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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


不審な失踪

〜オープニング〜

その男性、星野孝之(ほしの たかゆき)は、床に額をこすりつけんばかりに、頭を下げた。
「お願いします!!探して下さい!!」
「ちょっと待ってくれ」
草間興信所所長、草間武彦は、冷静に星野を見やった。
「入って来るなり、『探してくれ』って言われてもな」
人探し――――それも、急を要するもの――――を依頼する者たちの、一番一般的な行動に、草間は別段驚いた様子もなく、そう返す。
星野は、震える手で、一枚の写真を出した。
色彩が薄くなっているところを見ると、相当前のものらしい。
「俺の彼女なんです!!名前は、ジュリア・サンバーズ、アメリカ人です!!」
「アメリカ人か・・・」
今度は、さすがの草間も困ったような表情になる。
「いったいどういう経緯でいなくなったんだ?」
「実は・・・」
そう言って、星野は嗚咽まじりに事の次第を話し始めた。

彼らは付き合ってもう3年になるという。
星野は腕のいいゲームプログラマーで、家でフリーで仕事が出来るくらいであった。
彼女のジュリアは、翻訳の仕事をしていて、時々、海外に出かけていたという。
しかし、ある時を境に、ジュリアの行動に、何か不穏な気配が漂い始める。
いきなり深夜出かけたきり、数日間戻らなかったり、電話がかかってくると、外に出るか、星野を追い出すようになった。
どういうことかと彼女に問い質しても、悲しく微笑まれるだけで、一向に答えようとしなかった。
そして、その日が来た。
ジュリアは、デルトゥス王国の王が、この日本に会談で来るということで、翻訳者としての仕事に出かけた。
しかし、テレビに映った国王の傍らに、彼女の姿はなかった。
彼女の部屋はきれいに片付いていて、いつでも帰って来られるようになっていたという。
「なくなったものは何一つないんです!!ただ、彼女だけが・・・」
星野は泣き崩れた。
「デルトゥス国王の帰国は、3日後だったな。それが過ぎたら、戻って来るんじゃないのか?」
草間は、新聞の記事で情報を確かめながら、星野に言った。
「多分、彼女は戻って来ません・・・」
「どうして?」
妙に確信を持って言い切る星野に、草間は問い返した。
「これが置いてあったんです・・・」
何か小さなものを、星野は草間に見せた。
「髪・・・?」
「彼女の髪です・・・一房だけ・・・」
金色の髪が、紙に包まれて入っていた。
草間は、嫌な予感がし始めていた。
「他に情報は?」
「あります!これです!」
ごそごそとバッグの中から、星野は一枚の紙を出した。
そこには、10桁の数字の羅列があった。
「一度、彼女の携帯の履歴を盗み見たことがあるんです・・・この、たったひとつの番号しかありませんでした」
「かけたのか?」
「はい、もちろん!でも、早口の英語で、さっぱり分からなくて・・・」
そのメモを受け取り、草間は星野に言った。
「分かった。依頼を受けよう」
星野は、ぱあっと顔を輝かせると、また床に土下座した。
「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!!」
そうして、星野は何度も頭を下げ、帰って行った。
草間は、メモを机の上に置き、所内の全員に向かって言った。
「聞いての通りだ。誰か、この依頼を担当してくれ。まずは、このジュリアって女性を探すこと、見つけたら、あの依頼者の許に戻る気があるのか、確かめてくれ。嫌な予感がするんだ。急いで探してくれ。頼んだぞ」
草間の言葉に、頷き、席を立った者がいた――――

