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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


文月〜京都時代映画村〜

Opening いざ京都へ!

「京都…ヅラ…?」

それは奇妙な三下の声から始まった。
彼の手にあるのは全国版の新聞。吸い寄せられる視線は3面の隅にある小さな小さな記事。
「編集長…京都の撮影所からズラが消えるらしいですよ…」
三下は呟いた。と、同時に麗香が怪訝そうに眉を顰めて顔を上げる。
「ヅラ? 何…オッサンの蒸れたヅラが消えるワケ?」
非道く機嫌の悪そうな…地を這った声色だった。そして更に眉間の皺が追加される。
「ち、違いますよ…ホラ、時代劇に使われるあのヅラですよ! カ・ツ・ラ! …アレがですね…そっくりそのまま消えてしまうって…」
何処から出してきたのか麗香は団扇でパタパタと風を起こしながらじーっと壁を見つめ、三下の声に耳を傾ける。
「つまり、出演者のカツラがパクられてるってこと?」
くるりとイスを回して三下の方を向いた。麗香の科白に青年はコクンコクンと何度も頷く。女は腕まくりをした手を顎に掛けてフム…と暫し思案し、浮かんでは消える推測をいくつか脳裏に過ぎらせた。
――時代劇のカツラねぇ…熱狂的なファンの仕業かしら? それとも…?

そこへ、カツカツ…と規則正しい靴音と共に一人の男が編集部へと入ってくる。
このクソ暑いのに白いコートを嫌に涼しく着こなした男。
麗香の知り合いとして月刊アトラスによく出入りしているが、来ても仕事を手伝うことは一切無く、ただフレッシュルームのソファで寛いでいくだけの男である。
しかし実際は――『掃除屋』と称した裏東京の暗殺屋。ビジネスには厳しいことで通っている。

「何だ…クーラーでも壊れたのか?」
そんな彼が眉を顰めて部屋に入るなり開口一番にそう云った。どうやら熱気でこの部屋は相当暑いらしい。
「掃除屋じゃない、昼間っから珍しいわね」
「頼んでいた資料をいただきに。コノ時間を指定したのはお前だろう?」
やれやれ、と一つ溜息を落して掃除屋は肩を竦めた。その科白に、そうだったわね…と麗香は苦笑い一つを零し、ガサゴソと書類の山を探って書類の入った封筒を探し当てる。
「…それにしても京都? 珍しいわね」
ソファに座った掃除屋の向かい側に腰を降ろしながら麗香は云った。三下が2人にインスタントコーヒーを運んでくる。
「ああ…のんびりと慰安旅行にでも…」
それを横目に見ながら掃除屋は欠伸を一つ噛み殺す。徹夜明けなのだろうか、非道く気だるそうだった。
「え? 掃除屋サン、京都へ行くんですか?!」
ちゃっかり自分のコーヒーも持ってきた三下はそれを手に麗香の隣に腰掛ける。
「京都……! 三下くん!」
「そうですよ! 編集長!」
珍しく女と青年の意見が合致した。お互い向かい合ってガッツポーズを繰り出す。そして眠そうにソファに身を沈める男に向かってニヤリ、と二人は嗤った。
「悪いけど、ついでにこれを調べて来てちょうだい!」
麗香は立ち上がって先ほど三下が読んでいた新聞をテーブルに叩きつけた。ヒラリとその風が男の前髪を揺らすほどのイキオイだ。
「ポイントは、ヅラ・出演者・映画村よ! ウチのを4人ほど連れてっていいからお願いね!」
「あーいい考えですねー折角ですから、町娘や侍なんかに変装して映画村を練り歩いたらどうですか?!」
出された記事に目を通すその前に畳み掛けるように二人は身を乗り出した。
「映画村の抹茶あんみつは格別ですから!!」
加えて三下は勢いよく最大のエサを釣り下げる…掃除屋が甘いもの――特に和菓子系統に弱いことを知っていたからだ。額に手を当てて、暫し瞼を閉じていた掃除屋だったが、『抹茶あんみつ』の科白にピクリと眉を動かす。
――どうせ調査は連れて行く4人に押し付ければ済むことだ。私は観光気分で行けばいいな。
パチパチっとソロバンを弾いたかのような計算がマッハで行われる。考えが纏まった所で掃除屋は口を開いた。
「…まぁいい…要はヅラを盗む人間を捕まえればいいだけの話だろう?」
掃除屋はやれやれ、と肩を竦めると、
「そういうワケなんでな…私と一緒に京都へ行くか…?」
相も変わらず男は涼しげに云うと肩越しにこちらを振り返った。

