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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


カジノ・ランディーヌ

〜オープニング〜


ふう、と碇麗華は、悩ましげなため息をついた
それがあまりにも、哀愁漂うものだったため、周囲にいた者が思わず全員、顔を上げて、編集長の顔色を窺ってしまったくらいである。
しかし。
その憂いにも全く気付かない者もいた。
ご存知、三下忠雄である。
「編集長、何かあったんですか?」
遠慮会釈なく、三下は麗華の前に行き、そんな恐ろしい問いを口にした。
麗華は、その氷のような視線を、ちらっと三下に向け、すっ、と何かを三下の目の前に置いた。
「・・・招待状、ですかー」
ははーん、と三下は勝手に思った。
「編集長、いくらお友達が結婚するからって、そんなひがんじゃダメですよ」
ひいいいい、という悲鳴があちこちから上がる。
何て恐ろしいことを、三下は平然と口にするのだろう。
――――しかし。
いくら経っても、麗華からの炎の鉄拳は飛んで来なかった。
そして、あの悩ましげなため息を、もう一度繰り返したのである。
「・・・誰か、このパーティーに、招待されてみない?」
誰にともなく、麗華は言った。
「場所は、どう見ても、赤坂なのよ。でも、そんな場所に、そんなものが存在するなんて、聞いたことがないのよね」
「何があるんですかー?」
あくまでも能天気に、三下は尋ねる。
「・・・カジノよ」
「カジノ??」
「そうよ、三下。あなたには、どうあがいたって、無縁な場所でしょう?」
「ひ、ひどい、編集長・・・」
よよよ、と泣き崩れる三下を放って、麗華は、三下の背後に座っている者たちに声をかけた。
「取材としては、いいネタだと思うのよ。赤坂の地下にカジノ・・・いったい、どんな謎が隠されていることか」
「それは、編集長あてに来たんですか?」
誰かが、麗華に質問する。
ひとつ頷いて、麗華は、招待状をデスクに置いた。
「ええ。でも、私を指名はしていないの。ただ、プラスチックの招待状が入っていただけ。誰が行ってもいいみたいね」
招待状が入っている封筒から、麗華は薄い透明なプラスチックの招待状を数枚、取り出した。
「日時は、あさっての夜8時よ。場所はここに地図が入っているわ。誰か、候補者はいないかしら?」
そう言って、麗華は、三下を無視したまま、編集部にいたメンバーたちに、参加を呼びかけたのであった・・・。


〜招待客たち〜

颯爽と、麗華のデスクまで歩いてきたのは、湖影虎之助(こかげ とらのすけ)である。
素晴らしく高い身長と、均整の取れた身体、切れ長の涼しげな目元と、どれを取っても美青年だ。
それもそのはず、今のメンズ雑誌には、彼がいなくては話にならない、と言われるほど、今一番人気のモデルなのだ。
ただ、彼にしてみれば、あくまでモデルは成り行きで始めた副業である。
一応、大学生なのだが、そちらの仕事の関係であまり行っていないらしい。
「麗華さん、お久しぶりです」
「最近ご無沙汰ね、虎之助くんは」
「すみません、ちょっと仕事が楽しくなってきたところでもあるので」
「・・・相変わらず、いい声してるわね」
麗華は、あきれたように笑う。
「行ってくれるのね?」
「もちろん。連れもエスコートして行きますから、二枚いただけますか?」
「・・・いい報告、待ってるわよ」
「楽しみに待っていて下さい。少なくとも」
虎之助は、謎めいた微笑と共に、席で打ちひしがれている三下を見やった。
「麗華さんの期待を上回る記事は、約束しますよ」
「よろしくね」
丁寧に一礼して、虎之助は去って行った。