〜能力者たちは、集う〜

一番に立ち上がったのは、宮小路皇騎(みやこうじ こうき)である。
彼は、大学の帰りに、たまたま草間のところに立ち寄った。
漆黒の闇のような瞳と髪が印象的な、すっきりした美丈夫である。
全身に漂う、やや特殊な神気は、彼の雰囲気を一層謎めいたものにしていた。
「草間さん、私が行きます」
丁寧に、かつ冷静な口調で、彼は草間に言った。
「調べられることは、ここで調べてから向かいます。・・・どうやら、事は一刻を争う、そんな感じがしますね」
「ああ、俺は普通の人間だがね」
草間は、ここで扱われる、特殊な事件の数々を振り返り、苦い顔で言った。
「だが、第六感ってやつは、誰にだってある。それが、『こいつはタイムリミットがある』って告げてくるんだ」
「分かりました。早速、調査に入ります」
彼は、バッグから、いつも持ち歩いている、ウェアラブルPCを出した。
それを横目に見ながら、草間のデスクに近付いて来た人物がいた。
フリージャーナリストの、花房翠(はなぶさ すい)である。
「よう、草間。久々だな」
「何だ、来てたのか」
「ちょうど星野さんだっけか、話の最中だったから、口をはさむのも何かと思ってな」
ニヒルな笑みを唇に浮かべ、翠は草間の机の上にある一房の髪を見た。
「ちょっとコイツ、貸してくれねえか?うまくいけば、何か見えるかもしれねえ」
「ああ、手掛かりだからな、使えるもんは何でも使ってくれ」
草間は、包んだ紙ごと、それを翠の手に渡した。
それから、先程の電話番号もメモして、手渡す。
それらを、丁寧に胸のポケットに入れ、翠は、黒い双眸を草間にひたと向けた。
「あと、必ず見つけだすし、連絡も入れる。だから何があっても、星野さんに待っててくれって伝えてくれ」
「分かった。伝えておく」
草間は頷いた。
決して、誰かとつるむような翠ではないことは、草間も十分承知していた。
だが、おそらく、時間がないことは、翠にも分かっているのだろう、自分から、彼は皇騎に声をかけた。
「おい、そこの兄さん」
「私ですか?」
皇騎は、静かに顔を上げた。
「何か分かったら、俺にも連絡してくれねえか?これが、ケータイの番号だ」
さらさらっと、携帯電話の番号をメモすると、翠は、皇騎に渡した。
「現地には、一緒に乗り込もうぜ」
「はい。宜しくお願い致します」
礼儀正しく、皇騎はそう応じた。
それを最後に、翠は、草間興信所を後にした。