――いざ、京都へ!


Scene-1 雛と夜刀

てってって…と些か危ない足取りだった少女が、何にも無い月刊アトラスの廊下でコケそうになる。本当に躓く物も滑る物も一切ないその廊下なのだが、少女にしてみればそんなもの関係ない。コケるときはコケる。しかも抵抗ナシにべちゃん、と。
しかし、それを必ずフォローしてくれる存在が少女の傍にいた。
今日もそうだった。
前屈みに倒れこみそうになった少女を慌てて鏡の姿から青年へと具現化し、片手で軽々と支えてやる。
「もー…雛はそそっかしいんだから」と苦笑い交じりの溜息を落としながら。
少女が照れくさそうにてへへ、と顔を上げると青年は乱れた少女の黒髪をさり気なく梳かして整えた。
少女の名を篁雛、そして少女に付き従うこの整った顔立ちの青年の名を夜刀と云う。普段は鏡の中に封じられているが、何かあるとこうして青年の姿――そして薙刀へとその身を変えて少女に仕える。雛にしてみれば夜刀の存在はお節介な兄か友人程度のものなのだが…この妙に現代慣れした鬼の夜刀は主に淡い恋心を抱いていた。しかし、このほんわかのんびりマイペース少女が青年の気持ちに気づく筈が無い。否、気づく術を知らない。嗚呼…哀れよのう…と何処からともなく声が聞こえるのは幻聴だろうか…。

さてさて、話を元に戻そう。
今日も二人で一つな雛と夜刀が月刊アトラスの入り口を軽快な機械音と共にその自動ドアを潜る。すると、入り口右に設けられているフレッシュルームから何やら声が聞こえてくるではないか。そしてそれを覗き込むように、黒いロングストレートの髪が美しい矢塚・朱姫<やつか・あけひ>がコッソリとその場を伺っている。
「…何だろな?」
夜刀は首を傾げる少女の手を取って、自分達もそのフレッシュルームの様子を伺いに、と足を進めたところで、
「ポイントは、ヅラ・出演者・映画村よ!」
と麗香の声が響いた。勿論、夜刀の耳はピコーンとダンボ耳ヨロシク大きく開かれる。半ば雛を抱かかえるようにして、フレッシュルームの入り口までズザザザザと摺り足で辿り着き、迷うことなく少女の手を上げさせた。
「はぇ?」と少女が気づいたそのときには意欲満々そうに目を輝かせて、夜刀が雛の手を高々と掲げていた。
「立候補だ。任せろ雛! 俺の時代劇通は伊達じゃねぇ」
青年の瞳はランランとしている。夜刀は雛とは違いテレビッ子…しかも、特撮&時代劇マニアである。大河ドラマの役者を訊けば即座に返答が返ってくるし、民放の時代劇もヤバいくらい詳しい。時たま鼻歌が聞こえるなぁ〜と思えば、それは『水戸黄門』のオープニングテーマだったり…。
「調査と時代劇の詳しさは関係ないんじゃないのー」
と珍しく雛は真面目に夜刀を嗜めるような口ぶりで云う。
「映画村に行けば関係ないぞ、そんなこと!」
青年の鼻息が妙に荒い。小声で二人で悶着をしていると、白コートを羽織った男――掃除屋が、
「朱姫と…他に誰か3人行ってくれるか?」
少し疲れた口調で云う。夜刀は雛を肘でつっついた。仕方ないなぁーもー…と雛は頬を膨らませると、
「お掃除屋さん宜しくお願いします」
深々と雛は掃除屋に向かって頭を下げた。掃除屋を本当の「掃除会社」の人間だと思っているあたりがやはり「篁雛」という少女たる所以であった…。


