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<PCシナリオノベル(シングル)>


鎮魂
●深紅の瞳
 遥か彼方、水平線へと沈んでゆく太陽により、穏やかなる海は真っ赤に染まっていた。それを瞬きもせず見つめている、腰に届く毛先が緩いウェーブを描いた蒼銀の髪の少女が1人。少女の瞳は真っ赤に染まった海の色よりも深く紅い。
 そんな少女の足元を1匹の黒猫がくるくると回っていた。まるで少女を急かすかのように。
「分かってるわ、斗南。行きましょう、日が落ち切ってしまう前に」
 少女――慧蓮・エーリエルはくすりと笑みを浮かべると、足早にその場を離れた。黒猫の斗南がその後を追った。

●『彼』
 慧蓮は少し山に向かった先の森の中へ入っていた。この先にあるのは古い洋館のみ。そこに居るのは確か名も知らぬ少女ただ1人だったはずだ。
「覚えている、斗南?」
 森の中を歩きながら慧蓮は斗南に語りかけた。
「自分を神の如く騙り、自分も他も同じ人間であることを最期まで認めなかった『彼』のこと」
「ニー」
 斗南は短く鳴いた。『覚えているよ』とでも言いたげに。
「『彼』が遺した哀しい存在の夢を見たわ」
 昨夜のことだ。慧蓮の夢の中に、黄金色のまっすぐに長い髪と真紅の瞳を持つ黒いドレス姿の少女が現れたのは。
 濃い霧の中にたたずんでいた少女は『私たちを止めてください』と、そう言っていた。そして明日……つまり今日だが、慧蓮が今向かっている洋館を襲うのだとも言っていた。悲し気な微笑みと共に。
「あの言葉が事実なら……いいえ、事実よね。洋館に住む少女もまた『彼』が遺した哀しい存在……霊鬼兵・零なのだから」
 天を見上げる慧蓮。木々の隙間から見える空にはすでに星が見え始めていた。外見こそ12、3であるが、すでに500年は生きている。全く成長することもなく。それゆえに、知らなくてもよい話をも耳にすることがある。例えばこの中ノ鳥島に隠された秘密等を――。
「けれど私、疑問に思うことがあるの」
 慧蓮は足を止め、斗南を抱え上げた。そして再び歩き出す。
「造られた目的は同じはずなのに、何故ウィルドは零を襲うというの? 彼女の表情が本意ではないと訴えていたわ。誰がそんな命令を与えたというのかしら……」
 ウィルドとは慧蓮の意識に流れ込んできた夢の中の少女の名前だ。2人共『彼』が遺した存在のはずなのだから、別に襲う必然性はないはずだ。だのに襲うということは、考えられる可能性は1つ。
「斗南。もしかして、彼女たちの主は別々の人?」
 主が別々であるならば、一方がもう一方を襲うことは十分に考えられる。だがそんなことを慧蓮が話しても、斗南に分かるはずがなかった。
「ニー」
「……そうね、情報が足らないものね」
 目を細める慧蓮。その瞳はすぐに鋭い物へと変わる。
「とにかく……止めるのは簡単なのよ。この身に宿る力をもってただ、滅してしまえばいい」
 じっと手を見つめる慧蓮。そう、止めるだけなら簡単なのだ。滅びてしまえば、もう襲うことはなくなるのだから。
「でもそんなのは嫌よ」
 慧蓮はきっぱりと言い切った。
「『彼』と同じレベルにはなりたくないわ」
 それを実行してしまえば『彼』と同様のことをしてしまうことになる。慧蓮にとってそれだけは避けたいことだった。
「それに斗南……私、気になるの。途切れた彼女の言葉が」
 ウィルドはこうも言っていた。『そして願わくば全てを解放……』と。そこまで言った後にウィルドの姿は霧の中へと消えていった。
「きっと彼女も伝えたかったはず……」
 あの言葉にはまだ続きがあったはず。そしてそれこそが真意のはず。慧蓮はそう考えていた。
「ああ、見えてきたわ。洋館が」
 いつしか慧蓮の視界に、件の洋館が入ってきた。近付くにつれ、空気が澱んでくるのがひしひしと感じられた。
「行きましょう、彼女の望む本当の意味での解放のために。そして……」
 慧蓮は足を早めた。
「哀しい夢の鎮魂のために」

●哀しき存在たち、現る
 両開きの重厚な木製の扉のある玄関前。慧蓮はその扉を強く2度叩いた。
 しばらく間があり、中から気配が近付いてくるのが感じられた。
 ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……。
 扉は軋む音を響かせながら内側にゆっくりと開いてゆく。扉の向こうには漆黒の髪を純白のリボンで結んでいる少女の姿がある。その瞳は慧蓮と同じく深紅だ。
(現れたわね、零)
 慧蓮はじっと少女――零を見つめた。
「どなたですか……そして、ここに何の御用ですか?」
 笑みを浮かべ慧蓮に尋ねる零。慧蓮はその笑みに『造られた』物を感じていた。
「用はあるわ。1つはあなたに会うため」
 くすっと微笑む慧蓮。愛らしさの中に、冷たさが隠れている微笑みだった。
「もう1つは……」
 と、そう言いかけた時、慧蓮は反射的に身をかわした。背後から強い気配が近付いてきていたのだ。
「!」
 零は驚きの表情を浮かべ、洋館の中へ身を隠した。それと同時に日本刀を手にした黒いドレスの少女が、飛ぶように館内に駆け込んでいった。
「斗南。もう1つが姿を現したわ」
 慧蓮のつぶやきを聞いて、斗南はするりと慧蓮の腕の中から抜け出した。そして青年の姿へとその身を変える。
 斗南は先に館内を覗き込み、安全を確認した上で慧蓮を呼び寄せた。

