コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


碇麗香連続殺人事件
●被害者・碇麗香
「犯人、三下くんだったりして……」
 金髪長髪の小説家・瀧川七星の何気ないつぶやきに、月刊アトラス編集長・碇麗香がきっと七星を睨み付けた。その鋭い視線に思わず首を竦める七星。ここは中ノ鳥島にあるホテルで、2人は麗香の部屋に居た。
「いや、冗談だよ」
「当たり前でしょ、たく……」
 笑って言う七星から視線を外し、溜息を吐く麗香。普段、仕事の時はなかなか疲れを見せない麗香だったが、今は七星に疲れた様子を見せている。中ノ鳥島には休暇で来たにも関わらず、だ。
 遊び疲れているのなら何も問題はない。麗香にもそんな一面があるのだなと、何ともほのぼのとした話題で済むことだ。けれど現実は違う。
「麗香。でもさ、本当に心当たりないのか?」
「ないに決まってるでしょ。誰が一介の雑誌編集者を狙うのよ」
 本題を切り出した七星の言葉を、麗香はいとも簡単に切って捨てた。
「雨風、さらに強くなってきたわね」
 麗香は窓の外を見つめた。真夜中から降り続く風雨が激しく窓ガラスを叩いている。
「その方がいいさ。俺たちもこの島を出られない代わりに、犯人も出られやしないんだから」
「半日で2人も殺した殺人犯と一緒にね」
 麗香は皮肉っぽく言った。
 事の起こりはこうだ。朝にルームサービスを持ってくるように言われていたホテルのボーイが、ルームサービスを頼んでいた客の死体を見付けたのだ。
 殺されたのは碇麗香――もちろん七星の目の前に居る麗香ではない。同姓同名の20歳の女性だ。何とも紛らわしい話で、編集部員の三下はその話を聞き付けるや否や、廊下に泣き崩れてしまったくらいなのだから。
 それだけで済めばまだよかった。その2時間後、また別の女性が殺されたのだ。この20代後半の女性は碇麗香という名前ではなかったが、その後姿は麗香に酷似していた。
 最初の被害者が殺されたのはホテルの1室、被害者本人の部屋の入口付近だった。次の被害者が殺されたのはホテルの廊下だった。どちらも七星が遺体を詳しく見た訳ではないので何とも言い難いのだが、警察に事情を聞かれた麗香の話によると、どうやら刃物で殺されたそうだ。最初の被害者は胸を、次の被害者は背中を突かれてだという。
 警察といってもこの島にあるのは駐在所くらいだ。本格的に調べようと思ったら、応援を頼まなければならない。だがこの天候ということもあり、今すぐはどうにもならないらしい。
「ほんと、肝心な時に役立たずなんだよな」
 七星がぼそっとつぶやいた。
「天候が相手じゃ仕方ないでしょ。それとも何、モーゼみたいに海を割って渡るつもり?」
「やれるんなら、とっくにそうしてるよ」
「残念ね。海を割ったなら、次の号で巻頭トップで扱うのに」
 くすりと微笑む麗香。こんな状況でも仕事のことは考えているらしい。……いや、こんな異常な状況だからこそかもしれないが。
「まぁ……とりあえず、お前が関わってきたネタ、掲載されてない分まで全部、調べさせてもらうから」
 さらりと言う七星。
「別にいいけど……数多いからきりがないわよ。覚えてないネタもあるし」
「覚えてる限りでいい、とりあえず話してくれ」
 七星は麗香の目をじっと見つめた。

●コネクション
「……じゃあ頼むよ、よろしく」
 七星は電話の受話器を置いた。ここは麗香の部屋ではなく七星の部屋だ。麗香から一通り話を聞き終えた七星は、『考えを整理するから』と言って1度自室へ戻ってきていた。
 もちろんその言葉に偽りはない。ただ後に言葉が省略されているだけで。正確には『考えを整理するから、俺の持つ情報網を使ってくる』だ。今の電話の相手もその情報網に属する者の1人だった。
「麗香には見せらんないよな」
 苦笑いを浮かべる七星。情報網は表だけとは限らない。裏も存在している。ゆえに他人にそれを利用している所を見せる訳にはいかなかった。
 七星はそのままベッドに倒れ込んだ。結果が返ってくるまで、特にやることもない。やれるのは現時点の情報だけで推理を行うことくらいだ。
「ゴーインにヤバイことに首突っ込んで忘れてないだろうなぁ……俺も何度か関わったんだよな、そういえば」
 麗香に話を聞いてはみたが、本人も言っていたように抜け落ちているネタや期間が存在していた。案外とその辺に原因が存在するのかもしれない。
「あ、思い出した。あん時もかなりヤバかったのに、飯奢ってもらう約束果たされてないよな……と、そうじゃなくて」
 考えることがずれ始めたので、七星は慌てて軌道修正した。
「やっぱ麗香が忘れちまってるようなネタが原因かな。だとすると、ストーカーっぽくてやだなぁ……」
 頭を抱える七星。少なくとも犯人は、麗香を狙うためにわざわざこんな島までやってきている。麗香の行動をしばらく監視していなかれば出来ないことだ。
「……危険だよな」
 そんな相手はキレている可能性が高い。そしてすでに2人も殺しているのだ。次にどのような行動を取るか、分かりはしない。一応麗香には部屋から出ないよう釘を刺しているが……。
 そうこうしているうちに部屋の電話が鳴り響いた。七星はベッドから起き上がると、受話器を取り上げた――。

