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<PCシナリオノベル(シングル)>


深く静かに・・・
●不慮の事故
 日が差さないのだろう、身体を包む海の色が次第に暗く変わってゆく。海面にはいくら手を伸ばしても届かない。遥か遠くに見えていた。
(あたし、死ぬんやな……)
 遠くなる意識の中、松本純覚はぼんやりとそんなことを考えていた。過去数多くの修羅場と冒険を乗り越え、その度に死を回避してきた純覚だったが――そういう者だからこそ、きっと死の瞬間はあっけなく訪れるのだろう。不慮の事故という形で。
 中ノ鳥島の綺麗な海を、純覚は泳ぐことによって堪能していた。静かな海、牙を剥くことなど考えられない穏やかさだった。しかし、その穏やかさに騙されて純覚は油断していたのかもしれない。突然、誰かが純覚の足をぐいっと強い力で引っ張ったのだ。普段の純覚なら、引っ張られる前に気配なり何なり感じていたであろうはずなのに。
 もちろん純覚は激しく抵抗した。だが、相手は純覚の足を決して放すことなく、純覚を深い海の底へと連れて行こうとする。純覚が抵抗しても、それを遥かに上回る力で……。
(ホテル出る前に、誰か何か話しとったな……何やったっけ……)
 いつしか純覚は抵抗することを止め、相手のなすがままになっていた。手には、肌身はなさずつけていたお守りをしっかりと握り締めていた。決して手放す訳にはいかないお守りを。
(そうや、幽霊が……想い出……)
 視界が狭まって、目の前が暗くなってくる。思考能力も、もうほとんどなくなっていた。
(……あたしの……想い出……)
 覚えているのはそこまでだった――。

●夕暮れ時
 ガクンッ、と身体が大きく揺れた。ややあって、耳にアナウンスが聞こえてくる。
「……この列車は当駅止まりです。どなた様もお降りください……」
 純覚はゆっくりと目を開いた。そこは列車の中、学生やサラリーマンやらが慌ただしく列車から降りてゆく。外はもう夕暮れだった。
「寝てもうたんやな」
 純覚は小声でそう言うと、座席から立ち上がって列車を降りた。疲れていたのか、つい列車の中で眠ってしまったようだ。
(変な夢やったなあ。あんまり覚えてへんけど……)
 夢という物は目覚めると記憶が曖昧になってしまう。断片的には覚えてはいるが、詳細までは分からない。まあ、だからこそ夢と言うのだろうが……。
「海行きたいな……」
 純覚はぼそっとつぶやき改札を抜けていった。

●アイツ
 スーパーで買い物を終え、純覚はアパートへ戻ってきた。そして鍵を開けようとしたが、中から人の気配がすることに気付いた。
 一瞬強張る純覚の顔。だが、それはすぐに和らいだ。気配の主は、純覚のよく知る青年であったからだ。
(来とるんや……アイツ)
 くすっと笑みを浮かべ、純覚は扉を開いた。
「ただいま」
「おう、おかえり」
 部屋の中から青年の声が返ってきた。青年はふかしていた煙草を灰皿へ捨てると、純覚の方を向いた。
「来とったんやね」
「まあな」
 短く答える青年。その瞳はじっと純覚を見つめている。
「そないじろじろと見て……うちの顔に何かついてんの?」
 純覚は荷物を置き、靴を脱ぎながら言った。
「いいや。相変わらず、いい女だなって」
「アホ。何を馬鹿なこと言うてるんよ」
 冗談ぽく言う青年に、純覚も冗談ぽく返した。けれども純覚には分かっていた、青年は真面目に言うのが照れくさいのだと。だから純覚も同様に返したのだ。
 純覚と青年は同い年だった。今からそう遠くない高校時代、共に修羅場を潜り抜けてきた頼りになる相棒。そして――かけがえのない恋人だ。
「どうせ、お腹空いとるんやろ? 今から作ったるから、ちょお待ちや」
 純覚は青年の元へは行かず、そのまま台所に入った。
「食べられるもん頼むな」
「旨さにびっくりして、腰抜かしても知らんで」
 笑いながら純覚は言った。いつもの会話、いつものこと。何事もない日常が、純覚と青年を包んでいた。