●撹乱
 慧蓮が館内に入った時、零とウィルドは1階の広間で激しい戦いを繰り広げていた。いつの間にか零の手にも日本刀が握られていた。
 一方が呼び出した動物霊の怨霊を、もう一方の呼び出した動物霊の怨霊が喰らっている。あちこちでそんな光景が起こっている中、零とウィルドは互いに刀を打ち付け合いつつ、相手の呼び出した人間の怨霊を薙ぎ払っていた。何とも凄まじい状況である。
「斗南。1度戦いを止めるわ」
 慧蓮の言葉に斗南は小さく頷き走り出した。
「彼の者たちに幻を……『水鏡』よ!」
 慧蓮の言葉と共に、広間の至る所に大小様々な水で出来た鏡が出現した。『水鏡』には走り回っている斗南の姿と、戦っている零とウィルドの姿が写っていた。
「次いで……『炎雷』を!」
 慧蓮の突き出した手より、稲妻のごとき炎がまっすぐに放たれる。零とウィルドの中間を目掛けて。
 零とウィルドは刀を強く打ち合わせた後、『炎雷』を避けるために大きく後方へ飛んだ。慧蓮はそれを見逃さなかった。
「『水鏡』よ!」
 2人が今戦っていた場所に、新たに『水鏡』が出現する。これで一応の準備が終わった。
 至る所にある『水鏡』に写った2人と斗南の姿に、迂闊に動けなくなる2人。何せ、どこに居るのが本当の姿なのか分からないのだから。
 慧蓮は『水鏡』の場所を巧みに変えていった。これも2人が動けなくなる要因だった。次第に慧蓮の思い描くように動くはめになる2人。そして――。
「ウィルド」
 ウィルドの目前に慧蓮が姿を現した。刀で薙ぎ払うウィルド。だがウィルドが斬ったのは……『水鏡』だった。
「こっちよ」
 ウィルドの背後から慧蓮の声がした。はっとして振り向くウィルド。その顔面を、ぬっと伸びてきた斗南の手がつかんだ。

●真の解放を望むがために
「『水鎖』よ!」
 慧蓮の魔法により、ウィルドの身体は水の鎖で幾重にも縛り上げられた。それを確認して、斗南がウィルドの顔面から手を離した。
「約束を果たしに来たわ」
 慧蓮は静かにつぶやくと、じっとウィルドの深紅の瞳を見つめた。
「本当の意味での解放……あなたはそれを望むのでしょう?」
 慧蓮はそっとウィルドの目元に手を伸ばした。ウィルドから、『素材』となった人々の様々な想いが伝わってくる。そしてもっとも強い想い……クリステルなる少女の想いも。
「あなたたちが真に解放を望むのであれば、想いを1つにすること……その上で私が手助けするだけ……」
 慧蓮の言葉が伝わったのか、ウィルドからまた違った想いが伝わってくる。それは解放を望む想い。小さな想いは少しずつ大きく膨らんでゆき、最後にクリステルの想いが加わって最大限まで膨らんだ。慧蓮はこの瞬間を待っていた。
「……『浄化』……」
 聞き取れるかどうかも分からない声で慧蓮がつぶやいた。途端にウィルドの身体を縛り付けていた水の鎖が消え失せ、その代わりに薄く澄んだ水の膜がウィルドの身体を包んだ。
「お帰りなさい、あるべき場所へ」
 慧蓮はウィルドからそっと手を離した。水の膜に包まれたウィルドの身体は、まるで水の膜と一体化するかのように薄くなっていく。やがてウィルドの身体は完全に消え失せ――水の膜も消えてなくなった。

●災禍の種子
 慧蓮は全ての『水鏡』を消し去った。広間に残っているのは慧蓮と斗南、そして零だけ。無言で見つめ合う慧蓮と零。先に口を開いたのは慧蓮だった。
「……あなたを解放するには、どうやら別の手段が必要みたいね」
 零はそれには何も答えず、くるりと慧蓮に背を向けた。
「……私に関わらないで」
 少しして、背を向けたまま零は慧蓮に言った。
「いいわ。望まぬ者は決して解放されない……望んだからこそ彼女は真に解放されたのだから。あなたがそれを望むのは……いつの日のことかしらね。そう遠くないことを祈るけれど」
 慧蓮は零の背中にそう語りかけた。斗南は黒猫の姿に戻ると、再び慧蓮に抱え上げられた。
「それでは……ごきげんよう」
 慧蓮はくすりと微笑むと、開け放たれたままの玄関から出ていった。背後から零が襲いかかってくるような気配は感じられない。そのまま素直に帰してくれるのだろう。
「ナチの亡霊……死してなお災禍の種子を残す。ねえ斗南、『彼』はいつまでその種子をまき散らせば気が済むのかしらね」
 慧蓮は洋館から離れた場所で振り返った。その深紅の瞳には、哀れむような感情が感じられた――。

【了】