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<PCシナリオノベル(シングル)>


さよならを、あなたに

俺がこの中之鳥島にやってきたのは、別に娯楽のためではない。
第二次世界大戦の時に製造されたという、【怨霊機】なる『負の遺産』を封滅するためだ。
俺の名は、武神一樹(たけがみ・かずき)。
都内にある骨董屋【櫻月堂】の主人にして、聖徳太子の時代から、歴史の陰で吉備の地において、人と妖の調停役を担ってきた物部氏の末裔だ。



【怨霊機】とやらを探して海岸沿いを歩いていると、前方に港が見えてきた。
沈みかかった夕日に照らされて、朱色に染まるその場所に、ひとりの少女が立っている。
一緒に島へやってきたメンバーの中には、あのような容貌の娘はいなかったはずだ。
萌葱色の浴衣をまとった、栗色の髪の少女。
顔だちや年齢は似ても似つかないが、何故か、東京に残してきた女性を思いださせた。
俺が少女の近くまで歩みを進めると、ようやくこちらに気づき、彼女は小さく首を傾げる。
「あなた、誰?」
問われて初めて、俺は先程聞いた話を思い出した。
――かつてこの島には、恋人と引き離された少女が住んでいた。
二度と再会することなく、少女は死に、未だ断ち切れぬ思いを抱えて、港に現れるらしい。
間違いない、これがその少女だろう。
「俺は、武神…武神一樹という」
「武神さん…」
ゆっくりと反芻して、少女は微笑んだ。
「君の名は?」
俺が問うと、少女は急に浮かない顔になって、かぶりを振る。
何か、まずいことを聞いてしまっただろうか?
俺が眉間にしわを刻んで沈黙すると、
「忘れて、しまいました…もうずっと、ここに立ってるだけだから」
そう言って、少女は沖合を眺めた。
夕日が、水平線の向こうに吸い込まれてゆく。
だいだい色に染まる海は、言葉では表しきれないほどに美しい。
このような時でなければ、しばらく堪能したいところである。
「ここに立って、何をしているんだ?」
俺は、わざと誘導するように、問うた。
少女は、こちらには顔を向けずに答える。
「…好きだった人を、待っています」
ああ、やはり。
だが、もしも少女とその恋人が、大戦中に離れ離れにさせられたとしたならば、おそらくその恋人も生きてはいるまい。
しかし、その言葉は余りにも残酷に思え、紡ぐことがためらわれた。
「せめて…」
ポツリと少女がつぶやく。
それは、聞こえるか聞こえないかと言うほどの、か細い声だった。
「せめて、あの人との約束の品さえ、無くさなければ――」



その後、少女は涙しながら経緯を語った。

対戦が始まると、まず男たちが徴兵され、戦地へ赴いた。
もちろん少女の想い人も例外ではなく、赤い紙切れ一枚に運命を左右されることとなる。
そして少女はといえば、労働力――例えば、食料や、衣服などを作るための人員として、多くの女性たちと共にこの島へ連れてこられた。
恋人の身を案じながら、苦役に耐える毎日。
やがて、少女の身体に異変が起こった。
――流行病にかかったのである。
たくさんの女性たちが死んでいく中、少女も、このまま自分が死ぬのだということを悟る。
恋人からの贈り物を手に、薄れゆく意識の中、必死に祈る。

――どうかあの人が、生きて帰ってきますように。

戦場に行く前の晩、恋人は少女を抱きしめて、こう約束したという。
「必ず、お互いに生きて、またこの場所で会おう」
もう自分は、生まれ育ったその場所に帰ることは出来ないけれど、せめて彼だけは。
果てしない祈りを捧げながら、少女は冷たい骸となった。



「例え彼が生きていたとしても、私は死んでしまったから――もう、同じ時代を生きることはできない。それだけが悲しくて…」
少女の言葉に、俺は再び、東京に残してきた女を思い出す。
俺と共に【櫻月堂】を経営している、1年のうちのわずか数週間だけ咲く、儚い花と同じ名を持つ女性。
彼女のことは何よりも大切に想っているし、彼女もまた同じ想いであることは知っている。
だが、俺は人間。そして彼女は――妖だ。
俺は、この先ずっと同じ時を生きられずとも、彼女に対する気持ちは変わらないと思っている。
しかし、永遠に共に生きられればと、願わないこともない。
だから、このこ少女の気持ちは、よくわかる気がした。
「その約束の品とは、どんな物だ?」
気がついたら、そう尋ねたあとだった。
遊びに来たわけではない――だが、このくらいの寄り道は、許されるだろう。
「鎖の先に、ふたの開く丸い物がついていて…」
少女が手で表現したもの。
ロケットペンダントだろうか?
それとも、懐中時計だろうか?
「どの辺りでなくしたかは、覚えているか?」
大体の場所でも、見当がつけばいいのだが。
俺が問うと、少女はコクリとうなずいた。
「私が死んだ場所――あの森の中に」
どうやら、森の中の小屋が、最期の場所だったようだ。
俺は少女について、そこへ向かうことにした。



夜を迎えつつある森の中は、だんだんと薄暗くなっていく。
捜し物をするには、この時間が最後のチャンスだろう。
「以前はここに小屋があったんです」
少女が指さした場所に、少女たち強制労働者が住んでいた、小さな家があったそうだ。
今では雑草が生えているだけだが――。
「たぶん、ここでなくしたんだと思います」
「わかった。探してみよう」
俺たちは、別れ別れになって地面を掘り返しはじめた。
やがて完全に日が落ち――
「やっぱり、ありませんね」
落胆のため息をつく少女に、俺は右の手のひらを指しだした。
少女の目が、まん丸に見開かれる。
「――これは…!?」
土にまみれた、古びた懐中時計。
「君の探し物は、これだろうか?」
返事の代わりに、少女の目からは大粒の涙がこぼれた。
「ああ…!!」
その様子に、俺は安堵のため息をもらした。
これで少女の魂は、救われるだろうか。
「なぁ、これは俺の想像なんだが…」
懐中時計に頬をすり寄せ、涙する少女に、俺は囁きかける。
「きっと君の恋人は、たとえ魂だけの存在になっても、これとともに永遠に君と同じ時を刻もう――そう思って、これを贈ったんじゃないか」
「はい…はい…!!」
何度も何度もうなずく少女の姿が、段々と薄らいでいった。
やっと、島から解放される時が来たのだ。
「ありがとう、武神さん…」
「ああ」
やっと心からの笑顔が戻った少女に、俺も微笑みを返す。

そして、少女は天へ昇っていった。



再び港を歩きながら、俺は悩んでいた。
先程の懐中時計、実は店に置いてあった年代物の、貴重な物なのだが――勝手に少女にあげてしまって、うちの優秀な店員は、何と言うだろうか?
怒るだろうか。
いや――笑いながら、きっと私もそうしましたよ、と言ってくれるだろう。
誰よりも人間らしい思いやりのある妖。
だからこそ、大切に思うようになった。

俺が少女にしたことは、ある意味、残酷だったのかもしれない。
だが、柔らかな嘘が、冷たい真実に常に劣るわけではない。
僅かでもいい、彼女の魂に安息が訪れんことを。
夜空を見上げ、俺はそう願わずにいられなかった。

【終】