「ああん?虎兄、何言ってんの?!」
あまりのことに衝撃を受けつつ、神薙春日(かんなぎ はるひ)は、持っていた電話を、すさまじい勢いで怒鳴りつけた。
「俺に・・・俺に女装をしろと!?」
しかし相手は至って冷静に、しかも人の話を聞く気配もなく、さっさと話を進めていく。
「あ?『可愛いから大丈夫』だ?マテコラ!絶対バレるっての・・・ただの女装マニアみたいじゃんか!」
実は、春日は、一応分かっていた。
どうせ、いくら反論しようとも、相手が聞いてすらいないことは。
それどころか、きれいに無視して、自分に都合のいいように話を進めていっていることも。
だからこそ。
そろそろ、自分で条件をつけた方が、まだマシかなと思い始めていた。
「でもこれ・・・アトラスの依頼だよな?」
『ああ。そうだよ』
相手は、湖影虎之助である。
親友の兄でもあるので、通常は「虎兄」と呼んでいる。
「・・・俺、女装してもいいぜ」
不意に、声をひそめるようにして、春日は言った。
「だから・・・三下の野郎より、すっげ記事書いてヤツをへこまして☆」
『そう言うだろうと思ってね、ちゃんと宣戦布告はしてきたから』
相手の方が一枚上手である。
それでも、だいぶご機嫌の戻った春日としては、うれしそうに日時と待ち合わせ場所の確認をした。
「分かった。じゃあ、その日に行けばいいんだ?」
『服はこちらで用意しておくから、春日はそのままおいで』
「オッケー!それじゃあ、当日に!」
春日は、たいへん胸がすっとした。
これで、ムカツクあいつに、一泡ふかせられる----そう思うと、かなりテンションも高くなってくる春日であった。


用意してもらった服は、かなり、かーなーりー、春日の想像を越えていた。
これで秋葉原でも歩こうものなら、大変なことになりそうな感じである。
「虎兄・・・」
「似合うよ、春日」
さらっと、あまり気にしたような素振りすらなく、虎之助は前を行く。
相手が女性ではないので、さっぱり気遣いがない。
もちろん、会場に行ったら、春日を女性として完璧に扱うのは、分かっているが。
春日はもう一度だけ、自分の姿をショーウィンドウに映した。
黒のゴシックドレス。
高級な黒のレースがふんだんについたそれに、はああ、と盛大なため息が出る。
「・・・これ、丈短いね・・・カジノにこれでいいわけ?」
「心配ないよ、大丈夫」
しっかり自信120%で言い切る虎之助に、春日は小走りで並んだ。
「ま、確かにさ、この顔で大人っぽいのは無理だけどな、胸もねーし」
「一見美少女だからね、春日の場合は」
会場の入り口に着いて、虎之助は招待状を二枚取り出した。
その後ろ姿を見つめて、またしても春日はため息だ。
「虎兄・・・様になりすぎ・・・」
それもそのはず、彼は現役のモデルである。
ふたりは、細い階段を地下へと下りていった。
麗華からの招待状をもらったメンバーは、それぞれ別々に、会場に集まった。
編集部で顔を合わせたメンツ以外は、今日、誰が来るのか、全く分からなかった。
だから、薄暗い地下への階段を抜け、思ったよりかなり広い、そのカジノに到着した時、招待客の多さに随分驚いたのである。
そのカジノは、ラスベガスのような喧噪やきらびやかさはないが、紳士淑女の集まる社交場、という雰囲気を醸し出していた。
どちらかというと、ヨーロッパのカジノの印象が強い。
響は、会場に入ると、招待状を渡し、シャンパンを受け取った。
カラカラ・・・という、ルーレットの音が、耳に心地よい。
かなり広いカジノである。
ゲームは、スロットはもちろん、バカラ、クラップス、ポーカー、ルーレット、ブラックジャックと、本場とほぼ変わらない規模で、備え付けられている。
「すっげ・・・!」
素直に春日は感心した。
その瞬間、しっかり釘を刺される。
「遊びに来たわけじゃないから、ちゃんと調査してくれよ」
「はぁい」
明らかにがっくりして、春日はそれでも、周囲に気を配るのを忘れなかった。
まだ、主催者は来ていないようだ。
その場から、一歩も動かない虎之助に、春日は訝って声をかけた。
「どうしたの?虎兄」
「知り合いを見つけた」
相手も気付いたようだ。
綺麗な裾さばきで、近付いて来た女性がいた。
「お久しぶりね、虎之助クン」
「帰国されていたんですね、マリヱさん。お久しぶりです」
身体のラインがはっきりと出る黒いタイトドレスを纏い、胸元に赤い薔薇飾りをあしらった美貴神マリヱ(みきがみ まりゑ)に、虎之助は丁寧に一礼した。
「以前お仕事でご一緒した時より、更にお美しくなられていますね。やはり、パリの空気はこちらとは違いましたか」
「ふふ、ありがとう。相変わらずね、虎之助クンは。ところで、そちらのお嬢さんは?」
「初めまして。神薙春日と申します」
あくまでしとやかに、春日は営業モードに入る。
マリヱは、蟲惑の笑みで、春日に向き直った。
「初めまして。私は、美貴神マリヱ。虎之助クンとは、モデルの仕事で一度、ご一緒したことがあるのよ」
「そうですか」
にこにこと屈託なく、天使のように春日は笑う。
「これからどうぞ、宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げる。
「いい子じゃない。大事にしてあげないとね」
いたずらっぽく笑うマリヱに、虎之助は涼しく切り返す。
「あくまで知り合いですがね」
「あら、そうなの?春日ちゃんの方は、満更でもない感じはするけど?」
おいおい、と春日は思わず、営業モードを忘れて突っ込みそうになってしまった。
「あなたたちも、麗華の?」
言葉少なに、マリヱは確認した。
ひとつ頷いて、虎之助は会場を見回した。
「他にも数人いるとは思います。今日は、協力者は多いですよ」
「ここ、胡散臭いものね。ちょっと気をつけないと・・・それじゃ、また後でね」
「はい、マリヱさんもお気をつけて」
マリヱは、鮮やかにドレスを翻して、去って行った。
「さて、春日」
虎之助は、春日を見下ろした。
「主催者が現れるまで、会場を見て回ろうか」
「そうですね」
春日の営業モードは崩れない。
ヴィスクドールのように微笑んだまま、虎之助に従って歩き出した。


