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人魚の泪石
あのねあのねっ。
せーやは今、中之鳥島ってゆーところに、武彦やみんなと、遊びに来てるの。
いろんな言い伝えのある島だから、ぜーんぜん、退屈なんてしないんだよ。
海やお山でたくさん遊んで、美味しいものいっぱい食べて、すっごく楽しいの。
…あ、そうだっ。
初めて会った人には、きちんと『じこしょーかい』しなさい、って武彦に言われたから、今からするね。
せーやのお名前は、こひなた・せいやっていうの。
漢字で書くと、小日向星弥。
…えへへっ、難しい字なのに、よく知ってるでしょ?
「お前は見た目は子供だけど、もう100年も生きてるんだから、そろそろ漢字ぐらい書けないとダメだ」
って、怖い顔して武彦が言うから、いっしょーけんめい練習したんだよ。
…それでね、せーやはホントは人間じゃないの。
天孤の一族の、お姫様なんだよ。
えっへん♪
◇
島に来て何回目かの夜にね(何日たったか忘れちゃった♪)、せーやはぐっすり寝てたんだけど、お隣で武彦が起きた気配がして、ちょっとだけ目を覚ましたの。
武彦は、髪の毛をガシガシガシーッて掻いて、窓のほうに行っちゃった。
武彦がカーテンを開けたから、
「武彦ぉ、どうしたの〜?」
こしこしって目をこすりながら、せーやも起きたよ。
だってお月様の光がまぶしくて、寝てられなかったんだもん。
それで、その時ね・・・どこかからお歌が聞こえてきたの。
綺麗だけど、哀しいお歌――。
ときどきね、泣き声にも聞こえるの。
武彦は、窓を開けて、そのお歌に耳を澄ませてるみたいなの。
だからせーやは聞いたんだ。
「武彦ぉ、知ってる人?」
って。
おねーさんの歌声は、遠くから聞こえてるんだけど、よーく聞いたら近くからも聞こえてきたの。
せーやがきょろきょろってお部屋の中を探したら、枕のトコに置いてあった石からも、おねーさんの声がしてた。
この石、キラキラして綺麗でしょ?
昼間に、武彦たちと海で遊んだときに見つけた、せーやの宝物なの。
「そいつな、『人魚の泪石』って言うんだとさ」
「なみだいし?」
せーや知ってるよ。
なみだって、悲しいときに出るものでしょ?
どーして『なみだいし』からおねーさんの声がするのかはわかんない。
でも、それじゃあ、人魚のおねーさんが泣いてるってことなのかな?
「ねぇ武彦、せーや、人魚さんのところに行きたいのっ」
ちゃんとお布団たたんで、お着替えしなくちゃ。
「おい星弥、そうは言っても外は暗いし…」
「大丈夫だよ♪もし危なかったら、もうひとりのせーやが助けてくれるもん」
お姫様のせーやは、とっても強いんだよ。
だから大丈夫。
人魚のおねーさん、ひとりぼっちじゃ可哀想だもん。
早く行って、ぎゅってしてあげるんだ!
◇
せーやと武彦は、洞窟を探して海岸を歩くことにしたの。
武彦がね、こんな話を聞いたことがあるんだって。
「なんでも、この島には人魚がいる洞窟があるんだと」
ふーん…そこが、歌ってるおねーさんがいるトコなんだよね。
「人魚の涙は『泪石』になるから、島の重要な収入源になるんだ」
「しゅーにゅーげん?」
「要するに、高く売れるってことだ。それで昔村人が、人魚を泣かせるために、人魚の恋人を殺してしまったらしい」
「えっ…?」
それは、すごく悲しいことなの…。
せーやだって、もし武彦が死んじゃったら、いっぱい泣いちゃうと思うもん。
だから、そんなひどいことしたらダメなの!
