コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


【太陽なんて大嫌い】
◆真夏の出会い
「こ、ここ空いてますかっ?」
こずえが声に顔をあげると、ちょっと緊張した面持ちで男の子が立っている。
「俺、来生 千万来って言います。あの・・・何だか一人だったから・・・」
日焼けした顔に屈託のない笑み。
小柄な高校生、来生 千万来はできるだけ彼女に警戒心を与えないようにと頑張っているのだが・・・どこかまだ緊張が抜けていない。
そのぎこちなさがおかしくて、こずえはくすっと笑みを漏らすと自分の向かいの椅子をすすめた。
「どうぞ、待ち合わせる相手もいないから・・・」
こずえは少し寂しそうにそう言った。

千万来がこずえに気が着いたのは中の鳥島のこのホテルにやってきた2日前。
天気がよく、みんなホテルに着くなり海に遊びに行く算段をつけ始めるような中で、こずえは一人ホテルのロビーに座っていた。
長袖のブラウスに白いロングスカート、手には手袋という、この真夏を謳歌するための島には似つかわしくないスタイルでいるこずえはとても異様な感じだった。
翌日、早朝の海を散歩しようと朝早くから起き出してきた千万来は、再びロビーでその少女を見かけた。
その時、ふと思いついて海岸の散歩に誘ったが、こずえは小さな声で言った。
「ごめんなさい、私、日の光にあたると死んでしまうから・・・」
千万来はその言葉にギョッとした。死という言葉があまりにも唐突だったから。
思わずその気持ちが表情に出てしまったのだろう、こずえは悲しそうな瞳で千万来を見つめるとホテルの奥へと行ってしまった。
その瞬間から、千万来の心の中に彼女が焼きついてしまった。
昼間も時々ロビーに立ち寄るとこずえはソファーにもたれて、大きな窓の向うに広がる夏の光景を見つめていた。どうも、ほとんど一日中そうして過ごしているらしい。
日の光に当たると死んでしまう・・・
しかし、夏の日差しがうらやましい・・・
その葛藤の狭間で彼女が外を見つめているのは、その物憂げな表情から簡単に読み取れた。

そして3日目の今日、千万来は一緒に来た友人たちとの計画を全部キャンセルして、思い切ってこずえにもう一度声をかけたのだった。
「いつも此処にいるんですか?」
失礼な事だったらごめんなさい・・・そういいながら千万来はこずえにたずねた。
「えぇ・・・私、日の光がダメだから・・・」
「あ、そ、そうですよね。この間・・・そう言ってましたね・・・」
こずえは千万来のその言葉にはっと千万来が誰だったか思い出したようだ。
「この間はごめんなさい。折角誘ってくれたのに、なんだか失礼な事しちゃって・・・」
「全然気にしてないですよ。俺、太陽の光に当たったらダメなんて知らなかったから余計な事言っちゃって。」
気がつくと二人でぺこぺこと頭を下げあっていた。
ふっと目線が合い、二人は照れ笑いして黙り込んでしまった。
しばらく二人は黙り込んでしまったが、でもその空気は決して悪いものではなかった。
この沈黙の間に、こずえは千万来を悪い人じゃないと判断したのか、自分のことを話し始めた。
「私・・・日の光のアレルギーで、直射日光を浴びると体中が火傷したみたいになってしまうの・・・」
こずえは小声で自分の病気のことを話す。
真夏でも長袖に手袋までして光を避けなくてはならないこと。
もう何年もこうして太陽から逃げるように暮らしていること。
それでも、外で皆が遊んでいる姿がうらやましくて、ここでいつも外を見ていること・・・。
その話を聞いて千万来は胸がキュウッとなる。
日に焼けて元気に走り回れる自分の何と恵まれたことか。
そして、こずえの純粋なまでの夏へのあこがれ。
夏なんか大嫌い。太陽なんて大嫌い。
その言葉の裏に押し込められた憧れと渇望。
なんとか、夏の楽しさを分けてあげたくて。千万来は一生懸命に部活の時の失敗談などを話した。
夏合宿のとき、稽古の合間にやった西瓜割のこと。スイカと間違えて寝てる先輩の頭を叩いてしまった千万来は後から大目玉を食らった。
合宿の夜のお楽しみ肝試し。このときもお化けに扮した先輩を不審者と勘違いして盛大に投げてしまった。
「千万来クンって強いのね。」
こずえはくすくす笑いながら千万来の話を夢中になって聞いている。
童顔で小柄な千万来だったが、武勇伝は多い。まぁ、失敗話が混ざるのはご愛嬌だったが。
「柔道の試合ってすごいわね。見てみたいわ。」
そう言って千万来の話を心底嬉しそうに聞いているこずえ。
二人の話はあたりが暗くなるまで続いた。
千万来は話を楽しんで微笑んでいるこずえを見ていると・・・ますます気持ちが募る。
(こんな話だけじゃダメだ!)
千万来の中でそう叫ぶ。
話より何より、彼女は彼女自身の夏の思い出を欲しがっている・・・
(どうしたら・・・?)
彼女自身に思い出をあげられる?

