コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


カジノ・ランディーヌ

〜オープニング〜


ふう、と碇麗華は、悩ましげなため息をついた
それがあまりにも、哀愁漂うものだったため、周囲にいた者が思わず全員、顔を上げて、編集長の顔色を窺ってしまったくらいである。
しかし。
その憂いにも全く気付かない者もいた。
ご存知、三下忠雄である。
「編集長、何かあったんですか?」
遠慮会釈なく、三下は麗華の前に行き、そんな恐ろしい問いを口にした。
麗華は、その氷のような視線を、ちらっと三下に向け、すっ、と何かを三下の目の前に置いた。
「・・・招待状、ですかー」
ははーん、と三下は勝手に思った。
「編集長、いくらお友達が結婚するからって、そんなひがんじゃダメですよ」
ひいいいい、という悲鳴があちこちから上がる。
何て恐ろしいことを、三下は平然と口にするのだろう。
――――しかし。
いくら経っても、麗華からの炎の鉄拳は飛んで来なかった。
そして、あの悩ましげなため息を、もう一度繰り返したのである。
「・・・誰か、このパーティーに、招待されてみない?」
誰にともなく、麗華は言った。
「場所は、どう見ても、赤坂なのよ。でも、そんな場所に、そんなものが存在するなんて、聞いたことがないのよね」
「何があるんですかー?」
あくまでも能天気に、三下は尋ねる。
「・・・カジノよ」
「カジノ??」
「そうよ、三下。あなたには、どうあがいたって、無縁な場所でしょう?」
「ひ、ひどい、編集長・・・」
よよよ、と泣き崩れる三下を放って、麗華は、三下の背後に座っている者たちに声をかけた。
「取材としては、いいネタだと思うのよ。赤坂の地下にカジノ・・・いったい、どんな謎が隠されていることか」
「それは、編集長あてに来たんですか?」
誰かが、麗華に質問する。
ひとつ頷いて、麗華は、招待状をデスクに置いた。
「ええ。でも、私を指名はしていないの。ただ、プラスチックの招待状が入っていただけ。誰が行ってもいいみたいね」
招待状が入っている封筒から、麗華は薄い透明なプラスチックの招待状を数枚、取り出した。
「日時は、あさっての夜8時よ。場所はここに地図が入っているわ。誰か、候補者はいないかしら?」
そう言って、麗華は、三下を無視したまま、編集部にいたメンバーたちに、参加を呼びかけたのであった・・・。


〜招待客たち〜

今日は、編集部はいろんな人がいて、何だかにぎやかである。
「久しぶりに帰ってみれば・・・珍しい事もあるものだな。どうした?麗華の天敵は〆切だけかとばかり思っていたが」
ちゃかすように言いながら、微笑んで、麗華のデスクに近づいてきた者がいた。
帰国して、挨拶をしに来たところに、彼好みのおもしろい話が、目の前で展開されていたのである。
間宮伊織(まみや いおり)は、麗華の前まで行くと、またにっこり笑った。
「先刻日本に戻ったばかりでね。挨拶によったんだが・・・針治療でもするか?」
疲れたようなため息をつく旧友に、伊織はそう声をかけた。
しかし麗華は、招待状をすいっと伊織に差し出す。
「分かっているよ。丁度退屈していたところだ」
伊織は受け取って、ひらひらと振った。
「じゃ、報告にまた寄らせてもらうよ」
伊織がドアを開けたところに、ちょうど、向こう側から開けようとしていた人物がいた。
「あら、ごめんなさい」
抜群のプロポーションに、エスニックな顔立ち。
一目でモデルだと分かるその女性に、伊織は自然に道を譲った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げ、彼女は編集部に入って行った。
伊織はドアの閉まるのを待たずに、その場を立ち去った。
「久しぶりね、マリヱ。帰って来たの?」
にっこり笑って、マリヱと呼ばれたその女性は麗華に近づいた。
名を美貴神マリヱ(みきがみ まりゑ)と言う。
海外を中心として、モデル稼業を営んでいる。
世界的に有名な彼女を、麗華はさらりと迎え入れた。
「仕事帰りです。すぐに飛んで来ました。ご挨拶に、と思って」
「精力的ねえ。本当に行動派って感じだわ」
感心したように、麗華は言う。
「じゃあ、このネタも、ぜひ参加して欲しいわね。あなたには、ピッタリよ」
「・・・赤坂?カジノ?ふうん、面白そうですね。いいですよ、お受けします」
「ふふ、今回は、正確な報告が集まりそうで楽しみだわ。普段は日本にすらいないメンツまで、参加してくれるんだもの」
麗華もご機嫌のようだ。
マリヱはプラスチックの招待状を受け取り、麗華にまた微笑んだ。
「それじゃあ、報告がてら、また来ます」
「宜しくお願いね。楽しみにしてるわ」
マリヱは、軽く麗華に、そして編集部に頭を下げると、颯爽とした足取りで、編集部を出て行く。
その後ろ姿を見送って、麗華は、自分のデスクの上の、最後の招待状を見つめた。
「さて、この一枚は誰に行ってもらおうかしら・・・」
コンコン、と指先でカードを弾き、ひとしきり思案する。
それから、今までの招待者の顔ぶれを思い浮かべる。
そして、不意に思いついたような表情になると、すぐさま電話を取り上げ、誰かに電話し始めたのであった。


