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<PCシナリオノベル(シングル)>


先見の鏡
 銃身に沿って伸ばした人差し指で標的の眉間を示し、中指でトリガーを引く。
 軍服姿の骸骨に接近を許す事なく、月見里千里は掌サイズの銀の小型銃…デリンジャーで迎え撃つ。
「りっちゃん、ちゃんと照らしててねー♪」
 洞穴の中は暗い。
 唯一の光源である丸い光の輪が、人の首の動きに合わせて大きくがくりと地面の小さな石筍の群れを照らし、また奥に向かうってぎこちなく動く死霊を捉える。
「い………ッ!」
喉の奥から女の子らしい悲鳴を上げかけたが、沈着冷静をウリとする自尊心にどうにか踏み止まり、りっちゃんこと蒼梨花は何か動く気配がする度に目を向けてしまう…その毎に響く銃声は、反響して短い木霊になって耳を打った。
「ミッション、コンプリートー♪物理攻撃の効く相手で助かったね、りっちゃん♪」
 岩壁にへばりついて冷や汗を浮かべる梨花と対照的に、銃を片手に朗らかな千里。
「あれ、りっちゃんどうしたのー?」
ヘッドランプ付ヘルメットが、水色のサマードレスにミスマッチな…友人の表情が強張っているのに、心配そうに顔を覗き込む千里。
 梨花は細く息を吸い込んで気持ちを落ち着けると、千里の顔を見上げて長い三つ編みを揺らした。
「ちー、あんたの言うステキなモノってのはコレの事?」
コレ、とは地面の上でバラけた人骨を指す。
 誘われて避暑に訪れた中ノ鳥島…白い砂浜、青い海、高くはないが山もあって森が広がり、夏を楽しめと言わんばかりの場所、と聞いて来はしたが。
「こんなのがゾロゾロしてるなんて聞いてないわよ。」
「えー、でも東京にはもっと沢山の種類がゾロゾロしてるよー?」
この場合、常識云々の問題ではなく、ただ単に慣れだろう。
 日常的に非日常に首を突っ込む千里と違い、怪異と縁遠い生活を送っている梨花にとって信じがたい現実を暴露し、微笑する。
「もー、りっちゃんってばこんなのがそんなハズないじゃない。ステキなのはこの洞窟のもっと奥にあるんだよー♪」
 白のノースリーブのワンピースに硝煙の匂いを漂わせる千里に、梨花はこめかみを指で揉みほぐした。
「ちー、あんたって子は…。」
「りっちゃん…もしかして帰っちゃうの?」
道には迷うまい。道中倒して来た死霊が道標になる。
 が、乙女として座らせたくない肝もある。
「いいわ、最後まで付き合うけど…絶対に一人にしないでねッ!?」
「だいじょーぶだよ☆りっちゃんてば寂しがりやさん♪」
怖いから。とは決して言えない梨花と、それと気付かない千里とで、存外にいいコンビである。


 以降の道程は、ほぼ一本道であった鍾乳洞、行く手から光が洩れるのに二人の少女は顔を見合わせた。
 鍾乳石の成長が水音で響く他、注意を引くものは何もない…彼女等はその明るい空間をそーっと覗き込んだ。
「うわぁ、キレー♪」
千里が感嘆の声を上げる。
 そこは広間だった。
 地表に近いのか、天井部分に走るひび割れから洩れる光が洞穴内を照らし出し、薄明かりに景色を明確にさせる。
 暗い鍾乳洞内を来た目には充分な明度だ。
 そして、その光が映し出す光景は、床一面の薔薇の群れ。
 敷き詰められた花は、赤、黄、白、紫と、とりどりの色濃さで点在し、また同色で固まり、足の踏み場もない。
「すごいわね。」
それは素直に認めるが、梨花は溜息と共に眉を顰めた。
「……アレさえなければ。」
その視線の先…風にたゆたうように体重の移動を感じさせずに白衣の死霊が漂っていた。
 先の骨体標本とは違い、生前の肉付きはそのままだが、実体のなさを示して足下が透けている。
「せっかくの花が台無しじゃない!」
「気にしなければ平気だよー♪」
「イヤなのよ!存在を明確に証明出来ないモノは全体的に!」
 千里のポジティブな意見に理系特有の思考回路で応戦した梨花は、両手を腰にあてた。
「じゃ、ステキなモノも堪能したし、そろそろ戻りましょう。」
「え、コレじゃないよ?」
千里はあっさりと切り返すと、広間の奥に目を凝らし、黒々とした横穴の窪みを発見する。