「…星弥」
ポンポンってせーやの頭を叩いて、武彦がちょっとだけ笑った。
気がつかないうちに、武彦のおててをギューッてしてたみたい。
「ほら、行くぞ。『人魚さん』を慰めてやるんだろう?」
「うん♪」
武彦とお話ししてる間に、昼間、なみだいしを拾ったあたりに着いたの。
泣き声は、ずーっと続いてる。
せーやは、天孤のお耳を出して、風さんの声に耳を澄ましてみることにしたの。
狐のお耳はとっても性能が良くて、遠くの音でもハッキリ聞こえるんだよ。
えーっとぉ…
「ねぇ、武彦ぉ…あれ、見て?」
おねーさんの声が聞こえてきたほうを見てたら、海のお水がきらきら光ってたの。
お月様の光を受けて、キラキラって。
「泪石、か?」
武彦がまゆげの間にしわを寄せて、うなった。
うん、海の上に浮いて光ってるのは、せーやの宝物とおんなじ…おねーさんのお歌が聞こえてくる石みたい。
なみだいしは、洞窟から流れてきてるんだって。
風さんがそう言ってるの。
「武彦、こっちだよぉ」
せーやは、武彦のおっきな手を握って、砂浜を走ったよ。
だって、おねーさんが呼んでるんだもん。
急いで行かなきゃなの!
◇
人魚のおねーさんの洞窟は、海の中にあったの。
ううん、えーっと…かもふらーじゅ?
そう、かもふらーじゅしてあって、『外からだと海の中にあるみたいに見えるけど、実はそんなに深くない』って、武彦が言ってたの。
だからせーやは、武彦に抱っこしてもらって、おめめを閉じて、息を止めて、海の中に潜ったんだよ。
それで気がついたら、おっきな洞窟の中にいたの。
天井がとっても高くて、薄暗くて、ちょっとだけ怖いところ。
濡れたTシャツを絞りながら、武彦が言った。
「歌声、ずいぶん大きくなったな」
「うん…なみだいしも、いっぱいなのー」
洞窟の中には、なみだいしがいっぱいあって。
おねーさん、いっぱいいっぱい、泣いたんだね。
「きっと人魚を監禁した場所を知られたくなくて、こんなに厳重にカモフラージュしてたんだろうな」
武彦の声は、いつもよりちょっとだけ怖い。
歌声に導かれるままに歩いていったらね、そこにいたの。
――人魚のおねーさんが。
おねーさんは、青いお顔で、地面に横たわって泣いてたの。
ときどきしっぽの部分がピクリって動くんだけど、ぜんぜん元気がない。
「だいじょーぶっ、おねーさん?」
せーやはおねーさんのところに走っていったよ。
あとから武彦もついてくる。
「う…」
おねーさんは小さく呻くと、体を起こしてせーやたちを見た。
「だ、れ…?」
ポロリ、とおねーさんの瞳からこぼれた涙の粒が、石に変わって地面に転がったの。
せーやは、おねーさんの身体をぎゅって抱きしめた。
かわいそうな、人魚のおねーさん。
もう泣かなくてもいいんだよ。
せーやが…せーやと武彦がきたから、大丈夫なんだもん。
「ああ、温かい…」
カツン、カツン。
なみだいしが転がり落ちる。
「星弥、お前…?」
武彦が、ビックリした顔でせーやを見てた。
ううん、せーやの腕についてる、金の腕輪を見てたの。
いつもは、せーやの力をせーぎょするためについてる腕輪なんだけど、腕輪が光ってるの。
その光が、だんだんおねーさんを包んでいってる。
「わたしも、あの人のところに…」
「おねーさん…?」
だんだん、おねーさんの体がモヤモヤになっていって。
しばらくしたら、おねーさんは消えちゃってた。
「成仏、したのかな」
武彦が、せーやをだっこしてくれながら、ひとりごとを言ったの。
うん、そうだね…きっと、人魚のおねーさんは、じょーぶつしたんだよね。
天国で、恋人さんと会えてるといいな♪
◇
旅館に帰って、せーやと武彦は、一緒のお布団で寝ることにしたの。
もう目をつぶっても、悲しいお歌は聞こえてこなかったよ。
ぎゅっと握ったなみだいしからは、優しい波の音が聞こえてきて、せーやたちは、すぐに寝ちゃったの――。
おやすみなさい、人魚のおねーさん♪
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