〜カジノ・ランディーヌ〜

麗華からの招待状をもらったメンバーは、それぞれ別々に、会場に集まった。
編集部で顔を合わせたメンツ以外は、今日、誰が来るのか、全く分からなかった。
だから、薄暗い地下への階段を抜け、思ったよりかなり広い、そのカジノに到着した時、招待客の多さに随分驚いたのである。
そのカジノは、ラスベガスのような喧噪やきらびやかさはないが、紳士淑女の集まる社交場、という雰囲気を醸し出していた。
どちらかというと、ヨーロッパのカジノの印象が強い。
カラカラ・・・という、ルーレットの音が、耳に心地よい。
かなり広いカジノである。
ゲームは、スロットはもちろん、バカラ、クラップス、ポーカー、ルーレット、ブラックジャックと、本場とほぼ変わらない規模で、備え付けられている。
「あら、随分、招待されているのね」
大きく胸元と背の開いた、スリットの入った黒のロングタイトのドレスを着こなし、不知火響(しらぬい ひびき)は、会場に足を踏み入れた。
先日、麗華から電話をもらったのである。
麗華とは、旧知の仲だ。
だが、もちろんタダではない。
相手に負担をかけないためにも、友達たるもの、貸し借りはいけない。
そこで、響は条件を出したのだ。
いい酒をおごってくれ、と。
響は、会場に入ると、招待状を渡し、シャンパンを受け取った。
上品に笑いさざめく人々の間を縫って、彼女は来る前に事前に占った結果を思い出した。
タロットは、全体として、杳として知れない、暗い結果を示していた。
最終結果のカードは「月」、正位置での登場である。
(「悪魔」や「死神」のカードよりタチが悪いわ)
実際、はっきりした結果を示すカードは、解決法も探りやすい。
しかし、「月」のカードの意味は、「不安と動揺」、「影の敵」である。
響は、いつも以上に感覚を研ぎ澄まし、ブラックジャックのテーブルに近付いた。
「久しぶりだな、響」
いきなり横から声をかけられて、響ははっとして、そちらを振り向いた。
「伊織・・・あら、生きてたの?」
伊織は、黒のタキシードをそつなく着こなしている。
一見すると、どう見ても、青年実業家である。
その実、退魔師として、裏の世界では名を馳せているのを、響は、知っていた。
――――そう、個人的にも、彼のことはよく。
伊織は、目を細めて、響を見た。
「・・・綺麗になったな」
そう言って、ふっと唇だけで笑うと、不意にからかうような口調になる。
「ああ、そうか。化粧の腕があがったのか」
「相変わらず可愛げのない男ね」
軽口を叩きながらも、響は嬉しそうだ。
この、得体の知れない場所で、共に戦える人間を得たのだから。
そして、ふたりは、何の気なしに、ブラックジャックに興じ始めた。


