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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


絶対空間

 **

それは良く晴れた土曜の昼下がりだった。
心地よい風が頬を撫でる穏やかで爽やかな日だった。
街中を歩いているとふと誰かに呼ばれたような気がして振り向いた。
しかし振り向いた先には誰もいない。気のせいかと思い直して再び
歩き出すが、今度は袖を引張られているような感覚を受けもう一度
振り向くがやはり誰もいない。
それどころか周囲には誰も居なかった。
よくよく気がつけば、街中のざわめきも国道を走る車の音さえも聞
こえない。全てが静寂の中にあった。
いきなりな出来事に呆然と立ち尽くしていると、今度は洋服のすそ
を引張られた。今度はハッキリとした『何か』の存在を感じとり、
ぎこちなく視線を落としそれが何であるのか確認しようとした。

視線を向けた先には小さな男の子がいた。
やけに古めかしい衣装を着けたその童子はニッコリと笑い掛けてき
た。

『キミ、どうしてココにいるの?』

その声が聞こえたと思った瞬間、周囲の風景がガラリと変わった。
風景だけではなく風の匂いまでもが違っている様に感じられる。
そしてどこか懐かしい気持ちにさせる、そんな風景だった。

「ここは・・・」


 **

風見璃音は目を見開いた。
一瞬前までは街の雑踏の中に居たのに、今自分が居る場所は深い
森の中だった。
それだけでも驚く価値もあるというのに、それ以上に彼女を驚か
せている事実は別にあった。
「どうして…?」
自分を包み込んでいる風景は見覚えがある風景だった。
遠い、遠い昔に失われてしまった故郷の森・・・
見間違うはずも無い、はるか昔の尊い森・・・
「ここは何処?そんな筈無いのに…」
動揺する心を落ち着けようと、瞳を閉じて大きく息を吸い込んで
みる。すると、とても懐かしい匂いがした。
「故郷の森と同じ匂い…いいえ、故郷そのものだわ。」
そう呟いたとき、背後に何かの気配を感じ振り向いた。
そこには先程声をかけてきた童子がジッと見つめていた。
『キレイな森だね?』
そう言って童子はうーんと小さな身体を大きく伸ばした。しかし
直ぐに不思議そうな顔をして璃音を振り仰いだ。
『でも、どうしてココにいるの?』
不思議そうに小首を傾げ見上げる童子を困惑した顔で見下ろした。
『あ!もしかして迷子?』
<迷子>という単語に反論したい気もするのだが、それも今の現
状を考えると強ち間違えではない。
「まぁ…そうとも言える。」
それに対して璃音は曖昧に答えるしかなかった。
実際、どうして自分がこの場所にいるのかハッキリとした理由が
解らなかったので答えようも無かったのだが…。
「ねぇ、聞いてもいい?」
『いいよ。』
「キミは誰?」
『私?どうして?』
「私は風見璃音って言うの。キミの名前は?」
『私の名前?それは教えられないよ。』
童子は人指し指を唇に当てニッコリと笑っているだけで、本当に教
える気はないようだ。璃音は溜息を吐いて話題の矛先を変えた。
「じゃあ質問をかえるけど、ここは【何処】なの?」
『ここは『絶対空間』だよ。』
童子はそう言うと、そんな事も知らないんだ、と言って笑った。
「絶対空間?」
『そう。無限の空間。確立された空間。不変の空間。』
童子の説明はイマイチ理解不能な内容であった。
「…よく、解らないんだけど?」
『うん。皆、そう言うよ。』
「皆?」
『時々、キミみたいに迷子になる人間がいるんだ。人間って方向音
痴なのかな?』
童子に同意を求められて、璃音は困った顔をした。
「ごめん、私『普通の人間』じゃないから。よく解らないよ。」
答えに迷った挙句、苦笑いを浮かべながらそう答えた。
『ふ〜ん…そうなんだ。キミ、銀色の狼なの?』
すると童子はいきなりそう言って璃音を驚かせた。
「どうしてわかるの?」
童子はニッコリ笑って更に彼女を驚かせた。
『捜したい人がいるの?だったらその人を思えばいい。きっと会え
るよ。』
「ねぇ、キミは何か知ってるの?ねえ黒狼様の事を知ってるの?も
しかするとココにあのヒトがいるの?お願い、そこへ案内してくれ
ない?!」
璃音には長い間ずっと捜している大切な存在があった。
しかし、童子は首を横に振り静かに言った。
『道案内は出来ないよ。この空間自体は私の管理下だけど、ココは
キミ自身が作り出した空間だからね。』
「私が作り出した…?」
童子の言葉に璃音は眉根を寄せ怪訝な表情をした。
「じゃぁココは私の想像で作り出した幻なの?」
『想像や幻とは違う。でもキミが作り出したんだよ?それからもし
ココから出たいと思ったら帰り道は自分で捜さないと<意味>が無
いからね。』
「それってどういう意味なの…?」
『ヒミツ〜。』
ニッコリと笑顔を見せた童子は璃音を指差した。
『ねぇ、ここの出来事は現実にはまったくかかわりを持たない出来
事なんだけど、でも、キミの思いは作用するんだよ?』
意味深な言葉を投げかけ、童子はニコニコと笑っていた。
『ねぇ、何か迷っているの?』
「私は…」
璃音の言葉を聞かないうちに、童子は小さく声をあげ何かを思い出
したようだった。
『あ!私は『鬼ごっこ』の途中だったんだ。じゃぁまたね。』
そう言うが速いか、璃音の横を走り抜けて行く。
呼び止めようとすると、強い風が周囲の葉を舞い上げ童子の姿を掻
き消してしまった。
静寂な森の中に一人取り残されてしまい途方にくれている璃音の元
へ、童子が言った最後の言葉が聞こえてきた。