●胸騒ぎが
「ごちそうさま」
 青年は空になった皿の上にフォークを置いた。今日の夕食はスパゲティ・ミートソース。青年はそれを2杯も食べていた。
「美味しかったやろ?」
 純覚は皿を片付けながら青年に尋ねた。いつもの質問。
「まあまあだな」
 素っ気無く答える青年。いつもの答え。口の回りに、ミートソースがついていた。
「あー、ほら、口についとるで……」
 ティッシュを取り、純覚は青年の口元をそっと拭ってあげた。その間、青年はじっと純覚を見つめ続けていた。
「……どうしたんよ?」
 拭う手を止め、純覚が尋ねた。青年は先程から頻りに純覚のことを見つめている。普段以上に。それゆえ、純覚は胸騒ぎを感じていた。
「何でもない」
 青年はそう答えると、視線をテレビの方へ向けた。純覚もそれ以上は聞くのを止め、皿を手に台所へ向かった。
(何考えとるんやろ……)
 青年は時折遠くを見ていることがあった。目の前の光景ではなくその先にある何かを見ている、純覚はそう感じていた。そして今の視線もまた、それに似た感覚だった。純覚が胸騒ぎを感じるのも仕方のないことだろう。
 台所へ入った純覚は、黙々と洗い物をこなしていた。背後からはテレビの音声が聞こえてきている。その音声が、不意に途切れた。
 しばしの沈黙の後、青年の気配が近付いてくるのを純覚は感じていた。
(どうしたんやろ)
 そう思いながら純覚が洗い物を続けていると、青年が背後から声をかけてきた。
「今日、泊まっていってもいいか」
「……別にええけど。でも、珍しいやん……」
 純覚は1拍置いてから答えた。青年がそんなことを言うのは珍しかったからだ。
(やっぱりおかしい)
 純覚の胸騒ぎが一際大きくなった。と、背後から青年がぎゅ……っと純覚の身体を抱き締めた。
「ちょ、ちょっと! まだ洗い物の途中……んっ……んん……」
 驚き振り返った純覚の唇を、青年の唇が塞いだ。スポンジが、するりと床の上に落ちた――。

●違うから
 純覚が心地よい疲れと満足感から目覚めた時、窓からは月の光が差し込んでいた。はっとして上体を起こし、純覚は隣を見た。そこには穏やかな表情で寝息を立てている青年の姿があった。
(何や……居るやん)
 安堵の表情を浮かべる純覚。そしてくすっと笑った。不安がっていた自分を笑うがごとく。
 純覚は自分の姿を見た。シーツに包まっている以外、何も身につけてはいない。生まれたままの姿。肌には修羅場を潜り抜けてきたうちについた様々な傷痕、そして胸元にはついてまだ間もない青年の愛の証。そっと純覚はそれを指先で撫でた。
「ん……うん……」
 青年が目を覚ました。
「あっ、ごめん。起こしてもうたみたいやね……」
「いや、いい」
 青年は上体を起こすと、乱れた前髪を掻き揚げた。首筋には、純覚の愛の証がついている。純覚は不安そうに青年を見つめていた。それに気付いたのか、青年が笑みを浮かべた。
「ああ……俺はどこにも行かないから。そんな顔するなよ」
 青年はそう言うと、純覚の背中にそっと手を回した。
「ずっと一緒だからな……」
 そのまま純覚の身体をぐいっと抱き寄せる青年。純覚はそのまま身を委ねようとした。だがその時、右手に何かが触れた。
 純覚は首を動かして右手を見た。手の中にはお守りが1つ。
(何でこないな物が……?)
 疑問に思う純覚。すると、純覚の後頭部に鈍い痛みが走った。
 純覚の脳裏に、様々な光景が浮かんでは消えてゆく。海で泳いでいた光景……青年とよく似た男から依頼を受けた光景……そして、夕食の後で青年が自分にお守りを渡している光景……。
(違う!)
 大きく目を見開いた純覚は、すぐさま青年の腕を振り解いた。突然の純覚の行動に、怪訝そうな表情を浮かべる青年。
「違う……あの時アンタは、あたしにこれを渡したんや……」
 純覚はお守りを青年に見せた。青年は無表情にそのお守りを見ていた。
「思い出したんや、何もかも。ここはあたしの想い出の中……だから『アンタ』も『アイツ』やない……」
 純覚は青年に哀し気な瞳を向けていた。青年は何も答えない。
「『アンタ』が『アイツ』やったらこのまま一緒に居てもええかもしれへん……けど、違う。あたしは『アイツ』の居る世界へ帰らんとあかんのやっ!!」
 純覚は渾身の力を込めて、目の前の青年を突き飛ばした――。

●想い出から現実へ……
「わっ! 危ないな……」
 呆れたようなつぶやきが純覚の耳に聞こえてきた。
 純覚がゆっくりと目を開くと、そこにはぼやけてはいたが青年の姿があった。すぐさま上体を起こし、ぎゅっと抱きつく純覚。
「アンタが何でここに居るんよ……あたしなんかのために……アホ」
 純覚の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「おい……大丈夫か? 自分の名前は分かるよな?」
 純覚の耳に困惑した声が聞こえてくる。
(え?)
 我に返った純覚は目の前の青年を、もう1度見てみた。そこに居たのは、水着の上にパーカーを羽織った草間武彦だった。純覚は慌てて草間から離れた。
(見間違うた……!)
 頭を振る純覚。まあ見間違うのも無理はなかった。草間は、件の青年にどこかしら似ていたのだから。
「しかし驚いたぞ。人気のない、こっちの海岸へ来てみたら、ぷかぷかと浮いていたんだからな。おまけに、さっきは突き飛ばされそうになるし」
「ごめん、迷惑かけたみたいやね」
 溜息混じりに言う草間に、純覚は素直に謝った。
「何にしろ、無事でよかった。っと、そうだ。これ返しておくな。砂浜へ運ぶ途中で、手から落ちたんだ」
 草間はパーカーのポケットからお守りを取り出し、純覚に手渡した。6年前のあの日、純覚が青年から託されたお守りだ。
 純覚は両手でお守りを握り締め、無言で頷いた。

【了】