〜主催者たち〜

パーティーが始まって、ものの30分と経たない内に、会場が更に薄暗くなった。
一番奥に据えられた豪華な舞台に、ふたりの人間が現れたのである。
全員、そちらに目を向けた。
「今夜は、我が娘、ルシェール・ジャンドゥールの誕生日に、ようこそおいで下さいました」
「本日はようこそ、私の誕生パーティーに」
そこにいたのは、少女とその父親であった。
少女は、金髪と蒼い目をして、陶器のように滑らかな肌をしていた。
ピンクのふんわりしたドレスを着て、本物の花を髪に散りばめていた。
ジャンドゥールと言えば、最近日本に入って来た、大手の宝石商である。
独自の鉱脈を持ち、一風変わったデザインでも有名になった、ヨーロッパの豪商である。
「今日は思う存分、お楽しみ下さい。このカジノで一番になられた方には、特別な贈り物をさせて頂きます」
「特別な贈り物?」
伊織は、眉をひそめた。
明らかに引っかかる言い方である。
隣にいた響も、首を傾げた。
「・・・勝てってことよね、真実を知りたいなら」
「ただ、そこに本当の真実が潜んでいるかどうかは、確かじゃないよな」
ブランデーを飲みながら、そのコースターを指でなぞり、息を吹きかけて、漆黒の蝶の式神を作る。
ふわりとそれが、空中に溶けるのを見届け、伊織は響に声を小さくし、言った。
「俺はいつものやり方で探らせてもらう。戦いになる前に、戻ってくるさ」
「ふふ、どうぞ。心配はしてないわ」
伊織をバーに残して、響は、会場を徘徊するボーイを捕まえた。
「どうせなら、可愛い子がいいわよね、やっぱり」
つぶやいて、彼女は、捕まえた少年に訊いた。
「ねえ、ここは、いつ頃始まったの?」
「半年くらい前です」
「そう、オーナーが、あの方たち?」
「はい、ヨーロッパのカジノをここに誘致したいとおっしゃられまして」
「ありがとう。頑張ってね」
ボーイは、舞い上がりながらも、恐縮して去って行った。
普段は、保健室の教員である響も、こういうところでは魔性の魅力をふりまいている。
夜は、街頭でタロットの占い師をやっているので、神秘的な雰囲気は、元々持っているものだ。
さり気なく、主催者に近付き、響は直接接触を開始した。
「こんばんは」
ルシェールに挨拶して、響は微笑んだ。
「今日はご招待下さってありがとう・・・といいたいところだけど、生憎代理人なのよねぇ」
「いらっしゃいませ。本日はいらして下さってありがとうございました。代理人の方でも、構いません。存分にお楽しみ下さいね」
よく出来た子どもの典型だ。
ゆっくりと礼儀正しく頭を下げる。
響は続けた。
「麗華のお知り合い?それとも・・・何か目的があってのご招待かしら?」
「麗華さん・・・ですか?」
記憶の糸をたぐる、というふうな表情を浮かべ、少女は困ったように謝った。
「ごめんなさい、どなたか分かりません。父が呼んだのかも知れませんね・・・それに、『目的』だなんて」
びっくりしたように、ルシェールは言った。
「楽しんで頂ければ、と思ってこの場所を選んだだけですので」
「そうなの」
「ええ。ぜひ、今夜は楽しんで下さいね」
ルシェールはそつなく、そう答えて、去った。
響は一点だけ、気になったところがあった。
それは、『麗華を知らない』というところだ。
父親の方が黒幕かも知れない。
響はそのまま、父親を探しに、会場を見て回ることにした。


〜真実への扉〜


「そう言えば編集長」
アトラス編集部――――ひとりの編集員が、麗華に声をかけた。
「最近、さつき、来ないですね。どうしたんでしょう?」
「そうね・・・」
半年も、ずっと毎日のように、ここに顔を出しては、いろんな麗華の雑事を、喜んで受けてくれていた高校生。名前は、新井さつき。
ここのところ、全く姿を見せなくなってしまった。
「あの子、来られない日は絶対連絡を入れてきてたのに・・・」
麗華は、ペンを置いて、外を見やった。
思い当たる節はない。
三下相手と違って、普段真面目にちゃんと働いてくれる人には、優しい麗華である。
他のバイトの子たちより、ちょっとだけ恥ずかしがり屋で、でも、心に持った輝きは、誰よりもきれいで。
麗華は、ひそかに、どんな大人に成長するか、楽しみにしていたのに。
「連絡、してみるわ。この仕事が片付いたら」
麗華はそう、言った。