『出会うことも、帰り道もキミの中だよ。』


 **

一人、森に残された璃音はゆっくりと周囲を見渡し、そして溜息を
吐いた。自分の思いで作られた森なのに、でも空気も、風も、木々
のざわめきも、全て現実の森の様だった。
「黒狼様と二人で護るはずだった場所…」
遠い昔に記憶を飛ばす。
「私はもう120年もあのヒトを捜しているの…」
あんなアクシデントさえ起こらなければ、私はこの森であのヒトと
一緒に、ずっと一緒に暮しただろう。
「…黒狼様は私を捜してくれているよね?」
誰に問い掛けるもなく、璃音はそう呟いた。
彼女の思考を絶つかのように一陣の強い風が吹いた。それにつられ
る様に顔を上げた璃音は、森の木々の間からこちらをジッと見つめ
ている存在に気がついた。
そして次の瞬間には視線と言葉を奪われその場に立ち尽くしてしま
っていた。
黒い狼が、いた。
その凛とした姿は、そうまるで…
「黒狼…さま?」
やっと口に出来た言葉に彼女自身が信じられない顔をした。
「どうして?本当に?」
璃音が躊躇している間にその黒い狼は踵を返し、森の奥へと向かっ
て走り出した。
「ねぇ待って!」
追いかけようとすると、強い風で吹き上げられた周囲の葉が彼女の
視界を奪う。それでも前へ出ようとすると、今度は透明な壁が璃音
の動きを奪ってしまう。そして、黒狼の姿は森の奥へと消えていっ
てしまった。
姿を完全に見失ってしまった璃音は力なくその場にしゃがみ込んだ。
「ねぇ…生きてるよ…ね?」
黒い狼が消えていった方向を見やりながら、璃音はそっと呟いた。
「ココが幻でも、現在(いま)じゃなくても、私はあのヒトに何時
か絶対に逢えるよね…」
瞳を閉じ呟く彼女の頬を、柔らかな風がそっと撫でた…


 **

ふと気がつくと、そこは先程まで自分が居た街なかだった。
周囲のざわめきも、車の行き交う音も、全てが元通りに流れていた。
「まさか白昼夢…って事もないよね…」
ふと、服の端に何かが引っ掛っているのが目に入った。それを何気
なく取って見ると…
「葉が…」
何時までも立ち止まっている自分を行き交う人々は怪訝な顔で見て
いく。しかしそれすら気にならない位に手の中のモノを暫らくの間
凝視していた。
だがそれも一瞬。
手の中にあったソレは、突然吹いた一陣の風によって自分の手の中
から離れてしまった。
「もう一度、あの場所へ行けるかな?」
そう呟いて被りを振るう。
「ううん。一人じゃ行けないよ。」
手のひらをぎゅっと握り締め、再び璃音は歩き出した。
何時か、何時の日か、黒狼と共にあの場所へ戻れるように。

自分の存在意味を分ち合える唯一は何処かにいる。
『帰り道』はきっと何処かへ繋がっている。

璃音は大きく背伸びをして空を見上げた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0074 / 風見・璃音 / 女 / 150 /フリーター


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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、おかべたかゆきです。
今回のご参加ありがとうございました。
全体的に暗くならないようにしようと頑張ってみたものの、
何となくシリアスちっくに…(-_-;
黒狼さまの表現がちょっと曖昧すぎて、イメージを崩して
しまっていないか心配です。
何時か黒狼様と逢えるといいですね。(^-^