「あそこからもう少し奥に行けそうだね♪行ってみよ♪」
言い、ためらいなく花畑の中に足を踏み入れた…途端、足の下で何かが砕ける乾いた音がした。
「ちーッ!」
千里の腕を掴んで、梨花が鍾乳洞の中に引き戻す。
「何?りっちゃん?」
 突然の行動に面食らった千里だが、友人が青ざめた顔で己が足を踏み入れた場所を凝視する先を見る…黄ばんで乾き、中程から折れた棒状の…それは、髑髏の横、こちらに向かって腕を伸ばす形であった、腕の骨の一部であった。
「え…?」
言葉をなくす千里。
 俯けに倒れた形を保ったまま、元は白かったであろう衣服の切れ端をそのままにした骸を覆い尽くすように、薔薇は咲く。
 梨花は恐る恐る、内の一本に手を伸ばし、花弁を一枚むしり取る。
 途端、黄色い花粉が花の中心から零れ落ち、鼻腔に甘ったるくねばつくような香りが届く。
「おかしいと思ったの…この花畑、どうして葉が一枚も見えないの?」
「ホントだ…。」
言われてみれば確かに。
 広間を埋め尽くすのは大輪の薔薇の花の原色ばかりで、緑の色は微塵もない。
 梨花はハンカチで鼻を押さえ、千切った花弁を光に照らした。
 それが真に花を構成する部分であるならば…見える筈のない葉脈が走る様が顕わになる。
「これ、全部葉っぱなんだわ。ホントの花は、中心の部分だけ…変に甘い匂いもこの死体がある所を見ると身体にいいとはお世辞にも思えないわ…戻った方が賢明ね。」
理路整然とした梨花の推察に、千里は眉をハの字にした。
「えーッ、せっかくここまで来たのにー?」
「ちー…あんた、今の私の話聞いてた…?」
梨花の額に青筋が浮かぶ。
 対して、千里は胸の前で両手を合わせた。
「ちゃんと聞いてたよー。花粉を吸い込まなければいいんだよねッ☆」
途端。
 掌の中で光芒が弾け、その両手には無骨な銀色のガスマスクが二つ、下げられていた。
「これさえあれば花粉なんてへっちゃら♪はい、これりっちゃんの分ー♪」
にっこりと笑って差し出されたマスクを思わず受け取り、梨花は肩を落とす。
「ちー…あんたって子は…。」
目的を達成する為ならば、手段を選ばない強引さを一途と称してよいものか。
 友の有り様に悩む梨花であった。


 花畑の広場を抜けて更に奥、横穴は人一人がようやく通る事の出来る幅で、所によっては腰を屈めねばならない箇所もあったが、死霊も罠もなく難なく通り抜けた先…広くはないその場所は、神々しい、と称するが最も適切であろう。
 石英の混じった岩壁は、雲間から零れる光の帯を思わせる幾筋もの陽光を反射させてきらめき、乳白色の鍾乳石が石筍とつながって大理石に似た柱で天と地とを結ぶ…この空間が構成されたのは鍾乳洞内でも最古の年代にあたる事が推測される。
 ひたすら、白に支配された空間。
「あったー♪きっとあれだよ、りっちゃん♪」
一応の用心にデリンジャーを構えていた千里は、声を弾ませた。
 銃口で示す先、西洋の聖画を思わせる風景の中に…ぽつんと小さな社があった。
 壁に埋め込まれる形で古びたそれ、枯れた榊に朽ちかけた注連縄から詣でる者も絶えて久しいのだろう。
 だのに。
「巫女さんが居るのは何で?」
梨花の最もな疑問への答えは、紅袴の装束の…姿が風景を透かしている事だろう。
 それだけであれば、往路に出くわした死霊との違いを挙げるに難だが、彼女等と同年代と見えるその眼差しに間違う事なき意思が見える。
「こんにちわー☆」
「ちー!」
警戒なく人間関係の基本から声をかけた千里を梨花が制止しようとするが、時は遅く巫女装束の少女の眼差しは彼女達を捉えていた。
「襲いかかって来たらどうするのよ!」
「えー、大丈夫だよ。」
「その根拠は?」
「何となく☆」
 脱力感に苛まれる梨花を置き、千里は巫女の前に立った。
「未来が見える鏡があるって聞いて来たんだけど、ここであってるかなー?」
人懐っこい千里の笑みを乗せた問いに、少女は眉ひとつ動かさずに頷いて真っ直ぐに千里を見上げた。
「未来を垣間見、後悔しないでいることができるか?」
問いを向けられ、千里は首を傾げる。
「だいじょーぶ☆彼と幸せにならないハズないもんッ♪」
