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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 人との間で(後編)

 荷台で揺られながら、智は目を開いた。
「うっ……」
 車の振動が傷に響く。
 ほのかに甘い匂いがする。気を失ったふりをしたまま、智は周囲を伺った。
 木製の檻の中に、白虎が押し込められている。流れ出した血は檻の底を濡らし、荷台の床にも滴っている。
 檻の横に、覆面をした男が数名立っている。この男たちが、智や千里たちをここに引きずり込んだのだろう。
 そして恐らく、あのライフルのようなもので自分たちを狙撃したのも。
 千里はすぐ横に倒れている。気を失っているようだ。一臣の姿はなかった。
 とにかく、動くのは到着してからでないとどうにもならないようだ。
 智は目を閉じた。
 少しでも休んでおかなければ、動けなくなる。
 だが、実際これだけの傷で動けるものかどうか。
 智は内心で小さなため息をついた。
 
 千里に揺り起こされ、智は顔を上げた。
 どうやら目的地に着いたらしい。喫煙所の中に放り込まれたようだ。
「着いたか」
 ふぅと息をつき、起きあがる。
 激痛が走った。
 脇腹を押さえ、うずくまる。
「マスター……」
 千里が泣きそうな声を出した。
 笑顔を見せようと思って顔を上げると、千里の身体が白い光る糸に包まれているのが見える。光は千里の身体を包み込み、繭のように丸くしてしまう。
 ぴしりと中央部が避け、中から看護婦姿の千里が現れた。
 同時に、空中から救急箱が降ってくる。千里はそれをうけとめ――
「しまったーっ」
 智の前でへなへなと座り込み、頭を抱えた。
「ごめんね、マスター。看護婦さんじゃ傷は治してあげられないみたいっ。ごめんね、ごめんねー!」
 ぐすぐすと泣きべそをかく。
 智ははふぅとため息をつき、手を差し出した。
「応急処置なら出来るんだろう? まずは動けるようにしてもらいたいな」

×

 ただの民間人だと思われたのか、持ち物のチェックさえされていないらしい。
 甘い部分もある、か。
 智はデザートイーグルを取り出すと、グリップでドアノブをたたき壊した。
 ずしりとした重みが手に馴染んでいる。銃の域を超えた、大砲とさえ呼ばれる銃だ。作りも無骨で、着やせする智が扱えるものには到底見えぬらしい。
 虚勢を張って強い振りをするよりも、弱い振りをした方がやりやすいことは沢山ある。智はそれを過去、随分と学んだものだ。
 廊下に出ると、空気が淀んでいるのが判った。
 何か、固形物が口から侵入しようとしてくるような気分の悪さがある。廊下に淀んだ空気が逃げ場を求めて、智の身体に侵入しようとしているとさえ思える。
 気分の悪さを千里に悟られないようにしながら歩くというのはかなりの苦痛だ。しかし、二人してぐったりしていても自体は好転しない。
 人の声を聞きつけ、智は足を止めた。千里にも止まるように指示し、声の聞こえてきたドアに近づく。
 そこも喫煙室のようだった。
 男性二人が雑談をしている。もしかすると、智たちを見張っているように言われた人間かも知れない。
 二人は虎を二階に運ばされて非常に疲れたとしきりにぼやいていた。エレベータを使えばいいのに、と上司をこき下ろしているようだ。
 手慣れている雰囲気だった。こうして華のような獣を頻繁に運び込まされているのかも知れない。
「エリザベス様、またあの虎を殺しちまったりしないだろうな」
「今回は二匹いるからいいんじゃないのか。片方居ればいいって決定したみたいだしな。まあ死体を運ぶのがまた俺たちでないことを祈るだけだ」
「そうそう、クローンの雄より雌の方がいいと思ってらっしゃるみたいだぜ。だから本当に殺しちまうかもな」
 智は千里を手招いた。
「二人は二階にいるようだ。一階上ろう」
 千里はうんうんと頷く。
「早く助けた方がいいな――雌の方が研究対象に向くようなら、雄は殺しても構わないという結論が出たらしい」
「えっ」
 千里は低く悲鳴を上げる。
 智は千里の口を押さえた。
「行こう」