〜主催者たち〜

パーティーが始まって、ものの30分と経たない内に、会場が更に薄暗くなった。
一番奥に据えられた豪華な舞台に、ふたりの人間が現れたのである。
全員、そちらに目を向けた。
「今夜は、我が娘、ルシェール・ジャンドゥールの誕生日に、ようこそおいで下さいました」
「本日はようこそ、私の誕生パーティーに」
そこにいたのは、少女とその父親であった。
少女は、金髪と蒼い目をして、陶器のように滑らかな肌をしていた。
ピンクのふんわりしたドレスを着て、本物の花を髪に散りばめていた。
ジャンドゥールと言えば、最近日本に入って来た、大手の宝石商である。
独自の鉱脈を持ち、一風変わったデザインでも有名になった、ヨーロッパの豪商である。
「今日は思う存分、お楽しみ下さい。このカジノで一番になられた方には、特別な贈り物をさせて頂きます」
挨拶が終わった。
短かったが、長いよりは全然その方がいい。
「さあ、春日、行こうか」
「はい」
春日は、しずしずと、虎之助についていく。
「本日は、ご招待下さいまして、ありがとうございました」
華麗に微笑して、虎之助は、ルシェールに一礼した。
「こちらこそ、いらして下さいまして、ありがとうございます。楽しんでいらっしゃいますか?」
可愛らしい声で答えるルシェールに、春日も挨拶を施す。
「ええ、楽しませて頂いています。本当にありがとうございました・・・あら、落ちそうですわ」
春日は、さり気なく、ルシェールの頭に飾られている、たくさんの花を直すふりをしながら、彼女に触れた。
そう、春日の能力は「予見」、触れた相手の「過去・現在・未来」を見ることが出来るのだ。
それはたった一瞬のことである。
相手は、お礼を言い、引き続き楽しんでくれるよう告げて、その場を去って行った。
「どうした、春日?」
様子がおかしい春日に、虎之助は声をかけた。
「虎兄・・・ちょっと来て」
春日は虎之助を、会場の隅までひっぱって行って、それから答えた。
「・・・どうかしたのか?」
「あいつ、おかしい」
春日は、いつになく真剣な表情である。
「おかしい・・・?」
「未来がないんだ。真っ暗。それに、過去も、ちょっと変だ」
虎之助は、腕を組んで、春日を覗き込むように見た。
「真っ暗っていうのは、どういうことなんだ?」
「つまり、未来が『存在しない』ってこと。な、おかしいだろ?!」
「それは・・・彼女が死んでいるってことかい?」
「・・・そうとも言えないんだ。死人だったら、過去も見えないはずだから。だって、俺が触れてんのは、生身の肉体で、そこから、時間を越えていろいろ引き出すわけだから、そこに魂が入ってなかったら何も見えないってことだろ?」
「そうだね」
「それに、過去!」
虎之助に詰め寄って、春日はいっそう真剣な顔をした。
その黄金の右目が、薄暗い中で、きらきらと光を増した。
「あいつ、ルシェール・ジャンドゥールじゃ、ないかも」
「別人なのか?」
「見た目は、ルシェールだと思う。でも、中身は、ルシェールじゃない可能性が高いね。だって」
春日は、遠くにいるルシェールを見やった。
「本人、自分は日本にずっといたって思ってる!」
それが指し示す事実とは。
「まさか・・・」
虎之助も、ルシェールを見つめる。
「身体と魂が、別人・・・?」