まずは、落ち着けるところへ、移動したかった。
一番気に入っているカフェへ向かう。
この時間なら、おそらく待っているはずだ、と翠は踏んだ。
バイクを近くに無造作に停め、彼は、いつものカフェ、いつもの席へ足を向ける。
「あっ、翠ちゃん!!」
かわいらしい声が、翠を呼び留める。
カタン、と小気味いい音を立てて、その女性は立ち上がった。
赤い髪と、のんびりした優しげな雰囲気を持つ、保月真奈美(ほづき まなみ)である。
彼女は、翠の恋人であった。
軽く手を振り、自分の居場所を伝える。
翠は、すぐに真奈美に気付き、彼女のテーブルに座った。
「草間さん、元気だった?」
「ああ、元気元気」
微苦笑を浮かべて、翠は言った。
真奈美の目の前には、キャラメルマキアートが置かれている。
優しい外見どおりに、優しい味を好む真奈美らしいチョイスである。
「翠ちゃんは?何にするの?」
「俺は、ブレンド、ブラックで」
にっこり笑って、真奈美は店員を呼ぶ。
それから、翠の腕に軽く手を置き、覗き込むように見つめた。
「どうしたの?何か、困ったこと?」
「マナも、一緒に来るか?」
スッと、翠は胸元のポケットから、さっき草間から受け取った手掛かりを取り出す。
そして、簡潔に、さっきあった出来事を真奈美に伝えた。
「か、かわいそう・・・」
もう真奈美はポロポロと涙をこぼしている。
「ジュリアさん、きっとつらかったよね・・・星野さんと別れるなんて・・・」
「ああ、俺もそう思う」
「真奈美も、翠ちゃんが何にも言わずに消えちゃったら、草間さんに頼むもん・・・」
「大丈夫だよ、俺は、マナの前から消えたりしないから」
慰めるように、翠は真奈美に優しく言った。
そして、自分のハンカチで真奈美の涙をぬぐう。
「さて、どこから始めようか」
「じゃあ、真奈美は、この電話番号に電話してみる」
真奈美は、タッチセラピストとして、今、都内の小さなサロンで仕事をしている。
タッチセラピストとは、人との接触、ふれあいによって心と体を癒していく療法士のことである。
身寄りのいない真奈美には、人とのふれあいそのものが、自分自身も癒してくれると思っている。
そして、セラピーの勉強のために、イギリスに留学までしてしまったのだ。
だから、英語には自信があった。
「少しくらい、早口でも、真奈美には大丈夫。何とか、必要なことは聞き出してみるね?」
「じゃあ、俺は、これから、少し情報を得てみるか」
翠は、金色の髪を、包みからそっと出した。
それを見て、真奈美は椅子から立った。
「外で、電話してくるね」
自分の白い携帯電話を片手に、真奈美は翠に笑顔を見せて、店を出て行った。
その間に、と翠は、すべての雑念を払った。
フリージャーナリスト、花房翠の能力――――それは、サイコメトリーである。
サイコメトリーとは、人や物の残された思いを読み取る力である。
すうっと、周りから、一切の音が消えた。
目を閉じ、手に持った髪から、思念を読み取る。
心に流れてくる、さまざまな映像、音、そして、感情。
しかし、そこには、何か、無意識の意識まで制御している、凄まじいまでの圧力が感じられた。
(いったい、このジュリアさんってのは、何者なんだ・・・?!)
フラッシュバックされた記憶の中から、それでも多くの情報を得た翠は、ひとつ吐息した。
何かがおかしい。
この失踪の裏には、とてつもない事件が控えていそうな気がした。
「・・・翠ちゃん?」
「あ、マナ・・・」
青い顔をしていたのだろう、真奈美が心配そうに自分を見ている。
無理に笑って、彼女に安心するように言う。
真奈美は何も言わずに、優しく翠に触れ、その感情を、包み込むように癒していく。
ようやく、翠の顔から、苦痛が消えたので、真奈美は自分が得た情報を伝えた。
「この電話番号の相手ね、ちょっと変だったの」
さら、と肩に髪が流れる。
真奈美は小首を傾げた。
「あのね〜、かけた瞬間にね、切られちゃったの。その時に一言だけ聞こえたんだけど、『計画がバレたのか?!』って、誰かに言ってたのよ」
「『計画』・・・?」
やはり、草間の勘は当たっていたようだ。
翠も、嫌な予感がし始めていた。
「マナ、サイコメトリーで分かったことがあるんだ」
ガタン、と翠は立ち上がった。
「新聞を買ってから、空港へ向かおう!!」
「う、うん・・・!」
ふたりは、カフェの前のコンビニで今日の新聞を買い、バイクで成田空港へ向かった。