伊織は、すうっと立ち上がった。
今、主催者たちは、会場の中を歩き回っている。
それに、これだけの人数がいれば、誰が何をしているのか、把握するのは至難の業だった。
「こういうい場所は暗闇が付き物、か」
地下なので、窓はない。
時間を忘れさせるため、時計もないのが、カジノである。
「おかげで身も隠しやすい」
会場の隅まで歩いて行き、あまりに自然に、闇に溶け込んだ。
伊織は、体内に吸収した鬼の力で、闇を操ることが出来るのだ。
そのまま、誰にも分からずに、ゆっくりと会場を巡る。
すると。
会場の一角に、目立たぬように作られたドアを見つけた。
(あれは・・・?)
伊織は近付いた。
しかし、奇妙な気配が、ドア全体を覆っていて、闇に溶け込んでも、中に入れそうになかった。
何かが、封じてあるようだ。
明らかに、不審な雰囲気を持っている。
(何かあるな)
その時だった。
不意に、ひときわ大きい歓声がし、あるテーブルにルシェールが近付いた。
「おめでとうございます。あなたが、今日、一番の勝ちを納めましたわ」
「ありがとうございます」
それは、鷲見千白(すみ ちしろ)であった。
ポーカーで、ロイヤルストレートフラッシュを35連発したのだ。
普通は「おかしい」とか「怪しい」とか言われそうなところだが、カジノ側にイカサマはないのだろう、あっさり彼女の勝ちを宣言した。
「それでは、今日の賞品を差し上げます。どうぞこちらへ」
千白と、ルシェールから鍵を渡されたボーイが、こちら側に歩いて来る。
伊織はそのまま、ふたりが近付いてくるのを見つめていたが、突然、そのボーイが、見えないはずの伊織を真正面から覗き込んだ。
「・・・ここにいちゃ、ダメだよ。あっちに行った方がいいよ、お兄さん」
ガン、と頭部に衝撃が走った。
サーッと、身体が横にスライドするような感覚に襲われ、はっと気が付いた時、伊織は姿を現したまま、ドアとは反対側の壁に追いやられていた。
「何だ?!今のは!!」
伊織は、ドアに駆け寄った。
しかし、そのドアは、既になくなっていた。
壁に向かって、拳を叩きつけ、伊織はカジノの内部を振り返った。
――――誰も、見ていない。
いや、誰もこちらに気付いていない。
(どういうことだ?!)
「どうしたの?!伊織」
さすがに、響は気付いたようだ。
伊織は、今までのことを簡潔に話した。
「じゃあ、この中に、誰かが連れ去られたのね?!」
「ああ、だが、麗華のところで見かけた女性だ。一般人、ということはなさそうだが」
「だからって安心はしていられないわよね」
ふたりは、ドアがあったはずのところを、念入りに調べ始めたのである――――



