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<PCシナリオノベル(シングル)>


鎮魂
●夢の中の少女
「私たちを止めてください……」
 濃い霧の中にたたずむその少女は、唐突にそう言った。金色の長くまっすぐな髪に黒いドレス、そして憂いを帯びた瞳は赤よりも紅い。異国の少女であることは明らかだった。
「あ……」
 王鈴花は目の前の少女に声をかけようとした。だが、喉から言葉の続きが出てこない。虚しく唇が動くのみだった。
 そんな鈴花の意識に、様々な記憶や感情、そして想いが流れ込んでくる。それは痛みにも似た感覚だった。その余りにもの激しさに、思わず鈴花は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「明日、私たちはこの島の洋館で私たちと同じ縛り作られた少女を襲います。どうか私たちを止めてください。そして願わくば、全てを解放……」
 少女がすうっ……と霧の中に消えていった。それと共に、鈴花の意識も次第に遠くなっていった。

●名前は
 次に鈴花が目覚めた時、そこはベッドの中だった。静かに上体を起こす鈴花。そして隣のベッドをちらりと見る。今は眼鏡をかけていないので視界はぼやけてしまっているが、人の形に膨らんだベッドは聞こえてくる寝息と同様に規則正しく上下している。
 それを見た鈴花は安堵の表情を浮かべ、小さく息を吐いた。
「お……」
 鈴花は隣で眠る者に声をかけようとしたが、起こしてはいけないと思い直し慌てて口をつぐんだ。その刹那、鈴花の後頭部に鋭い痛みが走った。
「っ……!」
 後頭部を押さえ苦痛の表情を浮かべる鈴花。夢の中で感じたのと同じ痛みだった。
(今の、ただの夢じゃない……よね?)
 痛みが治まってから、鈴花はそう思った。
(だって、とても哀しい感情がたくさん……)
 鈴花の意識に流れ込んできた物、それは何がしかの『素材』となった人々の怒り、悲しみ、絶望……その間に見え隠れするネオナチという組織、アーネンエルベなる人物の顔。そして――。
「……ウィルド……」
 鈴花は最後に意識へと流れ込んできた名前をぽつりとつぶやいた。それはあの夢の中の少女の名前だった。

●1人じゃない
 夜も明け切らぬ頃、鈴花はそっとホテルの部屋を抜け出して古い洋館へ向かっていた。行かなくてはならない、そう感じていたからだ。歩を進める度に、お下げ髪が小さく揺れる。
(あそこ、色々感じて怖いけど……)
 鈴花は昼間にその洋館を見に、他の者たちと1度訪れていた。背の高い木々に囲まれ、昼間でもほとんど日の差さないその場所は、空気が酷く澱んでいるように感じられた。同時に、ピリピリとした何がしかの気配をも……。
 結局その時は洋館の前まで行くことなく引き返したのだが、今回はどうしても行かなければならない。
(……あの子たち、助けて欲しがってたもん)
 鈴花はウィルドの言葉を思い返していた。『私たちを止めてください』、ウィルドは確かにそう言ったのだ。鈴花に助けを求めて。
「鈴花、戦う術はないけど……止めることは出来るよね?」
 鈴花は自問自答するかのようにつぶやいた。まだ小学生である鈴花は物事を感知する力はあれど、今自分で言ったように戦う術を持たない。だがしかし、止めることならば鈴花でも可能なはず。もちろん上手く行動するということが前提なのだが……。
「お兄ちゃん……鈴花に力を分けてね……」
 とある少年――世羅・フロウライトのことを心に思い浮かべ、胸元につけていたブローチをぎゅっと握り締めた。
 中ノ鳥島にやってきた日、ホテルの売店で世羅が鈴花に買ってくれた物だ。1000円ほどの本当にささやかな贈り物だ。しかし鈴花にはその行為がとても嬉しいことだった。その世羅の想いが含まれているブローチを握っていると、鈴花の心は熱くなるようだった。「お兄ちゃん……」
 再び鈴花はつぶやいた。かの洋館はもう視界に入っていた。

