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<PCシナリオノベル(シングル)>


幻の殺人事件〜女人禁制恋人岬の謎〜
「ここが恋人岬‥‥」
 周囲を見回しながら、そう呟く彼。
「なるほど、確かに美しい岬です‥‥」
 時刻は夕方。調度、日の落ちる時間帯と重なった為か、岬から見える夕焼けは、恋人岬の名に恥じぬ美しさを誇っていた。
「しかし‥‥。危険であるのも事実な様ですね‥‥」
 岬から、眼下を見下ろしながらそう言う柚多香。岬の下には、断崖絶壁があり、さらに手すりなどもない。昔は自殺者でもいたのだろうか。竜神である柚多香には、その怨念かも知れぬ嫌な感覚が、岬に入った時からぬぐえなかった。
「さて、と。それでは始めますか‥‥」
 それでも、彼は崖に軽く手をかざしながら、目を閉じる。意識を集中し、聞こえる波の音に向って、その水の力を借りる為の呪を唱えた。
「岩陰に潜みし荒らぶる波よ。竜神の名において命ずる。我が意に従いて、美しき姫君を作りたまえ‥‥」
 波間から立ち昇る小さな水竜巻。それは、まるで彼の従僕なる侍女が現われるかのように、女性の姿を作り出し、そして柚多香の前で、深く頭を垂れる。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか‥‥。はたまた、タチの悪い通り魔様か‥‥」
 自らの力で女性の人形を作り出した彼は、その彼女を人の女性に見えるよう、再び細工を施すと、まるで本当に語らっているかの様に、傍らへと座らせた。
 ややあって。
「来たようですね‥‥」
 背後に、気配が迫って来るのが分かる。気取られていないと思っているのだろう。いや、まさか殺気が読める等とは、夢にも思ってはいまい。
 手が伸びて来るのが、感覚で分かる。その刹那だった。
「水よ! 強固なる鎖となりて、我が敵を捕えよ!」
 柚多香の声に反応し、水人形はまるで毛糸で作ったぬいぐるみが解ける様にその姿を変え、目の前にいた人物を縛りあげる。
「うわぁぁっ! 何じゃこれはーっ!!」
「あ、あれ?」
 だが、柚多香の予想に反して、すっとんきょうな声を上げたのは、どー見ても犯人とは思えない老人である。
「くぉらぁっ! そこの若いの! ここは神聖なる弁天岬! 女性を連れ込む場所ではないわい!」
「あ、あのどう言う‥‥」
 面食らった様子の柚多香。と、その老人はむすっとした表情のまま、こう言った。
「説明するのは構わんが、その前にこの不思議な紐を解いてくれんか?」
「あああああっ。すすすすすみませんっ!!」
 慌てて術を解く彼。
「ふぅ。エライ目に遭うたわい」
 やれやれ‥‥と言った様子で、コキコキと首を鳴らすその老人。
「まったくもって申し訳ないです。つい、あそこに泊まっている方をこの間襲った犯人の仲間かと思ってしまいまして‥‥」
 すいませんすいませんと誤り倒す柚多香。と、老人はこう尋ねてきた。
「ワシをそのようなアホゥどもと一緒にするでないわ。む? ところで、お主と共にいた女性はどこへ?」
「えと、あ‥‥その‥‥。は、犯人が来たと思ったので、さ、先に逃げてもらいました。危ないですから‥‥」
 しどろもどろになりながら、答える彼。
「ふむ、そうか。ならそれで良い」
 疑われるかと思ったが、老人は妙に納得したような表情で、そう言った。
「それで、話の続きは‥‥」
「うむ。ついて来るが良い」
 そして、柚多香をともない、岬の外れまで歩いて行く。
「これは‥‥」
「あれは、弁天様の社じゃ」
 そこには、こじんまりとしながらも、しっかりとした佇まいの社があった。
「こんな所に‥‥」
