コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


深く静かに・・・

●海の底
 海は果てしなく広く、深い。人類のみならず総ての生命の母なりし存在、海。海は未だ人智の及ばぬ場所が多くある。深き海の底には一体何があるのか、それは永遠に分からない事なのかもしれない。
 一口に海と言っても、見るもの、見る場所によってその表情は様々に変わる。透明度が高く、アクアマリンのごとき輝きを放つ海もあれば、緑に濁り、ほとんど何も見渡せぬ海もある。
 幸いにして、今回神崎美桜が訪れた海は前者であったようだ。美しく透き通った水面からは色とりどりの珊瑚が見渡せ、宝石のように光る熱帯の魚たちが水の中を泳ぎまわっている。
 夏の暑い陽射しを浴びながら、彼女はそんな南国の楽園で、魚と戯れていた。
「亮一兄さん、こっちこっち!」
 自分をこの島まで連れて来てくれた兄代わりの者の名を呼びながら、彼女ははしゃいで海の方へと駆けていく。
「美桜! あまり遠くまで行ってはいけませんよ!」
「はぁい」
 いつもに無く、明るい笑顔で彼女は返事を返した。南国の海を見て開放的な気分になっているのだろう。紺碧の海の中に身を躍らせた彼女は、しばしの間泳ぎつづけた。
 すると、突然片方の足が何かに絡められたかのように動かなくなった。
「え?」
 何か得体の知れないものが彼女の足を掴み、強い力で海の底に彼女を引きずり込もうとしている。
「いや! やめて…!!!」
 神埼は慌てて水の中でもがきだすが、海の底へ引きずり込もうとする力に抵らうことはできなかった。神崎は海の中に引きずりこまれた。
(亮一兄さん、助けて…)
 遠のいていく意識の中、彼女は必死に兄代わりの男に助けを求めるのだった。

●思い出
 漆黒の闇が支配する沈黙の世界。意識を失った神崎は何も見えず、聞こえないこの世界で、眠りについていた。
 どれくらいの時間がたっただろうか。一時間? 一日? いや、逆にほんの数秒のことだったかもしれない。何者かの呟き声が聞こえてきた。遠くで小さな声で話しているらしく、最初はまったく聞こえなかったが、だんだんとその声がはっきり聞こえてくる。
「亮一兄さん、待ってぇ」
「あはははは。こっちだよ美桜」
 二人の少年少女が楽しげに会話しているようだ。ぼんやりとその光景が見えてくる。声の主と思われる小柄な少女と、背が高い少年が無邪気に遊んでいる。これはどうやら自分がまだ子供の時の光景らしい。いつもは化け物扱いされて、檻の中に閉じ込められていた自分がたったの一度だけ、兄と思い慕っている少年に連れ出してもらった花園での一時。
 楽しかった。暗い檻から開放され、人間らしく振舞えた時間。草は緑で、空は青く、風は優しく、そして太陽は明るかった。ごく当たりまえの事が至高の贅沢のように感じられた。それほどに檻の中での監禁生活は辛かったのだ。
 だが、そんな幸せな時間もすぐに終わりを迎える。
 彼女が檻からいなくなったことに感づいた両親が、彼女を連れ戻しに現れるのだ。抵抗し、嫌がる彼女を無理やりに捕まえる両親。
 慌てて彼女を助けようとした少年は、その少年の親達に押し止められる。
 あれは化け物の子なのだから、なぜ化け物を連れ出したりするのか。
 口々にそう咎められ、彼は必死に抵抗した。
「違う! 彼女は俺達と同じ人間だ!! 化け物なんかじゃない!」
 虚しく響く叫び声。その時の少年はまだ、それに抵らうだけの力は持っていなかった。
 結局彼女はまた、檻の中に連れ戻された。
 暗く冷たい牢獄の中、両親から浴びせられるのは、化け物という嘲りと自分たちに迷惑をかけたということに対する罵倒であった。
 一時の楽園は終わりを告げ、また地獄の日々が始りを告げる。
 だが、彼女はそれを受け入れることはできなかった。少年に連れられて見てきた世界と、楽しい一時。それをなぜ自分は取り上げられなければならないのか。今までは、人の気持ちが分かってしまう力のせいで皆が迷惑をしており、自分が我慢することで皆が幸せになれるならばと自分を抑えることができた。しかし、その枷が断ち切られた時、悲劇が起こった。
「もういや! どうして私だけがこんな目にあわなくてはいけないの!?」 
 神崎は己の持つ精神感応能力を暴走させたのだ。それは。その場に居合わせた自分の両親や、少年の両親に向けられ、憎しみと悲しみの気持ちが強く増幅する。それはただの人間に耐え切れるものではなく、彼はあまりの気持ちの強さに、己の首を自らの手で絞め自殺した。
 後に残されたのは、あまりの事に呆然と立ち尽くす少年と、力を使い果たして倒れこんだ神崎のみであった。

●夢は醒めて…
「いやぁ!!!」
「大丈夫ですか、美桜さん!?」
 悲鳴を上げて目を覚ました神崎を少年、いや、少年が成長した兄代わりの青年が心配そうに覗きこんでいた。
「あれ、亮一兄さん…。私、一体…?」
「良かった。大丈夫のようですね。貴女は海で溺れたんですよ。すぐに俺が助けたからいいものの、もう無茶はしないでくださいね」
 神埼が辺りを見回して見ると、そこは白い砂が広がる砂浜であった。
 彼の話によると、海を泳いでいた彼女が突然もがき始めたという。それを見た彼が慌てて、海に沈む彼女を引き上げたのだ。
 足でもつったのではないかと青年は言っていたが、神崎は確かに海の中で自分の足が何者かに掴まれた感触を覚えていた。もがく自分を海の底へひきずりこもうとする強い力も…。
 そう言えば、ホテルの従業員がこんな事を言っていた。
 海で死んだ人の霊が出るという。その霊は、ひとつだけ『自分の想い出』を。ただし、心の弱い人は、想い出の中でそのまま死んでしまうこともあるとか…。
 だとすれば、自分が海で出会ったのはその霊なのだろうか。実際気を失っている時に見た夢は、まさしく自分が幼い頃に迫害されていた思い出なのだから。
 そう、自分は両親のみならず、今自分の目の前で心配してくれる彼の両親すらも殺したのだ。そんな自分が幸せになって良い訳が無い。
 そう思うと、神崎の頬に自然と涙が伝った。
「ど、どうしたんですか、美桜?」
 突然泣き出した神崎を見て、青年は慌てふためくのであった。