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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・陰陽の都 朧>


陽の章 火街 紅

<オープニング>

「皆さん、火街はいかがでしたか?」
 陰陽寮に着くと、月読はそう言って朧に訪れた者を迎えた。
「火街に訪れていない方もいらっしゃるようですね。一度ご覧になってみるといいですよ。面白い町ですから。まぁ、それはさておき依頼です」
 彼はそのほっそりとした指で、机に置かれた調査書類をめくり始めた。
「実は宝貝を制作している神泉という店に、何度か賊が押し入っているそうなのです。今のところご主人の泰堂さんの力で退けてはいるそうなのですが、何時まで持つことやら…。あの人は必要ないと言ったのですがやはり気がかりです。そこで皆さんには神泉で数日警備をしてもらいたいと思います」
 ちなみに神泉とは、朧の火街外れにある小さな鍛冶屋で宝貝と呼ばれる特殊な武具を作成している。どうやらそれを狙っているようなのだが…。
「ただ、あの人は頑固者ですからね。こちらが協力すると言っても素直に受け入れてもらえるかどうか…。面倒な依頼だとは思うのですがお引き受け願えませんか?」

(ライターより)

 難易度 やや難

 予定締切時間 5/27 24:00

 またもや火街での依頼となりました。
 場所は神泉という名の鍛冶屋。ここで宝貝を狙って来る賊と対峙し、宝貝を守り抜けば依頼は官僚となるのですが、物事はそう簡単に済みそうにありません。
 まず店主である泰堂が今回の警備に関して了承していません。月読の言葉にあった通りかなりの頑固者なので説得するのはかなり困難を要すると思います。勝手に警備をするという方法もありますが、これですと店の中に入れないので外で待ち受けることになります。
 また、敵の正体が皆目不明で泰堂以外あまり詳しくは知らないようです。いかに上手くこの頑固な職人を説得するかが事件解決の鍵になるかもしれません。
 それではお客様のご参加を心よりお待ち申し上げております。 

<説得…その前に>

 先日起きていた放火事件も無事解決し、火街には活気が戻っていた。町中は人であふれ、数百を越えるという鍛冶屋からは金属が打ち付けられる音が鳴り響く。
 火街は朧の北東に位置する街である。ここは火の力を増幅する結界が張られており、高熱を必要とする鉄鋼業が盛んに行われている。当然、それを生産する工房が至るところに立っておりここは別名「職人の町」と呼ばれている。
 そんな町中を歩く二人の男女がいた。二人とも歳の頃は十七、八あたりであろうか。まだ高校生ぐらいの少年少女である。少年の方は、鈍く光る青銅のようなくすんだ青い髪と瞳をしている。少女はというと幾分紫ががかった瞳が印象的で、艶やかな長い髪を風に靡かせている。
 今野篤旗と砂山優姫である。以前の依頼で、彼らは見事に放火犯を捕まえることができたのが、依頼の処理や他に仲間たちがいたため忙しく、ゆっくりと二人で買い物をする暇もなかった。そこで一念発起した今野が勇気を出して砂山を買い物に誘ったのだ。
「なぁ、優姫ちゃん。何か欲しいものないか?」
 隣を歩く今野に突然そう問われ、砂山は驚いて瞬きをした。
「え、欲しいものですか…」
「うん。なんか一つ買うたるよ」
 照れて耳まで真っ赤になる今野に対し、砂山はというとあまり表情を変えずに淡々と答える。
「でも、そんな別に欲しいものなんて……」
 本心では自分を誘ってくれた今野の気持ちが嬉しいのだが、あまり自分の感情を表に出す事が得意ではない自分がもどかしかった。今もあまり楽しそうな顔をしていないことが分かる。今野の落胆する表情が見えたからだ。
「そ、そうか……。なら、決まったら言ってや。別に急ぐ必要はないで。帰りにも寄れるしな」
「はい……」
 二人の間に気まずい雰囲気が流れる。別に問題のある会話ではなかったのだが、恋愛に不慣れな少年少女はこんなたどたどしい付き合い方しかできなかった。