×

 檻に入れられた華はぐったりとしていた。
 一臣も頭がくらくらするのを感じる。華が入れられている檻は木製で、その木からもの凄く気持ちの悪い臭いがするのだ。車酔いに似た気分の悪さだった。
 一臣は椅子に縛り付けられていた。それも、かなり太く強い縄でだ。
 目の前に、大きな胸をした女性が立っている。金髪に緑の瞳。外国人だった。
 一臣の周りで、白衣を着た男たちがせわしなく動いている。大部分は日本人のようだった。髪が黒い。
 一人が一臣の腕を取り、注射針を突き刺す。一臣はじっと耐えた。反対側の腕にも注射針を刺される。何かを注射された。
 金髪の女性は、それを冷ややかな眼差しで見ている。
「照合にはどれくらいかかって?」
 居丈高に、一人に問いかける。呼びかけられた男は、「急いで一週間ほど」と答えた。女性は頷く。
「雌の方、採取終わりました」
「至急解析を始めなさい」
 周囲が更にあわただしくなる。一臣はじっと女性を見つめた。
「坊や」
 女性が一歩一臣に近づく。
「初めて虎になった気分はどう? もう一回、虎になれそうかしら。坊やが進んで虎に変身してくれて、大人しく私たちに従うというのなら、あまり乱暴なことはしないわ」
 冷たい瞳だった。は虫類を思わせる。一臣は視線をそらし、華を見た。
「その雌虎と一緒にしておいてあげてもいいわ。でも、お前がNoといえば、どちらかは不要だから殺すしかない」
 ふふふ。唇の端だけを持ち上げて笑う。
 指先で、一臣の顎を撫でる。長い爪が、かりかりと皮膚を引っ掻いた。ベージュ色のマニキュアが塗ってある。
「どちらもいやです」
 一臣は首を振る。
 女性の平手が頬に当たった。
「選択権はないの。従うか、従わないか。もう、この身体は坊やの自由になんてならないのだから」
 もう一度、平手が頬に炸裂する。激痛と共に、口の中に血の味が広がった。
 容赦がない。
 一臣は黙って平手を受け続ける。最後の方では、それは拳になっていた。
 女性は一臣の顎を掴み、上向かせる。
「強情ね、ハンサムが台無しだわ。少しずつじわじわと苦痛を与えて、私の足下にはいつくばらせてあげようかしら」
 ダンッとドアが開かれたのはその時だった。
 
 ×
 
「一臣ちゃんっ!」
 千里が、智が蹴り開けたドアから中へ飛び込む。
 部屋の中には金髪の女が一人。それから、檻に入れられてぐったりとしている華。椅子に縛り付けられ、鼻血を出している一臣がいた。
「あら。一般民間人ではなかったようね」
 女はそれでも余裕という態度だった。腰に手を当て、居丈高に智たちを睨みつける。
「千里」
 智は千里の背中を押す。
 銃口を女に向けた。
 自分たちの誘拐の指揮をとっていた女だ。声で判る。
 千里は一臣たちに向けて走り出した。鮮やかな赤い光が千里の身体を包み込む。
 繭の中から、レオタードに似た衣装を着た千里が飛び出す。黒いブーツに赤い上着、首には黒いチョーカー。
 アニメヒロインのようだった。
 千里が一臣の椅子へたどり着く。
 女が振り返った。
 引き金を引く。
 銃声が響き、女のつま先数センチのところに銃弾がめり込む。
 女は硬直した。
「一臣ちゃん!」
 千里が手に持った細い剣を一閃させる。
 一臣を縛り付けていた縄が切れて床に落ちた。
 千里は一臣を従え、今度は檻に向かう。天井部分を切り離し、遠くに蹴り飛ばした。
「華ちゃん!」
 呼びかける。巨大な虎が、のっそりと起きあがった。
 跳躍する。
 いかん、と智は女に呼びかけようとした。
 だが、華の方が一瞬早い。
 虎の牙が、女の頭部をむしり取った。
 ぐるるっ。
 獰猛なうなり声が響く。華の目は怒りに燃えていた。
 口腔から、ぽたぽたと脳漿と血が滴る。
 大量の血を天井まで吹き上げ、女の身体がどうっと倒れた。
「脱出するぞ」
 智は一同に呼びかけた。