 しげみに隠れる様にひっそりとした社には、、弁天像の奉られている。
「気脈の関係とかでのう。ここにおわす弁天様は、気性が荒いゆえ、常に奉っておかねばならん」
「なるほど‥‥」
 確かに、弁天像の周囲には、供物が捧げられ、綺麗に掃除されている。それが、周囲に流れる気を、いささか落ち付けている様だった。
「この弁天様は、その昔、悲恋の挙句に死んだ娘を奉ったものでな。それ以来、ここは弁天岬と呼ばれるようになったのじゃ」
 弁天堂の前にかかげられた由来文を示しながら、老人はそう語ってくれる。が、柚多香には引っかかるものがあった。
「あれ? でも、恋人岬と言う名前は‥‥?」
 彼の質問に、老人はこう言う。
「話は最後まで聞けぃ。知っての通り、弁天様は恋の神様じゃ。故に、間違って伝わってしまったのじゃろう」
 なるほど。確かに東京でも、弁天のいる所は、デートスポットとなっている。この弁天堂も、恋人達が世を忍んで隠れるにはぴったりだ。
「ところが、中には嫉妬深い弁天様もおってのう。ここにおわす弁天様も、かなわなんだ恋を思いおこしてか、えらいヤキモチ焼きじゃ。己の領域内に女性がいても気に入らないらしく、天と波が荒れおる。ましてやデートなんぞに利用した日には、怪我人が続出じゃ。今はまだ、崖から落っこちたり、風でけっつまづいて足の骨を折ったりと、大した事ではないがのぅ」
「ぜ、全然大した事じゃあないですよ‥‥。それ‥‥」
 ひく‥‥と、顔の引きつる柚多香。と、老人はさもあらんと言った表情で、こう話を締めくくる。
「このままでは、弁天様のお怒りで、人死にが出かねん。そこでわしらは、ここを女人禁制の地としたのじゃ」
「じゃあ、この間の襲撃事件は、その弁天様の祟り‥‥」
 だが、禁を破って、あの被害者はここを訪れた。しばらく安らかな眠りを貪っていたであろう彼女が、その安眠を邪魔されて、怒り狂ったのは、想像に難くない。
「かもしれんのう。ま、弁天様に聞いても、答えは返ってこないじゃろうが‥‥」
「ですかねぇ‥‥」
 少しだけ厳しい表情で、その老人の言葉に答える柚多香。だが、その瞳の奥には、既に核心に迫ろうと言う決意が揺らめいていた‥‥。
 
 その日の夜の事である。人々が寝静まった頃、柚多香は社の弁天像の前で、こう言った。
「弁天社の主殿。我は冷泉が淵、柚の樹が袂に住まいし竜神にございます。少しお尋ねしたい儀がございます故、お出まし願えませぬか?」
 深く、古の姫ぎみに接するがのごとき態度で膝をつき、頭を垂れる彼。
「そんなに堅っ苦しい挨拶しなくたって、出てきてあげるわ」
 と、彼の人あらざる気配を敏感に察知してか、そう声が響いた。そして弁天像から煙のようなものが立ち上り、人の形となり‥‥はっきりとした女性を形作る。
「あなたがこの社の‥‥」
 気性の荒い弁財天の名に相応しく、燃える様な深紅の髪、その色と合わせた赤い着物。ただし、丈は膝上20センチ程度しかなく、胸も僅かに被う程度だ。その為、露出した腕や足、腹の白さが際立って見えた。
「そ。でも言っとくけど、アタシ、あのじいさんが言う程、酷い事はしていないつもりよ」
 昼間の話は、きちんと聞こえていたらしい。だが柚多香は、少し怒った様な表情で、こう言った。
「そうなんですか? 私には、大分酷い事をしている様に見えますが」
「社(うち)の前に、ここの由来話書いた立て看板あるでしょう? 無視していちゃつくから、ちょっとだけお仕置きしてあげただけよ。何か悪いの?」
 その言葉と、ふてぶてしいとさえ思える態度は、彼女が被害者を襲った犯人である事を、如実に物語っている。
「ではお聞きしますが、先日の襲撃事件、あれもあなたが‥‥?」