◆Sunset beach flower
千万来は暗くなってきた窓の外に目をやってナイスアイデアを思いついた。
「こずえさん!ちょっと、ちょっとだけ此処で待ってて下さい!」
「え、えぇ・・・」
突然のことに目を丸くしているこずえの前から、ダッシュで部屋のほうへと走ってゆく。
部屋へ入るとカバンを引っつかみ、ベッドの上に中身をばら撒いた。
「あった!」
千万来が探していたのは花火。
夜に友達とやろうと思って買い込んできた花火の詰め合わせパック。
荷物はそのままで、花火だけ掴むと再びダッシュでこずえの元に戻った。
「こずえさん、外行きましょう!」
「え?」
「もう日も暮れたしさ、夜なら外出ても平気なんでしょ?」
「えぇ。大丈夫だけど・・・」
「決まり。海岸まで行きましょう。」
千万来はにっこり笑って、こずえの手をにぎった。

「風がきもちいい・・・」
こずえは海風が気持ちよくそよぐ夕暮れの海岸で大きく伸びをする。
「夜でも・・・もっと早くに散歩にくれば良かったわ。こんなに気持ちがいいなんて。」
日傘も帽子も要らない。
暑い日差しはないけれど、確かに夏の匂いがする風。
「散歩だけじゃないですよ。ほら。」
千万来はもっていたものを見せた。
「あ、花火!」
「夏はやっぱりこれがないと。」
「私・・・花火なんて久しぶり!」
こずえは目を輝かせて言う。
千万来がパックをあけ、砂浜に色取り取りの花火を広げる。
ロビーでソファーに沈んでいた時のこずえとは打って変わって表情が明るい。
千万来は手にもった花火が散らす鮮やかな光に照らされるこずえに少し見惚れていた。
こうしてみていると他の女の子たちとは何の変わりもない。

千万来はふと思い出す。
夜咲いて朝が来るまでにその花を終える月下美人と言う花のことを。
花は太陽の光をいっぱいに浴びて咲く。
でも、月下美人と呼ばれる花は月の光を浴びて咲き、日の光にあたると花は終わってしまう。
(月下美人みたい・・・)
ちょっと出来すぎかな?とも思うが、嬉しそうに花火にはしゃぐこずえを見ていると悪くないなと思う。
花火と一緒で、夜輝く花があってもいいな・・・と思った。

◆夏の約束
「すごいわ。こんなに夏の気持ちを堪能できたのって久しぶりよ!」
花火を終えて、興奮さめらやぬ顔でこずえが言う。
「本当にありがとう、千万来クン。」
「どういたしまして。」
千万来も素直に微笑む。
ひと時のことだったが、夜であっても夏を満喫できた。
同じ夏の思い出を作った。
それがとても嬉しい。
二人してあてもなく歩きながら、夜の海岸を散歩した。
日はすっかり暮れ落ち、月が晧々と二人と砂浜を照らす。
昼間の鮮やかさはないが、白く照らし出された浜辺は美しい姿を見せている。
「あ、見て。サクラ貝・・・」
こずえがふいにしゃがみ込む。
手には小さな貝殻。
蜻蛉の羽のように淡い桃色の貝殻は羽を広げたように二つくっついている。
それをこずえは壊さないように二つに分け、ひとつを千万来に渡した。
「はい。千万来クンの分。」
「ありがとう・・・」
千万来は手のひらに乗せられた小さな貝殻を見る。
名前のように本当にサクラの花びらのようだ。
「貝殻って二つでひとつじゃない?こうして分けて持っていると、いつかまた会えるようにっておまじないになるのよ。」
「こずえさん・・・」
「・・・なんて、子供っぽいこと言っちゃったわね。」
こずえは照れ笑いでうつむく。
「そんなことないですよ。俺、すごく大事にします。」
千万来は貝殻を壊さないようにそっと握る。
「絶対、絶対、大事にします!」
こずえは微笑んで、そっと千万来の頬にキスした。
「!」
「またね。」
こずえは悪戯っぽく笑ってホテルの方へとかけて行く。
千万来は驚きに目を丸くしたまま呆然とこずえを見送る。
「またね・・・」
小さな声で呟く。

また会う時を楽しみにしてる。
そんな気持ちが暖かく千万来の胸に残った。
手のひらのサクラ貝の約束と一緒に・・・

The End.