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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


絶対時間

***

その依頼は少し変わっていた。

『自分を消して欲しい』

それだけ書かれた手紙と住所を記した地図が同封され、興信所宛てに
送られてきたのだった。
何か気味の悪い依頼だったが、無視する事も出来ずこうやって依頼人
の所へと足を運んで来たのだったのだが…どうにも気が乗らないのも
事実だ。
地図に書いてあった住所の高層マンションを見上げため息を吐きつつ
もそのエントランスを抜け中に入った。

その依頼人は背が高く青白い顔をした、しかし端正な顔をした知的な
感じを受ける男だった。

「永遠…そんな言葉を信じるかい?」

彼は小さく笑って目を伏せる。

「無限…そんな言葉で片付けられる?」

薄暗い部屋にポツンと置かれたパソコンの画面が揺れる。

「時間は『現在』も『過去』も『未来』も全て一定なんだよ?」

彼は不意に視線をあげ、悲しげな顔をしてこちらを見た。

「始りも終わりもない『時』を終らせて欲しいんだ…」


***

四宮・杞槙はただ黙って彼の言葉を聞いていた。
自分はまだ15年という月日しか知らない。だから彼の言う『永遠』
とか『無限』とかいう時間の大きさがどんな意味を持つのか計り知れ
ないのだ。
目の前に座る依頼人、名前を嗚田といったか。
彼は少々青白い顔をしてはいるものの、とても端正な顔をしたどちら
かと言うと知的な学者タイプの美青年だった。
受ける印象からは『人外』というイメージも沸いてこない。
重くもないが、穏やかでもない、そんな沈黙を破ったのは杞槙だった。

「一つ聞いてもいいですか?」

「何を聞きたい?」

「…あの、時を終らせるって…それは」

−−殺して欲しいと言う事ですか?−−

しかし彼女は言葉を続けられなかった。何故だか解らないが聞いては
いけない質問の様な気がした。

「…あなたはどうして『時』を終らせたいの?」

「時の流れを断ち切りたいだけだ。」

嗚田はその質問に曖昧な答えを返した。

「それは…どういう意味なのですか?」

彼女の問いかけに嗚田は無言で立ち上がり、机の上に置かれてあった
一つの写真立てを手にとり再び彼女のもとへと戻った。
そして、その写真を彼女へと差し出した事で、杞槙は渡されたその写
真へと視線を落とした。
それは、古くて赤茶けた写真だった。

「1882年に撮った。」

「撮った…?」

「カメラは今と違って撮影に時間が掛かってウンザリしたが…」

「…あの、それはつまり」

「場所は…確か『鹿鳴館』だったかな。落成の記念にと撮影した。」

嗚田の言葉に不信なモノをを感じ視線を彼へと向けると、嗚田は瞳を
閉じまるで懐かしむかのように微笑を浮かべていた。
その顔はとても幸せそうに見えた。
依頼で「自分を消してくれ」と言った男とは思えない程に…。
杞槙は再び視線を写真へ戻しジッと見つめた。
写真には二人の人物が映し出されていた。鮮明さがない為、ハッキリ
とは確認出来ないが一人はおそらく今目の前にいる嗚田であろう。
髪の長さが違えど今と変わらぬ姿。
一番最初に浮かんだ疑問は、そこで確信に変わった。

「あなたは…ヒトではないのですか?」

その言葉に嗚田は複雑な顔をし、しかしその質問には答えずに写真を
ジッと見つめポツリと言葉を発した。

「それが最後だった…」

瞳を閉じた彼には先程までの幸せそうな顔は何処にも無く、辛そうに
顔を歪める嗚田の姿があった。
杞槙はこれがこの依頼解決の糸口だと感じた。
そして、彼女は思い切ってこう切り出した…。

「教えて頂けませんか?」

彼女の言葉に嗚田が視線をあげる。

「あなたの事。そしてあなたが『自分を消して欲しい』と望む訳を。」


 **

彼女の言葉に嗚田は少し驚いた顔をした。

「話をしたら『消して』くれるのか?」

「…それは…わかりません。」

その返答に対して嗚田は苦笑とも微笑とも取れない曖昧な笑顔を見せ
た。

「永遠と無限の違いは解かるかい?」

永遠と無限の違い…そんな事考えた事もなかった。いや、考えるまで
もなくそれは同じだと思っていた。

「私には同じ様に思えます。何が違うのですか?」

「物事には限りがあるから有限と無限という言葉がある。無限には限
りが無いという。だけどそれは本当に限りが無いのか?ただ廻ってい
るだけではないのか?その中に『時間』は刻まれているのか?もし含
んでいるのであれば、時間には限りがあるのだろうか。」

