コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


DeadEnd Train

------<オープニング>--------------------------------------

 深夜、三時。
 踏み切りが動き出す。警報の音はしない。静かに遮断機がおり、赤いランプが一定のリズムで明滅する。
 重たい音を立て、列車が踏み切りに近づいてくる。
 ほんのりと青白い光を放っている。オレンジ色の車体は薄汚れ、雨の後を走りぬけてきたようだ。
 電車が、踏切を通り過ぎる。突風が吹いた。
 この時間、この線路の上を走る予定の電車などはない。そしてここは高田馬場。
 シルバーにグリーンのラインが入った山手線の車両しか、この上を走る筈はないのだ。
 
======
 山手線の線路上を、幽霊電車が走っているという噂がある。この幽霊電車が走るようになってから、山手線の車内で「眼に見えない痴漢」にあうという被害も続出している。
 今回の任務は幽霊列車の破壊である。
(以下略)
 草間興信所 草間
======

 JR山手線「渋谷駅」――。
 佐倉唯為はホームに到着した電車に、早足で乗り込んだ。
 七月上旬、平日の山手線車内は空いていた。ぽつぽつと立っている者がいるだけで、座席にゆったりと座ることが出来た。
 人数が少ないためか、冷房が効き過ぎている。少し寒さを感じた。
 電車が発進する。
 唯為は椅子に座って足を組み、周囲をゆっくりと見まわした。
 目に見えない痴漢――。唯為は、それを探していた。
 草間興信所から依頼書が届いたのは今朝だった。幽霊電車を破壊せよ――。あまりにそっけない文面で、指令が伝えられていた。
 深夜、山手線内を走る幽霊電車。それが現れるのと時期を同じくして、山手線内で「目に見えない痴漢」にあうという被害が続出したというのだ。あくまで参考にしろという程度のものなのかもしれないが、草間が付け加える以上あまり無関係でもないだろう。
 唯為はまず、その「目に見えない痴漢」とやらを調べることにしたのだ。
 午前中から山手線をぐるぐると回ったが、結局「目に見えない痴漢」には出会わずにここまで来ている。「目に見える痴漢」を四人ほど捕まえ、二度ほど「男も触る痴漢」に遭いはしたが、目的は達成できていない。
 デマかな。
 溜息混じりにそう考えた時、小さな悲鳴が聞こえた。
 悲鳴の方を見ると、スーツを着た女性がスカートを押さえている。苛立ったような瞳で回りを見まわしていた。
 しかし、入り口の側に立っている彼女の回りに人影はない。女性はきょとんとした顔をして、自分の尻を撫でている。
 唯為は息を呑んだ。
 鬼が、見えた。
 
 消えたり現れたりと揺らぎながら、鬼が車内を歩いている。がりがりに痩せ細った手足にはかぎ爪、腹部だけがぽっこりと膨れている。頭には長細い二本の角を生やしていた。
 目くらましの術がかけられてある。だが、術が完全でないのか、時折指先などが現れてしまうのだ。
 これが、見えない痴漢?
 唯為は立ちあがった。
 
×

 JR山手線「代々木」駅。午前3時。
 オレンジ色の古びた車体が、ホームに近づいてくる。
 電車が動いている時間では到底ない。そして本来この線路を走るのは、銀地にグリーンのラインが入った山手線の車両のはずだ。
 灯りもつけず、電車は代々木駅に近づいてくる。
 間違いない、幽霊電車だ――。
「おいでなすったな」
 橘姫貫太は呟いた。
 代々木駅のホームのあちこちに、呪符が張りつけてある。そこから赤い光が伸び、線路を塞ぐように網が出来あがっていた。
 電車はスピードも緩めずにホームへ入ってくる。
 先頭車両が網に触れた。
 赤い光が電車を包み込む。火花が飛び散る。
 電車のスピードが緩む。しかし、止まらない。
「まだ走れるか」
 貫太は手にした数枚の呪符を車両に向かって放つ。
 一直線に車両に向かった呪符が、車両のあちこちに貼りつく。爆発する。
 そこから光が伸び、網が輝きを増す。
 電車がきしんだ音を立てる。
 車輪と線路の間で火花が飛び散っている。ぎりぎりと網を絞り上げても、車両は止まらない。
 しぶとい。
 先頭車両がホームを抜ける。電車が、代々木駅から抜けようとしている。
「ちっ」
 貫太はもう一枚呪符を取りだした。最後尾の車両が、目の前を通りすぎようとしている。スピードはかなりゆるまっているが、止まらない。
 呪符が窓に張りつく。
 青白い雷がそこを中心に広がる。ガラスというガラスが砕けてゆく。
 貫太はホームから跳躍した。