<説得>

「なんで人が協力するって言ってんのに、いらないなんて言うんだ!」
「必要ない。……帰れ」
 そう言って作務衣を着た男は真っ赤になった鋼に槌を振り下ろした。
 キィィン!
 甲高い音が狭い工房内に響き渡る。
 ここは火街の外れにある工房「神泉」。今回陰陽寮より受けた依頼はここ神泉で作られている特殊武器「宝貝」を守ること。現在謎の賊に狙われているというそれを守るため、依頼を受けた者たちはしかし、噂以上の頑固者である神泉店主泰堂の「必要ない」宣言に苦戦を強いられていた。どんなにこちらが警備をする旨を伝えても首を縦に振ろうとしないのだ。夢崎英彦は先ほどから延々と繰り返されるこの問答にいい加減我慢の限界を感じていた。
「いいか、ここの商品に被害があっては、後々客となる俺が困る。賊は罪人だ。こんななりだが、こっちもプロだ。仕事を遂行する義務がある。もし俺が協力して被害が出るようであれば、慰謝料込みで全額弁償しよう」
「いらん…」
「ならせめて犯人に外観くらいは教えろ」
「関係ない奴に教える必要は無い」
「お前なぁ!」
 この調子なのである。他の者も反応こそ様々だが、いささか辟易していた。守崎北斗など、火街で買った蒼のはちがねを手にとって物を大事にすることを話し、自分の忍び道具にへのこだわりをアピールして共感を得ようとしたが、
「年季が足らん」
 の一言で切って捨てられた。
 完全に不貞腐れた彼は、
「つきあってらんねぇ」
 とばかりに、荒々しく店から出て行くと外で立ちながら警備をすることにした。正直、ここまで拒絶されてはこんな仕事など放棄したいところなのだが、兄が笑顔で告げた『失敗したら座禅四時間』宣告が脳裏をよぎり嫌々ながら警備をすることにしたのだ。
 花屋を経営している女性、秋月霞波は知人の者から聞いて今回の依頼に参加した。警護はいらないの一点張りの泰堂に、
「私を護衛と思わないで、お手伝いと思って下さい。私、お花屋さんをしてます。品物とか違ってもお店の物は子供も同然ですもの。ね、だからいいですよね」
 とアクアマリンを思わせる蒼い瞳で彼を見つめたが、
「人手は足りている」
 無碍に断られてしまった。流石にムッとしたが、ここで怒りは爆発させては意味が無いので彼女はひとまず火街に繰り出すことにした。ここに突っ立っていても追い出されてしまうかもしれないし、友人と紅茶を飲むのに合いそうなカップを土産に買いたいという考えもあった。本来陶器は土街で盛んなのだが、火街でも一部扱っている店がある。そこを覗いて時間つぶしをしてくるのもいいだろう。
 逆に、彼をマイペースに巻き込んで辟易させている者もいた。雫宮月乃は、自分が使役する犬型の式神を召喚してなんとこの店に泊めさせてくれと言い出したのだ。
「そんな場所は無い」
 と突っぱねた泰堂であるが、そんなことで引き下がる彼女ではなかった。 
「だって、ここがいいんだもの。襲撃もここ月乃が話しした事あるの泰堂さんしかいないし・・だめなの?泰堂って名前名字号?本当の名前って?」
 泰堂を質問攻めし、あげくに駄目なら外で寝るとまで言い出した。いい年をした少女が店の前で寝られてはそれこそいい迷惑である。おまけに、
「雪羅監視又は追跡に出す。買った手甲・・重いし、模様も無くて可愛くないんだもの、雪の結晶か蝶描きたい何か貸してくれない?」
 と道具まで借りようとする始末。これには泰堂も返す言葉を無くし、
「好きにしろ」
 ついにはさじを投げた。
 からめ手はからめ手でも、もっと特殊な手段を用いた者もいた。客として神泉に訪れた天薙撫子は店の商品を物色しているうちに、貧血を起こして倒れこんでしまった。無愛想な泰堂も店で病人が出てはこまるので、工房の奥で少し休むように薦めた。
 勿論、貧血などは嘘である。武道を嗜む彼女が貧血など起こすはずも無いが、正面から説得しようとしても断れるのが関の山。ならば急病人として中で休み、賊の来襲を待つほうが効率がいい。そう判断したのだ。
 泰堂が頑ななまでに協力を拒む理由。そこに目をつけた者もいた。茶髪に金の瞳、ジーンズにシャツというラフな格好で、とてもそうは見えないが有名医科大の助教授をしている神楽五樹である。だが、見た目はどうであれやはり本職は学者、原因を追求することで敵の正体を掴もうとしていた。
「なぁ、あんさんが俺らの協力を拒む理由、それって敵の正体を掴んでいるからやないか?」
「……」
 特に確証があっての発言では無い。直感で感じた事を言ってその反応を見ようとしたのである。泰堂はそれを効いてもまったく身じろぎもせず、宝貝の制作に当たっている。不可思議な薬品を混ぜ合わせ、先ほど鍛えた鋼を漬け込んだ。