そこで言葉を切り、嗚田は杞槙と視線を合わせた。

「人は輪廻をする。運命は廻るとも言う。無限とはどう書く?」

「え?ええと…こう書きます。」

杞槙は突然振られた質問に一瞬躊躇したものの、指で数字の8を横に
した記号を描いた。

「無限は『∞』と書く。だけどこの『時』は終らない永遠の直線なん
だ。だから『永遠』と『無限』はイコールではない。」

杞槙は意味を理解出来ず、問い返した。

「よく…解らないです。」

「…最初から、この『時』には限りなど無いし、始りも存在しない。
だから無限という言葉では表現出来ないんだ。永遠とは『時間』を超
えて存在する。この『時』も同じだ…過去も未来も…。『生』という
概念もない…のかもしれない。だから消して欲しいと願うのか…」

最後の方は独り言のように言葉を吐き写真たてを握り締めた。

「あなたには『始まり』も『終わり』も無いと言う事なの?でも!あ
なたは現在(いま)存在しているし、私とお話もしています。それは
生きているからでしょう?」

「その意味が違う。」

「生きている事に意味が違う事なんてありません。」

「キミ達の『生』は空間に作用されている。」

嗚田は悲しげに呟いた。

「私の『時』は『絶対時間』なんだ。止まる事を知らない永遠の…」

「だったら…今という空間に作用されないあなたの『時』を、その永
遠を『消す』事なんて出来ないんじゃ…」

「私自身が『消えたい』と望み、そしてそれを外部から『消してくれ
る』それが二つ揃えば私はこの『時』から解放されるんだ。」

「でも…」

杞槙は彼を消したくは無かった。しかし、嗚田は本当に消えてしまい
たいと願っている。どうしたらいいのか迷っている杞槙の瞳が先ほど
見た古い写真へと留まった。それと同時に彼の呟いた言葉も思い出さ
れた。

「あなたはさっき、「これが最後だった」って言いました。永遠に止
まらないあなたの何が最後だったんですか?あなたが消えてしまいた
いと願う本当の理由って…もしかすると…」

彼の手の中にある写真に写る二人の人物。
一人は目の前にいる嗚田だとすると、もう一人は…

「…その人に逢いたいから…自分を消したい…の?」

「そうだと言ったら、キミは私を消してくれるのか?」

杞槙は静かに首を振った。それを見て嗚田は小さく溜息を吐いた。

「やっぱり、駄目…か。」

嗚田は徐に立ち上がると窓の方へと歩き出した。

「あなたは『運命』を信じますか?」

突然の杞槙の言葉に嗚田は振り向いた。

「私は…あると思います。だからあなたを今ここで消したくはありま
せん。」

杞槙の言葉に嗚田は微かに表情を変化させた。

「だから、その人がもう一度あなたの目の前に現れる『運命』を信じ
てみませんか?あなたには永遠の時間があるんでしょ?だったらもう
少しその人を待ってあげてください。」

暫らくの沈黙の後、嗚田は小さく肩を震わせた。杞槙は一瞬、彼が泣
いているのかと思ったのだが、よくよく見れば嗚田は笑っていた。

「私は真剣に…」

「……すまない。何十年前にも同じ依頼を出した時、その人物も同じ
様な言葉を私にくれたから…それを思い出したんだ。」

その嗚田のセリフに驚いた顔をした杞槙に「確か昭和30年頃だったか
な?」と軽く呟き「人は意外と変わらないんだな」と言った。
嗚田はもう一度謝罪をして、そして真剣な顔をして写真を見つめた。

「そうだな…確かに永遠の『時』があるんだ。あと少し待つか…」

それに安堵するも束の間、杞槙の耳に彼の小さな独り言が聞こえて来
た。

「その『偶然』が無かったら…また依頼を出すか…」

その言葉を聞いた杞槙は複雑な表情をしたが、敢えて言葉を返す事も
なかった。



***


マンションを見上げ、杞槙は深い溜息を吐いた。
これでよかったのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かんだ。
嗚田の幸せを考えればもしかすると、彼の望み通り消してあげた方が
良かったのかも知れない。だけど、自分には出来なかった。
いつか終わりを迎えられる彼にとっての最善の方法…、それが何時に
なるのかは解からないが、きっと見つかると彼女は信じた。
いや、信じたいと思った。
そして今彼女に出来る事は、ただ『運命』と言う名の偶然に出逢える
ことを祈る事のみだった。

「きっと、逢えますよ…きっと。」

そう呟いた彼女の言葉は、風の中に消えていった…


***

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0294 / 四宮・杞槙 / 女 / 15 /カゴの中のお嬢さま

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ。おかべたかゆきです。
ご参加有難うございました。大変遅くなってしまい申し訳
ありませんっ!ギリギリですね…(滝汗)
おまけに超暗いし…理屈っぽいし…うわーって感じですぅ
しかもオチてない様な気がする…( ̄◇ ̄;)
謎を残したままですが…続きを書くかどうかも謎です(逃)