●洋館にて
 洋館に辿り着いた鈴花は、両開きの重厚な木製の扉のある玄関前で、じっと洋館を見上げていた。
(昼間より強く感じるよ……)
 より洋館に近付いたからなのか、それとも空気の澱みがより酷くなったからなのか、鈴花は四方八方から強弱様々な霊気を感じ取っていた。正直、少し気分の悪くなる程に。
 鈴花は気分の悪さを堪えつつ、扉の向こう側を透視してみた。扉を入ってすぐ、1階は広間になっているようで、年代物の彫刻やガラスの花瓶等が隅に並べられている。人は今は居ないようだ。
 扉へと静かに近付いてゆく鈴花。そして扉に手を触れ、ゆっくりと押してみた。
 ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……。
 扉は軋む音を響かせながらゆっくりと開いてゆく。鈴花は十分開いた所で、洋館の中へ足を踏み入れた。
 明かりの点っていない広間は外よりも暗く、埃っぽくはないのだが心なしかカビ臭い匂いがする。
「誰も居ないね……」
 広間をきょろきょろと見回す鈴花。先程透視で見ていた彫刻等の他に、広間の左右に扉と2階へと続く階段が1つずつある。
 鈴花が広間の中央まで進んだその時、右側の扉が不意に開かれた。

●同じ瞳の少女
「!」
 扉が唐突に開き、ビクッと反応する鈴花の身体。だが扉から姿を現したのは、漆黒の髪を純白のリボンで結んでいる少女だった。こんな早朝なのに身だしなみを整えた少女。
「……どなたですか?」
 少女は笑みを浮かべて鈴花に話しかけた。
「あ……あのっ、王……王鈴花っていいます」
 どぎまぎしながら答える鈴花。その一方で、鈴花は少女に妙な違和感を感じていた。
(あの笑み……鈴花、何だか『違う』気がする……。それにあの瞳……夢に出てきた子に感じが似てるね)
 笑みを浮かべた少女の瞳は、ウィルドと同じく憂いを帯びた深紅であった。
(何だか寂しそう)
 鈴花は目の前の少女を見てそう感じていた。
「ここに何の御用ですか?」
 少女は続けて質問を投げかけてきた。
「あ……ねえ、鈴花、あなたのお友だちになれないかな?」
 唐突な鈴花の言葉に、少女から一瞬笑みが消えたが、再び少女は笑みを浮かべてこう返した。
「お友だち……?」
「う、うん。鈴花、お友だちになりたくて……」
 鈴花は少女の瞳をじっと見つめて言った。咄嗟の言い訳という訳でもない。心から鈴花はそう思っていた。それは少女から寂しさを感じ取ったせいもあるかもしれない。
「……私に関わらないで」
 だが少女は笑みを浮かべたまま、静かにそう言い放った。
「え、どうして……」
 鈴花が理由を尋ねようとした時、少女の視線が動いた。鈴花が開けたままにしていた玄関の扉の方に。
 振り返る鈴花。そこには黒いドレスに身を包んだ1人の少女がたたずんでいた。夢で見た少女――ウィルドが。

●避けられぬ戦い
「ウィルド……さん?」
 鈴花はウィルドの名を呼んだ。
「どうして私の名前を知っている」
 ウィルドは鈴花を一瞥した。その深紅の瞳に憂いの色は見られない。
「だって鈴花の夢で……」
「初めて見る顔だ」
 ウィルドは鈴花の言葉を切って捨てた。そして右手をすうっと頭上にかざした。どこからか青白い光が集まってきて、たちまちにそれは日本刀へと変化する。
「アーネンエルベ様の命だ。貴様を捕獲する。素直に従えばよし、さもなくば力づくで連れて帰るのみ」
 ウィルドは日本刀を右手1本で構えた。少女の返答次第では、今すぐにも襲いかかってくるだろう。
「ダメッ……そんなことしちゃっ……!」
 鈴花は少女を守るように大きく両手を広げ、ゆっくりと頭を振った。
「ダメだよ……」
 だが鈴花のそんな言葉も虚しく、ウィルドはじりじりと間合いを詰めてくる。
 不意に鈴花の肩に手が置かれた。少女の手だ。少女は外見とは似つかわしくない強い力で、鈴花を押し退けた。
「きゃぁっ!!」
 押し退けられた勢いで眼鏡が飛び、鈴花の身体も床へと転がってしまう。鈴花が眼鏡を探している間に、耳には金属同士のぶつかり合う音が聞こえてきた。
 どうにか見付けた眼鏡を鈴花は慌ててかけて顔を上げた。目の前では少女たちが刀を交えていた。右手1本のみのウィルド、両手で構えている少女。どちらも険しい表情になっている。すでに戦いは始まってしまったのだ。