「敵が狙っている宝貝って何か凄いもんなのか?」
「宝貝はどれ一つを取っても使い方次第で千や、万の兵士を越える力を発揮する。逆に使い方を誤れば単なる力の消費にしかならん。どれもが凄く、どれもが大したことはないと言えるな」
「……」
 今度は神楽が押し黙る番になった。どれもが凄く、どれもが大したことはない。それはどれが狙われているか分からないということだろうか。使い方を正確に把握していなければ使えない宝貝。それを狙う敵とは何者なのであろうか。
 そんな事を思い悩んでいる傍で、今度は湖影梦月が泰堂と話し込んでいる。
「おじ様が作った宝貝…大事に作りあげたお子様みたいなものが狙われているのでしょぅ?そんな大切なものが盗まれたらとっても悲しいと思いますわ。それに…万が一おじ様が怪我をされたら、私すごく悲しいです〜」
 目を潤ませ、しょんぼりとする湖影。意図しての行為では無く天然である。
「だからあの、私達におじ様とおじ様の宝貝を護らせて欲しいんですぅ。お願いします」
「……」
 ぺこりと頭を下げる彼女を前にして、どのようなリアクションをとれば良いのか分からなくなる泰堂。すると彼女の後ろから彼女を守護する鬼、蘇芳が姿を現しフォローに回る。
「おっさん。俺は外で勝手に警備すっけどよ。こいつてんで役立たずだから家に泊めてやってくんねぇ?」
「変な事言わないでよ蘇芳〜!すみません気にしないで下さいね」
「気にするなっておい、俺はお前のためを思ってだな・・・」
 説得を行っていたはずなのに、何時の間にか口論を始める二人。完全に蚊帳の外に置かれた泰堂は頭を抱えた。今日は訳の分からない連中ばかり来る。厄日なのであろうか…。 
「実は…依頼を請けたってなぁ、口実でアンタの仕事を見させて貰いたくて来たんだ。俺も鍛冶を生業としている身でな」
 のっそりとその巨体を現わしたのは少女遊郷であった。彼は徐に懐の差してあった刀を鞘から抜くと、泰山の前に翳した。曇り一つ無い白刃は陽光を反射して煌く。
「話を聞いていてもたってもいられなくてよ。俺の住んでる所じゃぁ、宝貝なんぞ作ってるヤツぁいねえ。仕事を見学させてもらうわけにゃいかんか?その礼と言っちゃあ何だが、アンタの仕事を邪魔するヤツを追っ払う手伝いをさせて貰うってぇことでよ?」
「……」
 泰山は無言で刀を見つめ。それから少女遊の瞳に視線を移した。鋭い眼光が少女遊を射る。だが彼はそれに怯まずに話を続ける。
「アンタ一人で十分かも知れんが手伝いがあればもっと早く仕事に戻れんだろうがよ。頼む、アンタの仕事を妨害するヤツについて聞かせてくれねえか」
「此処で新たな息吹が生まれ、そして人の手に渡って…それで更に磨かれていくんだよな」
 刀に姿を変えることのできる鬼にして、少女遊の同居人朏棗が横合いから口を挟んだ。
「俺も刀に身を変えるから。思うんだけど鍛冶場ってさ命が宿る神聖な場なんだ。生命力に満ちあふれて、活気があって、力強くて…それでいて心地いいんだ」
 鍛冶場を神聖視する朏。工房で作られるのはただの鉄の塊では無い。職人がまさしく己の魂を込めて鍛え上げる一つの生命。それを荒らそうとすることは、すなわち職人への冒涜に当たる。彼はそれが許せなかった。
「あんたの為だけじゃない。これからここで生まれて来る多くの宝貝の為に、それとあんたの生み出す宝貝を待ち望む人達の為でもあるからな。協力させてくれよ」
 棗にもジロリと遠慮の無い視線を送ると、泰堂は指を顎に当てて考え込んだ。深く瞑目する彼の口が苦笑する形に歪んだ。
「ふっ。まったく今日は厄日だな。仕事にならん」
「……」
 やはり駄目なのか。二人の顔に諦めの色が滲む。
「月読め…。よほど暇をしているな。俺のところにこんな連中を送り込んでくるとは。おい、外にいるお前ら、そんなところにいたら邪魔だ。さっさと店に入れ。寝てるあんたも仮病はもういい」
 泰堂の言葉を受けて、外にいた守崎や秋月、それに奥で狸寝入りしていた天薙も起き上がり、彼の近くへと歩み寄った。彼らを見て、泰堂は呆れ半分、興味半分といった表情で彼らを見渡す。その目は先ほどと違い好奇の色が宿っている。
「物好きな連中だな。これで拒絶してもまだ協力したいなどとは…。もう何も言わん。勝手にするがいい。ただ、店の中では暴れてくれるなよ。商品が壊れる」
「アンタの仕事を妨害するヤツについて聞かせてくれねえか」
「妖の者たちだ。より正確に言えばそいつらの親方が欲しがっているようだがな」
 妖の親方。泰堂が語る妖に関して、依頼を受けた者たちが思い浮かべられたのはたった一人しかいなかった。
 玉藻前、ただ一人しか…。

