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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 人との間で(後編)

 草間からのメールを読み終わると同時に、携帯電話の画面は着信画面に切り替わる。
 借金取りからだ。
 レイベル・ラブはうんざりしながら電話を取った。
 草間興信所に登録して大分経つが、この仕事のいいところはレイベルのような住所不特定の者でもエントリー出来るように、携帯電話などのEメールにも情報を配信しているところだ。反応も素早く、金払いもいい。金額はずば抜けて高いというわけではないが、依頼が終わればすぐに金を手にすることが出来る。これは魅力だった。
――仕事がある。やるか。
 レイベルは鼻先でせせら笑った。
「内容を言ってから聞け」
――いいだろう。ある研究所を破壊することが目的だ。キリスト教の一派で、かなり好戦的な教義を持つ組織だ。神のために最終戦争を起こすことを目的としているらしい。そこの研究所に妖魔が多数捕らわれている。妖魔の生死はどうでもいい、資料と開発された武器の破壊。これが仕事だ。
「へえ。その研究所の場所は」
 レイベルは草間から送られてきたメールの文面を思い出しながら考える。
――東京都だ。
「それは、今朝のニュースで騒いでる事件と何か関係ある?」
――何の話だ。
 ないのか。
 レイベルは唇を尖らせる。
 世の中には似たような仕事が同時に舞い込むということもあるのだろうか。ふん、とレイベルは鼻で笑う。
「残念ながら、今日は忙しい。明日もその仕事が残っていたら回してくれ」
――レイベル!
「どうせ到底返せる額じゃないんだ。気長にやるよ」
 レイベルは電話を切った。
 どうせ返せぬ借金の取り立てに頭を下げていてもしょうがない。
 ならば、同じような仕事でもキライでない奴からの仕事を受けた方がいいに決まっているのだ。
 
 ×
 
「保護するのは楓一臣少年10歳。今朝起きた都内の一家惨殺事件の唯一の生き残りだ。報道ではすでに死んだことになっている。現在、東京都あきる野市にある研究所に拉致されているという情報がある。一臣少年は必ず生きて連れて帰ること。死亡の場合は失敗と見なす。必要経費は後ほど請求してくれれば全額払う。
 一臣少年は現在ファンという名の女性とおり、エージェントがすでに二名救出に向かっている。ああ、決してエントリーが遅かったわけじゃない。その二名は先発隊なんだ。この仕事はちょっと複雑でな。
 質問は」
 草間は茶も出さずに一息に説明する。
 資料をレイベルの前に置いた。
 レイベルは資料を摘み、ぱらぱらと目を通す。癖のない黒髪の大人しそうな少年が写っている写真が何枚もある。10歳という年齢からはやや大人びた雰囲気を漂わせている。その瞳はどこまでも澄んでいる。だが、少しばかり覇気がない。
「報酬は」
 草間はぱちぱちと電卓を叩き、文字盤の部分をレイベルにみせる。悪くない額だったが、これもどうせ九割方借金取りに取られてしまうのだ。
「よし、報酬はいらない。その代わり、これから書くモノを買って欲しい」
「またその手か」
「取られるばかりの人生なんでね」
 くすりと草間が笑う。
「今度からは俺もそれを見習うとしよう」

