コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・陰陽の都 朧>


陽の章〜火街〜前編

<オープニング>

「皆さん、火街に行って見ませんか?」
 陰陽寮の一室で月読は皆にそう言った。火街とは朧の都市の一つで鉄鋼業が盛んな場所だ。ここには巨大な製鉄所が軒を連ね、鉄製品の売買で大いに賑わっている。
「実はこのところ火街を中心に不審火と思われる出火が相次いでいるというのです。そして、その家事の現場には必ず炎に包まれた車が現れると聞きます。もしかすると妖の・・・。いえ、それは置いておくとして、見物がてら調査に行ってもらえませんか。そうそう、火街には面白いお店がありますよ。神泉というのですが、ここで扱っている武具というのがまた不思議な力を持っているんです。火街の放火に関して上手く解決できたらお礼をくれるかもしれませんよ。是非立ち寄ってみてください」
 中心街から火街までそれほど離れていない。行ってみてはどうだろうか?

(ライターより)

 難易度 普通

 予定締切時間 5/8 24:00

 今回は朧にある五つの都市の一つ火街にスポットを当ててみました。
 鉄鋼業が盛んな街だけあって職人が多くいる場所ですが、それだけに武器、防具、その他鉄に関係する様々な物が取り扱われています。見物したりお土産を買うのもいいかもしれません。
 ちなみに月読の話に出ていた車とは、今の自動車のことではなく馬車や牛車の車輪に使われているもののことです。神泉で取り扱っているものは秘密ですが、特殊な力を秘めた一品のようです。見物することをお薦めします。
 依頼に関してですが、調査のみに徹するか、それとも犯人を捕まえるかどちらかを選んでください。ちなみに掴まえる場合確実に戦闘が起きることと、街中ですので派手な事はできないことに留意いただけると幸いです。
 それではお客様のご参加を心よりお待ちいたします。  

<火街>

 陰陽の都市朧には、火の場、水の場など風水によってその地で最も強く働く五行の属性に基づき、その力を用いた産業を発達した五つの都市が存在する。その内の一つ火街は、金街で採掘された鉄や銀などを加工し、武具や焼き物、包丁などの刃物や鍋に至る日用雑貨までが幅広く作られ販売されている。街の賑わいは中心街を除けば五つの街の中で最も賑わっていると言えるだろう。
 陰陽寮で出された依頼「最近火街で起こっている放火についての調査」のため、火街に来た者たちの中で守崎兄弟は武具屋「弥生武具取扱店」に訪れていた。
「兄貴、これ見ろよ。結構よさそうじゃないか」
 弟である守崎北斗は、現代の日本では中々見かけられなくなったはちがねを見つけて喜んだ。はちがねとは額部分に金属が縫いこまれてる鉢巻きのような防具のことである。その藍色の瞳は、面白い防具が見られたことで
「北斗・・・」
「お、こいつも悪くないなぁ」
 見た目より軽く作られた手甲を手にとり、考え込む北斗。高校生ではあるが、忍者としての顔を持つ彼としては防具に関して色々と考えるところがあった。忍びの仕事とは単に斬り合いをするだけでなく、諜報や、潜入など多岐に渡る。そのような任務では、防具の丈夫さは勿論の事、動きの邪魔にならない軽さも重要なポイントとなるのだ。そういう意味で、はちがねや手甲は興味がそそられるものなのである。
「兄貴どうしたんだよ。そんなとこに突っ立ってさ。結構いいモノ揃ってるぜ」
「・・・北斗、俺達はここに買い物じゃなくて調査に来た筈だが?」
 調査そっちのけで武具の品定めをしている弟に、兄である啓斗はため息をついた。だがなんと、彼は目にも鮮やかな牡丹の柄の女着物を纏い、髪には簪まで挿しているではないか。
「いいじゃんか。こんなの東京じゃ滅多にお目にかかれないぜ。それに兄貴、女装して調査するんなら言葉づかいも女らしくしたほうがいいんじゃないのか?」
「余計なお世話だ」
 そう、彼は調査のために女装していたのである。ほっそりとした女顔でぶっきらぼうな口調さえ改めれば十分十代の女の子で通る姿をしている。若草色の瞳も相まって可憐な大和撫子を演じることもできるほどの容姿である。
「とにかく、今は調査が先だ。現場に聞き込みに行くぞ」
「え〜!?俺、もうちょっと俺ここで武具見たいな。兄貴一人で言って来いよ」
「北斗。雑巾がけしたいか?それとも的になるか?」
 啓斗は極上の笑みを浮かべて弟に問いかけた。だが、こめかみの部分はひくついている。相当に怒っている証拠である。この状態の兄に逆らうとどんな目に合わされるか分からない。北斗はお手上げ状態で降参した。
「わぁ〜た。わぁ〜たよ。行きゃいいんだろ」
「そうだ。元はと言えばお前がここに来たいと言い出したのが原因だろう。仕事はちゃんとしろ」
 そういって店の出口に向う兄の後ろ姿を見ながら、幾ら野郎から聞き出せない情報があるからといって着物を着て女装するのか。やはり女装趣味なのでは。そう思う北斗であった。