迷いの欠片もない千里の言に、少女はす、と動いて鏡を示した。
「見てもいいの?ありがとう♪」
満面の笑みで礼を述べ、千里はまだ入り口に居る梨花を手招く。
「りっちゃん早くお出でよー。これが言ってたステキなモノ♪未来が見える鏡だよーッ♪」
用心深い梨花は巫女がその場から動く様子がないのを確かめ、千里の傍らまで来ると片眉を上げた。
「ちー、あたしが占いの類は信じてないって知ってるでしょ?なのに何で未来を見なきゃいけないワケ?そもそもあんたはとっとと嫁に行く予定でしょうが。確認してみてどうするの。」
「だからじゃない♪あの人との将来見届けるの♪」
「………あたしは遠慮するわ。ちー一人で見届けてなさいな。」
「折角ここまで来たんだから一緒に見よーよー♪」
千里は些か強引に梨花の肩を押し、社の前まで連れ立つ。
 社の中央、直径30pほどの神鏡が、磨き上げられた鏡面で、少女二人の顔を映し出す。
「お願いします、あたしとあの人との未来を見せて下さい☆」
千里の柏手に鏡面が光を反射すると同時、鏡が結ぶ像が形を変えた。
「あ、あたし髪伸びてるー♪」
「意外とショートも似合うわね。」
 鏡の内で、歳を重ねた二人が背を向けて立つ。
 場所は空港のロビーらしい…壁一面の窓に飛行機の発着場を望み、談笑する二人は腕時計を見ると、まだ遠い点にしか見えない機体を指さす。
「もしかして、あの人が帰ってくるトコロかなッ☆」
「…あたし、そんなトコまで付き合わされてるのね…。」
感慨深げな感想はさて置き、着陸体勢に入ったジェット機が肉眼で見える距離まで近付く。
 見守る千里の眼が、再会の喜びに潤む。
 が、車輪が滑走路に触れた瞬間を狙ったかのように、左翼のエンジンが突如として火を噴き、それによって大きくバランスを崩した機体の重さに翼はもげて胴体は折れ曲がり、路面を滑り続け、そして。
 炎に包まれる。
「いやーッ!」
現在の千里の声と、鏡の中の彼女の口の動きとが合わさった。
 だが、拒絶の叫びに応じる様子はなく、真円の神鏡は業火に包まれる機体の様を映し続ける。
「こんなものーっ!」
「ちー!」
涙の溢れる眼を鏡に据え、千里は至近でデリンジャーの引き金を引く。
 銃声が洞内に響き、追って透明な破砕音が木霊した。
「ちー、望んだ結果が見えなかったからって、それは勝手が過ぎるわ。」
千里の腕を取り、銃口を逸らした梨花が、静かに諭す。
 それでも至近で放たれた銃弾は鏡の端を掠り、放射状の罅を左上部から中心に向かって走らせていた。
「りっちゃん、りっちゃん、どうしよう…あの人が…死んじゃうよー……。」
しゃがみ込んで震える千里の肩を抱き、梨花はきっと顔を上げた。
 二人を見下ろす形で立つ巫女の…左のこめかみから頬にかけて走る放射状の傷は鏡のそれと同じ。
「……聞くわ。あれは未来の事なのね?」
「そうだ。」
短い応えに眼差しをきつくすると、梨花はふ、と肩の力を抜いた。
「よかったわね、千里。あれはこの先の出来事ですって。」
「ちっとも良くないよ〜…ッ。」
 泣きじゃくる千里の背をぽんぽんと軽く叩き、梨花は眼だけは巫女に据えたまま優しく告げる。
「ちー?たとえ事故が起きるにしても、いくらでも変えれるじゃない?空港で待たずにちーが迎えに行けばいいのよ。髪を伸ばさずにいるのも手段だわ。私も協力するから…願掛けがわりにこのまま切らずにいて上げようか?それだけでもうあの未来は存在しない…そうよね。」
最後の言葉だけは巫女に向け。
「友達がとても失礼な事をしてしまったのは謝るわ、ごめんなさい。」
梨花は千里を促して立ち上がらせる。
「お前は未来が見たくはないのか?」
巫女が梨花の背に問う。
 鏡の周囲が靄立ち、亀裂を埋めるように吸い込まれると同時に巫女の顔に走る傷も消えて行く。
 梨花は、一旦足を止め肩越しに振り返った。
「あたしは現在しか信じてないの。曖昧すぎるのよ、占いも…未来も。」
少しの笑いを名残に、梨花は千里に肩を貸しながらその場を後にした。
 一人残された巫女…鏡の付喪神は、少女等が姿を消した唯一の出入り口に視線を据えたまま…ただここで訪う者に応じ続ける時間を過ごし続ける。
 過去も現在も未来も動かない地の底で。