×

 廊下は赤い光で満たされていた。ブーンブーンと胸の悪くなる警報が鳴り響いている。壁全体が脈打っているように見えた。気分の悪さは更に酷くなる。
 智は必死に吐き気を堪えた。
 三人と一匹はその廊下を駆け抜ける。階段を下り、重たい鉄扉を開いた。
 外の空気が流れ込んでくる。智は全員が扉から出ると、それを閉めた。
「あれ、ナニ!?」
 千里が声を上げる。
 空を指さした。
 研究所の、窓という窓が砕け散っていた。悲鳴と怒号が聞こえてくる。
 割られた窓から、鎧を着た兵士たちが大量になだれ込んでいるのだ。それも、空から続々と舞い降りてきて。
「とにかく、逃げよう」
 智は言う。一同は頷き、広い駐車場を一気に走り抜けた。
 フェンスを乗り越える。
 脇腹と太腿に激痛が走るが、止まるわけにはいかない。
 振り返ると、兵を指揮しているらしい三人組が見えた。
 筋骨逞しい男性三人だった。古風な鎧を身につけているが、日本のものではなさそうだった。血のように赤い馬に跨った男性は、髭が腹の辺りまである。巨大な槍のような武器を構えていた。
「カンローヤって、何? ハナ?」
 一臣が華に問いかける。
 カンロウヤ――関老爺……
「関老爺か」
 智は呆然と呟いた。
「何、カンローヤって。マスター」
 千里が智の袖を引っ張る。
「三国志に出てくる三兄弟の次兄、関羽・雲長のことだよ。日本の平将門のようなものかな。中国の道教の神様だ。正しくは関帝かな」
 華が甲高い声で吼えた。
 見れば、屋上からヘリが一機、飛び立とうとしている。千里が息をのんだ。
 見えていないのか、ヘリはまっすぐに三人組の方へ発進する。
「ぶつかっちゃうっ」
 千里が悲鳴を上げる。
 髭の長い男が、槍のような武器を横たえた。
 赤い馬が夜空を駆ける。
 ヘリは真っ二つに断ち割られ、ぐらりと大きく傾き──
「まずいっ」
 智は千里たちを抱きかかえ、地に伏せる。華もすぐに伏せた。
 轟音。
 強い熱風が吹き付け、千里が悲鳴を上げた。
 
 ×

 店に下りてきた千里に、智は声をかけた。
「おはよう、お寝坊さん」
 智はカウンターの中から声をかける。寝癖の着いた千里は、目も少し腫れぼったいようだ。よく眠れなかったのかも知れない。
 カウンター席には、すでに一臣と華が座っている。
 一臣には甘いココアにホイップクリームを添えて出し、華には匂いの薄い緑茶を出した。一臣はちまちまと暖かいココアを飲んでいる。
 華も、少しだけお茶に手をつけていた。
 丁度、智の分のコーヒーが出来たところだ。
「何がいい?」
「おまかせ」
 千里は常連の口調をまねして言う。
 ふらふらと一臣の横に座った。
 智は自分と同じコーヒーにミルクを入れ、シナモンを足して出す。
「うーーーーー。目が覚めるゥ」
 千里が唸った。。
 くすくすと一臣が笑う。千里がぐりぐりと彼の頭を撫でた。
「草間興信所に連絡はするのかい」
 智は自分の分のコーヒーをすすりながら問いかける。
 千里は少し考え込むような仕草をした。
「マスター、病院行かなくて平気?」
 話をそらしたいようだ。
「普通の病院に行ったらダメだろうから、知り合いにこっそり診て貰うよ」
「ダメなの?」
「喧嘩は保険がきかないし、銃跡は通報する義務が医者にあるんだ。まあ銃跡はないけどね。普通の医者じゃ、どうしてこんな怪我をするんだって詮索される」
「虎を助けようとしましたって、言うとか」
「はは」
 智は小さく笑った。
 千里がちらちらと一臣たちを見る。
 華が立ち上がった。
 一臣も慌てて椅子から降りる。
 華はすたすたとドアに向かって歩いていく。
「行く、って言ってます」
 一臣は華を追いかける。
 智はカウンターから出た。
 華がドアを開く。
 朝の日差しが飛び込んでくる。眩しかった。