<神泉>

 火街は鉄鋼業の盛んな街である。金街で発掘された金属をここで鍛え加工する。出来た商品は中心街など様々な場所な都市に納品され販売される。勿論ここで直接販売されることもあるのだが、ここでしか販売されない特殊な物がある。
 宝貝である。
 元々は仙人たちが用いる秘密兵器の総称であるが、それを一般の人間にも使用できるように作成したのである。しかし幾ら一般化したといっても強力な術の力が付与されていることは変わりなく、並の人間が扱うには危険が伴う。さらに材料も特殊な鉱物を用いるので非常に高価な値段がつき店に出回ることはほとんど無い。陰陽寮などを介してごく一部で用いられているのみだ。
 火街でたった一件だけ、その宝貝を作り販売している店。それが神泉である。火街の外れにあるこじんまりとした石造りの店で、隣の工房と繋がっている。店内には所狭しにその宝貝が置かれていた。だがその形たるや千差万別。刀に槍に棒。さらには衣や玉や何に使うのかさっぱり分からない道具まで置かれている。
 それを見て、不満そうな顔をしているのは薄紫がかった銀髪の髪をした少女であった。鉄製の武具を探しにきたのだが、生憎神泉にはその手の武具はほとんど置かれていない。
「なんで鉄の武器が無いんですの?ここは鍛冶屋じゃないわけ?」
「・・・鉄は使わん。ここで使うのは神鋼だ」
「しんこう?」
 むっつりと無愛想な顔で答えた店主の答えに、聞きなれない言葉があったのを聞いて尋ね返す少女雫宮月乃。陰陽師の家の生まれだけあってやはり術に関係しそうな事には興味があるらしい。
「神鋼とは北は蓬莱山で産出される金属の事だ。術の力を帯びやすく錆びない。しかも軽い。加工はしにくいがな」
 店主泰堂は言葉少なげにそう答えると、また炉にくべてあった神鋼の塊を鍛え始める。短くかった黒髪に日々の作業でで引き締まった体。三十代あたりの精悍そうな面構えで作務衣を着たまさに職人風の男である。
「ふ〜ん・・・」
 だが、鉄でなければ舐めても血の味はしない。残念ながら当てが外れたらしい。逆に対照的なのが四人の男女である。興味津々と言った様子で宝貝を手に取っている。
「これが宝貝いうんか。なんやおもろいなぁ」
 机に置かれた剣を見ているのは小柄な金髪の少年だ。翠玉のような瞳を好奇心できらきらと輝かせている。猫の使い魔であるイーブル・ブラッドとという。
「坊主。そいつは不用意にかざすと火を噴くぞ」
「いい!?」
 慌てて剣から手を離すイーブル。確かによく見てみると、柄のあたりに炎の模様が施され燃え盛る炎のような気を感じなくも無い。
「砂山さん・・・」
「名前で呼んでいただけますか?」
 此方では紺色の髪をした大学生今野篤旗が、意中の人である砂山優姫にここで偶然逢ってしまいしどろもどろになりながら話をしている。いや、偶然というのは間違いかもしれない。彼は妹に呼び出され火街に訪れ、砂山は従姉妹に呼び出され同じここを訪れていた。恐らく二人で共謀して奥手な二人を何とか接近させようと企んだのであろう。
「で、では優姫ちゃん」
「はい?」
「あの、その何か欲しいものあるか・・・」
 シャイで女性が苦手な今野は顔を真っ赤にしながら横合いの彼女に問うた。
「え〜と、その・・・」
「なんやデートみたいやね」
 自分で言ったことに照れて茹蛸のように赤くなる今野。砂山も流石に恥ずかしそうに顔を伏せた。
「若いっていいわねぇ」
 クスクスと笑い声を上げたのは亜麻色の髪をした女性だった。眼鏡をかけて、二人と同年代くらいに見える彼女の名は守屋ミドリ。図書館で司書をしている彼女と今野は受験生時代からの知り合いである。
「さてと、そろそろ依頼に取り掛かったほうがいいんじゃないのかしら。一応依頼を受けてここにきているわけだし」
「そ、そうやな。そろそろ調査にかからへんと・・・」
 何とか話題が反れてほっとしている今野を見て、イーブルが堪えきれずに笑みがこぼれるが今野に睨まれてなんとか真顔に戻る。それでも口のあたりが笑いで歪んでいるが。
「確か、放火の現場では火につつまれた車が目撃されているということですが、これは私、火車という妖怪なんじゃないかと思っているの」
「私もそう思います。確か火車は死者を攫いに現れるものでしたよね」
 守屋の考えに砂山が同意を示した。陰陽寮の月読は言葉を濁していたが彼も火車と言いかけていた。やはり今回の事件は妖の存在が関与しているのであろうか。
「でも、それだけで犯人が妖怪だって決め付けるのはどうやろな?もしかしたら人間がやってることかもしれへんで?」
「そうね。これはあくまで推論であって確証がないわ。やっぱり調査してそれから行動したほうがいいでしょう。現場の調査と、目撃者探し、それに現在の状況・・・。色々調べることがあるわね」
「手分けして探そか。二手に分かれたほうがええんとちゃうか?」
 今野の提案により、事件現場の調査に彼と砂山、聞き込み等は守屋とイーブルが担当することになった。他にも依頼を受けた者がいるので、事件現場などで出会うことがあれば陰陽寮で預かった式神「萱鼠」を使って連絡を取り合うことも決めた。
「よし、ほんなら行こうか」
 まだほんのり顔を赤くしながら今野は砂山を促した。
「ぼちぼちやろか」
「そうね」
 イーブルと守屋はあくまでマイペースに調査をするつもりのようだ。四人が店を出ようとすると、店主と栗毛色の髪をした男が話し合っている声が聞こえてきた。
「なぁ、おっさん。中々面白いもん扱ってるじゃねぇか。こいつは幾らだ?」
 七色の羽で作られた美しい扇子を手にして問うたのはフリージャーナリストの花房翠。最近開通したばかりの界境線に陰陽と風水が用いられた都市朧。不思議好きのジャーナリスト魂に火がついた彼は、見学がてらここに寄っていた。今手にとった扇子は彼女への土産である。できればペアのものが欲しいところだが、二つとして同じモノは作らない(あるいは作れない)とのことでこれを選んだのだ。
「・・・そいつは一千万だ」
「なるほど一千万ね・・・。って一千万だとぅ!?こんな扇子がか!?」
 法外な値段に驚きの声を上げた花房に、店主は神鋼に焼きを入れながら淡々と説明した。
「それでも安価なほうだ。そいつは五火七禽扇と言って七匹の霊鳥の羽から作り出した宝貝だ。一振りで突風や火炎を起こせるブツだが買うのか?」
「ば、馬鹿野郎!誰がこんなのに、んな金払って買うんだよ!?」
「ふ・・・。好事家は幾らでも金を払って買おうとする。作成にも数年から数十年。下手をすれば数百年を要するものもある。その中ではそれは割合簡単に作れるものだ。材料はいささか仕入れにくいがな。これでも割引してやっているんだが?」
「割引してこれかよ・・・」
 フリーのジャーナリストの安い給料ではとても手が出る類のものではない。花房は渋々ながら諦めることにした。後で町中で何か探したほうがいいだろう。宝貝は非常に高価で貴重なものである。そう認識させられた出来事であった。

