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<PCシナリオノベル(シングル)>


鎮魂
●護りし少女のために
 少し山に向かった先の森の中、1人で黙々と歩き続ける細身の少年の姿があった。漆黒の髪は癖もなく肩で切り揃えられている。目尻が少々上がり気味な瞳は周囲に広がる森と同じくらい、いやそれよりも鮮やかかもしれない緑色であった。
 この先にあるのは古い洋館のみ。そこに居るのは名も知らぬ少女ただ1人、少年――世羅・フロウライトはそのように聞いていた。特に何もない場所なのだから別に足を運ぶ必要もない、そのはずだった。そう、夜が明けるまでは。
「大丈夫かな、鈴花……」
 足を止め、来た道を振り返る世羅。ホテルに残してきた愛しい少女、王鈴花のことが世羅は気がかりだった。
(具合がより悪くなっていなければいいけれど)
 憂いを帯びた表情の世羅の頭に、引き返そうかという考えが一瞬よぎった。だが、世羅は再び歩き出した。洋館へ向かって。
 事の起こりはこうだ。突然の発熱で寝込んだ鈴花を、世羅は一晩中そばで看病していた。しかし鈴花の熱はなかなか下がる気配を見せない。そして明け方になり、世羅はついうとうとっとしてしまった。一晩中鈴花を気遣って起きていたのだ、うとうとっとなるのも仕方がないことだろう。
 その際に世羅は夢を見た。黄金色のまっすぐに長い髪と真紅の瞳を持つ黒いドレス姿の少女が現れ、助けを求めたのは。
 濃い霧の中にたたずんでいた少女――ウィルドは『私たちを止めてください』と、そう言っていた。そして明日――もう今日だが――世羅が今向かっている洋館を襲うのだとも言っていた。悲し気な微笑みと共に。
(鈴花が見ていた夢を受け取ってしまったのかもしれない……あれは自然に見た夢じゃなかった)
 世羅の見たその夢は、通常の夢とは感覚が異なっていた。接触テレパスなる能力を持っているがゆえに、世羅は他人の意識の混じった夢を見てしまうことがあった。その時の感覚と似ていたのだ。
 もちろん見た夢が物騒な話だったから、そのように感じてしまっただけなのかもしれない。だが世羅が目覚めた時、自身の手は鈴花の手をしっかりと握り締めていた。
 夜が明けても鈴花の熱は下がらなかった。いや、それどころか上がっていた。発熱の原因と、世羅の見た夢の関連性は定かではない。同じ夢を鈴花が見ているかも定かではない。しかしもし、発熱の原因が件の夢にあるのだとすれば――。
「鈴花に辛い思いさせるのは嫌だしな……」
 世羅は厳しい表情でつぶやいた。今はまだしも、このまま発熱が続くようならば生命に危険が出てくるだろう。それを思うと世羅はじっとしていることが出来なかった。
 そこで朝になるとすぐに保護者代わりである従兄の小説家に鈴花のことを頼み、世羅は単独洋館へ向かったのである。
(もし正夢なら何とかして止めなくちゃいけないな。夢のあの子もそうして欲しいみたいだし……何より、鈴花が元気なら力になりたいって思うはずだろうから)
 世羅はそんなことを考えながら、額の汗を手の甲で拭った。
(けど、本当に妙な夢だったな。彼女の中にある意識、1人だけの意識じゃなかった……)
 夢の内容を思い返す世羅。世羅は夢の中のウィルドから複数の意識を感じ取っていた。
(『素材』とか何とか言っていたし、その分だけ意識があるのか?)
 正直分からないことが多すぎる。けれども世羅は行かなくてはならない。何よりも大切な少女、鈴花を護るために。
 いつしか世羅の視界に、件の洋館が入ってきていた。もう夜が明けているというのに、そこにはほとんど日が差していなかった。

●一瞬の衝撃
 両開きの重厚な木製の扉のある玄関前。世羅はそこに立つとまずは周囲の様子を窺った。見た所、誰も居るようには見えない。
 世羅は小さく溜息を吐くと、扉を大きく2度叩いた。
 しばらく間があり、中から足音が近付いてくるのが感じられた。
 ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……。
 扉は軋む音を響かせながら内側にゆっくりと開いてゆく。扉の向こうには漆黒の髪を純白のリボンで結んでいる少女の姿がある。その瞳はまるで血のように紅い。
「どなたですか……?」
 少女は笑みを浮かべ世羅に尋ねた。
「あ……えっと、ちょっと人を探していて」
「そうですか。それはどのような人ですか?」
 笑みを絶やさない少女。世羅は少し妙な違和感を感じたが、ウィルドの特徴を話してみることにした。
「ここに女の子が1人訪ねてこなかったかな。黒いドレスに身を包んで……」
 世羅がそこまで話した所で、すっと少女の深紅の瞳が動いた。その刹那、世羅は背中に強い衝撃を感じた。
「ぐはっ!!」
 背中に感じた衝撃の正体を確かめる間もなく、洋館の中へ吹っ飛ばされる世羅。目の前の少女は軽やかに吹っ飛ばされた世羅をかわした。
 世羅の身体はごろごろと館内を転がってゆき――弾みで頭を強く打ったのか、意識が暗転してしまった。衝撃を受けた際に流れ込んできた意識を抱いたまま。