 ポーチの向こうに、燃えるように赤い馬が、いた。
「わーっ」
 千里が店の外へ飛び出す。
 智も後を追った。
 ポーチから出たところに、炎のようなたてがみをもった美しい馬がいた。
 その横には、髭の長い男性が立っている。
 関帝──。
 両脇には、馬の手綱を握った二人の男性が控えている。
 関平と周倉か。
 中華街などにある関羽廟に、並んで入れられている人物たちだった。関羽の養子が青年の方で、青黒い顔をした男は部下だった筈だ。
「迎えに来た」
 関帝は短くそう言う。華が頭を下げた。
「おぬしたち。ファンと一臣を助けてくれたこと、礼を言う。儂がこいつらを、故郷の地まで送っていく」
「は、はい」
 千里はぽかんと口を開けたまま、こくこくと頷いている。
「報酬は二回分、草間殿から受け取るがよい」
 関平が華に手を伸ばし、馬の上に押し上げる。自分も馬に跨り、華を抱いた。
 きりりとした青年に、鋭い目つきの華はよく似合う。
 関帝が一臣に手を伸ばす。一臣はくるりと千里と智を振り返った。
「お世話になりました」
 丁寧に頭を下げる。
「千里さんと智さんのことは忘れません。ボク、頑張ってちゃんとした虎人になります」
 千里が一臣に飛びつく。
 柔らかい髪に頬をすり寄せた。
「手紙書いてねっ。私も書くよ。絶対、絶対だから。一人前になったら遊びに来てね。待ってるから!」
 一臣は頷く。
 その頭に、智がぽんと手を載せた。
 
 飛び去る三頭の馬を、千里はいつまでも見送っていた。
 智は腕時計に目を落とす。
「千里ちゃん、今から仕込みをしよう。超特急でやれば、開店に間に合う」
「えーっ、臨時休業じゃないの?」
「ここにいるんだから開けるんだ。さ、シャワーを浴びて着替えておいで。急いでだ」
 智はほらほらと千里を店内に押し戻す。
 千里はぶーぶー言いながら、それでもさっさと奥へ向かう。
 智は太腿をぱしりと叩き、気合いを入れた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0074 / 風見・璃音 / 女性 / 150 / フリーター(継続)
 0165 / 月見里・千里 / 女性 / 16 / 女子高校生(継続)
 0281 / 深山・智 / 男性 / 42 / 喫茶店「深山」のマスター(継続)
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター(継続)
 0284 / 荒祇・天禪 / 男性 / 980 / 会社会長(継続)
 0606 / レイベル・ラブ / 女性 / 395 / ストリートドクター(継続)

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。後編です。
 原稿自体は出来上がっていたのですが、いろいろ問題が起きまして(笑)
 登場人物横の継続は、前後編ご参加されたかた、新規は後編のみの方です。
 ほとんどの方が継続してくださったので、ほっと一息。
 継続参加者様にはオプションを設定したのがよかったのでしょうか?
 続編ものをやるときは、この形で行こうと思います。

 最後に、次回から依頼は周防きさこ改め和泉基浦で出させていただきます。
 よろしくお願いします。
 早ければ本日中に新しい依頼を公開しておりますので、そちらもご覧ください。
 前後編ともにありがとうございました。
 またの機会がありましたら、よろしくお願いします。  きさこ。