 赤い網が消滅する。
 幽霊電車が、代々木駅を通過した。
 
×

 生臭い。
 車内に転がりこんだ貫太は身体を起こした。
 獣の匂いのような、濃厚な生臭さが車内を満たしている。
 飛び散ったガラスを踏みしめ、貫太は立ちあがった。
「誰じゃ」
「誰じゃ」
「誰じゃ」
 無数の声が響き渡り、貫太の回りを気配が飛びまわる。
「去れ」
「去れ」
「やかましい。姿を見せろ」
 貫太は低い声で叱咤する。
 ヒステリックな笑い声が車両に満ちた。
 空中から、長い髪が現れる。髪を振り見だした女の首が、宙に浮いていた。
 それも、無数に。
 一様に、血の抜けきったような青白い顔をしている。髪が長く、首から下はない。切断面は無残に潰れていて、刃物で切られたわけではないとすぐに判った。
 首だけの女が、貫太を取り囲んだ。
「去れ」
 首が同時に口を開き、叫ぶ。
「去るのはお前らの方だ」
 貫太は一気に車内を走りぬける。
 連結部にたどり着き、ふり返る。
 呪符を投げた。
 二枚の呪符が窓の外へと吸いこまれる。
「消えろ」
 呟く。
 雷鳴が轟き、最後尾の車体を打ちすえる。
 青白い雷光があたりに満ちる。
 目を開けた時には、後部車両は消滅していた。
「低級霊が寄り集まっているのか……これを集めているものがいるな」
 貫太は鼻をこすった。この生臭い獣の気。
「狐か犬か……大方そんなところだな」

×

「我が寝所に立ち入るはお前か」
 甲高い声が響き渡った。
 貫太はふり返る。
 車両の反対側、進行方向に男が立っていた。
 金色の豊かな髪を、鈴のついた髪止めで一つにまとめている。袖の長い白い和服を着ていた。下は白袴に、足袋。
 目の縁と唇を朱色に塗っている。ぞっとする程美しく整った――しかし、紛れもなく男性の顔立ちであった。
「お前か、この電車を走らせてるのは
 貫太は男に一歩近づく。
 むせかえるような生臭さが吹きつけてくる。
 男は袖で口元を隠し、ほほと笑った。
「いかにも」
 うなずく。
 貫太はドンと足を踏み鳴らした。
「死んでもらう。来い、冥刹皇!」
 貫太の影がどろりと濁り、色を濃くする。車内の薄暗い灯りの中にもくっきりと、黒い影が浮かび上がる。
 影から、翼が生えた。
 こうもりのような黒々とした翼が影から生える。続いて、獣の頭部が現れた。
 貫太の影から、黒い獣が飛びだす。
「やれ!」
 獣は一直線に男へと向かう。
 男が袖の先を掴み、振るう。鈴の音が、しゃらりと車内に響いた。
 冥刹皇の牙が空を噛む。
 男の姿は消え去っていた。
「消えても無駄だ」
 貫太は冥刹皇を進ませる。
「滅ぼせ。ヤツは先頭車両に居る」

×

 三車両目に貫太は進む。背後で車両がまた一つ、消滅した。
 冥刹皇が車両を掛けまわり、首の状態で飛びまわっている低級霊に食らいついている。

 貫太の横の窓ガラスが砕けた。
 
「何だ!?」
 貫太は顔を覆って声を上げる。
 異様に腹の膨れた鬼が、貫太の目の前に転がった。
 大きさは小学生ほど。痩せた手足に、腹部だけが大きく膨れている。粘土色の肌に、頭には二本の角を生やしていた。
 続けて、割れた窓から一人の青年が入ってくる。
 黒い髪を短く切った青年だった。銀色の瞳が目立つ。片手に、鞘に入れたままの日本刀を下げていた。
 鬼が起きあがり、ギイギイとうなる。
 この鬼からも、濃厚な獣の匂いがした。
「先客がいたのか」
 青年は身体についたガラスの破片を払い落とす。
「オレは佐倉唯為。あんたは」
「橘姫だ」
 貫太は短く答える。
「草間興信所から派遣されてきた者か」
「ああ。オレは昼間、山手線で『目に見えない痴漢』を探していたんだ。そこで、目くらましの術をかけられてる沢山の鬼を見つけたってワケだ」
 佐倉と名乗った青年は、それだけ言うと手から何かを投げた。
 針。
 鬼が悲鳴を上げた。
 ぐずぐずと溶け、灰色の粉となって床にわだかまった。
「こいつらが痴漢の真相だ。何かに命じられて、女の人を探してたみたいだな」
「生贄にでもするつもりか」
 貫太は溜息をつく。
 足元の灰色の粉を蹴散らした。
「元凶を片付けてしまえばいいことだがな」