●想いは行動と違うはずなのに
「……んっ……つつっ……」
 頭を手で押さえたまま世羅が上体を起こした。世羅が気を失ってから、どのくらい時間が過ぎたのかは分からない。数分かもしれないし、数十分かもしれない。はっきり言えるのは、何故だか身体が重いということだ。
 耳に金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。大きく頭を振ってから、世羅はゆっくりと目を開いた。
 1階の広間、洋館の少女と夢で見た黒いドレスの少女――ウィルドは激しい戦いを繰り広げていた。2人の少女の手には日本刀が握られている。先程の音はこの刀同士が激しくぶつかり合った音なのだろう。
(何故戦ってるんだよ……!)
 世羅はウィルドを睨み付けるように見ていた。恐らく玄関前での衝撃は、ウィルドが体当たりしてきたからだと思われる。しかしそうだからウィルドを睨み付けているのではない。原因は衝撃と同時に流れ込んできた意識にあった。
「『戦いたくない』、そう思っているはずなのにな……」
 流れ込んできた意識は1つではない。複数の意識が『戦いたくない』と思っていたのだ。だのにウィルドは戦っている。明らかに矛盾だ。
 世羅はゆっくりと立ち上がると、1歩ずつ争う2人の少女たちに近付いていった。身体が鉛のように重い。
「2人共止めたらどうだい……」
 世羅は少女たちに語りかけた。しかし、少女たちは戦いを止めない。少女は両手で刀を振るい、ウィルドは右手のみで刀を振るう。一進一退の攻防が続いていた。
 世羅と少女たちの距離は次第に狭まってゆく。もう数歩という距離に。そして少女たちが共に大きく刀を振り上げたその時、世羅は大きく飛ぶように前方に踏み込んだ。少女たちの間に割り込むような形で――。

●護りたいんだ
 館内に刀同士が打ち付けられる音が響き渡った。そして床にはらりと落ちる黒髪が数本。
 少女たちは刀を打ち付け合ったまま、ピクリとも動きはしなかった。それもそのはず、世羅が少女たちの腕をしっかとつかんでいたのだから。争いを止めるための一か八かの強行手段ではあったが……上手くいったようである。
(ん? これは……)
 少女たちから世羅へと意識が流れ込んでくる。驚いたことに、少女たちからはほぼ同様の意識が流れ込んできていた。
 複数の意識の中から感じられたこと。それは共に造られた存在であること、そのために多くの霊能者が犠牲になっていること、一方は護りし命令に、もう一方は奪いし命令に縛られていること、そして何よりも……解放を望んでいること。
「解放を望んでいるのに戦うのか……お笑い種だね」
 世羅は哀れむように言い放った。そして精神を集中し、少女たちの意識に自ら触れようとした。普段は流れ込んでくるだけ、一方通行の世羅の能力だが、あえて世羅はその逆を試みた。もちろん今までやったことはない。言うなれば、限界への挑戦である。
 世羅は自らの意識を少女たちへ送った。少女たちが互いに何を思っているのか、自分が何を一番に思っているのか……ありのまま、全てを。
(僕には何よりも大切な子が居るんだ……彼女には幸せで温かい夢を見てて欲しんだよ……鈴花の夢は僕が護る……護らなくちゃいけないんだ)
 強く強く意識を送る世羅。どのくらい時間が経っただろう、少女たちの腕をつかんでいた世羅の手がするりと外れ――がくんと世羅は床へ両膝を突いた。

●通じたかもしれない
(駄目か……?)
 普段やらないことを試みた反動か、世羅の心身を疲労感が包んでいた。世羅は顔を上げ、少女たちを見上げていた。
 すると少女たちはすっと刀を引いたかと思うと、霧散するかのように刀が消え失せた。と同時に、鉛のように重かった世羅の身体がすっと楽になった。
 少女たちはじっと世羅を見つめていた。先に口を開いたのはウィルドの方だった。
「……ありがとう。私はこのまま戻って……時が来るのを静かに待ちます」
 ウィルドは哀し気な微笑みを浮かべ、世羅にぺこりと頭を下げた。そのままくるりと背を向け、洋館を後にするウィルド。
「……ましい」
 完璧には聞き取れないつぶやきを残して。
「同じ存在……」
 残された少女がぽつりとつぶやいた。
「あなたが羨ましい……そしてその子が羨ましい」
 微笑みを浮かべる少女。その微笑みには何の違和感も感じない。心からの微笑みだった。
「私が護るのは、それだけの価値があるのか……分からない、私には」
 少女は静かに首を横へ振った。その瞳は憂いを帯びていた。
「……もうこれ以上、関わらない方がいいですよ。深く関われば、あなたはその子を護り切れなくなるかもしれない……」
 少女はそうとだけ言い残し、広間を後にした。残されたのは世羅ただ1人。
(説得は上手くいったようだけど……)
 よろよろと立ち上がる世羅。身体はもう重くはないが、疲労がかなり残っている。世羅は玄関に向けて歩き出した。
(何だかすっきりとしない終わり方だな。彼女の護る物も得体が知れないし)
 しかし今の世羅にはこれ以上のことはどうだってよかった。少なくとも説得は成功し、最悪の事態は回避されたのだから。
(戻る頃には鈴花の熱も下がっているといいな)
 世羅は鈴花の屈託ない笑顔を胸に思い浮かべながら、帰路を急いだ。

【了】