れたのか、そのまま眠りについてしまった。
「という訳だったんス」
翌朝。朝食後、龍之介は女将に事の顛末を話した。
最初は話をしようかどうか迷ったが、根本的な解決にはなってないと思い、思い切って言った。
「私の、私のせいで、こんなことになったんですね……」
女将は顔を伏せる。
本来なら自分の子供への妄執が、人間を行方不明にさせていた、などという話は信じがたい。が、龍之介の真摯な瞳と、自分でも思い当たる節があったのだろう、という事で心に重く受け止めていた。
「俺にはこれからどうしろ、とか言えないっスけど。あの子の為にもちゃんと自分なりの出した結論で罪の償いをしてあげて欲しいっス」
こういった事例は法律で裁かれない。しかし裁かれないからこそ、もっと辛いのかも知れない。罪人の刻印を押されて、罪の大きさ、重さを他人が決めてくれ、罪の償い方を教えてくれる。そう言った裁判がある方が、ずっと楽なのかも知れない、と龍之介は思う。
女将はこれから罪の重さを背負って生きていかなければならない。
それを考えると少し、辛かった。
●その後
「という訳だったんス」
原稿の内容を一通り説明し終えると、龍之介は大きく息を吐いた。
「ご苦労様。年頃の男の子には辛い事件だったわね。お疲れさま」
「いいえ! これも一重に三下さんとの食事の為! 三下さぁん!!」
「……」
くるり、と後ろを向いて叫んだ龍之介の様子に、麗香は苦笑する、が本人が辛くなかった訳がないので、口出しをするのを止めた。
「あれ? 龍之介くんもどこかに行ってたんですか?」
「はい♪ 取材して来たんス。俺頑張ってっス。だから一緒に食事に行きましょう♪」
「え? え?」
何故そこに結びつくのかわからない三下は、目をパチパチさせて龍之介を見返す。
「ささ、編集長の許可も貰ってあるっス。俺のおごりっスから! 何がいいですか? 寿司? それとも焼き肉?」
嬉しそうに三下引っ張って編集部を出ていく龍之介。
「許可ね……まだ出してないけど。まぁいいわ。それで元気になるなら」
言って麗香は小さく笑った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0218/湖影龍之介/男/17/高校生】
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■ ライター通信 ■
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ども、こんにちは、夜来です☆ メールありがとうございました♪
再びお目にかかれて光栄です。今回も三下さん同行……という訳にはいきませんでしたが、やっぱりは最後は一緒に食事(笑)
色々能力がある(霊能系)中で、結構普通な龍之介くんは書いていて楽しかったです。
ちょこっと後味の悪い事件ですが……。
それではまたの機会にお逢いできるのを楽しみにしています。
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