●七星の推理
 1時間後――七星は再度麗香の部屋を訪れた。麗香は七星が自室に引っ込んでいる間、外を出歩くことなくこの部屋でじっとしていたそうだ。
「ちょっとした監禁ね」
「飯が出てるから軟禁だよ」
 そういう短いやり取りが交わされたのはさて置いて。
「麗香。この女性覚えているか? 茶髪でウェーブのかかったセミロング、背丈は小柄……だったかな。年の頃なら20代半ば」
 七星は麗香に女性の特徴を話した。
「さあ。顔を見れば思い出すかもしれないけど、過去に会った人間を全員漏らさず覚えている程、私も暇じゃないから」
 麗香はそう言って前髪を掻き揚げた。
「だろうなぁ」
 やれやれといった様子で七星が溜息を吐いた。
「で、その女性がどうしたの?」
「……その前に、ちょっと聞いておきたいことがある。あのさ、持ち込みに来たライターのことって覚えてたりするもんかな?」
 七星の唐突な質問に、麗香は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「いいネタ持ってたり。見所がある子だったら覚えてるけど、そうでないと分からないわね」
「だよな。動機はその辺かな……」
「いい加減教えてくれる? さっきの女性がどうかしたの?」
 いらつくように麗香が言った。先程よりも視線が厳しくなっていた。
「容疑者」
 さらりと言い放つ七星。
「ちょっと知り合いの編集に探りを入れてみたんだ。『近頃妙な持ち込み者は居ないか』ってさ。そうしたらビンゴだよ。あちこちの編集部で没喰らってるのが居るってさ」
「……それがさっきの特徴の女性って訳?」
「そうだよ」
「けど、他所の編集部で没くらってるんでしょう? うちで没をく……」
 不意に麗香の言葉が止まった。どうやら何かに気付いたようだ。
「まさか……!?」
「思ってる通りだよ。アトラスでも没くらってるのさ。しかも……真っ先に」
「待ちなさいよ……だからって、私を狙うのは逆恨みもいいとこじゃないの!」
「そうさ、逆恨みだよ。あのさ……良きにつけ悪しきにつけ、俺と麗香の共通点は、一般人がヤバイと思ってることをそれ程には考えてない所だと思うんだよな。危険と判断するラインがなぁ……ちとズレてるよな」
 苦笑いを浮かべる七星。
「今回の事件も似たもんさ。ズレてるんだよ、こっちと向こうがさ」
「全く馬鹿げてるわね。私を殺しても原稿が採用になるはずもないでしょうに……!」
 麗香は大きく頭を振った。
「正論だよ。けど相手には通用しないだろうね。すでに2人も殺ってるんだ、今頃のキレ具合は相当なもんだよ」
 と、その時だ。麗香の部屋の扉が2度叩かれた。2人の会話が止まる。
「……誰だ」
 声を出そうとした麗香を制し、七星が扉の向こうの人物に声をかけた。
「あ、あの〜……三下です……」
 扉の向こうから、紛れもない三下の声が聞こえてきた。
「何だ、三下くんじゃない」
 安堵の表情を浮かべる麗香。そして扉へと歩いてゆき、内から鍵を開けた。ゆっくりとノブが回る――。

●一瞬の攻防
「……麗香!」
 はっとして、七星が勢いよく麗香の身体を引っ張った。それと同時に扉が大きく開かれる。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」
 叫び声と共に小柄な女性が部屋へ突進してきた。手には赤黒く汚れた刺身包丁をしっかりと握り締めて。
 麗香の身体を抱き締めたまま、女性の急襲をかわす七星。そしてそのまま麗香を室外へ追い出した。
「悪いね、これ以上は殺させないよ」
 向き直った女性と対峙する七星。
「そこをどいてよ……あの女を殺さないといけないのよ! あの女があたしの原稿を没にして、なおかつ他の編集部にも手を回して採用させないようにしたんだから!!」
(あーあ、完全にイッてるよ……)
 思わず頭を抱えたくなる七星。女性は目の焦点がまるで合っていなかった。
「没にしたのは事実だけどさ、手を回すような奴じゃないさ、麗香は。そんな物騒な物、捨てたらどうだよ」
 無理かもしれないが、まずは落ち着かせよう試みる七星。案の定、それは無駄に終わった。
「あなたもあたしの邪魔をするのね……邪魔するんなら、あなたもあの女と同類よ!!」
 そう叫び、女性は七星目掛けて突進してきた。七星は身体を半身ずらし、1歩踏み込んだ。そして女性の手首をつかんだかと思うと、そのまま潜り込むように女性の懐へと入り――女性の身体が大きく宙を舞った。

●怖いのは
「情けないっ、情けないわねっ、もうっ!!」
「すみません、すみません、編集長ぉぉぉぉぉ〜!」
 三下が麗香に何度も何度も雑誌で頭を殴られていた。先程女性が麗香の部屋へやってこれたのは、三下を包丁で脅したためだった。その不甲斐なさを麗香は怒っているのだ。
 三下がアトラスの編集部員であることは持ち込みをした時に知っている。だから、三下なら麗香の居場所を知っているだろう、そう女性は睨み、それは見事に適中した。
 その女性も、駆け付けた警官たちによって連行されていった。本格的な取り調べは天候が回復して応援が到着次第ということになるだろうけれど。
「逆恨みか……怨霊だとかよりも、生きてる人間の方が怖いよなぁ。……ま、三下くんが怖いのは、麗香なんだろうけど」
 麗香に殴られ続ける三下を横目に、七星がくすりと笑みを浮かべた。

【了】