<現場>

 火というものを扱う上で最も気をつけなければならないのが出火である。特に火街では火の力を呪術的に増幅しているため、一旦火事になってしまうと大惨事に発展する危険性を秘めている。だからこそ街の人間も火の扱いには十分注意し、火事がおきないよう心がけている。また木造の建築物が多い朧の中で、この都市だけは石や土など燃えにくい材質の物を建物に使い、耐火構造も施されている。それなのに、今依頼を受けた者たちの目の前に広がっている光景は、火事の凄まじさを物語るに余りあるものだった。
 十件以上もの平屋の店が焼け落ち、跡形も無くなっている。出火してから二日がたったというが未だに煙が燻り続けているところもあり、辺りは黒い瓦礫で埋め尽くされていた。
「こいつはひでぇな・・・」
 花房は炭化した店の柱を踏みつけながら呟いた。柱はそのちょっとした動作でボロボロと崩れ落ちた。完全に炭化した証拠だ。手がかりらしきものがあったとしてももう燃え尽きてしまっているかもしれない。
「・・・特に何も感じないなぁ」
 今野は不審火のあった地点の温度を確かめてみたが、既に出火から時間が経っていることもあってこれと言って温度に異常のある点は見つからなかった。
「あまり、これといった手がかりは残されていませんね」
 クールな口調でそう言ったのは砂山だった。真剣な表情で出火元と思われる場所を調べているが、ここは特に火の勢いが強かったらしく、火事の原因や犯人に結びつくような有力な手がかりを発見することはできなかった。無駄足だったのだろうか・・・。
 ふと彼女が花房に視線をやると、彼は炭化した何かを拾い上げ、瞑想し「違う」、「これは駄目だな」などと何やら怪しげな事をしている姿が目に入って来た。
「何をしているんですか?」
「あ、ああ。何か念が込められたものが無いかと思ってな」
 サイコメトリー。接触した物や人からそれを持っていた者の感情を読むことができる能力である。ただし、総てが読めるわけではなく、強い思い、念じるほどの気持ちでないと読むことはできず、また時間が経てばそれに込められていた思いも薄れていくので、現在のところこれといった感情は感じられずにいた。
 だが、おもむろに手を伸ばした小さな石ころに触れた時、彼の脳裏に突然声が聞こえてきた。
(燃えろ、総て燃えてしまえ。人間たちなど総て燃えてしまえばしまえばいい。火車よ、焼き尽くせ)
 憎しみに満ちた怨みの声。これの持ち主の姿もおぼろげながら見えてきた。全身黒い服を纏った細身の男。全身から殺気を出して、その顔は狂気の笑みに彩られている。
「ほう。こいつは・・・」
 どうやら目当てのものが見つかったようだ。花房の顔に野獣のような笑みが浮かんだ。
「何か分かりましたか?」
「こいつで火をつけたみたいだぜ、奴さんはよ」
 彼が手にした物。それは火打石であった。幾ら朧の文明がこちら側より遅れているといっても、もう火打石などほとんど使われていない。今はマッチで火をつけるのが主流だ。ましてや火を扱うことに関して最先端を行く火街で火打石など使用する者は一人もいないはずだ。
「火打石?」
「だろうな。しかし大時代的なものだな。何か意味があるのかもしれねぇけどよ」
「火をつけた人の顔、見れました?」
「ああ、はっきり見えたぜ」
 ニヤニヤと笑いながら、この火打石で火をつけるあおn男の顔は忘れられない。あまりに嫌らしい顔をしているため吐き気を催すほどである。
「じゃあ、これの出番やな」
 今野が取り出したのは一枚の呪符であった。陰陽寮で提供された式神呪符。陰陽道の奥義である式神、呪術で生命を与えた神を一般の人間でも使役できるように作られた特殊な道具である。
「え〜と、式神将来。やったけかなぁ・・・」
 陰陽寮で教わった式神開放の呪いを呟くと、呪符は光り輝き手のひらサイズの小さな鼠に変化していた。最近開発された萱鼠である。
「お、上手くできたようやな。ほな、花房はんその男の特徴教えてや。あっちに伝えるから」