●真の名は
「何で……?」
 鈴花はやるせない気持ちで少女たちを見つめていた。少女たちは無言のまま刀で斬り付け合っている。
「何でこの子を襲うの……? だって……だって、あなたたち悲しんでるのに!!」
 そんな鈴花の心からの叫びも戦っている少女たちの耳には届かない。一進一退の攻防を繰り返すだけだ。
(鈴花には止められないの? ねえ、お兄ちゃん……鈴花どうしたらいいの……?)
 鈴花は悔しそうにうつむくと、胸元のブローチを強く握り締めた。その時だ――ウィルドから別の感覚を感じたのは。
 はっとして顔を上げる鈴花。激しく動くウィルドの身体に重なるように、もう1人同じ姿の少女が見えていた。
「もう1人居るの……?」
 そして鈴花は気付いた。ウィルドの名前が流れ込む直前に、もう1つ別の名前が流れ込んでいたことに。鈴花は祈るような想いで叫んだ。
「もうやめて、クリステルさん!!」
 その叫びに一瞬ウィルドの動きが止まった。そこへ少女の刀が振り降ろされる。ウィルドは間一髪で刀を避け、少女から大きく間合いを取った。
「鈴花、今分かったよ……夢で会ったのは、ウィルドさんじゃなくて、クリステルさんの方だったんだね。『素材』の1人の……」
 鈴花はじっとウィルドを見つめていた。
「鈴花には何があったのかよく分からないけど……あなたたちが悲しんでるのは分かるよ。鈴花、あなたたちとお話に来たの。辛い気持ち感じたの」
 少女たちはぴくりとも動かずに鈴花の言葉を聞いていた。
「鈴花、力になりたい……だからお願い、こんなこともうやめて?」
 少女たちの顔を交互に見る鈴花。その瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

●きっといつか……
 沈黙がしばしその場を支配した。それを破ったのはウィルドだった。
「……今日は邪魔が入った。またいずれ、改めて来よう」
 ウィルドの持つ刀が霧散すると、少女の持つ刀もまた霧散した。ウィルドは少女に背を向けて玄関へと歩き出し、少女もウィルドに背を向けて左の扉へと歩き出す。
 広間に1人取り残された形の鈴花は、ただ少女たちの背中を見つめていた。
(鈴花……やっぱり力になれないのかな……)
 鈴花の瞳からはまだ涙がこぼれ続けていた。悲しさと悔しさ、それと情けなさの入り混じった感情。それが今の鈴花の心の中だった。
 少女たちはほぼ同時に扉の向こうに消えようとしていた。そして姿が消える寸前、少女たちの言葉が重なった。
「「……ありがとう……」」
 その言葉ははっきりと鈴花にも聞こえていた。それから広間はしんと静まり返った。
「本当は2人共戦いたくなかったんだよね……そうだよね……?」
 問いかける鈴花。当然それに答えるべき者たちはもうこの場には居ない。
(何があっても……鈴花は力になるから)
 鈴花は胸の前で両手を組み祈った。今日の鈴花の行動は、単に戦いを先延ばしにしただけなのかもしれない。けれどそのことによって、いつかは少女たちの魂が救われることになるかもしれない。鈴花は後者の可能性を、強く強く信じたかった。

【了】