「だったら、どうするつもり? あの男は、特にタチが悪くてね。金なら腐るほど持ってる癖に、宿代ケチって、ここで押し倒そうとすんのよ。しかも、わざとアタシに見せ付けるよーによ? かわいそーに、押し倒された方、嫌がって泣いてたわよ。まったく、アタシん社(ち)は、連れ込み宿じゃないっての」
 確かに、彼女の言い分も一理ある。どんなに気性の荒い弁財天だからとて、神聖な社である事には代わりない。そこをホテル代わりにするのは、バチが当たっても仕方がなかった。
 だが、それでも柚多香はきっぱりとこう言う。
「でも、いくら腹が立ったからって、人に怪我をさせるのは、よくないと思います」
「ふん。竜神なのに、人間の肩を持つ訳だ。しかも、あんな最低野郎の」
 弁天の表情が露骨な怒りに彩られる。しかし、柚多香は怯まずに、こう続けた。
「あなたも元は人間でしょう。それに、今は人との共存を図らなければならない世の中。幾らあの人の所業が気に入らないからと言って、そう言う事をしてはいけないと思います」
 どんな理由があれ、人を傷付けるのは良くないと。
「若いわね」
 ぴしゃりとそう言って、弁天の纏う気配が変わる。
「これでも、300年は生きているんですけどね」
 どうやら喧嘩を仕掛ける様子の彼女の姿に、柚多香も緊張ぎみにそう返した。
「殺る気?」
「あなたがどうしても、と仰るのなら」
 確かめるように、そう答える彼。と、弁天は炎が弾ける様に、その身を包む魔力を解放しながら、こう叫ぶ。
「面白い! ここの所、脆弱な人間どもを相手にするのもあきあきしていた所よ! やったろうじゃないの!」
「仕方ありませんね‥‥」
 柚多香がその溜息を付きながら、そう言うと同時に、弁天は印を結びながら呪の詠唱へと入っている。
「我が内に眠りし恋慕の炎よ! 形を為して、宙へと羽ばたけ!」
 膨れあがる魔力。その両の掌から、立ち昇る炎。
(火炎術ですか!)
 確かに、気性の荒い彼女なら、その属性であっても不思議はない。
「焔蝶(ほむらちょう)の舞ッ!!」
「くぅッ!!」
 炎を宿した腕を一度クロスさせ、圧し縮めたそれを、一気に解放するような仕草をすると、細かくなった炎の欠片は、アゲハ蝶を模して、柚多香に襲いかかる。
「ほらほら、どーしたの! 齢300年の竜神様の力は、この程度かしらァ!?」
 さなが踊るように、アゲハ蝶達を鼓舞する弁天。その中で、柚多香は社の真下にある海から、力を借りれるよう、呪を唱えた。
「波間より生まれし、白き飛沫よ。我が領域を護る防壁となれ‥‥」
 彼の言葉に応え、岩で打ち砕かれた波は、大きな球体状の結界となり、柚多香を包み込む。
「あーっはははははっ! そんな泡で、アタシの炎が防げると思ってんの!? 炎は水より温度が高いのよ!」
「知っていますよ、それくらい!」
 弁天の言葉に、叫び返す柚多香。だが、確かにこのままでは、防戦一方だ。どうすればいいか、彼が迷っていたその時だった。
「そのシャボン玉、吹っ飛ばしてあげるわっ!」
「うわっ!」
 弁天の言葉と共に、蝶達が風に乗る様に一斉に群がり、柚多香の結界を吹き飛ばしていた。
「さぁて、トドメの大花火よ。これであんたを護る結界はなくなったしね‥‥。景気良く燃えてもらいましょうか!」
 勝ち誇った笑みを浮かべる弁天嬢。
(く‥‥。このままでは岬が‥‥)
 彼女の炎を避けきれるだけの自信はある。だが、問題は彼の足元だ。今はまだ、柚多香の結界の影響下にある為、無傷ではある。だが、その力が途切れれば、いずれ、足もとの岬にも、少なからぬ影響が出るだろう。
「我が内に眠りし炎の力よッ! 紅蓮の顎(あぎと)となりて、我が敵を噛み砕け!」
 しかし、弁天はそんな事などおかまいなしで、新たな呪を紡ぎ出す。
(来る!)