<炊き出し>

 一方火事の現場に立ち会った者たちから聞き込みを行おうとしていた者は、炊き出しが行われている場所へと赴いた。幾ら火が収まったとはいえ、住む場所や店を失った者たちがすぐに立ち直れるわけではない。家財道具一式をほうり捨てて逃げ出した者が大半なのだ。そういった者たちのために市役所では炊き出しと毛布の貸し出しを行っている。また、現在中心街に仮設住宅を建設し一時的な移住場所も用意している。間もなく住宅の準備が完了するとのことで、避難してきた者たちの顔には安堵の色が伺えた。
「なるほど、燃え上がる炎の中に車の車輪が見えたのですね」
「ああ、見間違いじゃない。炎の中に車の車輪が見えたんだ・・・」
 今でも鮮明に思い出せるのか、守屋の問いに答えた男はかたをブルっと震わせると毛布を被った。これで車輪を見たという者は五人目。どうやら車輪に関しては見間違いや幻覚ではなかったようだ。となるとやはり今回の依頼の犯人、もしくは敵は予想通り火車となる。だが、腑に落ちない点があった。
「どうして火車はこんなところに現れたのかしら?」
 火車とは死人を地獄に連れていく車のことで、常に燃え盛っている牛車の車輪のような存在であるという。強欲に塗れた者を冥土に引きずり込むとも言われているが、家事を起こすなど聞いたこともない。自分たちの知っている火車とは別の火車がこの朧には存在するのであろうか。
「どうなの?何か感じない」
 腕に抱えた猫を撫でさすりながら問う守屋。
(う〜ん、これっていうのはあらへんなぁ・・・)
 脳に直接響くような、いわゆるテレパシーみたいなものが返答ととして返って来た。この声は明らかにイーブルのものである。だが、守屋の近くに金髪の少年はいない。それもそのはずで、守屋に抱かれている猫こそがイーブル本人なのである。使い魔として本性である猫の姿を取り、魂の質を探っていたのだが、ほとんどこれといった特徴の無い人間ばかりで、犯人に繋がりそうなものは見つからなかった。小回りのきく姿になったので色々と回ってみたが特に魔力を感じる場所は無かった。
「あら、あれは・・・」
 道の彼方から二人の方向へ向って走ってくる小さな動物の姿が目に入って来た。鼠である。こちらは猫を抱いているというのに、そんなものなど目に入っていないかのようにこちらへ走ってくる。
(あれが萱鼠かいな)
 呪符は預かったもののまだ使用していないので実物を見ていないが、人間や猫に近づく鼠など聞いたことがない。この鼠は式神と考えるのが普通だろう。鼠は二人の前に来ると、二足立ちになって話し始めた。
「よう、お二人はん。なんか見つかったかいな?」
「・・・ひょっとして今野君?」
「そや」
 流暢に会話は始める鼠に、さしもの二人もただただ呆気にとられるばかり。話では聞いていたが、流石に目の前で鼠が人語を話すというのはかなり違和感を感じるものである。
「と、とにかくちょっと一目のつかないところへ行きましょう。ここでは目立ちすぎるわ」
 周囲の目を気にして、声を小さくする守屋。確かに猫を抱えてた大の大人が、鼠を前にぶつぶつと会話している姿は普通の人間には奇怪なものとして映るだろう。彼女の意見は最もなものだった。猫と鼠という珍しい組み合わせの動物を連れて守屋は人のいない裏路地に入っていくのだった。

<妖>

「なるほど・・・。そういうことか」
 先ほどの黒い服を着た男の情報を聞いた守屋はしたり顔で頷いた。火車単体で事件を起こしていたのではなく、協力(あるいは操っている)者がいるという。恐らくその男が火をつけ、それを火車によっって激しく炎上させているのだろう。でなければ最初から火車が出てこないとおかしいことになる。
「後はその問題の男を捜すだけやな。俺達もそっちに向こうてるから合流しよか」