千白は、背後のドアが閉まったのを見て、一応出口を確認した。
ボーイは、金色の髪をし、緑色の瞳をしていた。
一見して、日本人ではなさそうだ。
「もう少し、明るくしましょうか」
パアッと照明が明るくなる。
その瞬間。
千白の目は、恐ろしいものを映し出した。
「な、なに、これ・・・」
「何って、『人』ですよ」
ボーイは、しれっとして、そう答えた。
「正確に言えば、『人の抜け殻』ですね」
「じゃ、これは全部・・・」
「はい、ありていに言えば、『死体』です」
部屋中に並ぶ、人、人、人。
しかも、それは、奇妙なくらいマネキンのように、ポーズを取って立っていた。
「あ、でも、殺した訳ではないんです。魂を抜いただけ」
無邪気に言うボーイに、千白は戦闘態勢に入った。
「ふざけないで!!」
「ふざけてなんか、ないですよ。鷲見千白さん、でしょ?どれがいいですか?どれでも、好きなのに、その身体、代えてあげますよ」
「私は私、このままでいいの!!」
「ええええ、つまんなーい!いらないんですか?結構有名人のも、揃えたのに・・・」
ボーイは、本気で悲しそうにそうつぶやいた。
千白は、背筋が凍るような感覚に襲われた。
(こいつ、楽しんでない・・・?)
「あの子は、喜んで、着せ替え、しましたよ?」
「あの子?」
「そう、あの子。新井さつき。でも、外見は、ルシェール・ジャンドゥールなんです」
「ええっ?!」
千白は、会場へ続くドアを振り返った。
まだ大丈夫だった。
そこに、ドアはある。
ボーイは、にっこり笑って、千白を見た。
「じゃ、千白さんは、賞品はいらないんですね?」
「い、いらないわよ!!」
「仕方ないなあ、それじゃあ、他の人が勝つまで待たなきゃ」
「そうはさせないわ!」
千白は、腰を落として、ボーイを睨みつけた。
「あんた、誰?単なるボーイじゃ、ないんでしょ?!」
「え?僕?名乗るほどじゃないですよ」
ふわりと、その身体が宙に浮かんだ。
一瞬のメタモルフォーゼ。
黒のタキシードに、シルクハット、その肩からは、黒いマントがひらめいている。
「初めまして。僕は、闇皇子(やみおうじ)。もう、かなり長い間生きてるよ。生憎、死ねなくてね。専攻は、西洋魔術と、錬金術。あ、『屍体あやつり』も出来るよ」
「いいわ、私が引導を渡してあげる!!」
その時だった。
会場から、ものすごい悲鳴が上がったのである。
千白は一瞬、そちらに気を飛ばしてしまった。
その隙に、闇皇子は、するりと宙に身を滑り込ませた。
「またどこかで会えるといいね、千白さん。今日は、勝ったご褒美に、いろいろ置いてくから」
ふふ、と闇皇子は笑った。
「この騒ぎも、置き土産。せいぜい、好きなだけ戦ってらっしゃいな」
揶揄するように言って、闇皇子は消えた。
思わず舌打ちして、千白は会場に戻った。
そこには、頭を抱えてしゃがみ込む、ルシェールの姿があった。
「どうしたの?!」
「あああ、あれ・・・」
振り返った千白の目に、さっきまで、穏やかに笑っていたルシェールの父親が、ゾンビのように溶け崩れて、人々に襲い掛かっている場面が飛び込んできた。
それだけではない。
ボーイやディーラーまで、屍鬼と化したのである。
「これ以上、誰も犠牲になんかさせないわよ!!」
千白は、式神を呼び出した。
「加勢する!」
伊織が千白の後ろから、妖刀『桜鬼(おうき)』を手に、屍鬼たちに斬りかかっていった。
それを見て、湖影虎之助(こかげ とらのすけ)と神薙春日(かんなぎ はるか)は、無事な人々を、安全な場所へと手早く誘導し始めた。
「こっちです!!」
「急いで下さい!」
逃げ惑う人々に、容赦なく牙を剥く屍鬼たちに、マリヱはその体内に共生している「蟲」の能力で、【体機能増強】をし、片っ端からなぎ倒していく。
「かかって来なさい!!いくらでも!!」
屍鬼たちは、自分たちに害をなす者たちを標的にし始めたようだった。
一般客には見向きもせず、能力者たちに襲い掛かってきた。
「さあ、一気に片をつけるわよ!!」
響の手から、瞬速のセラミックカードが舞った。
あっという間に、屍鬼の首を寸断していく。
その間、たったの15分。
彼らの手にかかれば、屍鬼たちもそう強い敵ではなかった。
一瞬の内に、全て葬り去られてしまっていたのである。
「・・・大したことなかったわね」
マリヱは、まだ戦い足りない、というように、つぶやいた。
虎之助と春日も、ゆっくりと会場に下りてくる。
『桜鬼』を空に滑り込ませ、伊織はがらんとした会場を見やった。
「結局、化け物の巣窟だったって訳か」
「そうみたいね」
響も、辺りを見回した。
その視界に、ルシェールと、彼女に近付いていく千白の姿を見とめた。
「・・・ルシェール、いえ、さつきさん」
「・・・えっ?!」
ルシェールは驚いて顔を上げた。
まっすぐ、射抜くように、千白は彼女を見つめた。
「分かってるわ。あなたは、ルシェール・ジャンドゥールなんかじゃない、新井さつき、そうでしょ?」
「・・・わ、たし、は・・・」
目を見開いて、ルシェールは千白を見返した。
夢を見るようなその瞳から、少しずつ夢が壊れていく。
「わた、し・・・」
「そう。あなたは、新井さつきさんよ。見た目は、ルシェールかも知れないけど、魂は、さつきさんなのよね・・・?」
「さつき・・・わたし・・・」
ルシェールの目から、涙がこぼれ落ちた。
「そうだ・・・私は、さつき。新井さつきだわ・・・」
「闇皇子に、身体と魂を入れ替えてもらったのね?」
「そう・・・私、麗華さんに、ネタを提供してあげたかったの・・・だから、ここに来たの・・・赤坂に、カジノなんて、おかしいなって・・・」
ルシェール、否、さつきは、誰にともなく、告白し始めた。
「私、順調に勝ち続けたの。そして、ここで、一番になって・・・お人形のような身体と取り替えてくれるって言われて、それで・・・」
「洗脳、されてたんだろう?」
伊織は、さつきの前に跪いた。
「ルシェールだと、思わされていたんだよな?でも、どこかで、君の意識が残っていたんだろう?・・・つらかったよな・・・」
「つらかった・・・」
さつきの頬に、涙がとめどなく流れる。
「つらかったわ・・・私は、新井さつきなのに・・・どこへも行けなくなって・・・ルシェールにさせられた・・・」
「じゃあ、本物のルシェールは・・・?」
マリヱの問いに、虎之助が答えた。
「・・・3ヶ月前、肺炎で亡くなっています。ここに、彼女はいますよ」
虎之助が、自分を指す。
その能力で、ルシェールの霊を見つけたのだ。
彼の能力は「憑依」、その体に、霊を降ろすことが出来る。
「彼女は言っています。『それでも、私は存在しなければならなかった』と」
ルシェールは、一人娘であった。
その財の多くを継ぐはずであった彼女の死を、彼女の父は受け入れられなかったのだ。
「だからって、他の人間を彼女の代わりにするなんて・・・」
「千白さん、それは私が望んだことなんです・・・でも、彼女の身体を纏うことは、彼女の運命や環境をも纏うことになるとは思わなかっただけ・・・ふふ、私、馬鹿ですねえ・・・」
さつきは、目を閉じた。
そして、そっと笑った。
「そろそろ、お別れみたいです・・・闇皇子様が側にいなくなってしまったら、この身体は腐ってしまう・・・だから、私も、この身体にはいられないから・・・」
「・・・ちゃんと、送ってあげるから」
伊織は、さつきの額に手を置いた。
「大丈夫、麗華にも、君の気持ちは伝えるよ」
「・・・ありがとう・・・」
さつきは、今までで、一番嬉しそうな笑顔を見せた。
そして。
さつきの身体から、徐々に力が抜けていく。
伊織は小さく何かを唱え続けたままだ。
(さようなら・・・)
彼らの耳に、声にならない声が届いた。
その瞬間――――
がくん、とさつきの身体が前に傾いた。
その身体を受け留め、伊織は言った。
「おやすみ、今度は、いい夢を・・・」