Scene-2 本当は…

『おいでませ・京都時代映画村』

京都バスを降りて目の前にある木彫りの大きな看板を下に潜ると、掃除屋がつと口を開く。
「…じゃあ、ここで分かれるか。それぞれで変装するなり聞き込むなりして犯人を突き止めた方が早いだろう」
それもそうだ。
一言で『映画村』と云っても、その範囲は広域にわたる。撮影現場のセットから裏方の楽屋・控え室、観光客用の土産物屋に飲食店。団子になって一つ一つ当たっていてはキリがない。掃除屋の科白に朱姫・雛・そして神薙・春日<かんなぎ・はるか>はコクンと頷いた。

「うーん…と」
カーテンで区切られた貸し衣裳部屋。
『町娘』『花魁』『姫』『くの一』『侍』『浪人』『殿様』『忍者』…
それぞれの衣装一式に白い紙で説明書きが施されている。キョロキョロと辺りを見渡す少女を他所に夜刀は嬉しそうに「雛はこれだな」と『姫』の衣装をズイ、と差し出した。そして自分は「一度やってみたかったんだよな」と忍装束をウキウキと手にする。その後ろ姿が妙にマヌケだ。雛は思わず小道具の薙刀を手に取り、ぽかりと青年の頭を殴る。
「そんな役ある訳ないでしょー。それに目立ってどうするの」
そう云って雛は頭を抱える夜刀を押しのけて『町娘』セットを選ぶ。桜色の小袖にうんしょ、と手を通した。きゅっと帯を結めば、頭の藍色のリボンとよく映えて、実に可愛らしい。袖の端を持ちくるりと回ってちょっとおすまし顔を。
ちぇっ、と夜刀は殴られた頭をさすりながらその光景を見ていたが…
――やっぱ、雛には何でも似合う
とニヤケ顔が止まらないのも事実であった。


Scene-3 女

「じゃ、くーちゃんお願いね」
衣装屋を出た所で、少女は胸に閉まってあった竹筒の栓をきゅぽんと抜いた。中から辺りを警戒した風に首をちょこちょこ動かしながら現れたのは、頭胴長20cm足らずの管狐だ。クリーム色掛かった茶色のふさふさした尻尾を巧みに動かし、スルスルと少女の肩に飛び乗る。
「怪しい匂いがないか調べて、かつらのある場所へ行ってね」
雛が鼻をくすぐりながらコソっと云うと、くーは少女の頬に顔を摺り寄せ、スルリと身を翻した。その姿を少女と鏡に戻った夜刀が見送ると、
「じゃあ、私たちは出演者の人達に話を聞きに行こっか」


「カツラァー?」
この如何にもガラの悪そうな花魁は最近離婚したばかりという主演女優の高木紗枝<たかぎ・さえ>である。ぷはーと煙管から煙を吐き出すとつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「お嬢ちゃんが何でそんなこと知りたいの?」
「ちょっと、調べたいことがあって。カツラの行方を追っているんです」
雛は顔に掛かった煙にやや眉を顰めながら、キッと表情を引き締めた。こういうときの少女は普段と違って逞しい。強情というか…負けん気が強いというか…。
「ふーん…ま、イイけど」
茶屋の紅い布が敷かれた長椅子に腰掛けていた女は少女の瞳をチラリと見た後、気だるそうに頭を掻いた。トントン、とつるべ型煙草盆に煙管の灰を落すと少女に「お掛けなさいな」と腰をずらして席を開ける。
「で? 何を知りたいの」
「何か…カツラが盗まれる前に変わった事とかありませんでした? それとか、前にも同じような事があったとか…」
雛は軽く会釈すると、遠慮なく傍に座って背の高い女を仰いだ。
「そー…ねぇ。派手に盗まれたのは前回が初めてね…。変わったことと云えばファンレターかしら」
「ファンレター…?」
「ええ、男優だけなんだけど…撮影が始まる2、3ヶ月前から『ロンゲの方が好みです』みたいな手紙が相次いだとか…」
「高木さんには来なかったんですか?」
「私も他の女優もね。皆、髪の毛長かったし…ホラ、この頭も地毛なのよ実は」
そう云って女は自慢げに結い上げた髪を少女に見せた。
「ま、本当の役者ならデ・ニーロ・アプローチよろしくカツラなんかつけないで演ってなんぼだと思うけど」
そう云って女はクスリと嗤った。
女と云うものはしたたかに笑ってこそ美しいものだと祖母が云っていたのを雛は不意に思い出す。ギラギラと…逆光となった太陽が相も変わらず暑かった。