「そうね。敵がどこから現れるか分からないし・・・」
(いたで!)
 突然猫のイービルが声を上げた。
「な、何がいたのよイービル君!?」
(今話しに出とる男や。向こうの通りで火つけようとしとる。先に行くで!)
 守屋の手から飛び出して駆けていくイービル。見ると、彼が向かう先には確かに黒い服を着た細身の男が、石を手に何やら作業しているではないか。かちかちと石が打ち付けられ火花が出ている。
「ニャアア!」
 イーブルがその鋭い爪で男に襲い掛かった。
「な、なんだこの猫は!ええい、あっちに行け!」
 石を放り出して男はイーブルを手で払った。
「そこまでよ。貴方が今回火をつけた犯人であることは分かっているのよ。諦めなさい」
 遅れて駆けつけた守屋の指摘に男は明らかにたじろいだ。
「な、なぜそれを・・・。く、くそ!」
 ひとまず状況が不利と判断したのか、男は踵を返して逃げ出した。
「あ、待ちなさい!」
 慌てて追いかけようとする守屋とイービル。だが男の逃げ足は早く、このままでは先ほどの通りに逃げ出してしまう。だが、ふと男が前方を見ると自分の走る先に一人の人間が立っていることに気が付いた。着物を着ている少女のようだ
「邪魔だ!どけ!!!」
「残念だけどそうはいかないのよね」
「小娘が!」
 彼はナイフを取り出すと彼女に切りかかった。だが、少女はナイフを見てもまったく動じずにゆらりと手を伸ばす。着物の袖から何かが飛び出るのが見えた。そして・・・。
「ぐわぁぁぁぁ!」
 裏通りに響き渡る悲鳴。それは男の口から発せられたものだった。見ると彼が手にしたナイフは根元から折られ、その体には複数の裂傷が走っている。そして少女の指にはナイフ並みに鋭く伸びた爪が生じていた。それは雫宮月乃の半妖としてもって生まれた特殊能力であった。
「逃がすわけにはいかないのよね」
 血に塗れた爪を舐めながらほくそ笑む彼女。人間の姿をしていてもやはり半妖の血は抑えられない。己の力を増す血を欲する衝動。犬神を召喚してもよかったが、この程度の相手であればわざわざ召喚する必要もあるまい。身体的な能力は一般の人間と大して変わらないようだから。
 遅ればせながら、萱鼠の連絡を受けて他の仲間たちも裏路地に到着した。7人の人間と一匹に囲まれて男は逃げ場所を失った。
「く・・・」
「これまでやな。諦めて俺らと一緒に来てもらおうか」
「断る!俺にはまだなすべきことがある。貴様らなどに邪魔されてなるものか!」 
 今野の降伏勧告に、男は従わないそぶりを見せる。体中から妖気と言われる気を放ってヒトならざるものへと変貌しようとする男。だが、
「ならここでくたばるんだな!いくぜ兄貴!」
「おう!」
 それを見た守崎兄弟がその秘められた力を解放した。
「降臨せよ。理の環から外れし妖の者、そはわが目から逃れることあたわじ」
 兄啓斗の左の緑の瞳が紫に染まり、男を魂から束縛した。かれの左目、あけめやみは妖の存在を惹きつけ己が身に憑依させる。そして、
「変還せよ。この世ならざるいずこかへ旅立ち、生まれ変わらんことを。我が目の引導によりて」
 弟北斗の右の青の瞳も紫に染まり、兄の身に憑依させられた名も無き妖をこの世ならざるいずこかの次元に送り戻す。
「ば、馬鹿な・・・!使命果たさずしてこのような場所で・・・!!!も、申し訳ありませぬ、玉藻様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 男の姿は完全にその場から消えた。ひとまず事件の犯人と思われる者を倒すことには成功した。だが、火車についてはまだ不明な事が残されており、犯人の動機も解明できなかった。そして男が消え去る時に残した一言「玉藻」とは一体何であるのか。数多くの謎を残しひとまず依頼は終了するのだった。