×

 レイベルはタクシーの中で足をのばし、窓の外に流れていく景色を見た。
 手の中に、草間から渡されたクレジットカードがある。名義は見知らぬ女性の名だ。必要経費を事後請求すると借金取りに奪われるレイベルを哀れんで、草間が貸してくれたものだ。費用は全てこれで払えばいい。
 ありがたいことだ、とレイベルは思う。これだけの対応をすれば、一流のエージェントだって握っておけるだろう。
 裏を返せば、これしきのこともしない事務所も多いと言うことだ。様々な興信所や探偵事務所を転々として副業としてきたレイベルは、もう当分登録場所を変える気はない。
 新宿からあきる野市まで、高速を使って二時間足らずほどだった。かなり遠い。一般道を使えばもっとかかるだろう。
 レイベルはカードで精算をすませた。
 真っ白な建物が並んでいる。夕日を浴びて、まるで血を垂らされたショートケーキだとレイベルは思った。
 ショートケーキ。そんないいもの、半年くらい食ってないな。
 通用門には守衛の姿がある。
 レイベルは研究所の周りをぐるりと回った。
 低いエンジン音が響く。レイベルは草の影に身体を隠す。
 大型のトレーラーが、通用門から入ろうとしている。助手席に金髪の男が乗っていた。
 トレーラーの天井部に、黄色い菱形のマークがある。建物に印刷されているのも同じものだ。この研究所が輸送に使っているものなのだろう。
 トレーラーは運良くレイベルが潜んでいるところに近い建物に用があるらしい。ゆっくりと駐車場の中を走り、停止した。
 トレーラーの中から、男が五人ほど下りてくる。木製の檻を三人がかりで運び込もうとしているようだ。
 中には白い虎が居る。レイベルは膝が土に汚れるのも構わず、四つんばいになってトレーラーに近づいた。
 虎に続いて、目隠しをされた少年が引きずりおろされる。両手足を戒められている。黒い髪が見えた。背も低く、まだ子供に見える。
 あれかな。
 顔の半分までが目隠しで覆われているので定かではないが、あれが楓一臣少年だという可能性は高い。
 下りたのはそれだけだった。
 中央の建物に一人と一匹が運び込まれると、トレーラーはまたゆっくりと駐車場を回り、通用門から出て行く。
 守衛がトレーラーに気を取られている隙に、レイベルはフェンスを越えた。
 一気に走る。
 中央の建物の入り口まで近づく。
 任務の完了は今日中と指定された。下調べの時間もない。
 レイベルはメスを構える。このまま奪取し、逃げるしかない。
――あ。アシのことを考えてなかったな。
 まあいいか。抱えて走れば済む。子供一人なのだ。
 レイベルは入り口のドアを蹴破った。

×

 中には、武装した男たちが控えていた。ライフルに似た妙な形の銃を構えている。
 レイベルはいっきに距離を詰め、一人からそのライフルもどきを奪い取った。
 銃底で殴り飛ばす。
 殴られた男が吹っ飛び、壁にぶち当たる。
 血反吐を吐きながら、床にくずおれた。
 ライフルもどきを構え、撃つ。
 ぱんっと銀色の光が散る。
 銅色をした細かな刃が、標的の身体を切り刻む。
「これは面白い」
 レイベルは廊下に出てきた男たちを次々とライフルもどきで撃っていった。死にはしないようだが、見た目の割に傷は深いらしい。殆どものもが、命中した後は動けなくなっている。
 もう一挺を奪い、近づいてくる者は皆撃った。間に合わなかった者は殴る。
 警報が鳴り響いた。
 反応が悪い。
 獣くさい場所を探し、鼻をひくつかせながら進む。先ほどの虎と少年が一緒におろされたのだから、まだ一緒に運ばれている可能性が高い。
 階段を駆け上ると、踊り場のところで虎を運んでいる部隊と遭遇した。
 撃つ。
 男たちは次々と倒れる。虎が咆吼した。流れ弾が当たったらしい。
 虎に用はない。
「おい」
 レイベルはまだ息のある男の顔を蹴りつけた。
 患者でなければ、傷つこうが死のうが関係ない。
「男の子を連れて来ただろう。ドコへやった」
「と、虎の子か……」
「虎の子供じゃない。人間の男の子だバカめが」
 レイベルは男の頬を踏みつける。
 奥歯が折れる音がした。
「ドコだ。早く喋れ、腫れて喋れなくなる前に」
「た、助けてくれ」
「時間を無駄にさせるな。私は急いでいる」
 今度は額を蹴りつける。
 男は血を吐き出しながら、この上だと言った。
 レイベルはとどめとばかりに男の顎を蹴り飛ばす。
 階段を駆け上がった。
 四階。
 一番手近なドアを蹴り破る。
 外れ。
 次。
 また外れ。
 次。
 三つ目のドアを蹴破ると、銃を構えた男が立っていた。滑稽なくらいのへっぴり腰である。
 足下に、目隠しを取られた少年が転がっている。ビンゴ。やはり一臣少年だ。
「し、侵入者だなっ」
「声が裏返ってるぞ」
 レイベルはライフルもどきを男に向けた。
  金髪の男だ。やせっぽちな上に、彫りが深いくせに目が細い。貧相という言葉が似合う男になるために日夜努力すればこうなれるかもしれない。
「撃ってみろ。この変なヤツは命中精度が恐ろしく低いぞ。お前の方が、先に私を倒せるかもな」
「は、はったりかましやがって」
「はったりというのは逆のことを言うんだバカめが」
 男はがくがく震え、床に転がされている一臣少年を抱き上げる。
「セコいぞ。そんな小さい子を盾にするのか」
「ううう、うるさいっ。勝てばいいんだ勝てば」
「ほう、勝てるのか。やってみろ」
「ううう、うるさいっ。スティンガー02-4-customをこっちへ投げるんだっ思い切りだ」
「スティ……? ああこのライフルもどきか。長い名前だな。スティンガーゼロツーカスタム?」
「スティンガー・ゼロツー・フォー・カスタムだっ」
「ああそうか。それで投げればいいのか。ドコへ」
「俺の方へ投げろ。あ、いや、窓の外だ窓の外ッ」
 窓ね、とレイベルは頷く。ライフルもどきの銃口から手を話した。
「そうだ。銃投げたら、私はお前に飛びかかるぞ。ちゃんと銃口を向けておいた方がいいんじゃないのか」
「へ? あ、ああそうだな。うん、Thanks」
「いやいやどういたしまして。ちゃんと狙えよ。ところでお前、名前は」
 銃口をレイベルに向けた男がきょとんと首を傾げる。
「ドッチェだ」
「顔も面白いが名前も面白いな。ほら」
 レイベルはライフルもどきを投げた。
 男の頭めがけて。
 命中。
 男は脳髄を割られ、そのまま窓まで吹っ飛ぶ。
 ガラスをぶち破り、四階下の地面へと落下していく。
 少年が座り込んだ。
「楓一臣だな」
「はい」
 少年はしっかりと頷く。レイベルは上機嫌でうんうんと頷いた。
「お前を助けに来た。よし、帰るか」
「え? あ、ありがとうございます。あの……」
「なんだ」
「下にいる虎、一緒に助けて貰えませんか」
 ……さっき流れ弾に当てて結構苦しませたが、まあ飼い主がいるなら噛んで来たりはしないだろうな。
「いいだろう」
 レイベルはどんと胸を叩いた。
 