〜最大の手掛かり〜

皇騎は、静かに目を閉じた。
彼の能力は、ネットワークダイブ、すなわち、精神感応により、ネットワーク上の情報をハックする術に長けていた。
どんな情報も、彼の前では、無防備な状態で晒されていた。
それが、たとえ、厳重に暗号化され、ファイアーウォールで守られていようとも。
ヘッドセットをし、彼はゆっくりとネットの世界へ、自らを沈めていった。
極彩色のシャワーと、数字の羅列、あらゆる言語とデジタルな音、そして、雷撃のような煌き。
心地よいほどの、電脳の嵐の中で、彼は必要な情報へとたどり着いた。
擬似の自分を、ふわりとその情報源へと降ろし、彼は色とりどりのケーブルを引き抜いた。
あくまで、電脳の世界での、イメージである。
どんなものでも、視覚、聴覚、感覚で、現像化できるのだ。
そこから飛来した、莫大な情報が、直接に彼の脳を侵し始める。
その中で。
彼は、恐ろしい情報を見つけ出した。
彼女が残した、電話番号。
それは、転送され、アメリカ本国へとつながっていたのだ。
そして、その先とは。
皇騎は、この事件の裏に隠された、秘密の一端に触れた、と思った。
しかし、さすがに、人種のるつぼ、アメリカである。
ネット上に、悪辣な罠を仕掛ける能力者が、アメリカにはいるのだろう。
彼でも、それ以上は入り込めなかった。
能力的に、不可能な訳ではない。
ただ、「人」としての感覚を持っている者には、それ以上は、危険な領域だったのだ。
切り替えの早い皇騎は、別の視点からのアプローチを試みた。
デルトゥス王国――――それは、中東の一角を占める、未だ王政を行っている、小さな小さな国であった。
石油と、大量の貴石の産出で知られるその国は、国際政治上も、大きな地位を占めていた。
最近見つかった油田は、何と、全世界の産出量の、約100年分をまかなうにふさわしい大きさを持ち、その周りには、まだ発掘されていない油田がいくつもあるとの、学者の見解が発表されたばかりである。
しかし、最近アメリカとは、政治的、経済的な問題の双方で、衝突していた。
元々、現国王の見解は、いろいろな意味で、先進諸国とぶつかり合っていた。
しかし、近年、その傾向は更に顕著になり、とうとうアメリカと、戦争状態になるのではないかと噂されている。
今回、現国王は、経済上の理由だけで、この日本にやって来た。
アメリカを出し抜き、単独で、日本との交易を行う構えを取っていたのだ。
もちろん、アメリカが、手をこまねいて見ている訳はなかった。
それを悟った現国王は、日本の出国を早めた。
その日は、今日、しかも、夜の8時である。
しかし、その日時の変更は、日本の上層部ですら知らされていない情報なのである。
帰りの便は、ファーリンガー707型機。
アメリカ製の、最新鋭の航空機である。
ファーリンガーは、独自のルートを持っており、主に、各国政府の常用機としての航空機を作っていた。
今回のこの707型機は、デルトゥス国王のために作られたものだという。
このファーリンガー社は、厳重すぎるほど厳重に、航空機のデータの管理をしている。
まず、そのデータが収められているサーバーは、ネットにはつながずに、スタンドアロン、すなわち、単独で稼動しているというのだ。
つまり、誰も、外部からの侵入は出来ない。
また、特殊な暗号化をかけていて、部外者は一切、そのデータの解読は出来ないという。
皇騎は、ひとまず、ファーリンガー社のデータは諦めた。
欲しい情報は十分すぎるほど、手に入ったのだ。
軽く報告書を作成して、皇騎は、草間にそれを渡した。
「まだ未確認の情報が何点かあります。それに、デルトゥス国王が発つのは、今夜です。ジュリアさんに接触できる可能性があるとすれば、それはこの時だけだと思います」
「そうだな。それ以外に接点はなさそうだ」
草間は、報告書を読みながら、答える。
さっと、椅子の背にかけたジャケットを羽織り、皇騎はPCをしまった。
「さっそく成田に向かいます。花房さんとは、空港で合流します」
「ああ、頼んだ」
ゆっくり頷き、皇騎も、草間興信所を後にした。