Scene-4 合流

「ねぇ…夜刀。どう思う?」
「…そうだな。こう…なーんか見えそうで見えない事件だよな」
再び青年の姿になった夜刀と雛は入場口まで戻ってくると、案内所の軒下で先程から降り出した雨に些か眉を顰めながら先見えぬカツラの行方について頭を捻らせていた。
そもそも、『盗む』という行為に付随する目的は何だ? 奇妙なファンレターのことなんか麗香や三下、もちろん掃除屋も云っていなかった。新聞の記事にだって新幹線の車内で目を通したがそれらしいことは何も触れてはいなかったのだ。
「なーんかきな臭せぇと俺は思うんだが」
「んー…そだね…。取り敢えず、くーの後を追ってみる? 何か手がかりを掴んだかもしんないし」
「それにしても…この雨。早く止まねぇかな…」

ふと、夜刀が零したその瞬間だった。
「待てェ!」
「待ちやがれ!」
向かって右手…そう撮影所が立ち並ぶ東から、何やら聞き覚えのある声がする。
「ほえ?」
雛と夜刀が二人揃って雨水滴る軒下から顔を出すと、カツラを両手に抱えた男と――それを追う朱姫と春日の姿が!
ああ!…と夜刀が声を上げる間に、男は二人の目の前を通って逃げていく。朱姫はタイトスカートで走りにくそうだったし、春日は何故か女物の着物に身を包んでいた為に中々犯人に追いつけないでいたようだ。何より服と着物が水を含んで重くて仕方がない。
「雛! アイツがカツラ泥棒だ! 追いかけるぞッ」
びしょ濡れになった朱姫が頬を伝う雨を拭いながら少女に云った。春日は着物の裾を両手で捲り上げての疾走だ。雛はイマイチ状況が掴めないでいたが、そこをフォローするのが仕える夜刀の定め。
「行くぞ、雛!」
青年は意気揚揚と少女を抱きかかえ、雨の中を朱姫、春日と共に走り出した。
「雨に濡れるのは勘弁な!」
極力少女を濡らさないようにと夜刀は雛を庇うように抱き上げて、泥が跳ねるのも気にせず無我夢中で走った。
「や、夜刀…!」
「暴れるな。それより、ばーさんから貰った呪縛符を用意しとけッ。ヤツがひるんだら迷わず使えよ!」

カツラを提げて逃げる男と。
それを追う、朱姫・春日・雛&夜刀。

雨脚はそれを嘲笑うかのように増し、次第に寒さを覚えるほどの冷たい雨に変わっていった。


Scene-5 光

「あ、あれ! 唯為さんと掃除屋サンだ!」
朱姫はひた走る先――行き止まりの焼却場に沙倉・唯為<さくら・ゆい>と掃除屋の影を発見する。その声に雛と夜刀も視線を前に向けた。逃げる男は西の食堂街から脇に一本入り、杉や檜といった針葉樹林が覆う焼却場へと向かっていた。しかし、真東から真西へのゲルマン人もビックリな大移動である。朱姫、春日も相当疲れていたが、それ以上にカツラを持って走る男の方がバテていた。
そこで…