 今度は、蛇の姿を模した炎。しかも、複数だ。
「弁天爆佼牙(べんてんばくこうが)!」
「水よ! 我を護りたまえっ!」
 フルパワーで水を呼んだ彼と、弁天のラストスペルがほぼ同時。
 ぶしゅうぅぅっと、盛大な水蒸気があがる。
「あーっはははははっ! 竜神と言っても、大した事はないわねっ!」
 その中で、柚多香を倒したと思っている弁天は、社の天井で高く笑った。
 だが。
「それはどうでしょうか」
「何っ!?」
 驚愕する彼女。水蒸気が晴れた時、そこには無傷で微笑む柚多香の姿があった。
「確かに魔力は強いですが、それだけでは、私を倒す事は出来ませんよ」
 いや、無傷と言うのは間違いかも知れない。今まで、目立たぬように色を変えていた黒髪黒瞳のそれではなく、本来の青い髪と、金の目を持つ姿へと、戻っていたのだから。
「ふ、ふん。そうこなくちゃ。でないと、喧嘩のしがいもないものね」
 今までの力が、実力の半分も出ていない事に気付いた弁天。だが、今更後には引けない。故に表情から、今まで浮かべていた笑みを消し、そう言う彼女。
「さて、今度はこっちから行きますか」
 その姿が、どこか強がっている様に、柚多香には思えた。
「望む所よ! 来なさいっ!」
 だが、彼女の方は、もうそんな雰囲気など、欠片も残してはいない。挑発をするように、自身の身体の周囲に、炎の蛇で結界を張る。
「竜神の名において命ずる! 波よ、蛟となりて、我が敵を噛み砕け!」
 柚多香が、片手を上げながら呪を唱える。と、波間から上がった水竜巻は、瞬く間に姿を変え、巨大な蛟‥‥たてがみと角のない龍となる。
「はん! そんなチャチな技で、アタシの炎蛇(えんじゃ)を噛み砕けると‥‥」
 自身たっぷりにそう言って、炎の色が薄くなる。それは、温度が上がった証拠だ。
 だが、彼女の自信もそこまでだった。回遊するように弁天の周囲を取りまいていた炎蛇が、柚多香のそれに徐々に後退し始めたのだ。
「ちょっと、押されてる!? しっかりしなさいよ、お前達!」
 彼女が叱咤するが、炎蛇の後退は止まらない。そんな中、柚多香は最後の呪を躊躇うことなく解き放つ。
「蛟よ! 邪なる姫神を、そのまま洗い流せ!」
「きゃあぁぁぁっ!」
 悲鳴を上げて、炎蛇ごと蛟に飲み込まれていく彼女。
 だが、その向こうにあるのは、海。
「しまった‥‥!」
 はっとして、慌てて追いかける柚多香。彼女の属性を考えれば、もし海に落ちでもした場合、手酷いダメージを追うに違いない。
(ち、力が出ない‥‥っ)
 その彼の予測通り、波間に落ちていく彼女。全身を包み込む水は、彼女の中から、容赦なく魔力の源である炎の力を奪って行く‥‥。
(このまま、消滅‥‥かな)
 もう、脱ぎ捨てる肉体はない。あとには、何も残らなくなる。その事を思い、彼女が悲しげな表情を浮かべたその時だった。
「弁天さんっ!」
 さっきまで戦っていた柚多香の声。
「え‥‥?」
 怪訝そうな表情を浮かべる弁天。と、その足元に、青い龍がこう言いながら、滑りこんで来た。
「大丈夫ですか?」
 その声は、柚多香。本来の‥‥龍神としての姿に戻った彼は、そのまま弁天を掬い上げるように、海から空へと昇る。
「な、なんで助けてくれるのよ‥‥」
「私は犯人に‥‥。あなたに謝って欲しかっただけなんです。ほら、人の諺にもあるでしょう。『罪を憎んで、人を憎まず』って」
 戸惑った表情の彼女に、柚多香はそう言う。倒したいと思った訳では無い。ただ、懲らしめたかっただけだと。
「アタシは人じゃないわよ。お礼何か、言ってあげないから」
 と、彼女はぷいとそっぽを向きながら、そう応えている。その姿は、怒られたおてんばな女の子を連想させていた。確かに、まだ神の末端に加わって、100年そこそこ。もしかしたら、今のこの姿さえ、本来のそれではないのかも知れない。
「陸に付いたら、ちゃんとあの人に謝るんですよ」
「仕方がないわね。でも、言っとくけど、最初に禁を犯したのは、あっちの方なんだからね!」
 ぶっすーと膨れた表情の彼女は、いかにも子供っぽい。
 被害者の元に、恋人岬の弁天堂が主と名乗る不思議な存在が現われ、非礼を詫びると共に、女遊びを慎むよう忠告されたとの話が聞こえて来たのは、それから数日後の事だった。