<襲撃>

 朧の夜は早い。日が沈み、辺りが闇に包まれれば仕事をしていた者たちは皆家と帰り眠りにつく。中心街ならいざ知らず、他の都市は街中に照明がほとんど無いため本当の意味での暗黒が支配する。月が出ていればまだ回りを見回すことも出来るが、今宵は生憎月はまったく出ていない。一歩外にでればほとんど何も見ることはできない。
 神泉も他の店と同様日が沈むと同時に仕事を総て完了した。ここは工房と店、さらに自宅が一つとなっているため、夜中を過ぎても明かりはついている。ましてや現在ここは何者かに狙われている。深夜であろうと明かりを絶やす事は無かった。
 泰堂の好意で食事を振舞われた依頼を受けた者たちは、しばし休息の時に入っていた。敵がいつどこから来るのかは分からないが、四六時中神経を張り詰めていては体が持たない。泰山の話では敵は皆が寝しずまった深夜、それも牛三つ時を狙って現れるとの事。それまではさほど警備に力を入れる必要は無い。そう考えたのだ。
 ところが、依頼を受けた者の中で最年少の少女がおかしな事を言い出した。
「こんな時間にお客様がいらっしゃいますわ」
「客だと?」
「まぁ、狐のお面をしている方がたくさんいますわ。今日はお祭りでもありますの、泰堂様?」
 意味不明な事を言うと彼女はころころと笑った。和泉白雪。まだ小学生の彼女は突然訳の分からない事を言い出す。あそこに幽霊がいるとか、この道具は狙われるなどその言動は不可解なものばかり。大体小学生の女の子に外泊の許可を与えるなど一体彼女の家庭はどうなっているのか。もっとも無断外泊の可能性もあるが…。
「客…、敵か」
 しかし、泰堂は真剣な顔つきになると部屋に飾ってあった刀を手にとった。店を取り囲む気配に感づいたからである。
「あの、式神で調べましょうか?」
 おずおずと申し出た砂山に泰堂は首を振った。
「いや、この夜道。夜目の聞かない式神を出しても何もみることはできん。外で待つこととしよう」
 彼は一人店の入り口に向うと、扉のかんぬきを外して外に出ようとする。
「お、おい…」
 他の者たちも慌てて彼の後を追った。彼も警備の対象となっているのに、その対象が動かれては守ることができない。
 外に出てみると、辺りは異様な空気に包まれていた。もう梅雨間近だというのに、奇妙に肌寒く、どんよりとした気配。辺りには雨が降ったわけでもないのに霧が立ちこめ、何者かがいることを感じさせた。
 やがて店のかがり火に照らし出され、夜の闇の中から現れたのは異形の者たちであった。忍者のような装束を纏い、狐の面をつけた者たち。その数はおよそ二十。神泉の周りは完全に取り囲まれる形となった。
「ふん。やはり玉藻の手の者か…」
 さして面白くもなさそうに泰堂は鼻を鳴らした。何日も前から彼の店を襲撃しているのは彼らであった。
「こりん奴らだな。数させ揃えれば俺を倒せると思ったか?」
「玉藻様の命により、貴様と宝貝は頂戴する…」
 仮面の奥からくぐもった声が聞こえてくる。まだ朧に来て日が浅く、玉藻の名を知らぬ神楽は泰山に問うた。
「なんなんや、あいつら?」
「玉藻に使える妖の者、妖狐衆。下っ端の連中だ」
「こいつらが宝貝を狙っているのか…」
 妖狐衆は背中に括り付けてある刀を抜くと、油断無く構えた。通常の刀より幾分小ぶりな忍者等と呼ばれる代物である。相対するように、依頼を受けた者たちも各々の武器を構えた。
 一触即発の空気が場を支配する。
「キェェェェェ!」
 奇声を上げて狐面の者が切りかかってきた。狙いは砂山。何の武器も持たない少女故に組みし易いと思ったのであろう。慌てて今野が彼女の前に進み出た。
「はやく僕の後ろに下がりや!」
「は、はい!」
 彼女が後ろに下がるのを確認すると、彼は手にした一枚の符を放つ。それは陰陽寮で作成される式神呪符と呼ばれるものであった。
「式神招来!」
 今野の声に応え、空中に放たれた符は一瞬白い光に包まれたかと思うと、三つの黒い塊となって向かい来る狐面の者に襲い掛かった。全身を黒い羽毛に包まれた三羽烏。だが、その鴉は足が三本あった。八咫鴉と呼ばれる式神である。
 八咫鴉はその鋭い嘴と爪を持って攻撃を加える。攻撃力こそそれほど高くないが、当たればとにかく痛い。しかも動きが俊敏なため回避するのも難しい。頭を抱えて狐面の者は逃げ出した。