〜真実への扉〜

「そう言えば編集長」
アトラス編集部――――ひとりの編集員が、麗華に声をかけた。
「最近、さつき、来ないですね。どうしたんでしょう?」
「そうね・・・」
半年も、ずっと毎日のように、ここに顔を出しては、いろんな麗華の雑事を、喜んで受けてくれていた高校生。名前は、新井さつき。
ここのところ、全く姿を見せなくなってしまった。
「あの子、来られない日は絶対連絡を入れてきてたのに・・・」
麗華は、ペンを置いて、外を見やった。
思い当たる節はない。
三下相手と違って、普段真面目にちゃんと働いてくれる人には、優しい麗華である。
他のバイトの子たちより、ちょっとだけ恥ずかしがり屋で、でも、心に持った輝きは、誰よりもきれいで。
麗華は、ひそかに、どんな大人に成長するか、楽しみにしていたのに。
「連絡、してみるわ。この仕事が片付いたら」
麗華はそう、言った。


間宮伊織(まみや いおり)は、すうっと立ち上がった。
今、主催者たちは、会場の中を歩き回っている。
それに、これだけの人数がいれば、誰が何をしているのか、把握するのは至難の業だった。
「こういうい場所は暗闇が付き物、か」
地下なので、窓はない。
時間を忘れさせるため、時計もないのが、カジノである。
「おかげで身も隠しやすい」
会場の隅まで歩いて行き、あまりに自然に、闇に溶け込んだ。
伊織は、体内に吸収した鬼の力で、闇を操ることが出来るのだ。
そのまま、誰にも分からずに、ゆっくりと会場を巡る。
すると。
会場の一角に、目立たぬように作られたドアを見つけた。
(あれは・・・?)
伊織は近付いた。
しかし、奇妙な気配が、ドア全体を覆っていて、闇に溶け込んでも、中に入れそうになかった。
何かが、封じてあるようだ。
明らかに、不審な雰囲気を持っている。
(何かあるな)
その時だった。
不意に、ひときわ大きい歓声がし、あるテーブルにルシェールが近付いた。
「おめでとうございます。あなたが、今日、一番の勝ちを納めましたわ」
「ありがとうございます」
それは、鷲見千白(すみ ちしろ)であった。
ポーカーで、ロイヤルストレートフラッシュを35連発したのだ。
普通は「おかしい」とか「怪しい」とか言われそうなところだが、カジノ側にイカサマはないのだろう、あっさり彼女の勝ちを宣言した。
「それでは、今日の賞品を差し上げます。どうぞこちらへ」
千白と、ルシェールから鍵を渡されたボーイが、こちら側に歩いて来る。
伊織はそのまま、ふたりが近付いてくるのを見つめていたが、突然、そのボーイが、見えないはずの伊織を真正面から覗き込んだ。
「・・・ここにいちゃ、ダメだよ。あっちに行った方がいいよ、お兄さん」
ガン、と頭部に衝撃が走った。
サーッと、身体が横にスライドするような感覚に襲われ、はっと気が付いた時、伊織は姿を現したまま、ドアとは反対側の壁に追いやられていた。
「何だ?!今のは!!」
伊織は、ドアに駆け寄った。
しかし、そのドアは、既になくなっていた。
壁に向かって、拳を叩きつけ、伊織はカジノの内部を振り返った。
――――誰も、見ていない。
いや、誰もこちらに気付いていない。
(どういうことだ?!)
「どうしたの?!伊織」
さすがに、不知火響(しらぬい ひびき)は気付いたようだ。
伊織は、今までのことを簡潔に話した。
「じゃあ、この中に、誰かが連れ去られたのね?!」
「ああ、だが、麗華のところで見かけた女性だ。一般人、ということはなさそうだが」
「だからって安心はしていられないわよね」
ふたりは、ドアがあったはずのところを、念入りに調べ始めたのである――――