〜到達点〜

携帯電話をパタンと折りたたみ、皇騎はまっすぐに成田を目指した。
どうやら、翠も、同じ結末にたどり着いたようだ。
もう既に、翠は、成田に到着しているという。
「それでもな、俺は、大して、情報らしい情報は、手に入れてねえんだ。分かったことは後で話す」
翠は、正直に、皇騎にそう告げた。
そういうところが、翠らしいと言えば翠らしい。
皇騎は、そんな翠に好感を持った。
草間興信所からは、車で2時間、高速を飛ばしての時間である。
かなりのスピードで走ってはいるが、着くのはおそらく5時を回るだろう。
そうして、高速を東へ走ること、約2時間。
皇騎は、成田空港へ到着した。
第二ターミナルの1階から、3階へとエスカレーターで上り、出国ロビーの待合所のソファに座っていた翠と真奈美と合流する。
「遅くなってすみませんでした」
皇騎は、ふたりを見つけるや否や、頭を下げた。
真奈美が、にっこり笑って、皇騎に言った。
「大丈夫よ〜、真奈美たちも、空港の中、見て回ってたし〜」
「心配いらねえよ。ところで、お互いが集めた情報の交換と行こうぜ」
何しろ、と翠は、苦い顔で続けた。
「出発時刻が迫ってるからな」
「そちらも、その情報に・・・」
「ああ。こっちはあくまで、ジュリアさんの持ち物としての情報だけどな」
ひとまず、三人は、近くの喫茶店に腰を落ち着けた。
「まず、俺たちから行こうか」
翠は、手短に、真奈美と自分が得た情報を、皇騎に告げた。
「・・・てのが、概要だ。だが、俺たちが手に入れた情報で、重要なものがある」
「何ですか?」
指を組んで、翠は告げた。
「・・・ジュリアさんは、もう戻る気はねえ」
「どうしてですか?」
「今回のこの事件は、どうも、個人レベルの話じゃねえってことだ。彼女の命に、すべての計画の成功が乗せられてる。彼女の覚悟は相当なもんだ。もちろん、本人に会ったら、説得してみるつもりだけどな」
それと、と翠は付け足した。
「彼女の意識に、焼きついて離れねえのに、全然その内情の伝わって来ねえものが、ひとつだけあるんだ」
「それは?」
「『飛行機』なんだ」
「・・・『飛行機』?」
皇騎は、少なからず驚いた。
自分が先程集めた、ファーリンガー社の航空機についての情報、それと、どこかで繋がっているのかも知れない。
「これで、俺たちの方は全部だ。皇騎さん、あんたの方は?」
促され、皇騎も、分かりやすく説明を施しながら、自分の持っている情報を告げた。
「私の得た情報は、それが概要です」
「じゃあ、国家レベルの問題になってるってことか・・・」
「ええ。それと、私が調べた情報では、実は」
皇騎は、ふっとメモを取り出した。
「電話番号の先は、ここでした」
翠と真奈美は、そのメモを覗き込み、はっと息を飲んだ。
そこに書かれていた、三文字のアルファベット――――「CIA」。
「まさか、はは・・・」
翠は、思わず乾いた笑いでもって答えた。
それでは、この事件の本当の狙いは、いったい何なのだろう?
「これはあくまで想像ですが」
そう前置いて、皇騎は話し始めた。
「おそらく、デルトゥス国王の乗る、ファーリンガー707型機に、ジュリアさんが乗り込んでいる可能性が高いでしょう。それも、乗客としてではなく、乗員として。どんな形で入り込んでいるのかまでは、考えられませんが」
「その飛行機に、接触できる方法はないのかよ?」
「ありますよ、ひとつだけ」
静かに、皇騎は言った。
翠と真奈美は、真剣に、皇騎の次の言葉を待った。
「・・・管制塔を乗っ取れば、可能です」
――――彼らに、選択の余地はなかった。