「はぁぁぁぁ!」
 同じく八咫鴉を使いながらも、天薙はそれに妖斬鋼糸を組み合わせて敵の動きを束縛した。鋼糸とは鋼を細い糸のように薄く加工した武器で、その細い見た目から考えられないほどの強度と切れ味を誇る。天薙の指に操られ、変幻自在に動く鋼糸から逃れるのは至難の業だが、八咫鴉の援護を加えることにより回避を完全に防ぐことに成功した。次々と鋼糸に包まれ身動きがとれなくなる妖狐衆。
 血というトリッキーなものを扱う者たちもいた。
「血の流れよ、私に従いなさい」
 液体を操る能力を持つ秋月は、敵の体内に流れる血液の動きを止めるという手段を用いた。
「う…うう…?」
 狐面の者たちはたちまち膝を崩して、地に倒れ付した。いかに妖の者といえど生物は生物。あらゆる生命体は血液、もしくは体液の循環によって体を動かしている。その流れが止まればどうなるのか。生命活動が停止するのである。
 血を扱うもう一人の者は夢崎であった。彼は以前火街に来た際に買い揃えた苦無と呼ばれる、手のひらサイズの担当を投げつけた。勿論投擲の技術がそれほど高くない夢崎のこと、その一撃は敵の手にした刀によりあっさりと防がれる。
「ふん、こんな一撃など…ぐあぁぁ!?」
 しかし、苦無を弾いた片手に猛烈な痛みを感じて狐面の者は悲鳴を上げた。みれば苦無の刃は外れているものの、その柄から飛び出たどす黒く赤い棘がその物の手を貫いているではないか。
「油断したな。俺の攻撃から逃れる術はない」
 してやったりといった表情でニヤリと笑う夢崎。自分の体液を自在に操れる彼は、あらかじめ血液をビンに詰めて、苦無の柄に塗っておいたのだ。こうしておけば、その血液を操り、もう一本の刃を生み出すことができる。結果は上々だった。
 仲間たちが様々な技を繰り出し翻弄する中で、特に目立っていたのが朏と神楽であった。朏の放った電撃が閃光となって闇を切り裂き、神楽の手の先から生み出された紅蓮の炎は妖狐衆の体を灼いた。
「わはははは!賊なんてひとひねりや!」
「弱ぇんだよてめぇらは!」
 彼らの周りは黒こげになった死体が何体も倒れている。まさに破壊の権化という名が相応しい。
 少女遊と蘇芳といった力で押すタイプの者は、その圧倒的な力から繰り出される退魔刀と拳によって、文字通り力ずくで敵を叩きのめす。
「おらぁ!」
 グシャアア!
「ぎゃぁぁああ!」
 丸太のような豪腕から繰り出された拳で鳩尾を突かれ、哀れな狐面の者は数メートル後方まで吹っ飛ばされた。地面に叩きつけられ、その者はピクリとも動かなくなった。先ほどの音からもあばら骨を砕き内臓を破裂させたのだろう。恐るべき力である。 
 彼らの活躍によって、二十人はいた妖狐衆は何時の間にか泰堂と対峙している者一人を残して、総て戦闘不能状態に陥っている。彼も泰堂の一撃により自分の刀が砕かれていた。
「ここまでだな。帰って玉藻に伝えろ。宝貝は持ち主を選ぶ。無理に奪ったところで真の力は発揮できんとな」
「く…」
 仮面の下でくやしそうに臍を噛んだ彼は、見を翻し逃げ出そうとした。だが、その前に守崎が立ちふさがる。
「おっと逃がさないぜ。親父はどうだか知らねぇが俺はお前に聞きたいことがあるからな」
「どけ!」
 荒々しく掴みかかってくる狐面の者の手を、身軽な動作で横に飛んでかわすとその無防備な足に払いをかけた。忍者としての修行を積んでいる彼にとって、彼の動きは非常に鈍重に感じられた。
 見事に足を払われ倒れる狐面の者の背中を踏みつけると、守崎は問うた。
「さてと、じゃ色々と聞かせてもらおうか。なんでここの宝貝を狙ったとかな」
「無念。玉藻様お許しを!」
 仮面の中から何かを噛み切る音がした。途端にその体から力が抜ける。
「お、おい!」
 守崎は慌てて抱き起こしたが、既に時遅く狐面の者は事切れていた。そしてさらさらと体が砂のように崩れ出し、それもやがて風に撒かれいずこかへと飛び散っていく。
 倒れ付している他の者たちの体も同じように崩れ落ちていく。
「こ、こいつら自殺しやがった…」
「彼らにとって玉藻は絶対。おめおめ生き恥を晒すくらいなら死を選ぶ。そういう連中だ。故に逃がしてやったのだが仕方あるまい…」
 崩れ落ち、霞にように消え去った彼らの残骸である狐の面を見つめる泰堂の顔には、どこか憂いげな哀愁の色が漂っていた。