「今だ、雛!」
少女は青年の掛け声と共に疲れて足元が覚束無い男に向かって「エイ!」と呪縛符を投げる。
それが見事に命中すると、男は背中を痙攣させて身をその場へと崩した。
「ダメですよ? お茶の間の皆さんも楽しみにしてるんですから。困らせちゃダメです。よかったらお話きかせてくれないですか?」
漸く追いついた朱姫と春日も、膝に両手を置いてゼェハァと肩で息をする。
雨で皆ぐちゃぐちゃだった。
「ク、クソォ!」
初めてその男が言葉を漏らした。呪縛符から逃れようと懸命にその身をもがいて逃げようとするが、
唯為がスッと動いて男の前に立ちはだかった。
「観念しろ」
「そぉーだ…こんな…アホらしい…こと、やってんじゃネェ…よ…」
息を切らせながら春日が精一杯言葉を紡ぎだす。
「何であれ…人のものを…黙って持っていくのは…良くないぞ…」
朱姫も息を整えながら、男を囲んだ。こうなったら説教だ!…との意気込みがアリアリと感じられる。

カツラは男が地面に伏した時に辺りに無言のうちに散らばっていた。水を含んで相当の重さになっていただろう。形も崩れ、最早使い物になりそうに無かった。男はそれをチラリと見た後…大きく溜息を吐く。
「仕方…なかったんです…羽山<はやま>監督の為に…」
うっうっと声を押し殺しながらその男はこの雨にも負けない大粒の涙を頬に流した。
「今回の撮影は…皆ワガママばかり云って…監督はいつも困っていた…。このシリーズで監督はメガホンを置く…なのに、俳優達は自分勝手に云いたい放題で…」
「だったら、何でカツラをパクるんだよ?」
春日は乱暴に聞いた。一回りも違う少年に問われたにも関わらず、その男はビクっと躯を戦慄かせた。
「別にカツラでなくても良かった…でも…僕は思った…昔の映画のような…あの生々しい時代劇を最後に監督に撮って欲しかった…。そして、同時にワガママな俳優達を懲らしめてやりたかった…カツラが無ければ地毛でやるしかない…」
「だから、ファンレターを送ったんですか?」
とてとて、と歩み寄った雛は口を開く。男はコクンと頷いた。
「どー…します…唯為さん」
朱姫は複雑な表情で唯為を仰ぎ見た。
「まぁ、理由はどうあれ…窃盗は窃盗だな」
唯為は肩を竦めて見せる――だが。

「理由など関係ない」

ピリリ、とその空間全体が一瞬にして緊張を帯びた。
雨の所為もあるが、冷たく息が詰まるような…暗く重い。4人は瞬時に声の方を振り返る――其処には紅い無機質な瞳を光らせた掃除屋が立っていた。
「そこの男も含めて…お前達は何か勘違いをしている」
そう冷たく云い放つと、手甲の亜空間からスラリと長刀を抜いた。雨に濡れてそれが妙にさめざめと光る。
「物事は何に置いても『結果』だ。過程や理由など『結果』を前にすれば何も意味をなさない」
「な…にする気だテメェ…」
春日はいち早く掃除屋の不穏な空気を察知した。もしかして――
「私の中において、任務完了は即ちターゲットの『死』を意味する。それが雑魚であれ何であれ…当然の話だ」
キラリと切っ先を光らせて掃除屋は振りかぶる。
「ちょっと待って…掃除屋サンッ」
朱姫が叫んだその時だった――!

「あんまり…融通の利かないことばかりヌカしてると叩ッ斬るぞ」

唯為が携えていた日本刀・緋櫻を抜かずに鞘で、振り下ろされた掃除屋の刀を受け止めた。鈍い金属音が耳に煩い。掃除屋は眉を顰め、身を沈めた唯為を睨んだ。
「貴様、先程も云っただろう? 例えクライアントだとしても容赦はしない、と」

春日と朱姫は息を飲んだ。あまりに重く苦しい空気がこの場を支配していた。言葉すらも発せられない――立ち竦むしか術はないのか?