〜出会いと、そして〜

管制塔を制するまでに、そう時間はかからなかった。
厳重な電子ロックは、皇騎がハッキングして、内側から解除させた。
中にいたスタッフは、翠と皇騎のふたりでまとめて気絶させておく。
起きた時に暴れないよう、真奈美が気絶したスタッフたちに、触れながら安堵を与えておいた。
「管制塔の操作なんて、俺には無理だ」
無数に見える機械の塊に、翠は根を上げた。
さっとその前に座り込み、皇騎は軽々と操作し始める。
「人にはそれぞれ、専門分野というものがあります。花房さんには、花房さんの、私には、私の」
冷静に、皇騎はそう言い、あっという間に、制御下に置いてしまった。
そして、問題のファーリンガー707型機につなぐ。
コックピットの情景が、管制塔のモニターに映し出された。
しかし、そこには誰もいない。
「どういうことだ・・・?」
翠は首をひねった。
その瞬間。
ガガガ、と妙な機械音がして、画面に人が映し出された。
金色の髪と、気丈そうな緑色の目、そして、赤い唇。
「ジュリアさん!!」
サイコメトリーの際に、何度も見た、ジュリアその人に、翠は思わず声を出していた。
『私の邪魔をしに来たのね・・・あなた方は、どこの組織の人間?ロシア?それともイギリス?』
剣呑な口調。
ジュリアは三人を睨みまわした。
「そうじゃないの〜!」
真奈美は、モニターの前まで走って来た。
「星野さんに頼まれてきました〜。星野さんはジュリアさんを待ってますよ〜?帰ってあげないんですか〜っ?」
『タカユキの?』
ジュリアの瞳が、ほんの少し揺れた。
翠が、真奈美の隣りに立った。
「まったくのヤマカンだけど、あんたヤバい何かにまきこまれてて、星野さんをそっから遠ざけたかったとか?アイツ、必死だったぜ。あんたのこと探すのに、興信所かけこんでさ。星野さんだけじゃない、俺達も何か力になるぜ。ここまできたんだ。いまさら関係ナシってことはないだろ。な☆」
努めて明るく、翠は言った。
皇騎も、立ち上がった。
「後戻りは出来ないのですか?星野さんは、あなたを待っていますよ。私たちで手伝えることなら、喜んで協力しますから」
ジュリアは、微笑んだ。
それは、何かを覚悟した微笑だった。
『ありがとう。タカユキのために、あなたたちはここまで来たのね。彼に伝えて。ごめんなさい、と』
「ジュリアさん!!」
『もう、戻れないわ。だって、私は』
ジュリアの微笑みが、更に悲しみに彩られた。
『ジュリア・サンバーズは、もうこの世にはいないんですもの』
「何だって・・・?」
三人は、驚いたまま、沈黙した。
一度だけ、目を伏せ、ジュリアは、驚くべき告白を始めた。
『このファーリンガー707型機は、パイロットがいないの。すべて、自動制御で飛ぶわ。あらゆる状況に、臨機応変に対処が出来るよう、設計されているのよ』
「そんなことは、物理的に不可能です・・・!」
皇騎は、ジュリアに反論した。
「どんな状況が起きたとしても、最終的に取るべき手段を決めるのは、人間です。機械がすべてに対応できるとは思いません。だからこそ、これだけ機械化が進みながら、人間のパイロットは依然として、コックピットを制するのでしょう?」
『そう、最終的な判断も下せるのが、人間・・・その通りよ』
ジュリアの笑みは、変わらない。
それを見て、皇騎は、恐ろしい結論にたどり着いた。
「まさか・・・」
『気付いたようね』
「ど、どういうことだよ?!」
翠は、機械については詳しくなかった。
真奈美も、分からない、と表情で告げていた。
「・・・ジュリアさん、あなたという人は・・・」
皇騎は、拳を叩きつけた。
「そんなことをして、悲しむ人がいるということに、どうして思い至らないのですか!!」
『それが、タカユキに会う前から決められていた、私の運命だからよ』
ジュリアは悲しそうに目を伏せている。
翠は、皇騎に詰め寄った。
「訳がわかんねえんだよ!説明してくれ!」
「・・・ジュリアさんは、自分の脳を、707型機に取り付けたのです・・・」
「な、んだって・・・」
真奈美は、目を見開いて、翠にしがみついた。
「そんなバカなことって・・・」
『バカなこと・・・?それが、私の生まれた国への貢献よ。私の脳は、この707型機に取り付けられている・・・脳が生きているから、私をこうやって、映像化することも出来る。たとえ、四肢はなくなってもね』
「アンタは・・・アンタは、とんでもねえバカヤローだ!!」
翠は、真奈美を支えながら、画面のジュリアを怒鳴りつけた。
「何が祖国への貢献だよ?!自分が道具に使われたのが、わかんねえのかよ?!」
『・・・分かっていたわ』
ポツリとジュリアは言った。
『それは、分かっていたのよ。だから、タカユキを巻き込みたくなかったの・・・』
「ジュリアさん・・・」
『それでもね』
