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<PCシナリオノベル(シングル)>


森の中『冒険日記』
●迷い道、迷い道
 薄暗い森の中を、少女が1人で歩いていた。後ろで1本に結んだ三つ編みが歩く度に左右に揺れ、そして結ばれた紐についている鈴がチリチリンと綺麗な音で鳴り響く。
(道を間違えたのかな……)
 少女――滝沢百合子は不安げな眼差しで周囲を見回した。目に入るのはうっそうと生い茂った木々ばかり、人の姿は全く見られない。
 百合子がこうして森の中を歩いているのには理由があった。何でもこの森には、樹齢500年になる大きな木があり、その木には『自分の願いが1つだけ願いがかなう』という噂が囁かれているそうだ。そしてその話に興味を持った百合子は、1人で森の中に入ったのだ。誰にも行き先を告げずに。
 願いが叶う木は何とも神秘的である、森へ入る前の百合子はそう考えていた。だがしかし、道に迷ってしまったと思われる今は、そうとばかりも言っていられない。
(このままだと、遭難しちゃうわ)
 百合子は空を見上げた。空にはちらほらと星が見えている。そして風が吹いてきたのだろうか、木々がざわっと揺れた。
「明るい時は心地よかったのに……」
 ぽつりつぶやく百合子。ぎゅっと護身用の竹刀を握り直した。
 森に入った当初は清々しい物を感じていた。けれども、夕方が近付くにつれ次第に雰囲気は変わってゆき、今では当初の清々しさが消え失せていた。
 不意に百合子は立ち止まり、背後を振り返った。もちろんそこには誰も居ない。小さく息を吐く百合子。
「……気のせい、よね」
 再び歩き出す百合子。しかし百合子の胸の中には、釈然としない思いがあった。
(でもこの森、何だか変)
 気のせいなのかもしれないが、百合子は先程から誰かに見られているような気がしていた……。

●混迷は深く
 木々が風に揺れていた。ただ揺れているだけなら別に構わないのだが、揺れる度に無気味な音を立てているのには閉口してしまう。
「嫌な音……」
 百合子は溜息混じりにつぶやいた。この無気味な音を聞くと、集中力を乱されるような感じがしていた。
 もうどのくらい歩いただろうか。大きな木どころか、森の外にも辿り着きはしない。
「あれ、ここ……?」
 はたと立ち止まる百合子。怪訝そうに周囲を何度も見回した。
「やっぱり、そうみたい。さっきも通った場所だわ……」
 百合子は愕然とした。何だか見覚えのある光景だと思ったら、すでに通った場所だったのだ。どうやら彷徨っているうちに、元の場所へ戻ってきてしまったようだ。
(このまま出られないのかな)
 一瞬、そんな悪い考えが百合子の頭の中をよぎった。しかし百合子はその考えを即座に打ち消した。
(ううん、きっと出れる。とにかく進まないと……)
 百合子は先程ここを通った時とは違う方角へ歩き出した。

●導き
 なおも歩き続ける百合子。途中で何度も立ち止まっては、背後を振り返っていた。
(誰かついてきてる……)
 背後には誰の姿もない。けれども確かに百合子は何者かの気配を感じていた。
(……まさか幽霊?)
 気配はあれども姿はない。となれば幽霊なのかもしれない。百合子はじっと竹刀を見つめた。
「痴漢なら何とかなるけど、さすがに幽霊は……」
 百合子の考える通り、幽霊には竹刀で攻撃しても恐らく効き目はないだろう。
 と――近くの草ががさがさっと揺れた。反射的に振り向き、竹刀を構える百合子。
「誰っ!?」
 しばしの沈黙。そして木の陰から人影が現れた。
「え?」
 百合子は我が目を疑った。目の前に居るのは小さな女の子だったからだ。女の子は怯えた瞳で百合子の構えている竹刀を見つめていた。
(あ……)
 女の子の視線に気付いた百合子は、すぐに構えを解いた。そして女の子の視線に合わせてしゃがみ込んだ。女の子を安心させるために。
「どうしたの? 迷子になっちゃったの?」
 自分の今の立場はさておいて、女の子に優しく問いかける百合子。女の子はふるふると頭を振った。
「じゃあ、この近くに住んでいるの?」
 百合子が質問を変えると、女の子はこくんと頷いた。思案する百合子。
(この近くに住んでいるのなら、この森にも詳しいのかも……)
 百合子はさらに女の子に質問を投げかけた。
「あのね、この近くに大きな木があるって聞いたんだけど……知ってるかなあ?」
 森の外へ出る道と、大きな木へ向かう道。どちらについて尋ねるか少し悩んだが、ここまで来て大きな木を見られないというのも少し癪だったので、百合子は大きな木へ向かう道を尋ねることにした。それに最悪の場合でも、大きな木のそばに居れば、そのうち誰かが探しに来てくれるかもしれない。
 女の子は左右をきょろきょろと見たかと思うと、右手ですっと右側――百合子から見たら左側だ――を指差した。
「あっちね? どうもありがとう。お父さんとお母さんが心配しているとあれだから、早くお家に帰ろうね?」
 お礼を言いつつ、笑顔で語りかける百合子。女の子はにっこりと微笑み、こくこくと頷いた。