×

 クライアントが草間に砂金の袋を渡すのを、レイベルは椅子に座ってぼうっと眺めていた。
 他人の金を欲しいと思わなくなって久しい。飢えても死ぬだけで、どうせもう一度復活するのだ。飢えたら飢えただ。
 そう思っているものの、町医者などという因果な商売をやっていると、負債ばかりがかさむ。だがそれがどう足掻いても返せない金額になった時、レイベルはそれをすっぱりと諦めた。
 取られるなら取られたでいい。草間のような、話の分かる男のところで副業を持てばいいだけのことなのだ。
 レイベルは必要なものを残らず紙に書き付け、クレジットカードを添えて草間に渡した。
 クライアントは虎から変じた美人一人と一臣少年を連れて事務所から出て行く。
「レイベル」
「なんだ」
「研究資料は見てきたか」
「見てない」
「場合によっては滅却と言わなかったか」
「ああ、忘れていた」
「研究所は」
「さらわれた子供が一人奪い返されただけで、あとは兵士が何人も死んだくらいだ。存続するんじゃないのか」
「……そうか」
 草間は沈黙し、胸ポケットから煙草を取り出した。
「どんな研究所だった?」
「白くて四角くて、夕日が映って一部が赤くなっていたな」
「いや、そういう意味ではなくて」
 ふぅ、と草間はため息をついた。
「そうだな、うん。俺のおごりでショートケーキでも食べに行くか、今から」
「賛成」
 レイベルはさっと挙手した。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0074 / 風見・璃音 / 女性 / 150 / フリーター(継続)
 0165 / 月見里・千里 / 女性 / 16 / 女子高校生(継続)
 0281 / 深山・智 / 男性 / 42 / 喫茶店「深山」のマスター(継続)
 0599 / 黒月・焔 / 男性 / 27 / バーのマスター(継続)
 0284 / 荒祇・天禪 / 男性 / 980 / 会社会長(継続)
 0606 / レイベル・ラブ / 女性 / 395 / ストリートドクター(継続)

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。後編です。
 原稿自体は出来上がっていたのですが、いろいろ問題が起きまして(笑)
 登場人物横の継続は、前後編ご参加されたかた、新規は後編のみの方です。
 ほとんどの方が継続してくださったので、ほっと一息。
 継続参加者様にはオプションを設定したのがよかったのでしょうか?
 続編ものをやるときは、この形で行こうと思います。

 最後に、次回から依頼は周防きさこ改め和泉基浦で出させていただきます。
 よろしくお願いします。
 早ければ本日中に新しい依頼を公開しておりますので、そちらもご覧ください。
 前後編ともにありがとうございました。
 またの機会がありましたら、よろしくお願いします。  きさこ。