その時だった。
会場から、ものすごい悲鳴が上がったのである。
そこには、頭を抱えてしゃがみ込む、ルシェールの姿があった。
振り返った千白の目に、さっきまで、穏やかに笑っていたルシェールの父親が、ゾンビのように溶け崩れて、人々に襲い掛かっている場面が飛び込んできた。
それだけではない。
ボーイやディーラーまで、屍鬼と化したのである。
「これ以上、誰も犠牲になんかさせないわよ!!」
千白は、式神を呼び出した。
「加勢する!」
伊織が千白の後ろから、妖刀『桜鬼(おうき)』を手に、屍鬼たちに斬りかかっていった。
それを見て、虎之助と春日は、無事な人々を、安全な場所へと手早く誘導し始めた。
「こっちです!!」
「急いで下さい!」
逃げ惑う人々に、容赦なく牙を剥く屍鬼たちに、マリヱはその体内に共生している「蟲」の能力で、【体機能増強】をし、片っ端からなぎ倒していく。
「かかって来なさい!!いくらでも!!」
屍鬼たちは、自分たちに害をなす者たちを標的にし始めたようだった。
一般客には見向きもせず、能力者たちに襲い掛かってきた。
「さあ、一気に片をつけるわよ!!」
響の手から、瞬速のセラミックカードが舞った。
あっという間に、屍鬼の首を寸断していく。
その間、たったの15分。
彼らの手にかかれば、屍鬼たちもそう強い敵ではなかった。
一瞬の内に、全て葬り去られてしまっていたのである。
「・・・大したことなかったわね」
マリヱは、まだ戦い足りない、というように、つぶやいた。
虎之助と春日も、ゆっくりと会場に下りてくる。
『桜鬼』を空に滑り込ませ、伊織はがらんとした会場を見やった。
「結局、化け物の巣窟だったって訳か」
「そうみたいね」
響も、辺りを見回した。
その視界に、ルシェールと、彼女に近付いていく千白の姿を見とめた。
「・・・ルシェール、いえ、さつきさん」
「・・・えっ?!」
ルシェールは驚いて顔を上げた。
まっすぐ、射抜くように、千白は彼女を見つめた。
「分かってるわ。あなたは、ルシェール・ジャンドゥールなんかじゃない、新井さつき、そうでしょ?」
「・・・わ、たし、は・・・」
目を見開いて、ルシェールは千白を見返した。
夢を見るようなその瞳から、少しずつ夢が壊れていく。
「わた、し・・・」
「そう。あなたは、新井さつきさんよ。見た目は、ルシェールかも知れないけど、魂は、さつきさんなのよね・・・?」
「さつき・・・わたし・・・」
ルシェールの目から、涙がこぼれ落ちた。
「そうだ・・・私は、さつき。新井さつきだわ・・・」
「闇皇子に、身体と魂を入れ替えてもらったのね?」
「そう・・・私、麗華さんに、ネタを提供してあげたかったの・・・だから、ここに来たの・・・赤坂に、カジノなんて、おかしいなって・・・」
ルシェール、否、さつきは、誰にともなく、告白し始めた。
「私、順調に勝ち続けたの。そして、ここで、一番になって・・・お人形のような身体と取り替えてくれるって言われて、それで・・・」
「洗脳、されてたんだろう?」
伊織は、さつきの前に跪いた。
「ルシェールだと、思わされていたんだよな?でも、どこかで、君の意識が残っていたんだろう?・・・つらかったよな・・・」
「つらかった・・・」
さつきの頬に、涙がとめどなく流れる。
「つらかったわ・・・私は、新井さつきなのに・・・どこへも行けなくなって・・・ルシェールにさせられた・・・」
「じゃあ、本物のルシェールは・・・?」
マリヱの問いに、虎之助が答えた。
「・・・3ヶ月前、肺炎で亡くなっています。ここに、彼女はいますよ」
虎之助が、自分を指す。
その能力で、ルシェールの霊を見つけたのだ。
彼の能力は「憑依」、その体に、霊を降ろすことが出来る。
「彼女は言っています。『それでも、私は存在しなければならなかった』と」
ルシェールは、一人娘であった。
その財の多くを継ぐはずであった彼女の死を、彼女の父は受け入れられなかったのだ。
「だからって、他の人間を彼女の代わりにするなんて・・・」
「千白さん、それは私が望んだことなんです・・・でも、彼女の身体を纏うことは、彼女の運命や環境をも纏うことになるとは思わなかっただけ・・・ふふ、私、馬鹿ですねえ・・・」
さつきは、目を閉じた。
そして、そっと笑った。
「そろそろ、お別れみたいです・・・闇皇子様が側にいなくなってしまったら、この身体は腐ってしまう・・・だから、私も、この身体にはいられないから・・・」
「・・・ちゃんと、送ってあげるから」
伊織は、さつきの額に手を置いた。
「大丈夫、麗華にも、君の気持ちは伝えるよ」
「・・・ありがとう・・・」
さつきは、今までで、一番嬉しそうな笑顔を見せた。
そして。
さつきの身体から、徐々に力が抜けていく。
伊織は小さく何かを唱え続けたままだ。
(さようなら・・・)
彼らの耳に、声にならない声が届いた。
その瞬間――――
がくん、とさつきの身体が前に傾いた。
その身体を受け留め、伊織は言った。
「おやすみ、今度は、いい夢を・・・」