●私の願い
 女の子と別れた百合子は、教えてもらった方角へまっすぐに歩き続けた。
(今度こそ辿り着くかな?)
 ひたすらまっすぐ歩き続ける百合子。相変わらず風に揺れる木々は無気味な音を発していたが、それも今は気にならなくなっていた。
(私の願い事……)
 歩き続けながら、百合子は願い事を考えていた。
(私の願い事は……私だけは両親を愛していたい。父と母は憎しみ合っててもいいから、私だけは両親を……)
 両親は共に仕事の都合で海外に居り、百合子は現在1人で暮らしていた。それゆえに、色々と考えてしまうこともある。
(両親を嫌いになりそうな自分が居るのが、とても哀しくて嫌だから……)
 時折胸に浮かんでは消える黒き感情。百合子はそれを自覚していた。自覚しているからこそ苦しく、そして哀しい。その度に自己嫌悪に陥ってしまう。
(けどこれって、願い事じゃなくて、願掛けだよね)
 百合子はくすっと笑った。確かにそうだ、百合子の願い事は願掛けの範疇に入る内容であった。
「でも、これが私の願いだから」
 しっかりとした口調で言う百合子。そうこうしているうちに、少しずつ目の前が開いていった。そして、いつしか百合子は広場のような場所へ出てきていた。
「あっ……」
 そうつぶやいたきり、百合子は言葉を失った。視線はかなり上を向いている。目の前に、巨大な樹木が立っていたのだ――。

●感涙
 樹齢500年ともなると、その太さも半端ではない。数人が手を繋いで、それでようやくぐるりと1周する太さだ。
 雨風に負けることなく生き続けてきた大樹を目の当たりにした百合子は、目の前の大樹からほのかな温かさと神々しさを感じ取っていた。目元をぐいっと拭う百合子。自然と涙があふれてきてしまったからだ。
 何度も深呼吸をして気持ちを落ち着けた百合子は、神妙な表情で大樹を見つめていた。そして竹刀を地面に置いてから静かに両手を合わせると、大樹に向かって願い事を口にした。
「父と母は憎しみ合っててもいいから、私だけは両親を愛していたいです……」
 願い事を言った後も、百合子はなかなかその場から離れることが出来なかった。
 百合子はしばらく無言で大樹を見上げていた。

●それはきっと
 大樹を後にした百合子は、帰り道に不安を感じていた。行きで散々迷ったのだから、帰りも素直に帰れるはずがない、と。
 しかしその心配は杞憂に終わり、百合子はいとも簡単に森から出ることが出来た。行きとの違いに首を傾げる百合子だったが、原因は全く分からない。
「無事に帰って来れたんだから……別にいいよね」
 百合子はそれ以上深く考えないことにした。大樹も見れたし、無事に帰れた。これ以上何を望む必要もないだろう。いや、望むとすればただ1つ。
(私は両親のことを愛してゆけるよね……)
 百合子はくるりと森を振り返った。願い事が叶うかはすぐには分からない。けれども、思い続ければそれはきっと……。

【了】