決然と、ジュリアは顔を上げた。
その顔は、まるで、ドラクロワの描いた、自由の女神のように神々しかった。
『何も、残さずに死ぬのは、嫌だったの。この世に、何か、自分の生きていた証が欲しかったのよ。だから、こんな生き方を選んだ。それをバカげたことと言ってしまうのは、簡単だけれどね・・・』
翠は唇を噛んだ。
これは、ジュリアの人生において、最大の出来事なのだ。
彼女の、生きていた証になる、歴史上の事件なのだ。
だからこそ、それ以上、彼女に言うべき台詞が見つからなかった。
「ジュリアさん・・・」
真奈美が、一歩、モニターに近付いた。
「こんな形じゃなくても、ジュリアさんのことは、私たちが忘れない・・・星野さんが、血を吐くような思いで帰りを待っている、そんな価値のある女性だもの・・・」
ジュリアの目から、涙が落ちた。
それすら、もう既に、この世のものではなく、画面上の画像でしかなかった。
『・・・時間だわ』
そう言って、ジュリアは、涙をぬぐった。
『最後まで、そこにいてちょうだい。そして、タカユキに、伝えて。私の、生き様と、そして・・・』
彼女は、宙を見つめた。
まるで、そこに、星野の幻影を見ているかのように。
『そして、タカユキを愛していた、と・・・』
「・・・絶対に」
翠は、頷いた。
皇騎も、頷く。
「必ず、伝えます」
まるで花のように、ジュリアは微笑んだ。
それを最後に、画面の電源は切れた。
三人は、何も出来なかった。
彼女を救うことも、星野の許に彼女を連れて帰ることも。
「それでもね」
真奈美は、滑走路を走り出す707型機を見つめながら、言った。
「最後まで、彼女はひとりじゃないもの・・・」
ゆっくりと加速していく707型機。
やがて、機首が上がり、スーッと空へと飛び立つ。
それが、小さくなり、点になる。
彼らの視界から、その点が消えた、その瞬間。
ドオオオオオオン!!
ものすごい轟音が、彼らの耳をつんざいた。
数千の爆弾が破裂したかのような、爆音と光に、三人は思わず目を覆った。
大量の煙が、雲のように空を隠し始め、ぱらぱらと機体の残骸が、雪のように降って来た。
「これで・・・」
皇騎は、空を見上げながら、誰にともなくつぶやいた。
「ジュリアさんの願いがひとつだけ叶ったのでしょうか・・・」
「ああ」
翠も、空を見つめて、答える。
「少なくとも、歴史は書き換えられた」
その時だった。
三人の携帯電話が鳴り出した。
ほぼ同時に。
それぞれ自分の携帯電話を取り出し、彼らははっとして、画面を見つめた。
そこには――――
「ジュリアさんからだわ・・・」
メッセージが、届いていた。
『Thank you...I'm glad to see you my last moment...I wish I want to see you in another life agein...(ありがとう・・・最期にあなたたちに会えて嬉しかった・・・来世でまた会いましょう・・・)』
三人は同時に、空を見つめた。
天高く散って行った、ジュリアの崇高な魂に、安息の祈りをこめて――――

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0461/宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)】
【0523/花房・翠(はなぶさ・すい)/男/20/フリージャーナリスト】
【0633/保月・真奈美(ほづき・まなみ)/女/22/タッチセラピスト】

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■         ライター通信          ■
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初めまして!ライターの藤沢麗(ふじさわ れい)と申します。
今回は、「不審な失踪」へのご参加、ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか?
今回、依頼の完遂には至りませんでしたが、星野も、ジュリアも、運命に翻弄されたという感じでした。
しかし、今回のお三人は、非常に能力的に面白い方々で、話的にとても広がりを感じたものになりました。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

真奈美さんと翠さんは、仲が良さそうですね。
ちょっとびっくりしたのは、真奈美さんの方が年上ということでした。
実は頑固、ということでしたので、姉さん女房なんでしょうか・・・。

今後、ますます精進していきますので、ぜひ、次回もご参加をお待ちしております。
この度は、ありがとうございました。