〜そして再びアトラスへ〜


「そう・・・」
虎之助の報告書を読んだ麗華は、寂しそうにひとり、そう呟いた。
「さつき、最期は、ちゃんと幸せだったわよね・・・?」
麗華は立ち上がって、編集員のひとりにその報告書を差し出した。
「これ、今号に載せるわ!急いでゲラを作ってちょうだい!」
「はい!!」
忙しく立ち働く編集員たちを見、麗華は呆れたように微笑んだ。
「・・・それでも私は、真実を追い求めることを、やめられそうにないのよ、さつき・・・」
視線の先には、随分前に編集部内で撮った、スタッフの写真があった。
その中で、さつきは今でも、麗華のために微笑んでいる。
「それでこそ、麗華さんですよ」と、言いたげな顔で・・・。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0116/不知火・響(しらぬい・ひびき)/女/28/臨時教師(保健室勤務) 】
【0792/間宮・伊織(まみや・いおり)/男/27/退魔師 】
【0442/美貴神・マリヱ(みきがみ・まりゑ)/女/23/モデル】
【0689/湖影・虎之助(こかげ・とらのすけ)/男/21/大学生(副業にモデル) 】
【0867/神薙・春日(かんなぎ・はるか)/男/17/高校生(予見者)】
【0229/鷲見・千白(すみ・ちしろ)/女/28/(やる気のない)陰陽師】


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■         ライター通信          ■
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初めまして!ライターの藤沢麗(ふじさわ れい)と申します。
今回は、「カジノ・ランディーヌ」へのご参加、ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか?
今回の依頼は、満員御礼、というか、定員大幅増、という感じでした。
多彩な能力者ばかりで、今回は本当に、字数の大幅オーバーをしてしまい、
思わず、それぞれに登場シーンを分割してお届けとなりました。
他の方の分も、目を通していただくと、一層深いご理解が得られると思います。
ぜひ、ご覧下さい。

湖影虎之助さん、前回も含めて、ご兄弟でのご参加、ありがとうございました。
まあ、お兄様は弟さんとは違って、同性には厳しいこと!(笑)
兄弟でも、こんなに違うんですね。
おふたりが同時にいらっしゃるところを見てみたい気がします・・・。

また未来の依頼にて、ご縁がありましたら、ぜひご参加下さいませ。
この度は、ご参加、本当にありがとうございました。