×

 前から数えて二車両目が燃え上がる。
 貫太と佐倉は先頭車両に乗り込んだ。
「お前の寝所とやらは壊させてもらったぜ」
 貫太が吐き捨てる。
 視線の先に、男がいた。
 苛立ったような視線を貫太たちに向けている。
 冥刹皇が床の上を疾走する。
 男が手を差し上げる。
 グオォンッ!
 黒い獣は行く手を阻まれ、床に転がった。
 生臭さが強くなる。
 男の足元から、先ほどの鬼が大量に溢れだした。
 床を埋め尽くすほどの鬼たちが、貫太と佐倉を襲う!
「我、櫻唯威の名において命ずる! 緋櫻よ、その力を示せ!」
 佐倉が叫ぶ。
 つばと鞘を繋いでいた紐が自然にほどけてゆく。
 佐倉が刀を抜いた。
 鬼が二人に殺到する。
 佐倉の刀が、銀色の弧を描く。
 冥刹皇のほうこうが響き、鬼が噛み砕かれる。
「くっ……」
 男がうめいた。
「まだ戻らぬか」
 小さく唸る。
 佐倉が走った。
 刃がきらめく。
 黒い影が、男に迫る。
「ぐわぁっ!」
 男の悲鳴が響く。
 冥刹皇の牙が男の肩口に突き刺さる。
 佐倉の刃が、男の頬を浅く切った。
「おのれ!」
 男が絶叫する。
 血まみれの腕を振るう。佐倉と冥刹皇が弾き飛ばされる。
 佐倉は空中で体勢を建てなおし、網棚を蹴った。
 刃がきらめく。
 
 白檀の香りが漂った。
 
×

 佐倉の振るった刃が、止められていた。
 木製の扇に、刃が押さえられている。
 赤毛の少年が、男と佐倉の間に立っていた。
 狩衣をまとい、素足に高下駄といういでたちだ。赤い髪を伸ばし、雅やかに扇をかざしている。
 整った容貌は涼しげで、佐倉の刃の重みなど全く感じていないように見えた。
「くっ……!」
 佐倉が跳躍し、後じさる。
 少年がすっと横へ移動する。男をかばうような位置だった。
「童子」
 男がかすれた声を漏らした。
 立ちあがりかけ、男がぐらりと揺れる。
 少年の腕が、男の身体を支えた。
「いいことを教えてやろう。今夜、山手線の路上で作業をしている一団があるぞ」
 少年が片手で男を担ぎ上げた。
「あと5分とない。この電車、止めてみるんだな」
 男の腕から血が滴り落ちる。
 少年が扇を広げた。
 投げる。
 扇は一直線に貫太へと向かってくる。
 白壇の香り。
 貫太の前に冥刹皇が飛びだす。扇をくわえた。
 電撃が走る。
 冥刹皇は苦悶の叫びを上げ、貫太の足元に倒れた。
「冥刹皇!」
 貫太が屈む。
 辺りに黒い焦げ後が広がっている。
 少年と男の姿はかき消えていた。

×

「時間がない、脱出するぞ」
 貫太は冥刹皇を影に戻す。日本刀を鞘に戻した佐倉がうなずいた。
 鞘でガラスをたたき割る。
 佐倉が先に飛び降りた。
 貫太は呪符を車内に放つ。
 続けて自分も窓から飛びだした。
 
 砂利の上に転がる。一車両しかない電車が、轟音を立てて走りぬけてゆく。
「消えろ」
 貫太が最後の一枚の呪符を放つ。
 空中で呪符が燃え上がる。
 車両が、紅蓮の炎に包まれた。
 
×

 少年の肩の上で、男は目を覚ました。
 肩から先の感覚がない。切り裂かれた頬も熱を持ち、激しく痛んでいる。
 男は歯噛みした。
「おのれ、悔しや……!」
 うめく。
 少年は空を飛ぶのをやめ、ゆっくりと地上へ下りた。
 小さな店が並ぶ、煉瓦敷きの道へと降り立つ。
 黒いランタンが掲げられている店のドアを叩いた。
「ここで休めばいい」
 肩に抱き上げた男に囁く。
 ドアが開かれた。
「おかえり」
 中から、青年の声が響く。顔を出した。
「お客さん?」
「そう」
 少年はうなずく。青年に男を渡した。
 銀色の髪を肩まで伸ばし、片眼鏡を掛けた青年である。店の中からハーブなどの野草の匂いがした。
 
『時間旅行―Time Travel」

 店の入り口には、そう書かれていた。
 
 
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0733 / 沙倉・唯為 / 男性 / 27 / 妖狩り
 0720 / 橘姫・貫太 / 男性 / 19 / 『黒猫の寄り道』ウェイター兼・裏法術師

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
大変時間が掛かってしまいました。「DeadEndTrain」をお送り致します。
今回は募集人数が多かったので、二人一組で出番を半々くらいに分けるという書き方を取ってみました。
全編に渡り戦闘シーンになりましたが、いかがでしたでしょうか。
なお、今回登場している金髪の男性と扇の少年は、和泉基浦の他の話でも登場しているNPCです。興味をもたれましたら、是非探してみて下さいませ。

佐倉唯為さん
「名で封印」という設定が難しかったので、名前による封印解除を台詞にしてみましたが、如何でしたでしょうか。
ご意見ご感想を、お待ちしております。