<依頼終わりて>

 依頼が終って、依頼を受けた者たちはまちまちに帰途へ着いた。守崎兄弟は色違いのはちがねを土産に買うことにし、花房は彼女が喜びそうな簪を買うことにした。今野は他の3人と狐狗狸で打ち上げの食事をして豆餅を食い、イーブルは自分の主人のために地酒を買っていこうとしたのだが、生憎小学生のような姿が災いして売ってもらえなかった。仕方なく凝った意匠が施されている小太刀を買って、大海老天ぷらうどんをすする。砂山と守屋もそれに付き合い、釜あげうどんを食べることにした。雫宮は神泉で望みの武具を手に入れることができなかったので、結局鉄製の篭手を普通の街の店で買うことにした。こうして朧の長い一日は終わりを迎えるのだった。
  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 属性】

0568/守崎・北斗/男/17/高校生/水
    (もりさき・ほくと)
0554/守崎・啓斗/男/17/高校生/木
    (もりさき・けいと)
0523/花房・翠/男/20/フリージャーナリスト/金
    (はなぶさ・すい)
0527/今野・篤旗/男/18/大学生/金
    (いまの・あつき)
0544/イーブル・ブラッド/男/12/使い魔/火
    (いーぶる・ぶらっど)
0495/砂山・優姫/女/17/高校生/水
    (さやま・ゆうき)
0557/守屋・ミドリ/女/23/図書館司書/木
    (もりや・みどり)
0666/雫宮・月乃/女/16/犬神(白狼)使い/水
    (しずくみや・つきの)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 大変お待たせしました。
 陽の章〜火街〜前編をお届けします。
 今回は15人ものお客様にご注文いただき満員御礼の状況となりました。誠に有難うございます。人数が多いため二部構成となりましたが何卒ご了承ください。
 鉄鋼業の街「火街」で皆様はどのようなアイテムを手に入れられたのでしょう?各人色々なアイテムが手に入ったと思われますので色々とお試しください。ただ、アイテムを使う上で一つだけ御願いがあります。ただ装備するだけでなく、プレイングで何らかしらのアイテムに触れてください。そうでないと描写することが出来ない時があります。式神にしてもそうですので、アイテムを装備した時はプレイング内でどのように使用するのかお書きくださいますよ御願いします。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。