〜そして再びアトラスへ〜


「そう・・・」
虎之助の報告書を読んだ麗華は、寂しそうにひとり、そう呟いた。
「さつき、最期は、ちゃんと幸せだったわよね・・・?」
麗華は立ち上がって、編集員のひとりにその報告書を差し出した。
「これ、今号に載せるわ!急いでゲラを作ってちょうだい!」
「はい!!」
忙しく立ち働く編集員たちを見、麗華は呆れたように微笑んだ。
「・・・それでも私は、真実を追い求めることを、やめられそうにないのよ、さつき・・・」
視線の先には、随分前に編集部内で撮った、スタッフの写真があった。
その中で、さつきは今でも、麗華のために微笑んでいる。
「それでこそ、麗華さんですよ」と、言いたげな顔で・・・。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0116/不知火・響(しらぬい・ひびき)/女/28/臨時教師(保健室勤務) 】
【0792/間宮・伊織(まみや・いおり)/男/27/退魔師 】
【0442/美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)/女/23/モデル】
【0689/湖影・虎之助(こかげ・とらのすけ)/男/21/大学生(副業にモデル) 】
【0867/神薙・春日(かんなぎ・はるか)/男/17/高校生(予見者)】
【0229/鷲見・千白(すみ・ちしろ)/女/28/(やる気のない)陰陽師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして!ライターの藤沢麗(ふじさわ れい)と申します。
今回は、「カジノ・ランディーヌ」へのご参加、ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか?
今回の依頼は、満員御礼、というか、定員大幅増、という感じでした。
多彩な能力者ばかりで、今回は本当に、字数の大幅オーバーをしてしまい、
思わず、それぞれに登場シーンを分割してお届けとなりました。
他の方の分も、目を通していただくと、一層深いご理解が得られると思います。
ぜひ、ご覧下さい。

間宮伊織さん、年齢の割に落ち着いている印象があります。
今回は、帰国直後だというのに、随分活躍して下さいました。
多彩な能力をお持ちなので、どう表現していこうかと、
かなり悩みました。
いかがでしたか??

また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。