雨は次第に止み始めていた。夕立特有の厚い雲の向こうに光が差し込んでくる。
その光に照らされて、掃除屋が逆光に目を細めた時――雛は無我夢中で駆けて掃除屋にタックルをするようにしがみ付いた。
「ダメですよッ。お願いします、やめて下さい…」
少女はぎゅっと目を閉じた。何処にこんな力が秘められていたのだろう。雛の力では到底、掃除屋は止められない。それが分かっていても駆け出した…夜刀は息を飲む。

霧雨となった雨は雲間から差し込んだ光と共に辺りを優しく包む。
掃除屋はぽんぽんと少女の頭を撫でた後、刀を唯為の鞘から外し、薄く自嘲気味に嗤った。

「どうやら…私の負けのようだ」


Epilogue 抹茶あんみつ

雛は濡れた着物を脱いで服に着替え、頭を夜刀にタオルで拭いてもらい、食堂街の角にある甘味処『おゆう』で抹茶あんみつに舌鼓を打っていた。

――掃除屋はあの後、姿を消した。
警察に男を引き渡して、諸々の関係者に事情を説明し…そのときには既にいなかった。

「ねぇ夜刀…お掃除屋さん、怒ったのかな…」
隣に座っている夜刀に少女は俯きながらぽつりと云った。
「そうじゃないさ。別に用事があったんじゃねぇか?」
青年はショボンとする雛の頭を撫でる。
そこへ…
「あ、くーちゃん!」
チマチマと人込みをすり抜けてやってきたのは先刻放した管狐だった。少女の足元までやってくるとヒョイとジャンプして雛の膝の上に乗る。
「ごめんねぇ、もう事件解決しちゃったんだー」
雛は申し訳なさそうに云うと、くーはキラリと目を光らせ、夜刀を見た。
「何だよ…」
「あー…くーも抹茶あんみつ食べたいんだね」
少女の科白にくーはコクリコクリと頷く。そして夜刀の手にある抹茶あんみつへと盛大にダイブした。
「うわーーー!!」
「く、くーちゃん!」

ちなみに、抹茶あんみつとは。
色とりどりの寒天に蜜柑や桃、巨峰、サクランボ、白玉が入り、その上に抹茶アイスとあんこが、これでもかーと乗せられていた。勿論、黒蜜もたっぷりと掛けられている。

そんな所へ顔だけダイブした、くー。
そして抹茶あんみつの碗を手にしていた夜刀。
飛び跳ねた抹茶アイスと蜜に折角着替えた少女の服が台無しとなることは確定だった。

西の空へとその身を落す太陽と。
熱の冷めた風と。
それに揺られる風鈴の音と。
こんな京都旅行は…如何ですか?


Fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0436 / 篁・雛(たかむら・ひな) / 女 / 18 / 高校生(拝み屋修行中)】
【0550 / 矢塚・朱姫(やつか・あけひ) / 女 / 17 / 高校生】
【0733 / 沙倉・唯為(さくら・ゆい) / 男 / 27 / 妖狩り】
【0867 / 神薙・春日(かんなぎ・はるか) / 男 / 17 / 高校生/予見者】

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■         ライター通信          ■
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* 初めまして、本依頼担当ライターの相馬冬果(そうまとうか)と申します。
 この度は、東京怪談・月刊アトラス編集部からの依頼を受けて頂きありがとうございました。
* 今回の依頼はプレイングから、事件の全容を掴むヒントと内容が各ノベルに散りばめて
 あります。ですので、他の参加者の方のノベルにも目を通して頂けると、映画村での
 時間経過や事件の全体像、進展度、思わぬ落し穴などが理解して頂けると思います。

≪篁 雛 様≫
 初のご参加、ありがとうございます。
 設定を拝見しまして、とてもかわいいなぁとの印象をまず最初に受けました。
 夜刀さんとの関係を上手く描写出来たら…と思い、頑張って書いてみましたが、
 如何でしたでしょうか? イメージとかけ離れていましたら申し訳ありません(汗)。
 それでは、またの依頼でお会いできますことを願って…。
 
 
 相馬