 秋月は仕事が終ってから改めて紅茶に合いそうなカップを探すことにした。しかし、朧は彼女が住んでいる現代日本より一世紀半以上昔の日本の文化レベル。紅茶自体があまりポピュラーでは無く、抹茶や緑茶などが主流でティーカップを扱っている店は無かった。
 ただし、ある店の者の話では陶芸が盛んな土街ならば最新の陶磁器も扱っているかもしれないとのことである。
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 属性】

0696/秋月・霞波/女/21/自営業/水
    (あきづき・かなみ)
0527/今野・篤旗/男/18/大学生/金
    (いまの・あつき)
0666/雫宮・月乃/女/16/犬神(白狼)使い/女
    (しずくみや・つきの)
0555/夢崎・英彦/男/16/探究者/金
    (むざき・ひでひこ)
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)/金
    (あまなぎ・なでしこ)
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶/火
    (たかなし・あきら)
0495/砂山・優姫/女/17/高校生/水
    (さやま・ゆうき)
0703/神楽・五樹/男/29/大学助教授/火
    (かぐら・いつき)
0684/湖影・梦月/女/14/中学生/木
    (こかげ・むつき)
0545/朏・棗/男/797/鬼/金
    (みかづき・なつめ)
0568/守崎・北斗/男/17/高校生/水
    (もりさき・ほくと)
0725/和泉・白雪/女/11/小学生/金
    (いずみ・しらゆき)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 陽の章 火街 紅をお届けいたします。
 今回は泰堂の説得が功を奏し、無事神泉の宝貝を守りぬくことができました。よって依頼は大成功です。
 おめでとうございます!
 宝貝を狙う玉藻ですが、これで引き下がるとは思えません。果たしてこれからどうなっていくのか…。ご期待してお待ちいただければと思います。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望。ご不満等ございましたらお気軽にテラコンより私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ作品に反映させていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って…。